異世界スロータイム

ひさら

48話 幸せなその後




面談の結果、予定通り午前と午後十人ずつ入学生を選んだ。
もっと受け入れたかったけど、私一人で始めるからムリはできない。火や刃物を扱うからケガをさせてしまったら大変だ。十人でも私一人で目が行き届くか心配なくらいだからね!

入学生の平均年齢は十二歳〜十三歳ってところかな。やっぱり一人前の働き手になってる年齢の子は今更学ぶ時間は取れなそうで、大人は一人もいなかった。
日本でいったら中学生か。
この子たちを立派に育てようと強く決意する。

しっかり学ぶ意識をつけるために、入学式なんてものも行った。
午前と午後の子一緒に、午前のちょっと遅い時間から始める。入学式は一時間もかからないで終了、その後はお店に移動してランチの流れだ。
こういうものを作るようになるんだよ、と食べさせる。
見て、味わって、感じて、学ぶ意欲を高めてほしい。

子供達は初めての、お店での食事に落ち着かない。
運ばれてきた料理を見て驚く子供たち。すぐに食べずじっくり料理を見ている子、さっさと頬張って歓声を上げる子、一口食べて(たぶん美味しくて)固まってる子、色々いて面白い。
どの子も全身から希望と情熱があふれてきてキラキラしている。

入学生分の二十席は予約席にしてあったけど、残り席は通常営業だ。
常連さんたちは私が学校を始めるのも、今日が入学式でここにいるのが入学生だという事も知っている。

「どうだ、美味ぇだろ!」  
「ボウズも早くこんな美味い飯を作れるようにがんばんな!」  
「チャンスを掴んだんだ、しっかり学べよ!」  

口々に声をかけて激励してるんだろなぁ。
中には強面の親方もいて、女の子たちはビビっていたりもしてたけど。
何にしても、この子たちにとって初めての経験だ。一生の思い出に残る入学式だったと思う。
これから一緒にがんばろうね!!



入学式の翌日からさっそく授業を始める。時間は有限だからね!
授業の時間割はというと、一時間目は読み書き、二時間目は算数。算数といっても足し算と引き算くらいだけどね。日常生活はそれくらいですむんだもん。
それから三〜四時間目は食育とか調理実習。

午前の子はそれをお昼に食べて仕事に行く。入れ替わりに午後の子が来て、同じ流れで、調理実習で作ったものはお持ち帰りしてもらう。食べちゃってもいいけどね!

さて、初日の一時間目は、自分たちの名前を書いて覚えるところから始める。
自分の名前が書けるって、とっても大切だと思うんだ。
五十音とかアルファベットみたいな、字母表を覚えるのはそれからでいいかな。
十人ひとりひとりの名前を黒板みたいなものに大きく書く。

学校を創立するにあたって、この国の学校事情なんかも調べてみた。
王都には王立の学校があって、一般教養の他に騎士科、魔法科なんかがある。
それとは別に、商業者ギルドが運営している経済・経営なんかの学校があったり、貴族や裕福な商家のお嬢様が通う淑女のマナーや領地経営(領主に嫁いだ時に必要な経営学)を学ぶ学校など、色々ある。そういった学校で扱っている黒板みたいなものとか、紙みたいなものも同じようにそろえてみた。
子供たちには、その紙のようなものを配ってある。私の知っている紙とは違うんだけど、羊皮紙とかパピルス紙とも違うと思う。本物見た事ないけど!  想像で!
子供たちは嬉しそうに一生懸命自分の名前を練習していたよ!

二時間目は簡単な足し算から始めてみた。足し算は一番使うからね!
貧しい家の子は、働けるようになると出来る事から何でもする。十歳に満たないような子ならお駄賃は現金じゃなくて現物支給だったりで、十歳を過ぎる頃から半人前の少ないお駄賃がもらえるようになるんだそうだ。
だからここにいる子はお金の数え方はちょっとはわかる。わかるといっても、決められている銅貨が間違っていないか確認するくらいなもんでちゃんとした計算はできない。
一生懸命働いて誤魔化されるとか……  切ない。

きっちり教えるからね!  君たち、しっかり覚えるんだよ!!

そしてメインの調理実習!
の前に、ちょっとだけ食育と衛生の大切さを教える。衛生は基本だからね!
食育は、知れば食べる事の意味や大切さもわかるから!
それが終わったら、いよいよ実際に調理をする。

初日のメニューはサンドイッチだ♪
調理の技術だけじゃなくて、作る楽しさ、作ったものを美味しいと言ってもらえる嬉しさ、何より美味しいものを食べた時の幸せな気持ち、そういうものも知っていってほしいと思う。

サンドイッチは初めて作るにはお手軽でいいと思う♪
パンの国の基本?  お米の国のおむすびと同じようなものかと勝手に思っている。
タマゴサンドは、卵を茹でて殻をむいて刻むだけ。包丁だから気をつけなくちゃだけど、切り方はそれほど気にしなくていいのがいい♪
レタスたっぷりハムチーズサンドは、レタスを手でちぎるし、やっぱり包丁だから気をつけなくちゃだけど、ハムとチーズは薄く切るだけでいいから、こっちも切り方は気にしなくていい♪

マヨネーズは事前に作ってあるから、具材の準備ができたら挟んでいくだけだ♪
ちなみにパンは朝のうちに焼いてあるから、調理する頃にはいい感じに冷めているだろう。しっとりやわらかな自慢のパンだ♪
おうちでお手伝いはしてるかもだけど、学ぶ場では初めての調理だからね。きっと時間はかかると思う。慣れてきたらパンも同時進行で作ってもらう予定だ。

よーく手を洗ったら、最初に基本の包丁の握り方、長時間作業しても負担のかからない身体の角度なんかを教える。
それから説明しながら手順を黒板みたいなものに絵で描いておく。まだ字が読めないからね!
我ながら画伯だと思うけど……。説明しながらだからわかってくれると、思いたい。

調理台は四つあって、十人の学生たちは適当にばらけて調理を開始した。
私は見回りながら、危なげな手つきを直したり、火加減を調節したり、レタスを包丁で切らずに手でちぎる理由を説明したり。
よくばってハムやチーズを厚切りしてる子には、一番美味しく食べられる厚さがある事を教えたり(切っちゃったものはしょうがない、小さく切ってみんなに味見させてあげる)それなりにやる事はある。

具材が用意できたら、いよいよパンを切って挟んでいく。自分の分は自分で作る。みんなとても楽しそうだ。
私は褒めて育てるタイプなので、ミスをしても叱らない。一生懸命やっての失敗は成功の元だと思っている。やる気がなかったりサボっていたりなら怒るけどね!
今日はそれほど難しくはないサンドイッチだから失敗はない。
時間内に余裕をもって出来上がった。それぞれ自分が作ったサンドイッチをのせたお皿を持って窓から外に出る。

季節は春で、日本の新学期と同じく四月から学校が始められたのを嬉しく思う。
晴れてポカポカ陽気だから、こんな日はピクニック気分で外で食べるのが気持ちいいよね!
ウッドデッキに設置されているテーブルに着くと、お待ちかねの試食会だ♪
みんな待ちきれないという風に、いっせいに食べ始める。

「美味っ!!」
「美味しい〜!!」

歓声を上げる子、無言で貪る子(笑)それぞれ夢中で食べている。
そんなに急ぐと喉につかえるよ!  
ミルクとリンゴジュースの好きな方を飲みなさいと置いておく。

時間はお昼なので、アダムとジェシーも一緒に、こっちは私が作ったサンドイッチを食べる。

タマゴサンドとハムチーズサンドはあっという間に食べ終わって、男の子たちはちょっと足りない顔をしている。食べ盛りだもんね。
先生はちゃ〜んと見越して、お代わりを用意してあるよ!
余分に焼いておいたパンと、バターとジャムをテーブルにのせる。

「足りない子はこっちも食べなさい。しっかり食べて、午後からの仕事もがんばるんだよ!」

今日一の歓声が上がる。男の子たちは我先にと手を出していた。
何故かお腹いっぱいのように見えていた女の子たちも手を出している。甘いものは別腹って事ね!

「食べすぎると動けなくなるよ!  大丈夫、明日も明後日も、これから先ずっと食べられるから!」

注意しないと本当に動けなくなるまで食べそうだ。
お皿と、使った道具を綺麗に洗ってゴミの始末をしたら、今日の授業はおしまいだ。

「今日はここまで。また明日ね!」
「「「ありがとうございました!!」」」

始まりと終わりに挨拶する事を教える。区切りだからね!

休む間もなく、午後からの授業が始まる。
内容は午前と同じだから特に大変ではない。みんな学ぶ意欲にあふれていてやる気満々だ。教えられて、ひとつひとつ覚えていくごとに嬉しそうにキラキラしている。

私が中学生だった頃はどうだっただろう?  
義務教育だから学校に行くのは当たり前で、私を含めみんなそれほどやる気があるようには見えなかったような……。
それに比べると、学べる機会がなかったこの子たちは本当に一生懸命だ。学べる事が嬉しくてしょうがないように見える。
なんだか胸が熱くなる。私が教えられる事は全部教えるからね!  



そんな風にして始まった学校は、二ヶ月ほどは同じ時間割で、残りの十ヶ月はがっちり四時間調理実習にした。調理技術の基礎から……  といっても私が日本でやっていた家庭料理程度と、ちゃんと教わった事はないけど二十年近い実践のものね。
丁寧に正確にと教える。色々な料理や味付けなんかも教えて、即戦力に仕上げる。
まだ成人前だけど、この国の料理人のレベルでは熟練さんの腕くらいには仕上がったと思う。
悪口じゃなくて、この時代がなのかこの世界がなのか、色々と意識もレベルも低いんだもん。学校という学ぶ場所で基礎からしっかり教えられたら、そりゃあできるようになるよぉ!

そうして。
入学してから一年、早いもので最初の卒業生を送り出す。
一年で卒業って早くない?  とお思いでしょうが、この子たちは早く働かなければならない事情がある。気合いを入れて仕込んだよ!
卒業式もちゃんとする。

全員就職先は決まっている。
うちの厨房に一人、ホールに一人。
ロートゥスのショーンさんのお店に一人。ショーンさんはジェイと同じ頃に亡くなっていて、今ではその息子が後を継いでいる。そこに修行に入れてもらった。ちなみにその息子も私の弟子である。
それからロートゥスの他のお店にも、海の食材に興味を持った卒業生が二人就職する。
あとはカメッリア領のプルヌスの二つの砦に二人ずつ四人が料理番として行く事になった。それとカメッリア領の領都と各領地の調理場にも二人ずつ修行に入る。
王都に就職組もいる。貧民街の子だからってぞんざいに扱うお店はお断りだ。きちんと技術は持たせた。正当に認めてくれるお店に就職させた。

変わったところでは、最初に算数を教えた時にそっちに目覚めた子がいて、掛け算割り算まで習得した。ついでに私がわかる範囲で百分率も教えた。
ほら、セールで何割引とか、サービスで何割り増しとかっていう、女子には見逃せないものがあるでしょ?  日本で生活していた頃にどのくらいお得かとか計算してたからね!
この子は宮廷の文官に就職した。ワイアットさんの伝手で。貧民街の子が宮廷になんてとんでもないと反対もあったらしいけど。でもね、四則計算ができれば大きな戦力になるこの国では、この子はどこからでも是非にと望まれるすごい人材なんだよ!  
自信を持って行きなさいと背中を押した。

その後もずっと、毎年一人か二人は算数に目覚めちゃう子がいて、そのたびワイアットさんや、商業者ギルドの紹介で宮廷や大きな商家に就職していったのはおもしろい。



そんな風に一年、また一年と、我が子を育てるように丁寧に熱心に教えていって、そろそろ十年になる。
私も五十歳を超えてご長寿といわれるようになった。
これはあれかな?  日本人余命の八十歳超えか?  
この国ではそんなにご高齢は人ではない種族か、人だったら魔法使いなんどけど……。
と思っていたら、この半年くらいで急激に体力が落ちてきた。

あら、やっぱりこっちの世界仕様の身体になったのかしら?
私は滞りないよう学校の引き継ぎをした。後継者はちゃんと育っていて、まだあと十年以上大丈夫そうだ。諸々の事もきちんと書面に残しておく。

すべてが終わると、待っていたかのように寝つく日々になった。
さよならの日まで、残す家族に覚悟をする時間をがんばって作る。

五十代で老衰?  かぁ……。
時間軸が同じならば、私の両親はまだ七十代だ。現代の日本の老人なら、まだまだ元気にしているだろう。
親より先に旅立つ不幸。まぁ、いきなり行方不明になっちゃった事自体すでに親不孝なんだけどね。それでもそれとは別に、異なる世界にいても先立つ不孝は申し訳ない。あの世で待って謝ろう。
……あの世は同じところなんだろか?

なんてとりとめもなく、残りの日々をぼんやり過ごす。
引退なのか、一時離脱なのか、枕元にはずっとラックがついていてくれる。それと日替わりで孫たちも。

孫は、三女のベニーが三男一女の四人、次女のアイちゃんがシングルで男の子を一人もたせてくれた。長女のルーシーのところは異種間は子供ができづらいというのもあってまだいない。いないけど、代わりに甥と姪を可愛がっているよ。

寝ついてから三ヶ月ほどになると、だんだん眠っている時間が増えてきた。
そろそろかもしれない。
ジェニファーが定期的にきてくれて、痛みのない穏やかな時間をおくれている。
ちなみにジェニファーは魔法使いあるあるの、見た目は出会った頃と変わらない若々しい姿だ。うらやましい。

ジェニファーのおかげできちんと意識を保って最期を迎える事ができた。

枕元ですがるようなラックは
『おいていかないで!  ひとりにしないで!』  と目が訴えている。
ジェイを見送った時の私と同じだ。

バカねぇ……。  
私は微笑んで、やっぱり目で伝える。
君はもうひとりじゃないんだよ。

「君は百年以上辛い思いをしたんだから、百年分幸せにならなくちゃ。  だから後からゆっくりおいでね」

私の言葉を受け入れきれずに、ラックの瞳は揺れている。

ジェニファーが呼んでくれたのか、家族が全員そろっていた。さすらいのアイちゃんまで孫と一緒に立っている。

アダムを見て笑いかけた。

「ジェイが亡くなってからずっと、守ってくれてありがとね。  おかげで学校をこれまでにできたよ」

アダムは、うんうんと言葉なく頷いた。

それから家族を見回す。
あの時ジェイはこういう気持ちだったんだとわかった。

「ありがとう、みんなのおかげで幸せだった。  みんな元気で。  みんなの幸せを見守っているから」

ジェイと同じ言葉を残す。

もう一度ラックに視線を戻す。
淋しがりな可愛い弟。私は君に居場所は作れたかな?

「私たちの家族をたのむよ」

ラックは、ハッとして、頷いた。

いきなりこっちの世界に来てしまったけど、思い返すと幸せな人生だったと思う。
夫には先立たれたけど、この国ではまぁ寿命だったし。プロポーズの言葉通り、離れ離れになってしまった家族の分も愛してくれた。
こっちで愛する家族もできたしね。
やりがいのある仕事をして、後に残せるものもできた。
思い残す事はない。感謝をもって旅立てる。

私がこの世界に来て何か意味があったのかわからないけど、個人的にはどっちの世界にいたとしても幸せな人生だったんじゃないかと思う。

い〜い人生だったよ。  ありがとね……。








ユアが旅立って十日ほどたった。
葬儀が終わって、身の回りの整理をすると(といっても、元々それほど多くのものは持ってないけど)俺もユアの後を追うように寝ついた。実際後を追う気満々だしね。
あっちにはジェイが待っているかもしれないけど、もう十年以上たっている。もしかしたら次の生へ生まれ変わっているかもしれない。ユアをひとりにできないもんな。

ラックは種族的にまだまだ死ななそうだし、俺はずいぶん長く生きたし、お供は譲ってもらおう。
大丈夫、どんなにがんばったって三番目以上になれないのはわかっている。だからそんな拗ねた目をするな。
もう声にはできないけど、静かにラックと語り合う。

しばらく前に妹も見送った。ユアもいなくなって、もう何も思い残す事はない。
あぁ。俺まで先に行くから、ラック  ……悪いな。

閉じそうな世界の中、小さくラックの声が聞こえた。

「アダム、たのんだ」

まかせろ!  俺はニヤリと、不敵に笑えただろうか……。



「オレはこっちをたのまれてるからな……」

最後に笑った友に、負け惜しみを言ってやった。



























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これにて完結です。
一年以上にわたり、読んでくださってありがとうございました!
設定やルールもわからないまま、自己満足で始めた投稿ですが、初めてお気に入りがついた時はびっくりしました!
ほかの作家さんが飛び上がるほど嬉しい!  といっていた気持ちがわかりました!
お気に入りが増えるたびに、嬉しさとやる気がわきまくって完結させる事ができたのだと思います。本当にありがとうございました。

もしも気に入ってくださったなら、次回作でまたお会いしましょう。




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