チート仮面と世界を救え、元英雄の異世界サバイバル救国記

穴の空いた靴下

第四十一話 戦いの行方

「ぐぼっ……ば、馬鹿な!」

 横腹の傷も肉が盛り上がりすぐに塞がってしまう。
 それでもゴブリンキングの口からは大量の鮮血が吹き出される。

「シャロンよくやった! だが油断するな!」

「はい!」

 油断なんてとんでもなかった。一見メリウスたちが一方的に攻めているようだったが、常に全力全開の戦闘の結果、なんとか食いついているというのが正しい。
 側を掠めるだけで肉が抉れる王の攻撃、幾つもの傷を作り血を流しながら、王と対峙している4人の消耗は計り知れない。

「皆! 諦めるなよ!」

 メリウスの声が皆に力を与えている。
 心の問題だけではない、メリウスの言葉が身体を動かし、魔力を回し、気力を維持させていた。
 勇者としてのスキル。カリスマ。
 仲間たちを鼓舞し、体力、魔力の回復を増強し、身体能力を高める能力がいつの間にか開眼していた。
 もちろんホルスにもその恩恵は広がっている。
 粉々になった骨が一つにまとまった化物を相手に、ただ一人で踏みとどまり続けている。
 鉄斧の刃は幾度も叩きつけぼろぼろになっており、すでに鈍器で戦っているのと変わらない。
 骨の塊と化した敵には、むしろ丁度よかった。

「メリウス達の邪魔はさせない!」

 全身傷だらけだが、その覇気は衰えを知らなかった。

「おのれおのれおのれおのれーーー!!」

 さらに王の肉体が隆起する。
 下半身と上半身のバランスがおかしいほどに筋肉が隆起する。
 確かに攻撃は早くなるが、同時に隙も大きくなり、物理的にも的が大きくなる。
 巨大な上半身を支えるにはアンバランスな下半身は斬りつけられれば容易にバランスを崩し、さらに隙を生んでしまう。
 王は過去の戦いで神の介入がなければ苦戦などしたことがなかった。
 そのために現状の問題点を冷静に分析することができなかった。
 強靭な力で振るった棍棒が、敵を切り裂かないことはおかしい、間違っている!
 その考えに支配されていた。
 ならば、さらに強靭な力で武器を振るえばいい、その思考の結果が現状だった。

「食らえ!」

 乱暴に振るった棍棒をかいくぐりカインの鉄剣が王の足を抉る。
 大きく傾いた上半身、隙だらけの横腹が露出する。
 間髪入れずに風のようにプリテがその横腹を切り裂く、二本の傷から鮮血が舞い散る。

「グズがぁ!! 貴様なぞ役に立たん! 我が武器となってせめて働け!」

 ついには骨の化物を自ら粉々に砕き、武器へと纏わせていく。
 巨大化した武器など悪手以外の何物でもない、台地を叩きつけ、爆裂するも、その鈍重な武器では4人は捉えられない。

 ホルスは自らの役目を終え、血だらけの身体は肩で息をしながら、すでに柄も折れた斧にもたれ、その戦闘を見守っていた。
 すでに目はかすみ、積み重なった極限の疲労から猛烈な睡魔に襲われていた。少しでも気を抜けば膝から崩れ落ちて意識を失いかねない。

「だめだ、きちんと皆の戦いを見届けないと……」

 遠くから戦闘を見ていたホルスだからこそ気がつけた戦場の変化、大穴から伸びた亀裂が、4人の戦場にまで伸び、その裂け目から、弱々しい小さなスケルトンが這い上がってきていた。
  どんくさく、力もないからこそ今頃這い上がってきた。

 ホルスは考えるよりも先に体が動いていた。
 使い物にならない柄を投げ捨て、残った魔力を全て振り絞り己の肉体を加速させる。
 スケルトンは完全な死角からシャロンの足に絡みついた。
 足を取られ、瞬きをする一瞬、シャロンはそのスケルトンの排除に意識を取られた。

「ヒヒッ、しねぇ」

 王は、自らの尊厳も忘れて顔を歪ませその武器を叩きつけた。
 シャロンはその一撃を避けることは不可能だ。
  メリウスたち3人がその攻撃にシャロンが反応できないことに気がつけるわけもなかった。
 無謀な攻撃をした王に生じた絶好のチャンスに強力な一撃を与える。
 それしか考えることができなかったとしても、誰も攻めることができなかった。

 シャロンはスケルトンを一撃のもとに破壊し、王へと意識を戻した。

(暗い)

 シャロンがその刹那に感じた風景だ。
 同時に激しい衝撃を受け、吹き飛ばされる。

「うおおおお!!!」

「おおおおお!!」

「えいやあああ!!」

 メリウス、カイン、プリテはその大きな隙に活路を見出した。
 己が持つ最大の一撃を王の身体へと叩きつける。
 カインの剣は王の腕と足を跳ね飛ばした。
 プリテの一撃は肩口から胸部を削ぎ落とした。
 メリウスの一撃は腹の中心を貫き、そのまま力いっぱい振り上げた。
 魔石を斬った。感覚がメリウスの手に伝わる。
 胸の中心から王の体が白く変化していくのを見て、この戦いが終わったことを知る。

「いやあああああああああああああ!!!!」

 勝利の余韻は、女性の叫び声でかき消される。

「フハハハハッハハハハハハ、愉快愉快!!
 勝ったと思ったか!! 
  貴様らの一部は我の道連れよフハハハハッハハ……」

 心の底から愉快そうに王は塩へと変わっていった。
 魔石は真っ二つに分かれて塩の中に転がっていた。

「ホルス!! ホルス!!!」

 再び3人の意識はシャロンの声で現実へと引き戻される。
 辛い辛い現実へ……

「ホルス……!」

 王の最後の一撃は、シャロンを突き飛ばしたホルスの半身を叩き潰していた。
 すでに骨で形作られた棍棒はホルスの体の上で砕け散り、塩と化していた。
 広がっていく血溜まりが、彼の命が消えていくことを残酷に示していた。

「メリウス……ヒュー……そこにいるのか……やつは倒せたか……ゴフッ……シャロンは大丈夫か?」

「ああ、ホルス。やつは倒したシャロンも無事だ。
 お前も村へ帰るぞ! こんな傷すぐに治してやる!
 俺の薬草はよく効くんだ!」

 ホルスの手を握るメリウス、その手から急速にあたたかみが消えていく……

「メリウス……いや、メリウス様。
 貴方のお陰で、私は幸せだった……
 村の皆を頼みます。
 シャロン、これからはメリウス様を頼むぞ。
 お前は、特別な役目を帯びているそれは自分でも解っているな……」

「はい……はい……」

 大粒の涙を流しながら、シャロンは何度も頷く。

「帰るぞホルス、死ぬな!」

 メリウスは力強くホルスの手を握り話しかけるが、ホルスにはその叫びは聞こえていないようだった。

「ああ……とうちゃん……かあちゃん……今……村の……しあわ……せ……」

 メリウスの握るホルスの手から力が抜ける。
 ほうっと最後の吐息がホルスの口から漏れると、彼の命の灯火が、消えた。

 彼の死に顔は、とてもとても幸せそうな、満ち足りた笑顔だった。



 

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