チート仮面と世界を救え、元英雄の異世界サバイバル救国記

穴の空いた靴下

第三話 扉の隙間

 久しぶりに頭上に広がる真っ青な空。
 太陽は煌々と輝き、目の前に広がる壮大な緑地を照らしている。
 スネ辺りまでびっしりと映える緑の絨毯、それが目に見えるすべての範囲に広がっている。
 振り返れば巨大な森。
 生態系に線を引いてるかのように綺麗に世界が分かれている。

「これは、日差しの対策がいるな……」

 獣道は、緑の絨毯の上にまっすぐに伸びている。
 まるで何者かがこの道を進むことを義務付けているように……
 メリウスは一旦考える。
 草原に出たことは嬉しいが、こんどは自然の恵みが極端に少なくなる。
 森の中なら容易に手にはいった食料や水、そして素材……
 これらを得ることができずにこの草原を走り続けて、一体どれだけ走ればいいのかわからない。
 しっかりと下準備をするべきと考えた。
 草木を編んで作るカバンは工夫を重ね容量を増やす。
 水の貯蔵もしっかりとする。
 食料も木の実などを含め計算して持ち歩く。
 森は5日で抜けられた、草原はそれ以上かもしれない。
 それでも、保存が効くような代物は少ない。
 最終的には木の根でもかじりながら耐えるしか無い。

「草原には草原の実りもあるが、森よりは少ないからなぁ……」

 狩りをする弓矢も何個か作成して少しは形になっている。
 しかし、矢数も心もとないし、威力も出ない。
 自分の膂力を使って硬い弓をこしらえたが、それでも動物を捕るとなると、10mと言ったところか……
 空を飛ぶ鳥を落とすなんて夢のまた夢だ、事実森の中で見かけた鳥たちはあざ笑うように矢を避けてくれた。

「無いよりは、マシだ」

 その他、木と石をくくりつけた原始的な道具もいくつか作っている。

「そうか! 時間をかけてでも台車は作ろう!」

 ふと思いつく。
 森に入り手頃な木に石斧を叩きつける。
 粗末な道具でも、メリウスの力と合わされば巨木を倒す。
 抉られた木はミシミシと悲鳴を上げはじめ、ついには倒れる。
 火おこしにも使う強靭な蔓は表面が金属のようにボコボコしており、まるで糸鋸のような働きもする。
 それを利用して木を丁度いい大きさに切り分ける。
 台車と言っても立派な車輪がつくような物を作るには道具が足りない。
 変に車輪をつけるのではなく、彫り抜いた木の底に滑る革をつなぎとめる。
 ソリのようなものだ。それに縄をくくってメリウスが引くことで持ち運べる容量は飛躍的に増える。
 木の内部を削るのも底の細工も全て道中で拾った石を使う。
 いい道具を使えば簡単な作業も、メリウスは汗だくになりながら力でカバーするしか無い。
 結局、この作業に二日ほど使うことになる。
 そこから森の中で素材を集め、食料をため、森を出る準備ができたのはメリウスがこの世界で目覚めてから10日が経過していた。

「うむ。行くかね」

 ズリズリと台車を引きずる。
 幾重にも重ねた滑らかな革は地面との摩擦を和らげ、肩にかけた背負紐への負担を少なくしてくれる。
 軽くはないが、この先の旅の大切な道具を運んでくれる相棒だ。

「これもいい鍛錬だな!」

 台地をしっかりと踏みしめ、とうとうメリウスは草原へと足を踏み出していく。
 自分にとっての唯一の道標である獣道を、一歩また一歩と進んでいく。
 台車の性能を確かめながら身長に進んでいくが、いろいろな工夫によって考えていたとおりの性能を発揮してくれていることを確信すると、メリウスは歩みの速度を上げていく。
 最初に身に着けていた服は何度も草木でこすり洗いをしてボロボロで妙な色に染まっている。
 そんな男が草原を丸太を引きずっている。

「人に見られたら気でも触れていると思われるかもしれんな……」

 クックックと笑いが漏れてくる。
 それでも、自分自身の今の状況が、どうしても嫌いになれない、むしろ日々が楽しくて仕方がなかった。

「我ながらこんな生活に胸躍るとは、以前の自分はどんな生活をしておったんだろう?」

 考えても思い出せない自分の過去、他意はなくその時も今までと同じように過去の扉を開けようとしていた。
 歩みは緩むことはない、作業をしながら開くことのない記憶の扉を叩くことは彼にとって癖みたいになっていた。

 開かないはずの扉、この時は、音もなく開いたのだ。

----------------------------------

 思い出すのは剣を握り、槍を握り、拳を握る日々。
 来る日も来る日も戦っている。
 相手は異形の集団、犬のような姿、虎のような姿、羽を持つ獅子、そして人型をしているが鋭い牙を持つものや、我々と同じように剣や槍、弓を使うものも居る。
 様々な敵と戦い続けていた。
 敵の姿は千差万別、一つ共通しているのは我々に激しい敵意を剥き出して、その瞳を真っ赤に輝かせていることだ。
 狂ったように襲い掛かってくる敵を、剣で斬り、槍で突き、拳を叩き込む。
 毎日毎日毎日毎日。
 守るべきは背後に居る人々の生活。
 皆、その思いで敵と戦い続けていた。
 一人、二人と倒れていく仲間。
 自分が一つ敵を余計に倒せば、仲間が倒す敵が一つ減る。

 俺は、気がついた。
 一つ倒せば、一つ減る。
 二つ倒せば、二つ減る。
 全て倒せば、全て減る。

 斬った。
 突いた。
 殴った。
 打った。
 叩いた。
 砕いた。
 殺した。
 殺した。
 殺した。

 向かうものを全て倒し続けた。
 少しでも早く、多く、敵を倒せば倒すほど仲間の負担が減る。

 俺は、殺し続ける日々を、延々と繰り返していた。
 背後には敵と味方の死体が積み上がっていく。
 それでも、それでも信じて戦い続けるしか無かったのだ……
 終わりのない戦いだとしても……

 手を見れば、その目には血まみれの身体が映る。
 その血が、敵のものか、味方のものかもわからなかった……

-------------------------------------

 パキン!

 甲高い音でメリウスは記憶の旅から戻ってきた。

「今の音は……?」

 無意識のまま道を走っていた歩みを緩める。
 何かが顔からこぼれ落ちるような気がして、思わず手で受け止める。

「これは……コレの音か……」

 手のひらの上には真っ白な破片。
 仮面を触れると仮面の一部が小さく割れていた。

「……今の記憶と関係あるのか?」

 かけた部分に指をかけても、仮面は相変わらずびくともしなかった。
 先程思い出した記憶。
 欠けた仮面。

「関係ないと思うのは無理があるな。
 俺が過去を思い出せないのは、これのせいか?」

 コンコンと仮面を叩く。
 仮面は何も語らない。

 ふと気がつけば日差しが斜めになっている。
 記憶の旅に行っている間に想像以上に時間が過ぎていたようで、昼の食事を忘れていた。
 メリウスは少し迷ったが、あの記憶のせいであまり食欲がなかったので、夕方まではこのまま道を進み、寝床を作り食事を捕ることにした。
 緩めた歩みを再び早める。

 美しい草原を走っている。
 日差しは温かい、風も気持ちがいい。
 それでもメリウスはずっと先程視えた光景を思い出していた。
 血の色に塗りたくられた記憶。
 気持ちのいいものではない、それでもメリウスにとって過去を表しているだろう記憶から目を逸らすことが出来なかった。

「ふむ、今日はこのくらいにするか」

 日が暮れる前に、寝床を作らなければいけない。
 準備は万端だ。
 木枠を組んで地面に打ち込む。
 編み上げた草木の皮を壁と天井にする。
 簡易的なテントだ。
 土を掘って軽さと耐熱性を考えた石を組み上げる。
 火の起こし方もすでに苦労しない。
 ついでにこの荷車は木の皮で作ったフードもついているので雨が降っても荷物が濡れることはない。
 色々と考えている。

 手早く食事の用意をする。このあたりも慣れたものだ。
 最近は風味を変えて食事を楽しむ余裕もある。
 煮るだけではない、焼く、蒸すなど調理の仕方も増えている。

「うん、景色が変わると食事もまた楽しくなるな」

 草原では頭上に空が広がっている。
 満天の星空、木々の隙間から見る星空とは桁違いだ。
 火のゆらめき以外一切の光のない場所で見る星空は、まるで空が輝いているようだった。

「圧巻だな……」

 あまりに美しい星空に、気がつけば瞳から涙がこぼれていた。
 凄惨な過去の映像と、今目の前に広がる素晴らしい景色、その二つがメリウスの心を激しく揺り動かした。
 ひとしきり涙を流すと、メリウスの心に覆いかぶさっていた闇が払われていたようにスッキリしていた。

「進むしか無いな」

 最後に残ったスープの味は、少し塩っ辛く感じた。

 ここがどこかもわからない、自分が誰かもわからない。
 それでも、進むしか無い。
 それが自分にとって何よりも大事なことだとメリウスは確信していた。

 草原で過ごす初めての夜は、満天の星空に包まれた最高の一夜となった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品