元、チート魔王が頼りない件。

雪見だいふく

作戦開始『中編』

 そわそわしていたせいであまり眠れなかったがダルい身体を起こし学校へ向かう。

『よしっ……! 今日の九時頃作戦開始だ』
『分かってるよ。魔王様。絶対に決めるぞ!』

 学校に着いてからもあまり落ち着けなかったが何とか授業をこなし下校時間になる。

「「「「さようなら」」」」

 その声がかかった途端に家にダッシュで帰る。
 急いで帰る必要は無いのだが何となく早く帰りたい。そんな気分なのだ。

 そして一本道をサバンナを駆けるチーターのように速く走り家に到着し、すぐ部屋に駆け込む。
 俺は部屋に戻り膝に手を置き息を整える。

「はぁはぁ」
「お、おい……学校が終わってから五分しか経ってないぞ……?」
「こ、こんなもんだろ」
「そ、そうか……それより今日は早く帰る必要は無いんじゃないか……?」
「はぁはぁはぁ。なんか落ち着かなくてな」
「お前もか。俺もこんなに弱い状態で砦に突っ込むのは初めてだからな。ていうかアドバイスしか出来ねぇ……」
「はぁはぁ。任せとけ……今みたいなダッシュで水晶に近づいて上手いことたたき割ってやるよ」
「信じてるからな。任せる」
「……だけどな。その前に呼び寄せた勇者の力の本体をどう説得してあっちの世界に行くよ」
「もう後ろからドーンみたいな感じでぶん殴るとか?」
「……返り討ちにされるだけだろ。されなくてもそれだと悩みは解決しないから砦の道は迷路のままだよ」
「……俺も魔力が少しでも使えればなんとかなるんだけどな。こっちの世界じゃ今のところは何にも……砦に入れば小さいとはいえ少しくらいなら何が出来ると思うんだけどな」
「んー……とりあえず話が出来ればいいよな。いざとなった時用の武器と防具か……防具は厚い本を服に挟むとかでもいいんじゃないか……? ナイフが本に刺さって心臓までは突き刺さらなそうだし」
「漫画本にそんな感じで防いでるのがあったな。無いよりはいいと思うぞ」

 漫画であったのか……防げなそうな気がしてきたけど、まぁいいだろう。
 そう思い次は武器を選ぶ。

「武器はどうしよう……。そうだなこのナイフでいいか……」

 と、躊躇いながら小回りの聞きそうな短いナイフを手に取る。
 ナイフを分かりやすく説明すると百均で売っているマジックナイフの刃がしっかりしているような感じだ。

「ナイフねぇ……お前、殺す気があるのか?」
「い、いざとなった時のためだ。殺す気は無いよ」
「まぁお前は運動神経も良いからナイフなんて無くても投げ飛ばして気絶させたり出来そうだけどな」
「いや……大人と本気で取っ組み合ったら勝てないと思うぞ」

 いくら運動神経抜群とは言えど大人を投げたりは出来ないだろう。
 仮に出来たとしてもそんなのはリスクが高すぎる。
 それに比べて相手はナイフで心臓をひとつき等ありえるかもしれない。
 そのために分厚い本を用意したのだが防げるのかは分からない。
 だが、入れておけば安心感はあるだろう。

「確かに……そうだな。あっちの勇者は不意を付けば何とか水晶を破壊できるかもしれないがこちらの人間とは話をしなきゃだしな」
「魔王様は力を取り戻すまでダメなんだろ? なら、それまでは俺が頑張るしかないからな」
「本当に……助かるぜ」

 作戦を最後にまとめたり七時に出された夕食を食べたりと準備を整え部屋で待機していると時刻は八時半を指していた。
 親にバレないよう、こっそり家から出てバス停まで向かう。

『ここからは念話で話しておくぞ。相手は何処から出てくるか分からないがとりあえずバス停から裏で来るまで待機だ』

 そして腕につけた時計をチラチラ確認しながら周りを把握する。
 現時刻は八時五十七分。

『そろそろ来てもおかしくないな……』
『そうだな』

 と、話しているとバス停裏から微かに影が見える。
 俺はそいつと距離が数十メートルあるところに歩いて出る。

「突然だがなお前が勇者側の人間か?」

 と、身長百七十センチくらい痩せ型。髭の生え方や顔の老け方から三十代、四十代。その程度ではないだろうか。
 頭にはニット帽を被っていてマスクを付けている。
 黒いパーカーに黒いズボン。
 いかにも犯罪者というような格好だ。

「……お前が魔王側の人間か。勇者様がお怒りだったぞ? 馬鹿にしやがって。そのせいで俺も今ここでお前を片付けなくてはならない……」

 と、震えた声で強がりパーカーの中から血? のような赤いものが付着したナイフを取り出す。
 持ち手は短いが刃の部分はジャックナイフのように楕円状に曲がっている。
 一本、また一本踏み出してくる相手に俺は挑発を仕掛ける。
 怖くて足の震えが止まらないがびびっている場合ではない。

「お、お前。なんか迷ってんだろ? そ、そんなんで俺をこ、こりょせるのか?」

 残念ながら震えていたせいか噛んでしまっ跨相手の動きを止めることは出来ただろう。
 ここで俺は踏み出しもう一度仕掛ける。

「お、おい! そんなビビってるお前に俺がこ、こりょせるのか? その間に俺がこりょすぞ?」

 また同じ場所で噛んでしまう。
 やはりそういう殺しとかになると怖くなるものなのだろうか。
 と、震える体を戯れ言で誤魔化す。
 そして相手は一気に近づいてきた。

 か、覚悟を決めたってことか……!?

 こ、ここで死んだら砦を落とすとかそういう問題じゃねぇぞ?
 恐怖のあまりおどおどしていた俺に対して助言が入る。

『お、おい構えろ!』

 咄嗟にナイフを前に突き出すようにして構える。
 その瞬間、相手が身震いしているのも分かったが、そう思った頃には手遅れだった。
 相手のナイフが俺の胸を目掛けて接近してくる。
 走馬灯のように色んな事を考えられる。
 時間が止まっているようにも見えた。
 こ、こんなのかわせる訳ない……!
 分厚い本が作用しなかった瞬間に俺……いや、俺と魔王様は『死ぬ』。
 そう思うと時間の感覚が戻ったような感じになる。
 死を覚悟し恐怖のあまり目を閉じてしまっていたがなかなか刺されたという感覚がしない。

 何故、刺されていないんだ? と、思い目を開くと同じタイミングでナイフが地面に突き刺さる。

「お、俺にはこんな関係のない若者を殺せない……」

 と、床に座り込み泣き始めた。
 こぼれ落ちる涙が土に染みていくのが暗くても分かった。

「実は私、人を殺したんです。それも……最愛の女性を――」

 この人には何かがあり。
 考え。願いを叶えたのだろう。そしてそれが悩みに繋がってしまった。
 そんな人の話を聞くのは当然だと思うし、平和的解決も狙える。
 だから俺は黙って話を聞くことにした。

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