チート仮面と世界を救え、元英雄の異世界サバイバル救国記

穴の空いた靴下

第四話 念願の物

 朝日が鋭くメリウスの瞼を照らしている。
 少し設営の方向を誤った。
 地平線から昇る太陽の光が丁度、寝床に差し込んできている。

「ふむ、次は気をつけよう」

 ゆっくりと身体を起こす。
 寝床も編み込んだ物を幾重にも重ねて研究して、初期に比べると非常に寝心地が良い。
 クルクルと畳んで端を紐で結べば持ち運びにも便利だ。
 慣れた手つきで寝床の撤収作業を済ませていく。
 テントも片付けることを念頭に置いてあるので、簡単に素早く畳んでいく。
 食事を手早く作ったら火種を消して竈の石に土をかけて冷やす。
 コレも再利用だ。
 木炭もいい感じのものは回収する。
 資源は有限、大事に使えるものは使っていく。
 万能収集箱となっている水筒の筒を大量に用意してある。
 食材の保存から食器、調理器具、何にでも使える。

 朝食は芋のような根菜をその筒の中で蒸した物。
 それにキノコを炒めたものを一緒に食べる。
 ゆっくりと噛むとねっとりとした味わいがして旨い。
 腹持ちもいいので朝食は好んで食べている。
 ピリッとした味で炒めたキノコとの相性がいい。

「酒があればなぁ……」

 思わず願望が口をついて出てしまった。
 それから食事の準備も終えて全ての荷物を台車に乗せる。

「よっし! 今日も進むか!」

 朝早くに目が冷めたのでまだ日も低く涼しい、コレくらいのほうがペースを上げて進める。
 それに、昨日より空に少し雲が増えている。
 もしかしたら、天候が崩れる可能性もある。
 早めに移動しておきたい。

 無駄かもしれないが、火種には最後に周囲の草をかぶせておく。
 しばらくすると白煙が上がる。
 簡易的な狼煙のようなものだ。もしも誰かが見てくれてこちらに近づいてくれれば、そういう淡い期待を込めている。

 草原を小走りで進んでいても、周囲への注意は怠らない。
 もしかしたら外敵が居るかもしれないし、今後の生活に役立つものがあるかもしれない。
目についたものがあれば、道を見失わないように印を立てて見に行ったりする。

「うむ、これは食えるな」

 今も少し離れたところの藪にベリーの仲間を見つけることが出来た。
 一つ口に放り込むと結構な甘みと気持ちがいい酸味が口を楽しませてくれる。
 森に比べればかなり頻度は落ちるものの、こういった物は時折発見できた。

 そして、最高の出会いがメリウスに訪れる。

「……ん? 何かが近づいて……」

 動くものの気配を見つけ、そちらを見たメリウスは、思わず言葉を失ってしまう。
 見間違いかと目をこするが、ソレは間違いなく草原を自分に向かって走ってきている。

「おお……いや、落ち着け。あれを使うか……」

 ソレは、イノシシだった。
 たぶん。彼の知る物とは少し違うような気もしたが、1m程のよく肥えた体、短い足を必死に動かしてこちらに駆けてくる。
 その大きな牙とフガフガと興奮した姿、普通なら恐怖を感じるが、メリウスの頭の中は一つのことでいっぱいだった。

 肉!!

 荷物から槍を取り出す。
 硬度と粘りのある木にしっかりと石の穂先をくくりつけた。
 メリウスの技で丸太を貫く程度のことは可能だ。
 中段に構えて獲物の接近を待つ。
 脳裏を血なまぐさい記憶がかすめるが、肉に対する熱望が圧倒的に勝利した。

「そのままそのまま……いい子だ……」

 足音が地面を伝わりメリウスの身体にも響いてくるが、恐怖心など皆無だ。
 恐ろしい速度でイノシシはメリウスの身体を弾き飛ばすつもりで突進してくる。
 メリウスの身体がイノシシと重なり、弾き飛ばされる! かに見えた。
 しかし、メリウスはただ半歩身を引き、無防備に晒されたイノシシの横腹、心臓をやりで貫く。

「その生命、一切の無駄なく活かさせてもらう」

 突いた槍はすでに引かれ綺麗な傷跡から大量の血が流れ出し、ビクリと体を震わせてイノシシは倒れ絶命する。
 メリウスの絶技で心臓を一突きしたものの、柄にはヒビが入り、先の石もグラグラし始める。
 使い捨てに近くなってしまった。しかし、そのかわりに得たものは巨大だ。
 メリウスは、命を手に入れた。

 今日の予定は変更だ。
 この獲物をありがたく頂く。
 本来動物を捌くのは大量の水を必要とするが、今は水は貴重品だ。
 手持ちの木々を組んでイノシシを吊るす。
 すでに心臓を穿たれて大量に血を失っているが、さらに首から血を抜いていく。
 石の刃では獣の革を切るのは難しいが、そこは技術でカバーする。
 周囲の草を束ねて箒のようにして身体の汚れを丁寧に払っていく。
 そして出来る限り革を大きく利用出来るように剥いでいく。
 剥がした革はそのまま天日干しだ。
 油で手が滑るが、この油を利用できると思うだけで胸が沸き立つようだった。
 肉が見えるだけで唾液が溢れてくる。

 石を火で炙りながらの作業のため、油を火で炙るたびにたまらない匂いが出る。
 少し溶けた油を舐めただけで、メリウスの脳天に電撃が落ちた。
 無言になり必死に解体作業を続ける。

 腹から胸まで開いて食道から内臓を一気に外す。
 腸管は、文字通り断腸の思いで諦める。
 水を豊富に使えない状態で消化管はリスクが高すぎる。
 大きな穴を掘って放り込んでいく、余すとこなく活かすと言っておきながらと心のなかで悔やむ。
 肝臓は丁寧に取り出す。
 肺を外して心臓も取り出す。
 心の臓に大きな穴を開けてしまったが、それでも命がそこにある。
 膀胱は水をためたり利用できるので取っておく。
 内臓で食用にするのは肝臓の一部、心臓の一部だ。
 葉を広げそーっとその上に置いていく。
 我慢ができずに肝臓の一切れに塩を振り、よ~く火を通して口に放り込む。

「ぐわ!」

 あまりの旨さにふらつきを覚えた。
 濃厚にとろけるレバーがその凶悪な旨味と脂を身体に染み込ませる。
 獣臭さは確かにあるが、それを遥かに超える旨さが脳天を殴りつける。

「は、早く終わらせよう」

 内臓を抜いた身体を中央で開き、骨を抜いて切り出していく。
 この骨も色々と使いみちがある。
 丁寧に丁寧に肉を剥がしていく。
 大きく取れる部位もあれば削り取った肉もでる。
 今の状況で、これらを活かす調理、と言うか保存方法は限られる。

「塩漬けと、燻製だな……」

 塊の肉に塩を塗りつけて葉で包み水も貯められる木の実の中にしまう。
 大量に塩を使うが、岩塩は最も大事と考えて大きめのものを運んでいる。

 ストックも出来得る限り作っておく。
 削り取った肉と残った枝肉は燻製にする。
 手持ちの材料で簡易的な燻製箱を作る。
 森で幾つか試して燻製用の木々も持ってきている。
 肉を手に入れたら必要になると思っていたから大正解だ。
 手の込んだ方法は出来ない、塩を振って、乾かして、煙で燻す。それだけだ。

 モクモクと立ち上がる燻製箱に満足して、残しておいた肉を調理に使う。
 削り取った細かい肉を石でさらに叩いてひき肉にする。
 それに各種の香辛料をませてこねれば肉団子だ。
 幾つかには心臓や肝臓も混ぜ込む。
 これをいつも作る野草とキノコのスープに入れるのだ。
 グツグツと煮立つスープの表面に普段は出ない油の層が現れる。
 大量に体にはいった油でキノコも炒める。
 そして、心臓や肝臓も焼く。
 その日の夜飯まで一心不乱に作業したメリウスに与えられた豪華な食事だ。

 イノシシの焼肉、イノシシの油で炒めたキノコのソテー、野草とイノシシ肉の肉団子スープ。
 香りだけでメリアスの腹の虫が反乱を起こしそうになっている。

「いただきます」

 メリウスの手が震えている。
 まずはキノコをソテーしたものから口に運んでいく。

「ぬが! これがキノコだというのか!!」

 濃厚な脂の旨味、今まで食べていたものが同じキノコだとは到底信じられないジューシーな味わい。

「も、もう我慢ならん!」

 ついで焼肉だ。焼いただけ。
 ただ焼いただけ。それでも噛み締め口に広がる旨味は暴力的だった。
 肉、内臓、旨い。彼の頭は退化していく。

 残すスープ一口すすれば脂が熱を逃さないために熱い!
 それでも、次の瞬間叩き込まれる旨味で熱さを忘れてしまう。
 口の中に何箇所かやけどを作るが、熱いからこその旨さ、身体が獣の脂を取り入れて火がついたようだった。
 その旨味を吸った野草も別次元の旨さ、さらには内臓を混ぜ込んだ肉団子の旨いこと旨いこと……

「天国だ……」

 貪るようにあっという間に大量の料理を平らげてしまった。

 野菜だけの食事でも十分だったが、肉料理というものは別ベクトルで身体を、魂を満たしてくれた。
 ほんとうの意味での満腹、それを教えてくれた。

 もくもくと煙をあげる燻製箱もなんとも心地よい香りを放っている。
 これは今回のように、いや、肉食の獣を呼び寄せるのではないかと心配になる。
 丁寧に周囲の草を刈り取り、篝火を囲うように設置する。
 素晴らしい食事を得ても、生きるための工夫はしっかりと行う。
 寝ている間に野犬に食われたら笑い話にもならない。

 色々な備えをしていると空はすっかり星空に変わっていた。
 少し朝よりも雲が増えている。
 明日あたりに天気が崩れるかもしれない、そこら辺の備えもしないといけない。

 広大な自然の中でちっぽけな自分が生き残る備えを、必死にしている時、メリウスは過去で見た血なまぐさい人生よりも生きていると感じていた。

 手に入れた骨や牙などを細工している内に眠気を覚え、メリウスは夢の中に落ちていくのだった。 




 


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