シスコン&ブラコンの天才兄妹は異世界でもその天賦の才を振るいます

蒼山 響

五大国家武術大会(2)

「さて、それでは皆様、長らくお待たせしたした。第23回五大国家武術大会予選、フォルネイヤ王国での試合を始めていきたいと思います!第一試合、リリー選手VSロンド選手。両選手の入場だァァァッ!」

「「「うおおおおおおっ!!」」」

メーヤから訊き出した未だ見ぬ敵に闘心を燃やしていると、司会進行役の男性が高らかに第一試合出場選手の呼び出しを始める。
それに釣られて観客達の熱気も徐々にヒートアップしていき、今では会場全体が猛烈な熱気に包まれる。

俺が熱気を若干暑苦しく感じていると、闘技場の中心に設立されている闘技場フィールドの両端の通路から出場選手であろう二人の男女が姿を現す。

「では先ず最初に入場選手の紹介をしていきたいと思います。右手に見えますリリー選手は──」

司会進行役の男性が対戦選手の解説を始めたのを機に俺も自身の準備に取りかかることにする。
対戦選手の呼び出しはランダムの為、呼びなのか出しが掛かる前に準備しておかなければ、万が一準備に遅れて不戦敗なんて失敗を冒しそうで心配だからな。

メーヤは意外と戦闘好きバトルマニアなのか、熱心な目で闘技場に目をやり観戦していた。エルフは余り戦闘を好まないような先入観があったから少し意外だ。

「雫、そろそろ起きてくれ」

「むにゅ…雫の辞書に朝なんて言葉は存在しないから、後三十二時間二十三分寝かせて…」

イヤに具体的な数字だな…

雫の寝そべっているソファーは雫一人がすっぽり収まるほどの大きさがあり、雫はその上で器用に身動ぎをする。

「そんなに待ってたら大会終わってるわ…」

「むぅ…他でもないお兄ちゃんの頼みなら聞いてしんぜよう」

俺の呼び掛けに応えると身体をソファーから起こす。
今朝とは違い、すぐさま夢の世界から意識を取り戻したことを見ると、流石の雫もこの歓声の中では充分な眠りには就けなかったのだろう。

「いつ呼ばれるか分からないから、前もって準備をしておこうと思ってな。以前話してた装備の件、問題ないか?」

「ん、準備満タン。今出すから、ちょっと待ってて」

雫はそう言うと空間収納マジックボックスを発動し、異空間内に手を突っ込み手探りで目的の物を取り出そうとする。

「うーん…確かこの中にしまった筈なんだけど…これかな?」

そう言いながらも雫が取り出したものは──

「…手錠?」

「む、間違えた。これじゃない」

雫の手に握られていたのは、その小さな可愛らしい手には似ても似つかないようなごっつい警察が使うような手錠だった。

目的の物ではなかったのか、雫は銀色に光り煌めく手錠をぽいっと適当に放り投げると再び空間内に手を入れる。

…何で手錠なんて持ってんの?

そんな疑問が頭の中を過ったが、何かに使うのだろうと適当に解釈しておく。
…先程から背中に悪寒を感じるのは気のせいだろう。

すると雫の放り投げた手錠は綺麗な弧を描いた末に落ちた先には──今現在、行われている試合の
観戦に夢中になっているメーヤの姿が。

ガツンッ!

「痛っ!えっ、何!?」

見事にメーヤの頭にクリーンヒット。
驚いたメーヤは手錠がぶつかった箇所を擦りながら辺りを見回す。

「あっ、お前か、神代妹!むやみに物を投げるな!」

「……」

「おい、話を聞け!」

「…ん、何?背が小さくて気付かなかった」

「だ、か、ら!ミリしか違わないだろ、私達の身長差!」

「2ミリとはいえ、勝ちは勝ち。見苦しい」

「むかっ!」

メーヤは雫の挑発に見事に乗ると、そのまま言い争いを始めてしまう。

はぁ…まったく、この二人は…顔を合わせる度に喧嘩してる気にするな。

俺は言い争いを続ける二人の元へと近づくと右手で雫を、左手でメーヤの首根っこを掴み、軽々と持ち上げる。軽いなぁ、この二人。あっ、縦に短いからか。

そんな事を考えながらもけして口には出さないように気を付ける。もし口にした瞬間、その時が俺の死であろう。
俺は極めて二人を刺激しないように優しく諭す事にする。

「ほら、二人とも、言い争いは程々にしておけ。メーヤも年上なら、少しは寛大になれ」

「と、年上…ま、まぁ、そうだな、私は大人だしな。少々大人げなかったな。すまん」

見た目から子供扱いされるのが多いせいか、メーヤは大人扱いされるのに弱い。実にチョロいですな。

「ふっ、ざまぁ」

「雫も挑発しない。さっきのは明らかに雫に非があったと思うぞ」

「うぬぅ…謝罪する」

二人は申し訳なさそうに身を縮こませると、素直に謝罪を述べあう。

「まぁ、雫も俺の為に探し物をしてくれていたわけだし、俺からも謝罪するよ。悪かったな、メーヤ」

「い、いや、別に気にしてないから大丈夫だ」

「むぅ、何か雫の時より対応が優しい」

「そ、そんな事ないし!」

「くんくん…これは発情している女の匂い。さっさとお兄ちゃんから離れる」

「は、はははは発情なんて、してないしっ!?て、敵ちょうなこと言うなよな!」

「ふっ、この程度で動揺するなんて、さては処女…」

「し、処女で悪いかァァッ!今まで出会いがなかっただけだし!違うし!」

めっちゃ動揺してますやん。

メーヤは顔を赤く染めると慌ただしく視線を右往左往に移動させる。
五百歳にもなって経験ないのか…その年で初心なのは一周回って長所だぞ、メーヤ!だから卑屈になるな。

「メーヤ、別段気にする必要はないぞ」

「そんな憐れみを含んだ視線で言われても説得力ゼロなんだが…」

「ほらっ、食べ物って時間を置いたら美味しくなる物もあるし、処女も熟成させた方が美味しくなるかもしれな──」

「死ねっ!」

「こぶふっ!」

言葉を遮るような形で俺の腹部にメーヤのストレートがクリーンヒット。

…痛てぇ。流石の俺もメーヤの筋力値で蹴られたら肌がヒリヒリするじゃないか。
尚、あれ程の威力が込められたパンチをマトモに食らってピンピンしていられるのは俺の耐久値があっての賜物だろう。

それでも一応痛みは感じたので俺は念の為服を捲って殴られた箇所を確認する。

「ほら。メーヤに殴られた所が赤くなってるじゃないか」

「私のパンチを正面から食らって平然としていて何を言うか…って、なんで服を捲ってるんだ!は、裸をそんな簡単に…ふしだらだぞ!」

そんな事を言いながらもメーヤの視線はガッチリ俺の身体へと固定されている。このむっつりめ。

そんなメーヤの初心な反応に思わず笑ってしまう。

18歳もの人間が幼女のパンチを食らって、ニヤニヤ笑みを浮かべている状況を目の当たりにした雫がおもむろにソファーから立ち上がりメーヤと俺の前に割り込む。

「お兄ちゃんを虐めて喜ばせる役目は雫のモノ。ぽっと出の女には任せられない」

ちょっと雫さん、何か勘違いしてません?別に殴られた痛覚に興奮しているんではないですからね?メーヤの反応が面白くて、つい。
ほら、メーヤも「えっ、お前って、そんな性癖が…」みたいな蔑んだ目で俺を見ない!違いますからね。あっ、でもちょっと蔑まれると興奮が…ハッ、つい、シスコンに次いで新たな称号を手に入れるところだった。

俺が幼女(妹)から蔑まれるという光景に対し新たな性癖の扉を開き始めるが、寸での所で踏み留まる。

「ごほんごほん。雫よ、お兄ちゃんには、決して決して、そんな性癖は無いと宣言したいんだが。宣言したいんだが」

大切な事なので二回言いました。

「でも、お兄ちゃんのPCの『数学Ⅲ』というフォルダにSMモノの類いが──」

「誠に申し訳ございませんでした」

俺は滑らかな洗礼された動作で地面に頭を擦り付ける。俗に言う土下座である。
プライドと社会的地位を天秤に賭けた結果、社会的地位の圧勝でした。プライド?知らない子ですね。
だが一つ弁解しておきたい。SM作品を購入したのは単なる好奇心からであって、決して俺がドMだからではない。本当だ。決して貴方のオススメに表示されたからではない。

『でも、ご主人様の記憶では結構な頻度で閲覧してますけど』

シャラップ!叡羅よ、世の中口にして良いことと悪いことがあるのだよ。

俺は素早い判断で叡羅の口を防ぐ。まぁ、叡羅には口はないから、正確には脳波信号なんだけど。

そんな俺が尊厳を死守すべく必死になって言い訳をしていると突如ドアがノックされる。

「太陽選手、出番ですので闘技場までお願いし──」

妹に対して土下座する兄とそれを見下ろす妹という珍妙な構図が広がるなか、運営スタッフの女性がこの部屋に入ってくる。
女性は部屋の珍妙な光景を目の当たりにした瞬間、言葉が詰まる。
果たしてこの光景を目の当たりにすることで、彼女が何を思うかは想像に容易いだろう。

「えーと、準備の方、取り敢えずお願いします…」

「あ、はい」

女性は微妙な表情を浮かべながら部屋を後にする。…俺の社会的地位が崩壊した瞬間であった。

「お兄ちゃん、落ち込むことはない」

「し、雫…」

「例え世界が敵に回っても、雫だけはお兄ちゃんの味方」

「名言っぽく言ってるけど、元は雫が俺の個人情報漏らしたのが発端だからな!?」

そんな茶番劇を終え、控え室から外を見ると第一試合が既に終わっており、今はもう第五試合の開始前にまで迫っていたようだ。
俺達が不毛な言い争いをしている最中に予想外なほどの時が進んでいたようだ。
幸い、目的のエレナ・フォートレスの試合は未だ行われていないようだ。
この世界のレベルを測るのなら、一番の強者を観るのが手短に測る事が出来る。

「って、何も準備進んでないじゃん」

お呼びの掛かった俺は急いで雫の武器の説明を頭に叩き込む。
その後、俺は新武装を身に纏い、急ぎ足で試合場へ続く通路へと向かった。







スタッフの女性の案内でゲートに着いた俺は司会進行係からのコールが鳴るまで精神の安定に努める。

闘技場まで続くゲートは石造りとなっており、登場出口には檻のような鉄格子の扉が上から降りており、出場のコールと同時に扉が上へ上がり道が開くという寸法だ。

…まるでサーカスの猛獣の登場口のような仕様だな。

そんな異世界チックな仕組みに感慨ふけながらも、俺は鳴り止まない心臓の激しい鼓動を落ち着かせる。

別に勝負に対して緊張しているわけではない。むしろ、この大会で俺が負ける方が難しい。俺の心配事は勝ち負けに在らず。どうやって手加減・・・するかにある。

今回は戦いは戦いでも戦争ではない。決闘なのだ。戦争では敵と対峙した場合は生きるか死ぬかの二択しかない。殺さねば自分が死ぬからだ。戦場で敵に慈悲をかけるような人間は自身の身を滅ばすだけだ。

だが、今から行うのは決闘だ。
勝利条件は相手の息の根を止める事ではない。無駄に血を流す必要性は無い。むしろそれは、規則で反則行為とみなされ行い次第、一発退場となっている。

地球ではこの様な決闘の場を設けられる事は一度もなかった。それも当然だ、人の命を賭けた決闘を観衆に見せびらかすなど、そんな非人道的な催しを行っている国があれば他国から非難バッシングの嵐であろう。

「──それでは第五試合、フロイヤ選手対タイヨウ選手の入場だぁ!」

司会進行役の男性の入場を促す言葉と同時に重厚な音を発てながら鉄格子の扉が開門する。

俺は歓声のする方向へ歩みを進めた。







──前言撤回だ。

俺は先程までの覚悟を軽く踏みにじるようなピンチに陥っていた。

手加減の話はこの際どうだっていい。
手加減の経験が少ないとはいえ結局は可能にしてしまう。まさに天賦の才能である。

だが!だが、これだけは俺達兄妹が決して克服できない壁。何時なんどきでも俺達の前に立ちはだかってきた強敵なのだ。

「さぁ!両選手が姿を現しました。まず右手に見えますのが、冒険者ランクB!ゴルン選手だァァァッーーっ!」

「ガーハッハー!この俺が最強だーーーーっ!」

司会の男性の選手紹介に対してゴルンと呼ばれた男が背負っていた自身の得物の大斧を大きく空に掲げる。

「───そして左手に見えますのが、冒険者ランクF!タイヨウ選手だァァァッ!Bランク対Fランクの対決。若干タイヨウ選手が可哀想になってくる力の差ですが、是非いい試合を見せていただきたい!」

「おいおい、BとFじゃ戦う前から勝敗は決まってるみたいなもんじゃねぇか!早々に退場した方が身のためなんじゃないかぁ?」

「がはっはー!死ぬなよーーー、Fランク」

司会の男性の話を聞いた観客による俺の事を弄りたてる言葉が四方八方から発せられる。

だが、そんな煽り言葉が耳に入らないほど今の俺は窮地に立たされていた。

──今すぐ帰りてぇ…

勘違いしないで欲しいが、別に相手の覇気に圧された訳ではない。俺の緊張の根元は観衆の視線・・だ。周囲には人、人、人がひしめき合っており皆等しくフィールドへ目を向けている。

考えてもみて欲しい。
地球では友達ゼロ人の引きこもりぼっちの俺がいきなりこんな大観衆の中心地に放り込まれてみろ、戦ってもいないのに体力値がごっそり持ってかれるわ!

このままでは戦闘もままならないので、俺は何か打開策を模索することにする。

…そうだ!人の顔を野菜に例えて緊張を無くすという無難な方法があるではないか。
丸みを帯びた野菜と言えば…ジャガイモなんてどうだろうか?

俺は目を瞑り頭の中で周囲の人間たちをジャガイモに置き換えてみる。

…俺の周りに居るのは全てジャガイモ…そう、只の野菜だ。何も緊張する必要があるは無い。ジャガイモ、ジャガイモ…。

頭の中で暗示を掛け終えた俺は勢いよく目を開き、周りの人々を視界に収める。
俺の眼前には何百という数のジャガイモから人の身体が生えた超生物の数々。

──怖えぇぇぇ!!
普通に恐怖映像だわっ!?何でこの案を考え出した人は、これで緊張が和らぐと思ったの!?

『ジャガイモ版のライカンスロープですね。さながら、ハロウィンの様です』

うん。冷静に分析してる場合じゃないからな?

叡羅の呟きに突っ込みながらも別の代案を考える。

『それでしたら、何かご主人様の好きなもので例えてみたらどうでしょうか?』

おお!それはいいかもしれないな。それなら緊張も和らいで、なおかつ戦いのモチベにも繋がって一石二鳥だ。

俺の好きなもの…好きなもの…はっ!おっぱい?

『今すぐご主人様の脳髄を破壊しますね』

──さらりと恐ろしい台詞を吐かないで頂きたい。

いや、でも意外と緊張が和らぐかもしれないだろ?ほら、緊張と性欲が上手く中和して化学反応を起こして虚無の境地に至るみたいな?

言っていて我ながら無理矢理なこじつけな事は分かっています。

『…まぁ、ご主人様がそれでいいなら』

──よっしゃぁぁぁっ!

渋々ながらも叡羅から許可も出たことなので、俺は早速イメージ作りに移ることにする。

おっぱい、おっぱい…今俺の目の前に広がるのは無限のロマン。男の底無し探求心が追い求めるおっぱい…!

──次の瞬間、俺の心深から込み上げてきたのは緊張とは異なる存在。

こ、これは!まさか、───性欲!?

そう、俺のズボンは今、見事に聳え立った性剣によって、見事なテントを張っていたのだ。

──この俺の性剣が目覚めた…だと!?
って、違うわ!俺の予定では性欲と緊張がこう…何か上手に中和し打ち消し合う事を期待していたのに…。ふっ、どうやら自身の性欲の力量を侮っていたようだ…。

自身の奥底に眠った性欲の強さに悟りを開きながらも、緊張の代わりに込み上げてきた性欲の対処法を思案する。
現在の俺は性剣が起っているのを隠すため、若干前のめりになっている状態なのだ。これでは勝負どころではない。

「おいおい、お前さん。怪我しないうちに棄権した方がいいんじゃねぇか?」

俺が己の性欲と戦っていると、突然相手の選手が話し掛けてくる。
なんだ、今性欲の処理で忙しいのだが…。

「ヘンテコな姿を格好して、姿を隠してるのも恥を掻かない為だろぅ?まっ、俺は優しいからな!雑魚にも逃げるチャンスを渡してやるよ!」

男は俺がFランクだと紹介されたからだろう。完全に俺を下手に見るような発言で俺を煽り始める。

──俺だって好きでこの格好してる訳ではないんだけど…。

ヘンテコな格好と比喩された今の俺の姿は魔女が着てそうな頭部全体を覆い隠せるほどのフードが取り付けられたローブ。更にはフードから見える僅かな隙間も閉ざすような白の鉄仮面を顔に取り付けた、怪しさ満点のコーディネートとなっていた。さながら現代の怪盗二重面相である。

無論、俺の趣味ではない。原因は俺のこの黒髪にあるのだ。この世界では黒髪に人間がいないのだ。いや、いないと言うと誤解があるだろう。正確には黒髪はいる。ただそれは、何らかの着色料で地毛を黒く染めた人のみだ。地毛が黒の存在は人間だけではなく、他種族にも只の一人も存在しないらしい。

何故わざわざ黒髪に染めると言うと、何でも八百年前に魔王を討伐した勇者の髪色が黒だったかららしい。まぁ、勇者が転移者ということはある程度予想がついていたから驚かない。

それで勇者に憧れた人々が黒髪に染める事は珍しくないんだとか。俺がこの数週間、黒髪で生活しても騒ぎにならなかったのは、恐らく俺が勇者信者とでも思われていたのだろう。

今更隠しても遅いと思われがちだが、今回だけは話が異なる。仮に俺が勇者の真似事をしていると思われているとしても、黒髪の人間が大会で優勝してみろ。勇者の再来だとなんとか謳われて騒ぎになるのは目に見える結末だ。その為、こんな目深なフードを被っているわけだが…。顔まで隠す必要は無かったのでは?

雫が俺の容姿が露見しない為の変装だと言っていたが、正直暑くて仕方がない。
当然この闘技場には天井なんて物は付けられておらず、憎たらしい程の日の光りが燦々と俺の身体を照りつける。
その為、マントの下は軽い熱気が溜まっており、軽いサウナ状態と化している。汗が滝のように止めどなく流れている。暑い…マジで早く雫の下に帰りてぇよ…。

「おいおい、ビビって喋ることも出来ないのかっ!傑作だな、こりゃぁ!」

男はガハガハと大笑いしながら腹を押さえる。

それも仕方がないだろ…雫が一言も喋ったら駄目って言うんだから。

雫によると、名前は変える必要は無いらしい。まぁ、確かに自分の名前が太陽だって提示しないといけないのは冒険者ギルドぐらいだからな。魔物で親を失った孤児や村人は国でしか発行できない身分証明書を持たない人間なんてごまんと居る。

声は違う。
声は生活する上で必要な手段だ。まぁ、紙に書けばいいが、生憎この世界では紙は高級品だ。おいそれと使えたものじゃない。何より面倒臭い。その為、声質を覚えられると不味いらしい。獣人なんか居るこの世界では一発でバレる危険性がある。

──だから俺は無言を貫き通しているのだが…。

「ぐはははっ!前のめりになって腰が引けてるぞ!恐怖で腹でも痛めたのか?チビっちゃうんじゃねぇぞ」

男は俺の返事を聞く暇もなく、ただ一人で喋り続けている。

…なんだか若干、可哀想に感じてきたな。

傍目には独り言を喋っているようにしか見えない男に俺は哀れみの視線を向けていると、やっと司会進行役の男性の声が発せられる。
俺達の会話?が終わるのを待っていたのだろうか。ご苦労なことだ。

「──それでは第五試合。ゴルン選手VSタイヨウ選手の試合を始めます!」

その言葉が終わると同時に試合開始のゴングが鳴り響く。

「よっしゃぁぁぁぁっ!お前みたいな雑魚なんて一秒で捻り潰してやるぜぇっ!」

男は無駄に大声で叫ぶと俺の方向へ大斧を向ける。

煩いなぁ…こっちは暑さでイライラしてんだよ。男の雑音とも言える言葉を聞いてると増々怒気が募ってくる。こんな益体のない戦いに価値を見出だせない。

それでも一応戦いだから、と自分に言い聞かせた俺はフードの下から気だるげに男の力量を視た感じで測ってみる。

──とんだ素人だな。
それが俺の相手を視た率直な感想だった。

まず体重の掛け方がなっていない。大斧のような重量のある武器を扱う場合は、しっかりと踵を地面に着け、体幹をぶれないようにしなければ武器の重さに振り回されるだけだ。それに気持ちが前に出すぎて爪先に体重を乗せすぎだ。

どうせ格の低い魔物とばかり戦ってきたに違いない。あれでは自身より筋力を持った魔物と遭遇したら一発で押し負けるぞ…。

「死ねぇーーーーーーっ!」

そんな俺の分析を露知らない男は大斧を振り上げたまま俺目掛けて突進してくる。

…武器を出すまでもないな。
一応今回の大会は叡羅の試運転も兼ねているのだが、叡羅の真骨頂が発揮されるのは魔法士が相手だ。武闘士に用はない。
それに折角の雫の新武装の数々、それに相応しい相手に使った方が華々しく御披露目出来るってものだ。

俺は踵を浮かせて爪先に体重を乗せる。
後は脚に力を入れ、地面を踏み蹴り──

「〈縮地しゅくち〉」

「なっ!?」

──刹那。
俺は相手が瞬きをするよりも速い速度で相手との距離間を零まで詰め、相手の懐に潜り込む。幸い男は斧を振り上げている為、胴ががら空きだ。これではどうぞ殴って下さい、と言っているみたいなものだ。

俺は遠慮なく拳をグーにして、殺しはダメという規定に反則しない為に三割程度の力で男の腹を殴る。

──ズゴォォォォォォンッ!

物凄い轟音と鳴り響かせて男は闘技場の壁に殴り飛ばされる。その勢いは男は壁にめり込ませる程の威力を持っていた。

「「「…………」」」

観客の誰が予想してようか。予期せぬ光景に会場全体が沈黙に包まれる。

それも当然だ。
力の差は歴然と思われていたBランクとFランクの決闘だ。太陽の実力を知らない者からすれば結果は火を見るより明らかなものだ。

それがどうだろうか?
猛々しい轟音が鳴り響き、闘技場全体を覆い隠せるほどの砂煙が巻き上がり、視界が鮮明になった後に倒れていたのはまさかのBランクのゴルン。対してFランクの太陽は何事もなかったように無傷で佇んでいるではないか。

因みに異世界小説でよく聞く縮地だが別に魔法が使えなくとも鍛練を積めば地球人でも体得は出来る。
この世界ではスキルとしても存在しているらしいが。

やり方としては強く地面を脚の爪先で蹴りすだけだ。氣を纏ったり、闘気を発したりする必要はなんら要らない。脚力は鍛えなくていいのかって?縮地とは所謂、一歩を一瞬で行うという技だ。その一瞬だけなら脚力の無い人でも全力を込めればそれなりの速度は出る。

ただ、呼吸を掴む訓練は必須だ。
縮地は本来では有り得ないような速度で脚を動かさなければならないのだ。いつもの歩幅、脚を動かす速度ではいけない。たとえそれが一歩だとしても呼吸を掴み損ねれば脚は空回りし、地面へ顔からダイブすることになるだろう。

まぁ…俺は一度で成功したけど。

自身の才能に最早呆れを感じながらも、俺はあまりの静けさに違和感を感じ、周囲の様子を観察する。

すると、観客席に座っている人々は皆総じて口をポカンとだらしなく開けていた。

あれ?何かこのパターン前にもあったような…?

「「ウオォォォォォォッ!!!」」

僅かな一コマが過ぎ去った後、会場がとてつもない量の歓声で包まれる。

うおっ!?び、びっくりさせるなよ…。コミュ症は突然声を上げられるのに耐性が無いんだぞ。だから、皆もコミュ症の人に話しかける際は段階を踏んでね!ここ、テストに出るからな。

俺が突如上げられた怒濤の歓声に驚いている間も、観客の熱は冷めやらぬ様子で盛り上がりを続ける。

「おいおい、なんだよ今の!?何が起こったのか全く見えなかったぞ!」

「俺もだ!まるで瞬間移動したみたいな速さだったな…!」

「何か身体能力強化系統の魔導具でも身に付けてるんじゃないのか?じゃないとあの速さは有り得ねぇだろ」

「いや、スキルという可能性もあるぞ。あの様子から考えるに、縮地らへんじゃないのか?」

などと、観客席では先程の光景に対して様々な憶測が飛び交っている様子だ。

この大会では魔導具などの強化道具の使用が認められている。つまり、優れた武器や装備を揃える財力や権力もまた、この大会では重要な勝利要素となってくる。

その為、俺が高性能な魔導具の使用をしているのでは、と勘繰られても可笑しくはない。

「こ、これは予想だにしない番狂わせが起きてしまったーーっ!私も数多くの試合を見てきましたが、その中でも郡を抜いているその強さ!FランクながらもBランクを一撃で沈めるその実力。これからのタイヨウ選手の試合に期待が寄せられるでしょう!」

司会は試合が始まった時とはうって変わって、俺への株を急上昇させる。

何と言うか…こういう戦いは初めてだな。

俺は地球にいた頃は力を振るう時は決まって戦場だった。それこそ相手を殺さぬよう手加減するなんて考えた事が無かった。一度戦場へ足を踏み入れれば、常に俺の身体は赤く血に染まっていた。

ただひたすら目の前の敵を葬る。それが人間だろうが機械であろうと、はたまた国であろうと、俺は殺すだけ。勿論そんな人生に文句はない。その行いが少しでも愛する雫の為になるのなら俺は修羅にでもなる覚悟がある。

他の人間は家族と日々を過ごし、平穏な日常を暮らしていく。そこには命の取引など微塵も感じさせない。武器を持った事のある人間の方が圧倒的に少ないのだ。『生活』するために働く。それに加え、生活保護のような救済処置だってある世の中だ。

だが今目の前に広がるのは、純粋に戦いを楽しんでいる人間の表情。違いはあれど、皆総じて繰り広げられている決闘を楽しんでいる。それは常日頃から死と隣り合わせであるこの世界の住民だからこその感性。

勿論、この世界の人々も死ぬのは怖いだろう。怯えるだろう。生にすがるだろう。だからこそ、貪欲に生にすがり付く。そう、『生きる』為に武器を持つのだ。

『生活』と『生きる』は似ているようで異なる。生活とは日常生活の質の向上、活を見出だすものであって、生きていることが前提条件となっている。

それに対し、生きるとは何時死ぬか分からない。ゼロから始めるのだ。そこには前提条件なんて生易しいモノは無い。

存外、俺にはこの、魔物や異種族が溢れ、奴隷制度もあり、誰もが命と隣り合わせの世界がお似合いなのかもな。日本と比べても決して平和とは言えないこの世界が…。

そんな困惑の表情を仮面の下で浮かべながらも、俺は未だ冷めやらぬ観客の期待渦巻く歓声を背に闘技場の出口へ悠然と歩いていった。



──あっ、因みにさっきの歓声に驚いたお陰で性的興奮、落ち着いたわ。

コメント

  • ノベルバユーザー198893

    更新待ってますよー

    0
  • ノベルバユーザー41887

    ちゃんと更新されてて嬉しい

    0
  • ジョルノー

    待ってたで!
    面白かった!

    0
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