異世界は割とどうでも良かったけど地球もピンチらしいので行ってきます。但し相棒のおかげで胃がマッハです。
ドラゴンの子
ドラゴン、竜種とも呼ばれるその種族はこのヴァールスにおける最強の存在だった。現に魔王軍ですら竜種とは敵対をしないように注意を払っていると聞く。
『どうした、そんな入り口でぼんやりとしてしていないで、中に入ってくつろいでくれ客人』
「は、はいぃ」
寝そべっているが、その頭だけで人間の大人など5,6人はまとめて飲み込めそうなほど巨大が顎を動かして発する声の圧にビリビリと体が震える。
「おとーさん、これ今日の食事だよ!」
と、天真爛漫な様子でモモがカゴいっぱいにつまった果物を差し出している。
『すまない、モモ。いつもみたいに口に入れてくれるかい?』
「はーい!」
元気な返事をしたモモは、巨竜が大きく口を開けると、その中に躊躇いもなく飛び込む。
「あっ!?」
リアがモモの安否を危惧するが、僕は心配していなかった。
「いっぱい食べてねー!」
モモはカゴの中の実をぽいぽいと喉に放り込んでいたが、やがて面倒くさくなったのか、カゴをひっくり返してどざーっと中身を全てぶちまけた。ひょいっとモモが口の中から飛び降りると、ドラゴンは口を閉じてむぐむぐと口を動かして実を食べ始めた。
『うむ、美味しいぞモモ』
「えへへー」
ドラゴンに褒められて照れているモモ。
『それで、君たちは私に何の用かな?』
「あ、あぅ……」
ダメだ、リアのやつ完全に気後れしている。ここは僕が行くしかないか。
「突然の訪問すみません。実は僕達迷子になってしまって、このダンジョンの出口を教えて欲しいんです」
すると、ドラゴンはその大きな目を更に丸くすると、大きく口を開けて哄笑した。
『ぐわはははは! 迷子とな! 人間の迷子など、聞いたこともないぞ!』
笑い声だけなのに凄い圧力が僕達を襲い、髪が後方へと流されていく。ほのかに甘い香りがするのは先程の実の匂いだろうか。
『それで、ダンジョンの入り口を教えたら人間の軍勢を連れて我を退治に来るか……?」
目をすがめ、僕達を見定めようとしているようにドラゴンは沈黙した。短い沈黙を破ったのはリアだった。
「あなた、おとーさんなんでしょ?」
『う? うむ。そうだな。モモの世話をしておる』
「私は、勇者の名に賭けて親子の仲を引き裂くような真似はしないと誓うわ!!」
『勇者、勇者だと……。そうか、今代の勇者はお前達なのか』
「そうよ、私達が勇者。魔王の軍勢に立ち向かう為に創造神様に選ばれた戦士なんだから!」
「そうだね。僕達の使命はあなた方の絆を奪うことじゃないです。出口を教えてもらえれば、すぐに立ち去って二度とこの地に訪れないと約束しましょう」
『ふふふ。そうか。勇者の名に賭けて誓われたのなら、私もドラゴンの矜持にかけて答えよう』
「ありがとう、ドラゴンさん」
『はっはっは! まさか人間に礼を言われるとはな』
ドラゴンはそれまで放っていたプレッシャーを嘘のように霧散し、リラックスした状態になった。
「それで、出口に関してなんですが……」
『そうだな。口で伝えるのは難しい。そっちの黒髪の若者よ。私に触れるのだ』
僕はドラゴンに言われるがままに、その鼻先に手で触れる。
『ぶはっ! くすぐったい! もうちょっとこう違う所にしてくれんか』
「あ、ごめんなさい」
そりゃあ人間も鼻に触られたら変な感じになるよね。僕は納得して、今度は頬? の辺りに手を触れる。
『今から龍魔法でお前の脳内に直接このダンジョンの構造を送り込む。この地図があれば、地上までの最短ルートも解るはずだ』
パシっと頭の中で何かが弾けると同時に、まるで3D映像を眺めているようにこのダンジョンの隅々までが頭の中に描かれていく。これは……想像以上に巨大な迷宮だった。そして幸運なのは、僕達がいる位置が比較的浅い層、地上にほど近い場所にあるということも解った。
『もう良いかな?』
「はい、ありがとうございます! これで地上に無事たどり着けます!」
『……地上か。お主達の同族は今どのような状況にある』
これにはリアが応える。
「今は戦線膠着状態ね。魔族の侵攻も本格化はしてないけど、国境線での小競り合いはずっと続いているわ。大陸の西側は比較的平和ってところかしら。私達の国テレシーは激戦区の一つだけど、他国の援助のおかげもあって何とか持ちこたえている状態ね」
「リア、君って実は政治の事も解ってたりしたのか!?」
「自分の国の状況ぐらい知ってるわよ!?」
『ふふふ、そうか……』
一言答えたドラゴンは、しばらく黙考していたようだが、僕達の話しに入ってこれずに一人遊びをしていたモモを呼び出した。
『モモ、こちらに来なさい』
「? はーい!」
『私の声を良く聞くんだ……」
「いつも聞いてるよー?」
『いいから、ほら、モモ……深く……深く……沈むように……』
「あ……れ……? おとー……さん……」
ドラゴンの声を聞いていたモモはとろんと目の焦点が合わなくなり、やがてぱたりと糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「ちょ、ちょっと何やってるの!」
リアが慌ててモモに駆け寄り抱き起こす。僕もすぐそばへと寄り、彼女の様子をみてみてるがスースーと静かな寝息を立てて寝ているだけのようだった。
『騒ぐでない、モモが起きてしまう……』
リアの抗議を静かにたしなめ、ドラゴンは僕達へと首をもたげた。
『端的に言おう。私は長く生きすぎた。もうはやこのダンジョンから出る力も残ってはいない』
「寿命……ってこと……?」
沈痛な面持ちをしたリアに、ドラゴンはゆっくりと頷いた。
『そうだ。モモはまだ私がほんの少しだけ力を残していた頃に、ダンジョンの入り口に捨てられていた赤子だった。そのままでは獣かモンスターに食べられて終わりだったろう。見捨てるのもしのびなく、拾って育てていたのだが……。私は近いうちに魂の安寧の場所へと還ってしまうだろう』
「そんなっ! それじゃあ残されたモモは……」
思わず口を挟んでしまった僕に、ドラゴンはわかっている、とでも言うように鷹揚に頷いた。
『この巡り合わせも創造の女神の慈悲なのかもしれんな。私は、ここからモモを連れ出してくれる者がいないかと、有り得ない希望を夢想するようになった。そんな折に君達が現れた。そこでお願いがある』
ここまで言われて察せられないほど、僕もリアもバカではない。
「モモを、ここから連れ出してくれってこと?」
もはや確認事項のような問いかけに、ドラゴンは肯定する。
『モモは身近な存在の死というものを体験したことがない。最悪の結末になる前に、彼女を人の世界に戻すべきだと私は思う』
「で、でも僕達なんかじゃあ……」
『お主達は勇者なのだろう? これ以上信用できる存在もあるまいよ』
そう言われては沈黙せざるを得ない。ドラゴンの気持ちは痛いほど解る。こんなダンジョンの奥でひとりぼっちになったモモがどうなるのか、想像もつかない。
『私の最期の頼みとして聞いてはくれぬか』
僕は、決意した。リアを振り向くと、彼女も同じ気持ちだと、言葉を介さなくても伝わってくる。
「解りました。モモを引き取ります。でも、これだけは譲れない条件があります」
『なんだ? 報酬なら奥に財宝がある。子どもには何かと物入りだろう、好きに持っていくがいい』
「そんなことじゃないです。ただ、あなたとこのまま、モモが眠ったままお別れは無しです。お別れの挨拶だけはしてあげてください」
『む……』
僕の願いに、ドラゴンは即答はしなかった。それが本当にモモの為になるのか考え込んでいるのだろう。目を閉じ、ゆっくりと息を吐き出す。
『……解った。モモを起こすとしよう』
ドラゴンの目線がモモに向いた瞬間、モモはねぼけたようにしばらく目をこすっていたが、やがて意識がハッキリしてきたのかゆっくりとリアから離れ起き上がる。
「あれえ? モモ、寝ちゃってたのです?」
『モモよ、話がある』
「うー? なんなのです……?」
周囲の空気を察したのか、モモは少々怯えながらドラゴンの言葉を待っていた。
『モモよ、お前には私の代わりに世界を見てきて欲しいのだ』
「どういうことなのです?」
『お前はいつかここから旅立たねばならなかった。その時が来たということだ』
「ここから離れるのです? おとーさんも一緒なのです?」
『いや、私はここから動く事ができないのはモモも知っているだろう?』
「いやなのですっ!! おとーさんを置いて行くなんてモモには出来ないのですっ!! モモはおとーさんとずっと一緒にいるのです!」
モモは突然大声を上げ、ドラゴンにすがりつくと泣きわめいた。こうなることは解ってはいても、胸を締め付けられる。
『モモよ。私はお前の本当の父ではない。人は人の中にいるべきなのだ。そして、私の代わりにこの世界がどうなっているのか、見てきておくれ。私はいつまでもここで待っている』
「……」
『解ってくれ。これは私の願いなのだ』
「おとーさんの……お願いなのです……?」
『ああ。私の自慢の娘が、広い世界に旅立って、色々な経験をして、もっと色々な事を知って、成長して欲しい。それが私の願いだ』
「おとーさん……」
『モモよ、お前に私の力を授けよう。手を出してごらん』
モモはドラゴンの言うことに素直に従い、手を差し出した。そこへ、ドラゴンの額から光球が飛び出し、ふわふわと浮かんでいたが、ゆっくりとモモの手の中に吸い込まれていった。
『これでお前が私の娘である証を残すことができた。どんなに離れていても、私たちは一緒なのだ』
「ほんとだ……おとーさんを体の中に感じるのです」
『モモ、旅立ちの時は来た。私を連れて、世界を見てきておくれ』
「うー、うー、……。わかったのです。おとーさんの代わりに、世界を見てくるのです! そして、またお父さんにそのお話をしに来るのです!」
『良く言った! 流石は私の娘だ!』
「わたしはずっと、ずーっとおとーさんの娘なのです!」
胸を張るモモ。それを優しげな瞳で見詰めたドラゴンは、そのまま静かに目を閉じた。
『私は眠い……そろそろ寝させてもらおう……。行ってこい、我が娘よ』
「はい! がんばってくるのです!」
やがてドラゴンは、静かに寝息を立て始めた。僕とリアは堪えきれずに涙する。優しきドラゴンと、その娘の別れはこうして訪れたのだった。そして、新しい出会いも。
「おにーさん、どうして泣いているのです?」
「なんでもない、なんでもないよ……。さあ、行こうか!」
僕はぐいっと涙を拭い、モモの小さな手を取った。僕達は信用されて任されたのだ。モモのことを守り続け、そして彼の願いを果たす事を誓い、この洞穴を去った。
後には、静かに眠れるドラゴンのみが残された……。
『どうした、そんな入り口でぼんやりとしてしていないで、中に入ってくつろいでくれ客人』
「は、はいぃ」
寝そべっているが、その頭だけで人間の大人など5,6人はまとめて飲み込めそうなほど巨大が顎を動かして発する声の圧にビリビリと体が震える。
「おとーさん、これ今日の食事だよ!」
と、天真爛漫な様子でモモがカゴいっぱいにつまった果物を差し出している。
『すまない、モモ。いつもみたいに口に入れてくれるかい?』
「はーい!」
元気な返事をしたモモは、巨竜が大きく口を開けると、その中に躊躇いもなく飛び込む。
「あっ!?」
リアがモモの安否を危惧するが、僕は心配していなかった。
「いっぱい食べてねー!」
モモはカゴの中の実をぽいぽいと喉に放り込んでいたが、やがて面倒くさくなったのか、カゴをひっくり返してどざーっと中身を全てぶちまけた。ひょいっとモモが口の中から飛び降りると、ドラゴンは口を閉じてむぐむぐと口を動かして実を食べ始めた。
『うむ、美味しいぞモモ』
「えへへー」
ドラゴンに褒められて照れているモモ。
『それで、君たちは私に何の用かな?』
「あ、あぅ……」
ダメだ、リアのやつ完全に気後れしている。ここは僕が行くしかないか。
「突然の訪問すみません。実は僕達迷子になってしまって、このダンジョンの出口を教えて欲しいんです」
すると、ドラゴンはその大きな目を更に丸くすると、大きく口を開けて哄笑した。
『ぐわはははは! 迷子とな! 人間の迷子など、聞いたこともないぞ!』
笑い声だけなのに凄い圧力が僕達を襲い、髪が後方へと流されていく。ほのかに甘い香りがするのは先程の実の匂いだろうか。
『それで、ダンジョンの入り口を教えたら人間の軍勢を連れて我を退治に来るか……?」
目をすがめ、僕達を見定めようとしているようにドラゴンは沈黙した。短い沈黙を破ったのはリアだった。
「あなた、おとーさんなんでしょ?」
『う? うむ。そうだな。モモの世話をしておる』
「私は、勇者の名に賭けて親子の仲を引き裂くような真似はしないと誓うわ!!」
『勇者、勇者だと……。そうか、今代の勇者はお前達なのか』
「そうよ、私達が勇者。魔王の軍勢に立ち向かう為に創造神様に選ばれた戦士なんだから!」
「そうだね。僕達の使命はあなた方の絆を奪うことじゃないです。出口を教えてもらえれば、すぐに立ち去って二度とこの地に訪れないと約束しましょう」
『ふふふ。そうか。勇者の名に賭けて誓われたのなら、私もドラゴンの矜持にかけて答えよう』
「ありがとう、ドラゴンさん」
『はっはっは! まさか人間に礼を言われるとはな』
ドラゴンはそれまで放っていたプレッシャーを嘘のように霧散し、リラックスした状態になった。
「それで、出口に関してなんですが……」
『そうだな。口で伝えるのは難しい。そっちの黒髪の若者よ。私に触れるのだ』
僕はドラゴンに言われるがままに、その鼻先に手で触れる。
『ぶはっ! くすぐったい! もうちょっとこう違う所にしてくれんか』
「あ、ごめんなさい」
そりゃあ人間も鼻に触られたら変な感じになるよね。僕は納得して、今度は頬? の辺りに手を触れる。
『今から龍魔法でお前の脳内に直接このダンジョンの構造を送り込む。この地図があれば、地上までの最短ルートも解るはずだ』
パシっと頭の中で何かが弾けると同時に、まるで3D映像を眺めているようにこのダンジョンの隅々までが頭の中に描かれていく。これは……想像以上に巨大な迷宮だった。そして幸運なのは、僕達がいる位置が比較的浅い層、地上にほど近い場所にあるということも解った。
『もう良いかな?』
「はい、ありがとうございます! これで地上に無事たどり着けます!」
『……地上か。お主達の同族は今どのような状況にある』
これにはリアが応える。
「今は戦線膠着状態ね。魔族の侵攻も本格化はしてないけど、国境線での小競り合いはずっと続いているわ。大陸の西側は比較的平和ってところかしら。私達の国テレシーは激戦区の一つだけど、他国の援助のおかげもあって何とか持ちこたえている状態ね」
「リア、君って実は政治の事も解ってたりしたのか!?」
「自分の国の状況ぐらい知ってるわよ!?」
『ふふふ、そうか……』
一言答えたドラゴンは、しばらく黙考していたようだが、僕達の話しに入ってこれずに一人遊びをしていたモモを呼び出した。
『モモ、こちらに来なさい』
「? はーい!」
『私の声を良く聞くんだ……」
「いつも聞いてるよー?」
『いいから、ほら、モモ……深く……深く……沈むように……』
「あ……れ……? おとー……さん……」
ドラゴンの声を聞いていたモモはとろんと目の焦点が合わなくなり、やがてぱたりと糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「ちょ、ちょっと何やってるの!」
リアが慌ててモモに駆け寄り抱き起こす。僕もすぐそばへと寄り、彼女の様子をみてみてるがスースーと静かな寝息を立てて寝ているだけのようだった。
『騒ぐでない、モモが起きてしまう……』
リアの抗議を静かにたしなめ、ドラゴンは僕達へと首をもたげた。
『端的に言おう。私は長く生きすぎた。もうはやこのダンジョンから出る力も残ってはいない』
「寿命……ってこと……?」
沈痛な面持ちをしたリアに、ドラゴンはゆっくりと頷いた。
『そうだ。モモはまだ私がほんの少しだけ力を残していた頃に、ダンジョンの入り口に捨てられていた赤子だった。そのままでは獣かモンスターに食べられて終わりだったろう。見捨てるのもしのびなく、拾って育てていたのだが……。私は近いうちに魂の安寧の場所へと還ってしまうだろう』
「そんなっ! それじゃあ残されたモモは……」
思わず口を挟んでしまった僕に、ドラゴンはわかっている、とでも言うように鷹揚に頷いた。
『この巡り合わせも創造の女神の慈悲なのかもしれんな。私は、ここからモモを連れ出してくれる者がいないかと、有り得ない希望を夢想するようになった。そんな折に君達が現れた。そこでお願いがある』
ここまで言われて察せられないほど、僕もリアもバカではない。
「モモを、ここから連れ出してくれってこと?」
もはや確認事項のような問いかけに、ドラゴンは肯定する。
『モモは身近な存在の死というものを体験したことがない。最悪の結末になる前に、彼女を人の世界に戻すべきだと私は思う』
「で、でも僕達なんかじゃあ……」
『お主達は勇者なのだろう? これ以上信用できる存在もあるまいよ』
そう言われては沈黙せざるを得ない。ドラゴンの気持ちは痛いほど解る。こんなダンジョンの奥でひとりぼっちになったモモがどうなるのか、想像もつかない。
『私の最期の頼みとして聞いてはくれぬか』
僕は、決意した。リアを振り向くと、彼女も同じ気持ちだと、言葉を介さなくても伝わってくる。
「解りました。モモを引き取ります。でも、これだけは譲れない条件があります」
『なんだ? 報酬なら奥に財宝がある。子どもには何かと物入りだろう、好きに持っていくがいい』
「そんなことじゃないです。ただ、あなたとこのまま、モモが眠ったままお別れは無しです。お別れの挨拶だけはしてあげてください」
『む……』
僕の願いに、ドラゴンは即答はしなかった。それが本当にモモの為になるのか考え込んでいるのだろう。目を閉じ、ゆっくりと息を吐き出す。
『……解った。モモを起こすとしよう』
ドラゴンの目線がモモに向いた瞬間、モモはねぼけたようにしばらく目をこすっていたが、やがて意識がハッキリしてきたのかゆっくりとリアから離れ起き上がる。
「あれえ? モモ、寝ちゃってたのです?」
『モモよ、話がある』
「うー? なんなのです……?」
周囲の空気を察したのか、モモは少々怯えながらドラゴンの言葉を待っていた。
『モモよ、お前には私の代わりに世界を見てきて欲しいのだ』
「どういうことなのです?」
『お前はいつかここから旅立たねばならなかった。その時が来たということだ』
「ここから離れるのです? おとーさんも一緒なのです?」
『いや、私はここから動く事ができないのはモモも知っているだろう?』
「いやなのですっ!! おとーさんを置いて行くなんてモモには出来ないのですっ!! モモはおとーさんとずっと一緒にいるのです!」
モモは突然大声を上げ、ドラゴンにすがりつくと泣きわめいた。こうなることは解ってはいても、胸を締め付けられる。
『モモよ。私はお前の本当の父ではない。人は人の中にいるべきなのだ。そして、私の代わりにこの世界がどうなっているのか、見てきておくれ。私はいつまでもここで待っている』
「……」
『解ってくれ。これは私の願いなのだ』
「おとーさんの……お願いなのです……?」
『ああ。私の自慢の娘が、広い世界に旅立って、色々な経験をして、もっと色々な事を知って、成長して欲しい。それが私の願いだ』
「おとーさん……」
『モモよ、お前に私の力を授けよう。手を出してごらん』
モモはドラゴンの言うことに素直に従い、手を差し出した。そこへ、ドラゴンの額から光球が飛び出し、ふわふわと浮かんでいたが、ゆっくりとモモの手の中に吸い込まれていった。
『これでお前が私の娘である証を残すことができた。どんなに離れていても、私たちは一緒なのだ』
「ほんとだ……おとーさんを体の中に感じるのです」
『モモ、旅立ちの時は来た。私を連れて、世界を見てきておくれ』
「うー、うー、……。わかったのです。おとーさんの代わりに、世界を見てくるのです! そして、またお父さんにそのお話をしに来るのです!」
『良く言った! 流石は私の娘だ!』
「わたしはずっと、ずーっとおとーさんの娘なのです!」
胸を張るモモ。それを優しげな瞳で見詰めたドラゴンは、そのまま静かに目を閉じた。
『私は眠い……そろそろ寝させてもらおう……。行ってこい、我が娘よ』
「はい! がんばってくるのです!」
やがてドラゴンは、静かに寝息を立て始めた。僕とリアは堪えきれずに涙する。優しきドラゴンと、その娘の別れはこうして訪れたのだった。そして、新しい出会いも。
「おにーさん、どうして泣いているのです?」
「なんでもない、なんでもないよ……。さあ、行こうか!」
僕はぐいっと涙を拭い、モモの小さな手を取った。僕達は信用されて任されたのだ。モモのことを守り続け、そして彼の願いを果たす事を誓い、この洞穴を去った。
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