劣等魔術師の下剋上 普通科の異端児は魔術科の魔術競技大会に殴り込むようです

山外大河

4 異端の魔術師

「まず魔術師家系ってのはそれぞれ特色があって、汎用的な魔術以外にそれぞれが独自の魔術研究を行ってきたってのは知ってますね」

「ああ、それは知ってる」

「で、まあとにかくどの家も皆さん研究熱心で、より複雑で高度な術の開発なんかを行っていた訳です。そうやって新たな魔術の深みに沈んでいく事を古い魔術師の多くは誇ってましたから」

 ですが、と渚は言う。

「里羽の魔術はそれを全否定するような魔術を研究していました。というよりもそれしかできなかったというべきなのかもしれませんけど」

「……どういう事だ?」

 全否定だとかそれしかできないだとか、意味の分からない言葉が続いて赤坂がそう返すと、渚は説明を考える様に少し間を空けてから赤坂と美月に言う。

「赤坂さんも美月も、人間に流れる魔力にはそれぞれ魔術的な属性がある事は知ってますよね?」

「うん、普通に教科書に乗ってたしね」

 渚がそう答えたので赤坂も頷いた。

 人間の魔力には魔力属性という概念が存在する。
 各魔術の向き不向きに大きく影響し、己の魔術師としての道を決定付けさせるものでもある。
 例えば魔術が使えなくなる前の赤坂の魔力属性は無属性。これは強化魔術など何かに干渉する類の魔術に秀でた属性で、代わりにそれ以外の属性の魔術の行使がやや難しくなる。
 そういう風に、各属性ごとに長所と短所が分かれている。

「で、それがなんか関係あんのか?」

 例えば親と子の魔力属性が違う事なんて事は珍しくはない。
 それでも魔術師家系が行っている魔術研究が頓挫しないのは、その魔術が特定の魔力属性で使用する事を前提とした物でない限り、例え魔力属性が違っていても使用難易度が上がりやや出力が落ちるだけで基本的に問題なく扱えるからである。

 故に一流の魔術師ともなれば、自身の属性外の魔術の行使も当たり前の様に行い、そして自らの属性の魔術を自らの魔術師としての核とする。
 その域に到達した魔術師にとってはもはや属性的な短所など存在せず、全てが優秀と言う中に一つ長所がある。それだけでしかない。
 だから、それが里羽の話に関係しているとは思えなかった。
 だけど渚は言う。

「あるんです。赤坂さんも聞いた事はありますよね? 極稀に一般的に部類される属性とは違う特異な属性を持つ人間が生まれる事があるって事」

「教科書の隅の方に書いてあったな。実際そういう奴を見た事はねえけど……」

 基本的に魔力属性は火、水、風、地、雷、光、闇。そして無属性。
 この八属性が一般的に魔力に宿る属性とされている。
 だけど例外はあった。極稀にその八属性から外れた属性を持つ人間も生まれてくる。
 例えばそれは全ての属性の要素を兼ね備えたオールラウンダーな属性であったり。
 例えばもはやその八属性の要素は何一つ持たず、全く別の新しい属性を持つ者も居たり。
 教科書にも乗っている例をあげれば、かつてとある特異属性の魔術師は最終的に錬金術という通常の属性の魔術師では使用する事すらできない様な独自の魔術に辿りついたらしい。
 ……つまりだ。

「……ってまさか、里羽がそれか?」

「正解です。里羽家の場合、遺伝なのか一族皆がそういう特異属性を持っています。その属性は……反魔」

「反魔?」

「ええ。それがどういう属性かってのはほぼ名前の通りです。反魔術の魔力とでも言ったらもっと分かりやすいですかね。言わば魔術を否定する魔力と言ってもいいです」

 魔術を否定する魔力。
 そう聞いてそれが具体的にどういう事なのかはまだうまくイメージができない。
 それでも一つ、疑問が生まれた。

「魔術を否定とか正直よく分からねえけどさ……そんな魔力を持ってる奴が魔術なんてまともに使えるのか?」

「使えませんよ、まともになんて」

 あっさりと渚はそう答える。

「反魔属性はどうやら八属性全ての属性にまともな適性がないみたいんです。それは無属性の魔術師が他の魔術を使いにくいとか、それでも技量でどうとでもできるとかそういうレベルではなく、技量でどうにかするのが難しい程に圧倒的にまともな魔術に向いていないんです」

「……」

「もちろん全く使えない訳ではありません。仮にも魔力ですから。必死に努力すれば人並み程には到達でききるでしょう。だけど逆に言えば必死に努力しても人並み程までしか到達できない。反魔の魔力が自分の魔術の出力を減退させてしまいますから」

 ……つまりそれでまともな魔術の魔術研究ができなかった。
 やったとして、その先に残る物など何もないから。
 そして、そうして辿り着いたのが多くの魔術師を全否定する魔術の研究。

「それで……一体里羽はどんな魔術を研究してたんだ。さっき全否定するような魔術って言ってたよな」

「なんとなく察しがついてると思いますが、魔術を打ち消す魔術の研究ですよ。それこそが反魔の魔力を最大限に生かす魔術で……そして、どれだけ高度な理論を組み上げ精巧な術式の元で作られた魔術ですらもあっさりと無に返す。人生を投げうってその魔術に打ち込んできた魔術師の魔術を否定する様な魔術です」

「否定って……お前それただの逆恨みじゃねえか?」

 確かにとても素晴らしい魔術を作り上げたとして、それを簡単に打ち破るような魔術があれば天敵なのかもしれないけれど、それを全否定だというのはいささか無理があると思える。
 結局練り上げられた魔術を魔術で相殺する様に、魔術にそういう魔術をぶつけているだけなのだから。
 ……そしてそう思っているのは赤坂だけではない。

「そうですよ?」

 他ならぬ渚がそう答えた。
 答えた上で、複雑そうな表情で渚は言う。

「まあでも赤坂さんも知っていますよね。魔術師家系の人間って、色々と感覚ズレてますから」

「……そうだな」

 当然渚も魔術師家系の人間なのだが、それは指摘しなかった。
 分かってる。こう言う時に篠宮渚や篠宮美月を、彼女の言う魔術師家系の代表格と一緒にしてはいけないことくらい。
 だから素直に頷いた。
 そして頷いた赤坂を見て渚は言う。

「これがまず一つ目です」

「じゃあ二つ目は?」

 美月が問いかけられ、促されたように渚が二つ目を答える。

「これは結構シンプルでむしろこっちの方がメインだったりするかもしれません。単純に表の世界に魔術の存在が明るみになった原因の一つなんですよ、里羽家が」

「……なるほど」

 魔術が表に出てきた原因は科学技術の発展が主だが、そこには現状の魔術界を変えたい少数派の魔術師の活動も絡んでいた。
 ……その一つが里羽家だったという訳だ。

「元々里羽はその魔術研究を否定され続けてきましたから。そこにその一件が重なりトドメとなり、それまでは何とも思っていなかった他の魔術師家系も里羽を否定するようになった。魔術師家系でありながら表の事業があまりに成功しすぎているのも他の魔術師からすればよく思わないでしょう……まあとにかく大成功している表企業とは裏腹に、魔術師家系としては大変なんですよ、里羽は」

「……」

 だとすれば。

『まあいい。今は仕方ない……だけどいずれ魔術師里羽の名を世界に轟かせる』

 里羽栄一郎はどんな思いで魔術科に入学したのだろうか。
 一体どんな思いでそんな事を言いだしたのだろうか。

「さて、まあこんな所ですかね」

 と、そこで話した所で校門まで辿りついた。

「そんな訳なんで美月はそうですね……前の席の里羽君と他の誰かの間で喧嘩でも始まりそうになったら、さっさと離れてくださいね」

「う、うん。分かってるよ、隆弘じゃないんだから」

「おい美月それどういう意味だ」

「どういう意味だも何も昔からじゃん。誰かの喧嘩に割って入って止めに入るとかよくしてたし」

「……そういやそんな事もしてたな」

「やっぱりそんな事してたんですか。昔から全然変わってなかったんですね」

 篠宮渚は中学二年の夏に引っ越してきて、美月の家に住む形になった。
 だから渚が赤坂について直接的に知っているのはそれからで、それ以前にそういう事が良くあった事を知らない。
 だけどそれ以前の事は分からなくとも、それからの事なら互いに色々知っている。

「やっぱりってなんだよやっぱりって」

「昔の事は分からなくても、そういう事してたんだろうなと察しは付きますよ。何せ一歩間違えなくても簡単に命を落とす様なあの事件で、ああいう立ち回りを進んで始めた人ですから」

「……」

 中学三年の春。
 術式細胞を損傷させたとある事件で赤坂が取った行動は殆ど投身自殺と変わらない。それだけ無茶で無謀でどうしようもない戦いを挑んだ。
 そういう事をやった事を知っている以上、渚にとってはそういう察しは簡単に付くらしい。

「まあとにかく気を付けろよ美月。危なそうだったらちゃんと離れるんだぞ」

「そうですよ。凄い勢いで離れてください」

「二人とも心配しすぎじゃないかな。基本的に危ない喧嘩って起きないと思うしそう巻き込まれないと思うんだけど……というか凄い勢いで逃げたら私が変に注目の的になる!」

「大丈夫ですよ。美月、別に凄い勢いの移動とかできませんよね?」

「できるようになるから! これからできる様になるから!」

 そんなやり取りを交わしてしばらくして、美月とは校舎が違うためそこで分かれた。

(……まあ実際何かに巻き込まれる様な事はないだろ)

 あの中之条ですら決闘という形を取ったのだ。
 教室内で周囲を巻き込むような危険な魔術を放って実害が出るような事になれば謹慎処分で済むかも分からない。だから何かが起きるとすれば中之条の様に決闘という形を取るか、それかもしくは目の付かない所で何かが行われるか。
 だから美月は大丈夫だと、そう思った。
 ……美月は。

「ところで朝里羽さんとあったって事はトレーニングの時ですか?」

 不意に渚がそんな事を訪ねてくる。
 別に隠す必要も無いので答える事にした。

「ん、ああ。なんかアイツも走ってて、追い抜いたら追い抜かれて。それでムキになって気が付けば二人して全力疾走で死ぬかと思った。今朝疲れてたのその所為」

「なるほど……お二人とも馬鹿ですね」

「ストレートにひでえ事言いやがるな」

「でも良かったじゃないですか」

「良かったって何がだよ」

 割と真剣に分からなかったので訪ねてみると、渚は普通に茶化す様子もなく答えてくれた。

「トレーニング仲間というか朝練仲間、できたんじゃないですか?」

「朝練仲間……か」

 渚が教えてくれた情報通りに考えると、里羽は通常の魔術の使用に大幅な制限が掛かっている。
 だとすれば里羽は素の状態を伸ばす事が他の魔術師と比べても大きく重要になってくるポイントの様に思える。

(……それであんな時間から走ってたのか?)

 まあ憶測でしかなくて、真意は分からないけど。
 だけどまた明日以降里羽があの場に現れるとしても、一つ渚には訂正しておきたい事がある。

「……いや、別に仲間じゃねえよ。俺今日の朝練メニューアイツの所為でぐちゃぐちゃになってるからな?」

「それほぼ完全に赤坂さんの責任じゃないですかね?」

 ……一理ある。
 そんな事を考えながら、普通科の校舎に足を踏み入れた。

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