元、チート魔王が頼りない件。

雪見だいふく

紅蓮烈火残

 ……この本だよな。

 俺は紺色の本の前に立つ。

『魔王様。突然なんだけど……今から、大変な目に遭うかもしれない!』
『は? 危険なことなら、相談しろよ?!』
『危険っていうか……この前、触れた本があっただろ?』
『あったな』
『俺の推測によると、その本に触れないと、先には進まない』
『いやいやいや! 待てよ! それで間違ってたら、どうすんだって!』
『でも……立ち止まってる暇は無いだろ?』
『……そうだが』
『なら、いくぜ!』
『ちょ、待っ……』

 俺は、止めようとする、魔王様を無視し、本に触れる。

 プルルルルルル

 この前と似たような警備音が鳴る。

「だから! 言っただろ、馬鹿か!」
「これも何か意味があるんだって!」

『侵入者発見。侵入者発見。ただちに排除してください』

 この前は、『排除します』だったような……。気のせいか。

「また、本が攻めてくるんじゃないか?!」

 魔王様が慌てて、そう言うが、本は動きを見せない。

「攻めてこないな。何か起こるのか?」

 俺の推測は合っているんじゃないか?

「何も起こらないぞー」
「……」

 魔王様は黙り込んでいた。

「おーい!」
「あ、あぁ! ごめん! ……じゃなくて、敵! 敵! 早くこっちに来い!」

 魔王様が一人で身構える。
 俺は、そこへ急いで向かう。敵ってのは面倒だけど……確実に何かが変わっている。
 攻略方法はこれで合っているのではないだろうか。

 そして、近付くと金属音のような物が聞こえてくる。

 ガチャガチャ

「実際に、まだ、敵は見ていないんだ。でも、この音……」
「これは近付いてるよなぁ……」

 俺達は恐怖からか、その場で身構えてしまった。

 さっさと逃げれば良かったものを……。

「……発見」

 冷めたような声が図書室中に響き渡る。

「おいおい……。どこにいんだよ、魔王様」
「俺だって……分かんねぇよ!」

 敵を感知するような魔法は無いのだろうか。攻撃に全て、振っているのだとしたら、それはそれで魔王様らしくて良いとは思うが。
 と、関係ないことを考え、気をまぎわらす。

 そんな時……。

「排……除」

 その声は一気に近付いていた。
 金属と金属が触れ合う音と共に、グレー色の鎧を着たていて、腰に剣を刺した、勇者らしき男が走ってきていた。
 スピードを見る限りだと、そこまで速くはない。

「おいおい……。あれが、新しい勇者じゃないか?」
「スピードは無いし、案外、楽そうだな」

 俺が、そう言うと、魔王様は詠唱をするためか、右手を前に突き出す。
 そんな背中を見て、俺も威勢のいい声を上げる。

「おっけ。戦うんだな……!」

 と、俺はナイフを鞄から出し、構える。俺の想いの方が強ければ……何が出来るかもしれないからな。負けてたら……あれだけど。

 そして、みるみる相手は近づき、俺達との距離。残すところ、十メートルくらいになっていた。

「排除……します」

 すると、相手は立ち止まる。
 あれ……。あんな格好をしているのに、突っ込んでこないのか?
 相手は右手の平を俺達に見せつけるように、前へ突き出した。

「……紅蓮烈火残ぐれんれっかざん

 物理っぽい、名前だな……。どうやって来るんだ?
 俺が身構えていると、魔王様が焦るように、振り返り、俺の体を触る。

「テレポート!」

 俺の体は図書室外へ浮いていた。
 何だか熱かったような……気がした。

「うわっ! ……何すんだよ!」
「そ、そんな事を言ってる場合じゃねぇぞ……」

 魔王様の声が震えていた。死ぬかもしれないという、恐怖が感じられた。

「この技は……やばい」

 そう言うと、魔王様は震える手で図書館内を指差す。

 そこには……。

 俺の立っていた場所。
 から、直線を描くように綺麗さっぱり黒焦げていた。

「この技は……。本気を出した、俺くらいじゃないと、使えない」
「ま、マジか!?」

 そ、それって、逃げなきゃ! と、言おうとした時には金属音が近付いているのが分かった。

「に、逃げるぞ!」

 魔王様が急いで立ち上がり、廊下をダッシュする。
 俺もそれに続く。
 何かを言ってる暇もない。
 考えている暇もない。それくらいに焦っていた。

「はぁはぁはぁ……」

 廊下をダッシュしてから、すぐに、後ろから詠唱が聞こえてくる。

「熱っ!」

 物凄い勢いで、俺の横。廊下の一番窓側が焼け散った。
 こ、こんなのを受たら、たまったもんじゃない!!

「え、詠唱をするまでに、少しだけ時間がかかってるみたいだ……。そこで、一気に逃げられればいいんだが……」

 魔王様……。後ろにまで気を止めていたのか。意外と優秀……!

「そう……だな」

 俺も冷静さを取り戻してきていた。

「ここからは……後、どれくらいだ?」

 呑み込めなかった、息をグッと呑み込む。

「分かんねぇ……けど、この前よりは近いんだ! 頑張るしかねぇだろ!」
「魔王様……分かった!」

 俺も力を振り絞り、全力で走り込む。
 すると、後ろから二度目の詠唱が聞こえてくる。

「あぁ! もう!」

 魔法の直線を廊下の大きさで分けると、四本くらい入りそうだ。
 その中で、現在、一本埋まっている。
 つまり、後三発、飛んできたら少なくとも死ぬ。
 間に合うのか……?

「こ、これヤバくないか。相手の手でも封じて、魔法を止めさせないと……!」
「いや……! この詠唱の遅さなら、ギリギリ間に合うと思う。攻めたところで太刀打ち出来るとは思わないしな」

 魔王様が、そう言ったのと同じタイミングで二発目の詠唱が今度は一番教室側の方に飛んでくる。

「た、助かったな」

 直線で考えるのなら、現在、俺が教室側の廊下。
 魔王様が窓側の廊下だ。

「ま、間に合うよな……」

 この分なら、助かる気がする。

「間に合うと思うぜ」

 俺達は無言で走り続ける。相手の詠唱をしっかりと聞く為だ。

 そして……廊下に光が見え始める。

「よし……! もうすぐに着くぞ!」

 二部屋前の廊下くらいの距離ならテレポートで終わりだ……。

「っしゃあ!」

 と、俺達が喜び、もう少し……という時。

『油断していたのが仇となった』

 魔王様が慌てたような顔をし、俺に急いで触れる。
 走っていこともあり、触りにくいのか飛び込んできた。

「テレポート……!」

 次の瞬間、俺は魔王様が元々、いた場所に倒れ込み、魔王様は火の中へ飛び込んでいた。

「……うわぁあぁあぁあ!!」

 俺は恐怖で悲鳴を上げてしまう。

 俺のせいで……魔王様が、俺のせいで……!!

「あ、安心しろ……耐久には自信がある……」

 と、火が上がっている場所から体を匍匐前進するように出る。
 そして、魔王様は自分に回復魔法のような詠唱をして、かける。

「お前のせいじゃねぇよ……俺の力不……」

 魔王様の体は再生したと、思いきや、倒れてしまった。
 俺はそこにしゃがみ込む。

「おい……! 大丈夫かよ! おい!」

 だが、魔王様に返事はない。
 俺が心配をしていると、相手は一歩ずつ近付いてくる。
 魔法では決めてこない。舐めプか何かなのだろうか。
 それでも、近付くにつれて、恐怖を感じ、動けなくなる。

 俺が魔王様を守らなきゃいけないのに……。

 ガチャガチャ

 相手は、どんどん近づき、俺の前に立ち止まる。
 俺が魔王様を……! 考えれば考えるほど、動けなくなる。


「排除……します」


 そう言うと、腰から剣を取り出し、俺に構えた。


 ……その恐怖によって、俺は動くことが出来なかった。

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