異世界は割とどうでも良かったけど地球もピンチらしいので行ってきます。但し相棒のおかげで胃がマッハです。

N通-

出陣

 あの後、少しだけライラが落ち着く時間を作り、ぽつりぽつりとライラは語り始めた。

「あの子は……リイラ・ルーランは幼い頃から身体が弱くて、いつもベッドの上で過ごしているような子でした。わたくしはそれを不憫に思って、外の世界の話を聞かせたり、一緒に本を読んだりして仲良く過ごしていたのです……。でも、それはわたくしの一方的な思い込みだったのですね」

 ライラは今まで信じていたものが崩れ、相当なショックを受けているようだった。

「ふむ、しかしあの子は元々帝位には興味がない素振りを見せていたが、それも全て演技だったというのか。恐ろしい事だ……」

 公爵でさえ、第二皇女の腹の中を読めてはいなかったらしい。しかし、まだ10歳前後に見える子供にしては余りにも大人びている。事情を知らない僕からすれば、今見た彼女の姿が全てであり、それは異常な事のように思えた。

「何か彼女の野心に火をつけるような事が起こったのでしょうか。あれは、凄まじい憎しみに囚われているように見えました」

 僕の意見に、公爵は首を横に振る。

「わからん。私はそもそも王城に行く機会そのものが少なくてね。それについてはライラの方が余程知っているとは思うが……」

「わたくしにもわかりません。リイラは子供の頃から本当に仲良しで、わたくしにも良く懐いてくれていると……信じていたのですが」

 悲しそうに呟くライラの肩を、リアがそっと抱きしめた。

「だが、これで決定したな。マサヤ殿の魔法がまやかしでないならば、主犯はリイラだ。急ぎ捕らえ、厳罰に処さなければならない」

「そういえば、お兄様に協力をって言ってましたけど、大丈夫なんでしょうか?」

 公爵は僕の言葉にハッとなり、顔を引き締めた。

「マズイな。第一皇子と手を組まれると非常に厄介な事になる」

「確か、軍関係の指揮をしてるとか仰ってましたね」

「そうだ。だから我が領地に攻め込んでくる可能性もありうるな」

 僕の世界の国でも碌でもない所はあったが、世界の危機がそこに迫っているというのに、団結もせずに内乱を引き起こそうとは正直呆れてしまう。

「ライラ。私たちは急ぎ王都へと上りリイラの断罪をしなければならない。下手をすればこちらが謀反の疑いをかけられて正当性を与えてしまう可能性もある」

 公爵は一刻も早いリイラの討伐を促す。しかし、肝心のライラはまだ迷いがあるようだ。

「……。リイラは、討たねばならないのでしょうか」

「皇位の簒奪さんだつは大罪だ。それはライラも良く知っていよう?」

 黙り込んでしまったライラにかわって、僕が公爵に疑問を投げた。

「しかし、ライラに罪を着せると言っても無茶じゃないですか? 彼女は皇帝が退位するなら、第一候補なのでしょう?」

「リイラのあの姿を見た後ではな……どのような手を使ってくるか解らんが、確実に葬れるように何か仕掛けてくるのは間違いない」

 ライラの次の発言を皆で息を呑んで待つ。重苦しい空気の中、ライラは目を閉じ、ゆったりと息をついて。カッと見開いた。

「解りました。いくら血がつながっている実の妹と言えどもはや大罪人。わたくしがこの手で断罪致します」



「手伝うわ、ライラ。私たちに任せてくれればオッケーなんだから!」

「僕も手伝うよ。ライラ、だから君は国の事を一番に考えるんだ」

「ありがとう、リア、マサヤ殿……」

 僕達の様子を見て、公爵は重々しく頷いた。

「それでは、早速いまからでも出発するのだ。私も早馬の手配をしよう。……そうだ、マサヤ殿の魔法で王都まで一気に移動することはできないのだろうか?」

「申し訳ないですが、あの魔法は万能ではないんですよ。一回使うと昼から夕方になるほどの時間がかかるんです」

「ふむ、それなら途中まで移動しようが結局のところ変わらないわけか。ならば我が領地の兵士を貸そう。そしてマサヤ殿の魔法が回復次第、王都へと一気呵成に上り詰める」

「もういっその事彼女の部屋へ直接飛んでしまえばいいのでは?」

 僕の意見に、それもそうかと一同が頷いた。

「ライラは彼女の部屋は解るのだろう?」

「もちろんです。……叔父様、お願いが。私にも武装をお貸し願えますか」

「……本気なのだな、ライラ」

「はい」

 頷いたライラの瞳には悲しみや憤りが宿っていたが、それ以上に自分の手で終わらせる覚悟が見えていた。

「では手配しよう」

 そして、その時が来るまで僕達はじりじりと待った。

 今は応接間のような場所で、兵の準備が整うのを待っている時間だ。公爵の私兵はそれほど多くないとはいえ、制圧するにはそれなりの人員が必要だろう。僕の対面のソファーには、うつむいたまま顔をあげないライラと、それを痛ましそうに見ているリアが座っていた。

「ねえ、ライラ。今は我慢しなくていいのよ」

 リアの言葉に、弾かれたように顔をあげるライラ。やがて、その顔はくしゃくしゃに崩れていき、止めどなく涙が溢れていた。

「あなたには……何でもお見通し、なのですね……。うぐっうわあああああああ!!」

「伊達にあなたの親友を名乗ってはいないのよ」

 リアの胸に顔を埋めて泣きじゃくるライラは、慟哭とも言える泣き声で喚いた。

「どうして、どうしてあの子なの!? どうしてわたくしなの!? わたくしは皇位なんて本当は欲しくなかった!! 一番最初に生まれたというだけ、たったそれだけで……あの子とわたくしの立場が逆であればこんな事にはならなかったの!? 皇家の血なんて、なんて呪わしいモノなの!!」

「ライラ……」

「あの子の言うとおり、わたくしはお花畑の住人でありたかった! ただそれだけで満足だった! リアと一緒に遊んで……大人になって、恋をして、幸せな家庭を築ければそれで良かった!」

 ライラの述懐を、僕達は黙って聞いていた。

「うわああぁぁぁぁ……」

 彼女は泣き続ける。今までの分と、そしてこれから流すであろう血の涙の分まで、ここでその全てを吐き出すかのように。未来の自分には、もうこのように泣く事などゆるされてはいないということを、彼女は理解しているのだろう。ただ僕達は願っていた。この子には、泣いた分だけの幸福を、と。

 
 松明が赤々と集まった兵を照らす。その数は厳選された二十名だった。その兵を前に、金属の軽鎧に身を包んだライラが立つ。腰の剣を抜剣し、大きく掲げる。

「敵は大罪人、謀反を起こそうと企てた逆賊である、皆、心してかかるように!!」

『おおおおおおお!!』

 気合の雄叫びが城の中庭に響き渡る。

「出陣よ、マサヤ殿!!」

「はい、皇女殿下!」

 僕は彼女の要望に応え、魔法を解き放つ――!

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