劣等魔術師の下剋上 普通科の異端児は魔術科の魔術競技大会に殴り込むようです

山外大河

9 願望は遥か遠く、それでも

 決闘を終えた赤坂の意識は控室へと戻ってきた。
 ヘッドセットを外し左腕に視線を向ける。
 もう痛みはない。だけど痛かったという記憶は確かに残っている。
 痛かった。そう……すんごい痛かった。

(よく耐えた! マジでよく耐えた俺! 次はアンタだとか言ったけど、もう一発撃たなくてすんでほんと良かったああああああああああああッ!)

 あの技をフルパワーで撃てば撃った腕や足と周辺の骨が粉砕骨折する事は今までの特訓で分かっていた事だが、それでも実際に痛みを伴う状況でフルパワーを使ったのは初めてだった。
 結論から言えば粉砕骨折は無茶苦茶痛かった。もう泣きそうだった。
 あの場にいたのが中之条だけだったら、もう少しみっともない感じになっていたかもしれない。

 だけど……耐えた。歯をくいしばって頑張って耐えた
 将来的には例えもっと酷い怪我を負っても、我慢して笑える様にならないといけない。
 今日はその第一歩だ。その一歩を今日踏み出せた。

 そうやって自分に称賛の言葉を送った、その時だった。

「お疲れ、一年。見事な戦いだった」

 この控室で赤坂と中之条の決闘を見ていた係の生徒にそう称賛の言葉を向けられる。

「ああ、どうも」

 赤坂も立ち上がってそう言葉を返す。

「ったく中之条の奴も見苦しい真似しやがって。なんだよ最後の。そこまでして負けたくねえのか……魔術師家系の人間の思考は良く分からん」

「ああ、やっぱりあの人そういう家系の人だったんですか」

「まあ没落しかかってる様な家だがな。魔術が世に出た今、かつての権威を保てている所なんて少ねえもんだよ。まあだからこそどんな手を使っても負けられねえのかもしれねえけど」

 そう言った係の上級生は、右手の親指で扉を指してから赤坂に言う。

「まあ俺なんかと話してねえでさっさと行けよ。多分アレだろ? 篠宮渚と、あとあのツインテの子、待ってるんじゃねえの?」

「あ、はい。すみません。じゃあちょっと行きます。ありがとうございました」

 赤坂はそう返して扉に向けて足取りを向ける。
 そしてそんな赤坂の背に向けて、係の上級生は最後に一言告げる。

「じゃあなリア充。また本戦でな」

「あ、いや、渚や美月とはそういう関係じゃねえっすよ!?」

 思わず振り返ってそう叫ぶ。
 なんかこう……実際そういう関係ではないので、普通に恥ずかしかった。

「まあどうでもいいって。とにかく本戦でな。お前達も中之条達も全員ぶっとばして俺達が勝つ。篠宮渚共々首を洗って待っとけ」

「はい、望むどころです」

 そんなやり取りを交わして赤坂は控室を出る。

(……俺達が勝つ、か)

 名前を聞いてはいなかったが、きっと今の人は強敵になるだろうと思った。
 中之条とは違う。明確に篠宮渚にも勝つ志がそこにあった。
 そして多分エントリーしている生徒の大半がそうだろう。
 きっとそれぞれが真剣に勝ち上がる気でいる。
 だから少したりとも気は抜けない。
 此処から先、どの相手にも全力で向かっていかなければならない。

 そんな思いで外へと向かう通路を歩いていた時だった。
 偶然か必然か、見覚えのある人物と鉢合わせた。

「……あ」

「よう、元気してたか赤坂」

 そう声を掛けてきたのは三十台前半程の男。
 半年前、魔術科の入学試験の際の面接官の教師だった。

「魔術科と普通科の一年が決闘を行うっていうから来てみりゃお前かよ。中々派手にやってくれちゃってまあ」

「見てたんですか?」

「まあな。俺も暇じゃねえんだが……最悪、職権乱用してでも止めねえといけねえかなって思ってな。まあ必要なかったみてえだけど」

 そう言った教師の男は一拍空けてから赤坂に言う。

「お前、魔戦の団体戦にエントリーしたらしいな」

「ええ、まあしましたけど……情報早くないっすか?」

「教師の情報網なめんな。つっても正直言うと普通科に入学した篠宮がエントリーしてきたって話のついでに知った感じなんだけどな」

「ああ、そういう……」

 まあ確かにそれは速攻で教師陣に噂が広がってもおかしくない様な案件なのかもしれない。
 ……まあそれはともかくだ。

「……で、俺に何か用ですか?」

 多分この場所で目の前の教師と偶然遭遇するとは思えなくて。
 となれば何か用があって来たのだろう。態々落ちた受験生の名前を覚えている位だから。
 ……とてもその内容は思いつかないけど。

「まあ、アレだ。お前に聞いときたい事があってな。お前をドロップアウトさせちまった大人の一人として」

「……」

 その口ぶりからその教師が何を言いたいのかは自然と理解できて。
 そして目の前の教師相手に行った面接の時の記憶が蘇ってくる。
 きっとこれは夢の話。

「お前、まだ諦めてねえんだろ?」

「……はい」

 半年前。志望動機を聞かれた際に語った。
 赤坂隆弘を突き動かす、将来の夢の話。




 魔捜官という職業がある。
 50年前、表の世界は魔術で溢れた。
 それは人々に様々な形で恩恵を齎した。日々の生活の助けにもなるし、魔術という存在は既存の科学を大きく発展させる足掛かりにもなった。
 だけど齎したのは恩恵だけでは無い。
 実態が無い分銃より達が悪い。時代が進むにつれそんな武器を。悪用すれば殺傷能力を持つ魔術を誰しもがその身に宿す様になった。
 結果訪れたのは世界的な治安の悪化だ。
 既存の警察組織。及び魔術界の均衡を守っていた組織だけでは抑えきれない程に、軽犯罪からテロに至るまでの犯罪行為が多発する様になる。
 その結果、生まれたのが魔捜官という職業だ。
 魔術事件を専門に扱う特殊警察で、現代の警察組織の花形。
 解決が困難とされる魔術的事件を解決に導き、絶望的な状況の魔術テロにも屈する事無く立ち向かう正義の味方。

 絶望の中で大丈夫だって言ってくれた、赤坂の命の恩人達であり……そして、将来の夢。

 魔術科を志望したのもその夢を叶える為だった。

 将来的な就職活動において、多くの場合重要視されるのは学歴だ。
 職業に応じて応募条件として四年制大学卒業や専門学校卒業など条件が設けられる中で、多くの魔術職は最低でも魔術科を卒業している事が必須条件となっている。
 当然魔術による荒事を主とする魔捜官は魔術科の卒業が必須条件となる。

 だから、魔術科に是が非でも入学しなければならなかった。

 赤坂隆弘の志望動機は嘘偽りなくこういった物だった。

「諦めてない……か。だとすりゃもう確定だなこれは」

 その教師は一拍明けてから赤坂に言う。

「お前、魔戦に参加すんのも全部その為だろ」

「……なんでそう思うんですか?」

「魔術科の受験に落ちた。だけどまだ魔捜官になりたい。そんな奴が数合わせとはいえ魔戦に参加するっつってんだ。とすればもうそうとしか思えねえよ」

「俺はただ美月の……篠宮美月の付き添いですよ」

「それが本当だとしてもお前がそういう目的があるのは変わらねえだろ。正直に言ってみ? 大丈夫だ。別に篠宮がお前の付き添いだったとしても、応募要項は満たしてんだ。職権乱用して失格にしたりなんかしねえからよ」

「……美月のは本当です。だけど先生の言う通りですよ」

 多分目の前の教師が嘘を言っている様には思えなかった。
 だから正直に話しておこうと思った。もしかしたらこれがこの先何かの助けになるかもしれないから。

「正直で結構。で、魔戦に参加してどうするつもりだ。それが魔捜官にどう繋がる?」

「……正直繋がるかどうかなんてのは分かりません。可能性が薄い悪足掻きですよ」

 赤坂は苦笑いを浮かべながら言う。
 本人も。発案した渚も。応援してくれた美月も。皆が皆それを悪足掻きだと思う程薄い可能性で。
 それでも真剣に足掻こうと思えた。足掻かせてくれた確かな希望。

「魔戦の全国大会。そこにはそういう魔術職のスカウトが大勢見に来るそうじゃないですか」

「……」

「俺は普通科で、魔術だって使えません。だからこの先魔術職の……魔捜官の応募要項を満たせる日はきっと来ないです。それでも……そこに行けば、もしかしたら何かが変わるかもしれない」

 それは楽観的な希望でしかない。
 だけどもう、縋れる物はそれしかないから。
 そんなものに縋ってでも。それでも。
 それでも赤坂隆弘は、魔捜官になりたかった。

「そんなに甘くねえぞ」

 教師の男は静かに言う。

「どんだけ頑張っても何かが変わる保証なんてない。あまりに希薄な可能性だ。それに縋って進む道は茨道だぞ。それでもやるのか?」

「はい。まだ諦めるのは早いって、一緒に頑張ろうって言ってくれましたから。だから限界まで走ってみるつもりです」

 その言葉を聞いた教師の男は、しばらく間を空けてから告げる。

「……そうか。なら頑張れよ、赤坂」

「はい……じゃあ俺はこれで」

 赤坂はそう言ってその教師の隣りを通りすぎる。

「赤坂」

 そして最後にそう呼び止められた。
 振り返る事無く、その言葉を聞く。

「あんまりこんな事を言っちゃいけねえんだけどよ、お前は筆記試験も実技試験も合格水準に届いていた。面接だって嘘偽りなさそうな立派なもんだった。それでも落ちたのは……俺達がお前に教えられる事が何もなかったからだ。見てりゃアレが魔術じゃねえ事も、後日調べりゃお前が術式器官に障害負ってんのも分かったからな」

「……」

「だからお前がそんな茨道進まねえといけねえのは俺達の責任だ……悪いな」

「謝る事じゃないですよ。もしかしたら行けるかもって思いましたけど、そりゃ魔術教える教育機関に魔術を使えない奴を入れられる筈がないですし。定員だって大幅に超えてたわけだし、俺が入ったら一人魔術を学びたい奴が落ちる事になる。当然の結果なんですよ」

「前向きだな」

「前向きにさせてくれた奴らがいましたから」

「……一緒に魔戦にでるあの二人か?」

「ええ」

「だったらさっさと行ってやれ」

「最初からそのつもりですよ、先生」

「相馬だ、覚えとけ。相談位なら受けてやるよ」

「はい!」

 そして赤坂はその場を後にする。
 思い返してみれば魔術科に落ちた後、絶望的に沈んでいた中で自分を落とした魔術科の教師を恨むような真似はしなかった。
 多分それはそうなっても仕方がないという思いもあったからというのもあっただろうけど。
 きっとあの相馬という教師が自分の魔捜官に対する思いだけはしっかりと受け取って事を、どこかで思えたから。
 だから誰も恨む事無く、一人で腐る事が出来たんじゃないかと今になっては思う。
 そしてだからこそ、今こうして向き合う事が出来たんじゃないかって思う。

(相談……ね)

 魔術に関する相談は基本的に渚に聞けば解決する。
 訪ねやすいのも渚だろう。
 だけどもしこの先、それでもどうにもできない何かとぶち当たったら頼ってみようとは思った。
 頼れる大人かどうかは分からないけど、頼りたい大人ではあったのだから。

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