劣等魔術師の下剋上 普通科の異端児は魔術科の魔術競技大会に殴り込むようです

山外大河

1 勝利の翌朝

 普通科一年生。赤坂隆弘の朝は早い。

「……朝か」

 朝五時半。目覚まし時計のアラームを止めて赤坂は目を覚ました。
 眠い。とにかく眠い。中々どうして死ぬほど眠い。割りと真剣に目覚まし時計を叩き壊して再び眠りにつきたい。

「………まーじ眠いんだけど。朝五時半起床とか控えめに言って頭おかしいんじゃねえか?」

 でも起きる。自分で設定した時間だ。
 つまりとってもブーメラン発言。控えめに言って頭おかしい時間に設定したのは赤坂ご本人。

「……あぁ、なにこの眠さ。渚の奴、鍋に睡眠薬とか入れてね? 絶対入れたろ」

 そんないくらなんでも失礼過ぎる事を呟きながら立ち上がり、あくびをしながらジャージに着替える。
 そして顔を洗って無理矢理目を覚まし、

「……よし」

 とりあえず準備は完了した。
 今日もやるべき事をこなそう。




 借りたアパートから出た赤坂は、近くの運動公園までやって来た。
 そして軽く準備体操を行った後、呼吸を整え呟く。

「……やるか」

 赤坂は魔力操作による強化を使わず走り出す。
 今やるべき事は体作りだ。

 魔力を全身に通して肉体を強化する赤坂の戦闘の要。
 これは体への負担はあまりにも大きく、長期間の使用で全身の骨が疲労骨折する事はもう分かっている。
 それに出力もある程度セーブして扱っているのが現状だ。フルパワーで使うと約5秒でまともに動けなくなる。
 それを少しでも改善するために必要なのが体作り。少しでも体が強化に耐えられるほど丈夫になれば、それはそのまま強さになる。
 だからとにかく走って筋トレして体を鍛える。それが現状戦闘技能を上げる事と同じ位大事な事だ。

「……」

 運動公園のランニングコースは何種類かあるが、赤坂が選択したのは一周約一キロのコース。このコースをハイペースで一周回り、一周回ってきた所で筋トレメニューをインターバル無しで一つこなし、再びインターバル無しで走りだす。これをとりあえず10セット。終わるころには死にそうになる。
 だけどそれで確実に体力や筋力が付いていくのは分かった。
 中学の時バスケ部の友人から聞いたトレーニング法だ。これが今の自分にどれだけ効果があるトレーニング方法なのかは分からないが、それでもしばらくは根気よく続けていこうと思ってはや半年。
 少なくともフルパワーを維持できる秒数が2秒だけだが増えた。
 だから効率がいいか悪いか。正しいか間違っているかはともかく、前には進めている。
 そう、思いたかった。

「……ん?」

 ハイペースでコースを4分の3程走った所のカーブを曲がった所で前方に一人、自分と同い年程の少年が流すようなゆるやかなペースで走っているのに気がついた。

(……此処走ってるって事は島霧の生徒か?)

 まあ別にどうだろうと構わない。
 向こうが健康の為に走っているのか、赤坂の様にトレーニング目的で走っているのかは分からないが、別にだれがどう走っていようと赤坂には関係ない。
 自分のペースで自分が決めたメニューをこなす。それでいい。
 そう考えながら、目の前の少年を追い抜いた……その時だった。

「……ッ?」

 すぐさまその少年がペースを上げて追い抜いてきた。

(……なんだコイツ。抜かれてムキになってんのか?)

 突然追い抜いてきたその少年にそう思いながらも、ペースを崩すつもりはない――

(……クソ)

 ――筈だった。

 気が付けば赤坂も速度を上げ、その少年を再び追い抜いていた。
 なんかもう、良く分からなかった。良く分からなかったけど。
 とりあえず、なんか負けた気分がして嫌だったのは間違いない。

「……ッ」

 また抜かれる。

(……まだだ)

 また追い抜く。

「……クソッ!」

 そう言った少年に再び追い抜かれる。

「なんなんだよお前は!」

 そして再び赤坂も追い抜いた。

「クソッ! 僕の前を走るな!」

「どう走ろうが俺の勝手だろうが!」

 気が付けば両者とも全力疾走である。
 当初のペース配分なんか完全に頭にない。ガチでマジな全力疾走である。

 その結果しばらくして生まれたのが二人の並走するゾンビだ。

「……お前ぇ……いい加減、止まれぇ!」

「うるせえ、お前が、止まれ……そしたら俺もその先で止まって、やるからよぉ!」

 完全に体力を使い果たしフラフラになりながら走る。
 もう一周回ったら筋トレとか、そういう取り決めも完全に無視だ。
 なんというか、止まったら負けな気がした。

「ふ、ふざけるな……どうみても、体力の……限界に、見えるぞ。止まった方が、お前の為、じゃないのか?」

「その言葉、そっくり言葉に……かえすぞ、この野郎」

「じゃあ、こう……しよう。僕がカウントする……3カウントだ。それで同時に、止まって引き分けに、しよう」

「あ、ああ! それで……手打ちだ」

「言っとくが、自分だけ……走り続けるの、無しだからな! 絶対に……無しだからな!」

「あたり、まえだろ……うが! 誰が、走り続けるか! 誰が!」

 そう答えながら赤坂は思った。
 多分向こうも自分と同じで、この不毛でしいかない謎の争いを終えたがってると。
 そして、カウントダウンの音頭を少年が取る。

「いくぞ……3、2、1、ゼロォ!」

 だがその瞬間も二人のゾンビは並走を続けていた。

「「止まれよ!」」

 赤坂はなんとなく分かっていた。
 向こうも間違いなくこの謎の戦いを終えたいと思っている。その証拠に、真剣に死にそうな表情を浮かべている。本人は気付いていないが赤坂もそんな感じ。
 そして同時に、分かっている。
 ……止まりたいけど負けたくない。

「……ああ、くそ……なぁ、もう、ほんと……とまれよ、な? ポカリ買ってやるから」

「……そ、その言葉、そのまま返すぞ……俺がお前に、ポカリを……買ってやる!」

「僕が、買う!」

「いや、俺がだ!」

 もはや互いに何を言っているのか良く分からなくなっていた。
 そんな良く分からないまま互いに走り続け、そして。

「「うおッ!?」」

 全く同じタイミングで足が縺れてぶっ倒れる。
 ……もう互いに虫の息と言ってもなんだかそれっぽく感じるような状態だった。

「……これは、俺の、勝ちだな」

「いや、僕だ……僕の勝ちなんだぁ。ビ、ビデオ判定……」

「ねえよんなもん……だけど、俺の勝ちだ。なにせ、俺は最初から、結構、早いペースで走ってたから」

「そ、それを言ったら、僕はあれ、2週目だ。走行距離では、僕の方が、勝って……るからぁ!」

「……」

「……」

「……」

「……」

 そしてもう喋れなくなって、必死に呼吸を整えて。
 そしてそうしていると少しだけ落ち着いてきて、ようやく二人はこの結論に至る。

「「……なにこれ」」

 とりあえず互いに色々と訳が分からなかった。
 ……それでも。

 落ち着いていくにつれて、なんだか隣りにぶっ倒れてる少年が長きに渡り争ってきたようなライバルの様にも思えて。なんかとりあえず互いの健闘を祈って握手でもしてやろうかって気分にもなって。
 とりあえず罵声でも怒号でもなく、普通に声をかけようと立ち上がったその時だった。
 同じく立ち上がった少年も同じ気持ちだったのかもしれない。
 先に赤坂に声を掛けてきた。

「な、なんだかよくわからないが、いい勝負だ――」

 そして、そこまで言った所で驚愕の表情を浮かべ、そして赤坂を指さし叫んだ。

「お、お前は、昨日決闘してた普通科!」

 どうやら昨日の決闘を見ていたらしいが、必至過ぎて共に走ってた相手が誰だったのか全く分かっていなかったらしい。
 まあともかく、向こうは赤坂の事を知っていた。
 だけど名前までは覚えていなかった様で、とりあえず自己紹介をしておく事にした。

「……赤坂な。とりあえずよろしく」

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