度重契約により最強の聖剣技を

初歩心

第十五話 弱者無守

 視界が真っ暗の中、それは唐突に伝わってきた。 鋭い痛みだ。
右首に今までに味わったことのない、まるで鋭利な刃物で首肉をじわじわと削ぎ落とされているような、そんな痛覚がただひたすらに続いている。
今すぐ体制を戻し抵抗しなければ。
そんな死の予感すら覚え必死に動こうとするが身動きがとれない。
まるで自分の体に何か重たく柔らかい?
物が乗っかっているかのような……それに微かだが花が発するようないい香りが鼻をつく。
痛みに耐えながら目を見開くと視界には淡く黄金色に輝く長い髪が入ってきた。
どうやら彼女が馬乗りになり俺の首筋に口をあてがい何かをしているらしかった。
いや、明らかにチュウチュウと吸っている。
事実を知るとよけいに痛みを感じてしまい耐えられるず体を起こそうとするが、動かず首が上下するだけだった。
それに気づいたのか彼女は俺の首から口を放すと上半身を起こす。

「き、気がつきましたか?
いっその事、永遠に目覚めなくてよかったのに」

彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめ目をそらしながらそう言った。
肩からは淡い金色の髪がなで落ちため息をつく彼女は、腹部に乗っかられてるせいだろうかなんだか色っぽく見える。

「······訳にはいくか。あ、喋れたか。
何をしていたのか分からないが俺の上から退いてくれ。俺は、今すぐ追いかけなきゃならないんだ!!」

「······それにしても本当に災厄です」

「聞いてんのか?」

「私としては貴方が意識を失っている間に済ませたかったのですが······」

以前彼女は、目をそらしたままで、なんだかもじもじしている。
そのせいか、腹部に当たる部分が時折こそばゆくなる。

「······質問するが、今のこの状況はなんだ
なんでお前は、顔をそんな赤くしてまであんな事をしてたんだ? 
!? 今気づいたんだかお前······マントローブしか身につけてないのか······中は下着だけ、いやそれは······履いてな」

「······こ、この不埒もの!!」

 彼女は、先程よりも顔を赤くすると構えた拳を勢いのまま顔面に向け放ってきた。

「!!!! 危ねぇな!?
顔の横に思いっきり拳をめり込ませやがって
今の避けてなきゃ本当にあの世に行くところだったろうが。
それに、なんで馬乗りになられている俺がキレられなきゃならないんだ?
今、キレたいのは俺の方なんだが」


「確かに私にはどうすることも出来ませんでしたし、貴方のお姉さんが連れ拐われたのは私のせいです。
ですが今は貴方の命を優先すべきなので、問答······無用です!!
私は、貴方が気絶してくれればそれでいいんです」

顔を赤らめた彼女は再び拳を振り上げると俺の頭めがけ勢いよく放った。
四回もだ。
首を大きく動かしてなんとかかわす。

「!!!!。 
気絶も何もその威力は完全に加減の域を越えていると思うが!!
······バカなのか?? 」

「何か······言いました?」

先程とうって代わり顔が真顔にかわった。

これは失言だったらしい。
どうやら違うスイッチを入れてしまったようだ。

「!!!!。
分かったから、悪かった!!
なぁ、一旦話合おうか?」

連続で拳が振り上げれ間一髪でかわしている。 
これじゃ命がいくつあっても足りない。

「一旦、落ち着けぇ!!
頼むから事の経緯を教えてくれ!!
教えてください!!」

「······仕方ありません、分かりました」

今まで俺があった王族は、どいつもこいつもキレるとリミッターが外れてしまうらしい、全くもって迷惑な話だ。
だが、どうやら彼女はあれから優汰が俺にかけた呪術を解こうと頑張っていてくれたようだ。以前よりも時間がかかっているらしいのだが、俺が気になったのはそのやり方である。

「他に方法はないのか? というかなんで首なんだ? 俺が呪術をかけられた場所は確か心臓だったはずだが」

「今の私には、首の方が効率がいいんです······(部位に直接なんて、余計にいかがわしくなるじゃないですか。それに、首が効率いいのは事実ですし)」

「? どうしたフリーズして、顔真っ」

「なんでもありません!! 」

「そ、そうか······」

なぜそこまで怒ったような顔して声をあげる必要があるのか理解できない。
······照れか? 照れ隠しなのか!?
これが俗にいうツンデレと言うものなのか?!

「本来の、いえ、以前の私ならこんなことをしなくても手をかざすだけで呪術などすぐに解くことができた·······はずなんです」

いかんいかん、今はそれどころじゃない。
初めてのツンデレ体験など忘れなければ。

「そうか、魔落ちしたらそれができなくなったと。 
そうだとしても、さすがに口じゃなくともいい気がしてならないだが。
患部を直接触診して解呪するとか、やり方はいくらでもあるんじゃないか?」

「······できないんです」

「? 何だって」

「だから魔落ちした私はどうやらく、口からでなければ呪術を解呪できない体になってしまったようなのです。
なので、すぐに終わらせましょう。
加減をしていましたが事情を話したのでもうその必要ないですよね。
こんな恥さらし、いつまでも続けられません。
ましてや迎えにこられたアテナ様に今この状態を見られでもしたらどんな風に思われるか······殺されてしまうかもしれません、急ぎましょう」

 アルラインは身震いを起こしている。
確かにアテナもアテナで融通が聞かないところがある。
今の彼女は魔落ちした存在だから端から見れば間違えなく俺の命を奪っているようにしか見えないだろう。
そんな光景をみたアテナはきっと、見た光景のまま解釈しすぐにでもアルラインを殺しにかかるにちがいない。
そうなっては唯一この呪術がとけるアルラインが死に、俺も死ぬという最悪な結果が待っている。
だからといって、今までかなりの痛みに歯を食い縛って耐えてきたのに、さらに酷い痛が襲うとなると······。
そう考えるとなんとも耐えがたく正直逃げ出したい自分がいる。
まぁ、どのみち逃げることができないわけなんだが。


「さぁ、サッと済ませますよ。
かなり激しめの痛みが貴方を襲いますが、私には関係ないので」

「いや、関係ないってちょっとまてぇ!!
そんなんで納得いくか。
今まで以上の痛みて事は、当然死ぬ危険性もあるって事だろう?」

「いいえ、それはありえません。
死なない程度には加減しますので安心してください。 ではいきます!!」

「ちょっとま、ぎゃぁぁ」

 先ほどまでにはなかった彼女の牙のような物が突き刺さる感覚が伝わる。
それはまるで鋭利な刃物に貫ら抜かれ、こね繰り返されているような。
そんな今までに体験したことがない痛みだった。

「情さけない、それでも男の子ですか?」

「耳もとで囁くな······男の子ですか?じゃねぇよ!! 
男でも痛いときは声をあげてしまうのが道理なんだよ!!·····これ大丈夫なんだよな······死ぬぞ、本当に死ぬ!! そんな予感しかしないんだが」

「はい、はい。じゃあ、いきます」

「スルーかよ............」

俺が放った最後の言葉である。
まぁ、体のしびれは全て消えた感覚が伝わってきたから解呪は成功したのだろう。
あんな痛みなのに首からの出血もほんのわすがなものしか感じなかった。
 彼女の言う通り俺は生きている。
だか、だんだんと瞼が重くなっていくのを感じた。 
今は強烈すぎる痛みで失神するだけなのだろうか。

そう彼女を信じつつ、俺の意識は再び暗い沼のそこへと落ちていった。
それはもう二度と戻ってこれないんじゃないかと思うほどの深い闇に。

 全く、聖王族はどいつもこいつも狂った奴らばかりだ。


 ーーーー不意に悪寒がはしり気が付くと俺は暗がりにいた。
辺りは真っ暗なのに自らからの手足や胴体は昼間のようにしっかりと見えている。
体を起こして辺りを見回してみるが、物というものが一切なく、どす黒い暗がりは終わることないようにどこまでも続いているかに思えた。
これは······考えたくはなかった。
考えたくはなかったが。

「······死んだのか、俺は」

とんだ展開だった。
彼女は本当に俺を救おうとしたのか?
あれは、涙から何もかも全て演技だったのかもしれない。
始めから、俺の命を狙っていた······。
 
なぜあの時、そんな思考が浮かばずに彼女を信じきっていたのか、今となっては不思議でならなかった。
これは単なる夢で、もしかしたらなんて事があるかもしれない。
 あるいは、深手をおった俺に向け彼女は聖呪術を再びかけると深い意識下におき、俺を殺しつつ幻影を見せていたのかもしれない。

だとしたら俺があの時動けなかった時点で。
優汰との戦い破れた時点で、すでに俺の生死の境は決していたという事になる。

魔王も倒せず、大切な存在の家族さえ救えない。なんと惨めで哀れなことか、考えただけでも怒りが、悲しみが込み上げてくる。

「·······クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソが!!!!」


 俺はひとしきり大声をあげ叫び続けた。
その声は虚しく暗闇の空間でただこだまする。
自分への罵声、魔王への憎しみ、姉や女神への慈悲。
すべて吐き終えると、気持ちが少しだけ楽になった気がした。


「······まだだ。まだ俺は終わっちゃいない。いや、終わっちゃならないんだ」

 何処へ向かうのか、自分でもさだかでないが、まだ諦めてはならないという強い闘志が真っ直ぐに足を進めたその時だった。

 後ろからコツコツと何者かが近づいてくる音が突然聞こえてきた。
俺は振り返り咄嗟に身構えると、聖剣を出そうとした。
だか、俺の手元に聖剣は出現しない。
そして、先ほどまで感じていた悪寒がより一層強くなりゾワッと込み上げてくる。

「こうしてぇ会ってお話するのはぁ、久しぶりですねぇ瞬くん。
今の瞬くん、すっごくかわいそうですぅ。
私がぁ、慰めてあげましょうかぁ」


俺の宿敵である忌々し魔王が、今まで俺しかいなかったであろうこの空間に突如として微笑みを浮かべ姿を現したのだ。

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