異世界でニートは英雄になる

黒い野良猫

第三三話 大切なもの

 暫くして、ルーがゆっくりと立ち上がった。

「そこのカラス、よくもやってくれたな。折角見つけた器を汚しやがって」

 ルーは身体を叩き、汚れを落とした。二、三回足踏みすると、その足元から魔法陣が出てくる。

「一応名乗っておこう。俺の名はドリナエ・スフィア。魔王軍のNo.3であり、魔獣の使い手だ」

 そう言うと魔法陣から、沢山のダークウルフが出てきた。

「つまり、全ての元凶はお前って事か」
「ご名答。本当は早めに殺りたかったが、貴様らが邪魔したお蔭で計画が崩れた」

 ドリナエはアイルとルーに催眠を掛け、王宮を襲わせた。だが運悪くタイガが帰ってきてしまい、尚且つ催眠まで解かれた。そこでドリナエはオルドラン村付近の森でダークウルフを召喚し、村を襲った。そこでダークウルフに村長を噛ませ、村長自体をダークウルフの支配下に置いた。そしてギルドに依頼した。
 本当なら依頼で来た人をどんどん襲ってダークウルフに伝染させようとしたが、その依頼をタイガ達が受けてしまい、逆に減ってしまった。それを利用して、ダークウルフに支配されている村長が『全滅した』と嘘をつかせ、村を滅ぼした後王宮に向かうつもりだった。そこでルーが一人でいるのを見つけ、憑依した。

「つまり、俺達は始めからお前に誘導されていたのか」
「あぁ。お前が一人で走って行ったときは傑作だったよ。お前が居なきゃこいつらは烏合の衆同然。でも意外にやるもんだな。俺以外の三人で全滅させちゃったよ。まぁ、俺はそこを狙ったんだけどね」

 ドリナエは高笑いしながらタイガ達を見る。剣を握るタイガの手が力強くなっていく。

「もう話は終わりかい? なら、行け」

 ドリナエが合図を出した瞬間、ダークウルフ達は一斉にタイガ向かって走り出した。

「【ソード・ルカ】」
 《【ソイドレス】》

 タイガは数匹風波で斬り、ペルは吹き飛ばす。そしてタイガはその場にとどまり、両手の指で銃の形を取り、近付いて来た二匹に向かって撃った。

「【ミストレアス】」

 水玉は二匹を貫通し、その場に倒れた。

「頼むぞ、ペル!」
 《任せてよ。【アトラスト】》

 ペルは素早くルーに憑依しているドリナエの所に飛び、ペルにしか使えない魔法を唱えた。

「効かんよ。憑依は催眠と違い、精神そのものを俺が支配しているんだからな」

 ドリナエはニヒル口で笑い、ペルの上に魔獣を召喚した。
 踏み潰されそうな所を間一髪で避けたペルは、タイガの下に戻る。

「さぁ、今度はこいつを相手にしてもらおう」

 先程、ペルの上から召喚された魔獣。高さが四メートルくらいある巨大なゴリラだった。

「いくら何でもデカすぎないか?」
 《気を付けてタイガ。こいつの攻撃力は半端ないから》
「え?」

 タイガはよそ見をしてしまった。その時を狙って、巨大ゴリラはアッパーカットでタイガを真正面から殴った。下から来た攻撃の為、タイガは上に飛ばされた。だが、タイガは直ぐに体勢を立て直し、下に落ちながら魔法を撃った。

「【クリアミスト】!!」

【クリアミスト】は水魔法である【ミストレアス】に光魔法を雷に性質変化させた【クリアガービル】を混ぜたもので、水玉に雷を纏わせるものだ。
【クリアミスト】はゴリラの眉間に撃ち抜かれ、そこから体内に電撃が襲う。ゴリラは動かなくなり、倒れた。

 《【ソイドレス】》

 ペルはタイガに向かって【ソイドレス】をしてゆっくりと下ろした。

「貴様……」

 ゴリラが直ぐにやられたことにより、怒りを露わにするドリナエ。タイガも苦痛な表情をする。

 ――クッソ! あのゴリラの攻撃力半端ねぇ……。あばらを何本か折られた。とりあえず【エントレス】をかけよう……

 タイガは、状態異常を回復させる【エントレス】を自分自身にかけ、折れたあばらを修復する。まだ痛みはあるが、先程よりはましになった。
 ドリナエは自分の親指を噛み、血を地面に垂らした。

「血塗られし眷属よ。我が血の契約に従い、その姿を現せ」

 ドリナエがそう唱えると、血が落ちた所から魔法陣が出てきて、一瞬にして大きくなった。その魔法陣の中から、頭に響く程の雄叫びが聞こえた。

 《これはまずいな……》

 それを見て、ペルはそう呟きながらタイガにこの場から離れるように言った。これから召喚される魔獣は、今までとは比べ物にならない。だが、タイガはピクリとも動かなかった。それは、恐怖で身体が動かないのではない。完全に戦う姿勢で待っているのだ。魔獣が来るのを。

 ――ミルミア達はまだ目が覚めそうにないな。ここに置いておくと巻き込まれる可能性がある。モナローゼさん達騎士団も呼びたいが、ここまで時間が掛かるに違いない。なら何処かに隔離させるしかない!

 タイガはミルミア、リンナ、アイルを一気に担いでその場を離れた。かなり離れた所で、三人を一ヶ所にまとめ、【ゴート】で壁を作った。

「ペル! みんなを見ていてくれ」
 《タイガ! 君は……》

 タイガはペルに背を向け、小さく言った。

「俺はルーを取り戻したい。そして、みんなで笑って明日を、明後日を、その先を過ごしていきたいんだ。厳しい戦いなのは分かっている。でも、もうあんな夢は見たくないんだ!!」

 そしてタイガはドリナエがいる所に戻っていく。

「ほう。逃げたと思ったんだが、何故戻って来た。勝てもしない戦に挑むとは」
「みんなに危害を加えない様に離れに寝かせておいたんだよ。それに勝てるかどうかなんて、闘ってみないと分かんないだろ?」

 タイガは申鎮の剣を構え、ドリナエが召喚してくる魔獣を待ち構えていた。

「お前のそういう所、嫌いじゃないぜ。でもな、人間なら諦めも肝心だぞ。後悔したくなければな。出でよ、血黒龍ダークブロードドラゴン!」

 下の魔法陣から、今までと比べ物にならない大きさを持つ龍が召喚された。

「さぁ、こいつに喰われる前に早く逃げたらどうだ? どの道、明日には全て終わっている。あの女の命もな!」

 すると、ダークブロード・ドラゴンは口からもの凄い威力のある火炎放射をしてきた。タイガはそれを【ゴート】で防ぐ。

「そんな物で防いでも意味は無い。それごと焼き払え!!」
「くっ――!」

 更に威力が強くなった火炎放射は、タイガの土の壁を簡単に壊してしまった。

「諦めろ。お前の負けだ」
「悪いな。俺は諦めの悪くなった男でね。一度決めたことは、最後までやり通す様になったんだよ」

 タイガはスゥと息を吸い、大声で叫んだ。

「ルー! お前はそんな簡単に諦めて良いのかよ! 仮にもお前はコナッチ王国の騎士団だろ!」
「何を言っている。お前の声はこいつに届かない」

 タイガのいきなりの行動に、ドリナエはあざ笑う。だが、タイガはそれを止めない。

「お前言ったよな! 自分には大切な人がいるって。今は会えないけど、立派な騎士になったら迎えに行くって言ったよな!」

 初めて出会い、親友となった日。男達だけで会話をしている時、ルーはタイガに言っていた。

『大切な人を、ボクは守りたい。そして迎えに行くんだ。約束を果たす為に』

「お前はそれで良いのか!? それで大切な人を守れるのか!?」
「くっ――! 血黒龍、殺れ!」

 タイガが喋っていくうちに、ドリナエに異変が起きる。それに危険を感じ、召喚した龍にタイガを殺すよう命令する。
 血黒龍は火炎放射を放つが、全然威力がない。契約者であるドリナエの様子がおかしいからだ。
 タイガは火炎放射を躱していき、ドリナエに向かって走る。

「守りたいもんがあるなら、意地でも守りやがれ!! 簡単に乗っ取られてんじゃねぇよ!!」

 そしてタイガは拳を握り、ドリナエ、基ルーの右頬を思い切り殴った。殴られたルーの身体は勢いよく飛ばされ、近くの木にぶつかり、後頭部を打って気を失った。
 タイガは近付くと、ルーに纏っていた黒いオーラは消え去った。それと同時に血黒龍や召喚された魔獣が煙の様に消えていった。

「はぁ、はぁ……くっ――!」

 突然タイガのあばらに痛みが走った。いくら回復魔法で回復したと言っても、応急処置に過ぎない。簡単に言うと、痛み止めが切れたみたいなものだ。
 タイガは立つのが辛くなり、その場に倒れようとする。すると誰かがタイガを支えてくれたお陰で、タイガが倒れることは無かった。

「アイ……ル……」
「弟を救ってくれてありがとう。今はゆっくり休め」

 タイガの下に来たのは、巻き込まれない様に遠くで寝かせておいたミルミア、リンナ、アイルだった。
 タイガはみんなが無事だと知ると、そっと目を閉じた。

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