日常品使いの御祓い師

ノベルバユーザー203195

第3話

「桜、だっけか」


隣の席の彼、加藤くんが話しかけてきた。
彼は自分の事を多く語らない。というよか、なかなか喋らない。話しかけてもなあなあな感じで上手くあやされてしまう。彼の方から話しかけられたのは初めてである。
私の席の隣に座るその彼が、更に口を開く。


「髪留め、持ってるか?俺としたことが、家に忘れちまってさ」


彼は、その肩まである長い黒髪を後頭部高めに束ねながら言った。幸い、髪留めが一本ある(私は使っていない)。サクランボのブローチがついた、色は控え目でも形はハデなヤツである。


「えっ、あるけど・・・」


「さんきゅ。借りれない?」


「良いよ」


私は手作りのポシェット(暇なのでつくった)を鞄から取り出し、髪留めを右手でつかみ渡した。髪留めを受け取った彼は、まるで見違えるようだった。前髪をポケットから取り出したピンで留めたその出で立ちは、何とも言えない中性的なものだった。
加藤くんは、薄く笑みを浮かべ、


「さんきゅ。感謝するよ。これで『おあいこ』な」


「あ・・・・、朝の?」


「おう」


そう言った。もう直ぐ3時限目のチャイムが鳴る。





ご存じ悪魔は、見える人にしか見えない。4、5年前から急に国からの緊急会見で『悪魔』の存在を報され、『見える人にしか見えない』事、『例え見えても決して近寄らないこと』、『悪魔による破壊行為を見た場合は決して近寄らないこと』『これらの警告を無視して近寄った人間は例え一般市民でも容赦なく武力行使にて排除する』と言うような物騒な旨の発言を首相が自らしたことでマスコミが巨大なネタに大喜びしたのは私も憶えている。
まぁ、会見と言っても政府は全く質疑応答に応答せず、首相自身が冷や汗を掻きながら『現時点ではその質問にはお答えする準備が出来ていません』の一点張りだった、というのも印象的ではあった。まあ、マスコミはマスゴミと化し首相を追いかけ回したが、わずか数日で『報道しない自由』を行使させられたのかモアイ像の如く黙らせられたようで、にわか騒ぎ程度の一般認識で済んだみたいだ。
にしても頭が痛い。こんな風に普段考えないようなことをうだうだ考えてる時は、決まって体調が悪い。ニュースも天気予報と悪魔予報しか観ないのに。大体、生理中でも無いときに頭が痛くなるのは何故だ?
悶々とした気分のなか、国語教師の向かう黒板を睨むように見つめた。


「先生、頭が痛いです」


しばらくして、加藤くんが急に席を立ちあがった。彼も私と同じように頭が痛いらしく、右のこめかみを右手で押さえていた。だが、どこか芝居クサい。まさかの仮病か?来て初日の転校生が?


「保健室に行ってきてもいいですか?」


彼は続けた。芝居クサいのは変わらない。


「加藤、場所は分かるか?学級委員長、連れて行ってあげてくれ」


国語教師は、私の幼馴染みであり、クラスの学級委員である東棟 にとりに指示を下した。にとりは、すっくと立ちあがった。


にとりは私の幼馴染みだが、私と違いかなりの美人である。何故か何を着ても似合う。しかも、本人はそれらを鼻に掛けずさらには品行方正かつ成績優秀と来た。私とは釣り合わない位の女の子だ。彼女はその赤毛掛かった髪を翻し、芝居クサい表情の彼に向けて、


「行こう、加藤くん。頭、痛いんでしょ?」


にとりは一番前の席から、一番後ろの加藤くんの座る席に向けて、まるで祭の山車が練り歩くが如くの雰囲気で近づいてきた。
その光景に私もふくめてうっとりしそうになった。性別関係なく人を引きつける何かがあった。まあ、訳は前述の通り、その雰囲気があったからだが。
彼はゆっくりと目を閉じ、さながら紳士ジェントルマンの振る舞い《ステップ》で彼女にお辞儀をした。


「お願いします」


彼自身のその中性的な雰囲気とはまた一線を画するそのお辞儀にも、性別関係なく人を引きつける何かがあった。


加藤くんは、にとりに連れられて後ろの教室から出て行った。


この時点まで、約二分間。二つの特殊な人間の特殊な『気』と『気』が、教室を、否、そこに居る生徒クラスメートや教師までもが、それに支配され、教室は充填されていた。


「──────! 授業に戻るぞ!ほら!」


白チョークまみれの手をパンパン叩き、皆を現実に戻した。それは教師自らの、自分を現実に戻すためであったのかも知れない。
『支配者』の居なくなった教室で、授業が再活性リスタートした。





「ずっと気になってたんだけど、貴方、どこから来たの?新東京?新北陸?それとも、新九州?」


にとりは教室を出て数メートル進んだところで話し掛けた。一方加藤は、廊下の窓枠やら天井やらを訝しむような目つきで見ながら歩いていてにとりを置いていってしまっていた。本人にはそんな気は全くないのだろうが、にとりは少し、ショックを受けた。


新東京、新北陸、新九州、というのは、都市を大雑把にまとめた際に、該当する地域の名称である。


日本は、二十年ほど前に最大の財政難およびに資源枯渇に陥ったため、その時点で最も資源と財力を所持していた『企業』が、国の運営を採って変えたのである。
つまり、簡単に言えば、『企業が国を乗っ取った』のだ。まあ、正確に記述するとするならば、国が審査した超巨大企業に、国営を全て『一任』し、自分たちは内政、及び方針決定のためだけに内在するようになり、国家予算の管理、
運用、及び運用指針の決定を全て
『企業』が執り行っている。


つまり、内閣も首相も名前だけで、もとあった機能の五十パーセント以上を『企業』に任せたのである。当然、決して『良い判断だ』とは言われることは無かった。何せ、どの国もこんな無責任な事をしないからである。
世間がざわつく中更に『悪魔』騒ぎである。泣きっ面に蜂とはこのことだ。
ちなみに、旧政府は、『企業』から徴収した税金を溜め(いくらかは謎かつ公開されてないし、政府は『企業』の実質的なヒモ)、近年中に元に戻るだろうとされている。


なので、国名も『日本』から『大企業複合大陸 日本(仮)』と長ったらしい。略称日本。


「─────あっ、ああ。ごめん。で、何だっけ?」


「貴方はどこから来たの?って話」


「ああ────、俺はいろんな所を拠点に活動してたからな。あんまし何処、っつって一括りに出来ないかな」


「へぇ────ん?活動?何かしてるの?」


にとりは、彼の発言に違和感を感じついついつついてしまった。


「んん?ああ。ちょっと、な」


彼は桜にやったようになあなあな返事をした。
長い廊下の一本道に、重なる窓枠から曇天の鈍い光が差し込む。そんな時だった。


グワッシャアアアア!


「!!」


「きゃああ!なっ、なに?」


二人の歩く廊下の数メートル奥で、いきなりガラスが割れた。ただ割れた──少なくとも常人の彼女にはそう見えた。


そう。常人の彼女には。


天井に張り付いたソイツは、浅紫の硬い皮膚に、鋭い爪を持った長い腕と、カエルのように太い紫色の短い足。さらには、頭部は耳のように短く後方に流れていた。
ギョロリとした複眼が、金色の鈍い光とともに二人に差し向けられた。


(・・・こんな時に!中級か)


そう。件の───悪魔である。この感じでは、にとりには悪魔は見えていない。だが、かなり危険な状況下ではある。何せ、『見える人』と『見えない人』とでは、格段に蹂躙されてしまう確率が高いのは目に見えている。


まぁ、それも、悪魔に対し、有効な『対抗策』を持っていない人間だけならの話だが。


(イノセンス・・・・部分解放!!)


彼は、制服の胸から『羽根飾り』のような形をした鈍い銅色のペンダントを取り出し、イノセンス起動の段階プロセスを踏もうとした。


──────の前に、彼はひとつ、やることがあった。


尻もちをつきビクビクと脅えた表情を浮かべ、正にその『蹂躙』されかけていた、あるいは彼がいなければ確実に蹂躙されていたであろうにとりに向け、


「もう、大丈夫だよ」


ふんわりとした笑顔を見せ、弱者を救済するメサイアばりに優しく右手を差し伸べ半ば無理やり立たせた後、


「へ・・・?」


きょとんとする彼女にドスッ、と左手を当てて気絶させた。そして、泥のように床に沈む彼女を米俵を担ぐが如く肩で担ぎ、反対の手でペンダントを握りしめた。


(これでゆっくり戦える。頼むぞ、マナ!)


彼のかつての愛する人のイノセンスを、飛び散ったガラスの中心の中で叫んだ。

          

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