異世界スロータイム

ひさら

35話 開店です!




よく晴れて、朝から暖かい春の日になった。
こんな日に開店できるなんてとっても嬉しい。アイザックさんが空からお祝いしてくれてるみたい。

開店準備はオーケー♪
希望通り、白木のテーブルセットに生成りのテーブルクロス。卓上の小さい一輪挿しには、リアンさんチョイスのお庭の可憐な小花が咲いている。
白と淡いピンクのチェックのカーテンは、壁に飾られているオリバーさんの風景画を邪魔しないくらいの色合いだし、入り口のもうちょっと大きい絵には華やかな春の花が咲き乱れている。
大きな窓を作り直した入り口はピカピカに磨き上げられていて、その前のウッドデッキには鉢植えの花を置いてウエルカムアピールになっている。

営業はランチのみ。
十一時から三時までと、お昼ご飯の時間としてはちょっと長めに余裕を持たせた。いろんな職種の人がいて、お昼の鐘の頃に食べられない人もいるからだ。
メニューは日替わりをひとつだけ。
一人で短時間に色々作る自信はなかったし、食材を無駄にしないためにね!
内容は、私が食べ慣れているファミレスのランチセットを真似てみた。
サラダとスープとメインのお肉料理とパン、食後にデザートとドリンク。
これで銅貨八枚!  日本円で八百円くらい。ファミレスのランチくらいの値段設定にしてみたんだけど……。これでも食材費ギリギリか、ちょっと足が出る。光熱費や人件費はアイザックさんの好意になる。
お値段以上の価値のある味と量だと思うけど、こればっかりは食べた人の評価だからなぁ……。
リアンさんにも相談しながら決めてみた。とにかくこれでやってみようと思う。



十一時になった。
開店前からお店の前には何人かの人が待っていてくれて、アシュリーとラックに案内されてテーブルにつく。
厨房のカウンターからホールを見ると、二席に七名様のご来店だ。
四名様の席には、クッキー売りの初日に強烈な印象を残したあのおばちゃんがいる。第一印象はナンだったけど、その後のお付き合いでいい人だとわかったし、今日だって初日の一番に来てくれた。ありがとうございます!
三名様の席はお母さんとお子ちゃん二人。お初のお顔だった。宣伝効果かな?  ご来店ありがとうございます!

私はさっそくメインのチキンを揚げ始める。一枚肉だから揚がるのにちょっと時間がかかるのだ。
同じくカウンターからホールを覗いていたトーイがソワソワしている。
あぁ、あのテーブルのお母さんと女の子と男の子はトーイの家族なんだね!  食後のデザートをおまけしてあげよう♪

お客様にお水を持っていったアシュリーとラックからそれぞれオーダーが入る。
トーイが人数分のサラダを盛り付けて出す。それからすぐにスープの用意に動く。
サラダは予め千切った数種類の野菜を混ぜてある。綺麗に盛り付けて手作りドレッシングをかければオーケーだ。スープも大きな寸胴鍋にたくさん作ってあるから、煮立たせないように気をつけていてよそるだけでオーケー。
厨房は素人二人だから効率を考えてある。いや、これって普通?

私はチキンの揚がり具合を見ながら、窯の中のパンを見る。焼いている訳ではなくて温めているって感じね。うちのパンはスカスカの(言い方悪いな)軽いタイプのパンじゃなくて、中身の詰まったしっとりしたタイプ。自慢だけど!  パンだけで食べても美味しいよ♪
ちなみにパンは基本二つ出すけど、おかわり自由だ。大人の男の人なんて二つじゃ足りないだろうからね。アシュリーとせっせと作ったよ!

サラダとスープが終わる頃合いでチキンカツを出す。いいタイミングで揚げ上がった♪  サクサクと包丁を入れて食べやすくカットする。香ばしく揚がったチキンの上に、なんちゃってデミグラスソースをかける。これまた試行錯誤してやっと出来上がった、私的には傑作だ。

困った事にこの国には、洋食屋さんには定番のウスターソースがない。お店をするならソースは欲しい。という事で、やるからにはと火がついた!
香り野菜とハーブとスパイス、ワインやビネガー、お砂糖なんかを手に入るだけ入れて煮込んでみる。そこからは引き算で、ひとつひとつ食材の匂いをかいだり、一口ずつ味見をしつつ、記憶にあるソースに近い味に作り上げた。

もうもう!!  出来上がった時にはトーイと手を取り合って厨房の中をグルグル喜び回ったよ!!
トーイは意外と味覚が繊細で鼻もよかった。優秀な助手だ。

ウスターソースができたら、後はケチャップがあるからデミグラスソースもできた。どれもなんちゃってだけど、この国で作れた私的には満足できる味ばかりだ。お客様にも自信を持って出せるよ!

それを揚げたてのチキンカツの上にかけて、素揚げした野菜を彩りよく添える。実家の?  近所にあった洋食屋さんの、私の大好物のメニューを真似させてもらった。本当にあれ、ものすごく美味しかったんだから!  試食でみんなに出したら、やっぱりものすごい高評価だった。
でしょ〜♪  と少々お鼻が高くなってしまった。
ふんわり温かいパンも人数分出す。

とりあえず一段落したので、トーイとカウンターからこっそりお客様の様子を見る。
初だからね!  ドキドキするよ〜!!

「サクサク!!  何これ、美味しい〜!!」
「これ兄ちゃんが作ってるの?!  すげ〜!!」

美味しいね。と笑顔のお母さんと、大興奮の妹ちゃんと弟ちゃん。トーイはもじもじとカウンターから持ち場に戻ってしまった。

「かかってるこれ何だろう?  ……初めて食べる味だわ、美味しい」
「美味しいね〜!  さっきのスープも美味しかったし、あんなサラダ初めて食べたわ」

ふあぁぁ……。  と擬音が出そうな顔をした後、しみじみと語り合いながら食べているおばちゃんたち。
どちらからも好評でよかった。安心したよ〜!  ありがとうございます!!

メインが終わる頃、デザートとドリンクを出す。今日はリンゴのパウンドケーキと、リンゴジュースかアップルティー。なんせうちにはたくさんリンゴの木があるからね!  去年収穫したものは全部加工済み。一年くらい食べられる量がある♪
アイザックさんありがとうございます!

リンゴのパウンドケーキは今朝アシュリーが焼いたよ。焼き終わった後の窯の余熱でパンを温められるから節熱だね!
リンゴのジュースは、リンゴの砂糖漬けでできたシロップを水で割ったもの。アップルティーは、しっかり乾燥させたリンゴの皮と茶葉をブレンドしたもの。リアンさん自慢の香りのいいグリーンアップルを使ったから一味違うよ!

と、今日のメニューはこんな感じ。初日だから気合いを入れた渾身のお料理たちだ!  けど……  お客様たちは満足してくれただろうか?  私たちはまたカウンターからこっそり様子を見る。
うっとりと満足そうにデザートとお茶を飲んでいるおばちゃんたち。
お腹いっぱいで苦しそうなトーイの妹ちゃんと弟ちゃん。
よかった。美味しかったと思ってもらえたらしい。
七人から五十六枚の銅貨は、確かに私たちの自信になった。



最初のお客様を見送ると、お昼の鐘に合わせて次のお客様たちが来店した。
改装工事をしてくれたおじちゃんたち!  ありがとうございます!
後輩?  年下に見える男の子を連れたジェイと、また別のグループのアダム。宣伝ありがとね!
四つのテーブルがうまって、私たちは慌ただしく料理を提供する。

ワイアットさんとオリバーさんも来てくれた。まぁ来ると言ってたけどね。混み合ってきたから二人には相席してもらった。
それから宣伝したお馴染みさんたちが来てくれて、クローズの三時になるまで途切れる事なくお客様で席はうまったよ!

疲れた〜……。
後片付けもそこそこに、私たちは遅いお昼を食べていた。今日の反省会も兼ねる。
慣れみたいのは数をこなさないとだから今後の課題だ。
味の評価はみなさんよかったようで、まぁ食べた事のない異世界?  美食の国の日本産だからね。そこは自信を持っていた。けど、やっぱ緊張したよ〜!
お馴染みさんたちには、アットホームなお店の雰囲気も好評だった。だてに築いた信頼関係じゃないよ!
開店初日はまずまずのスタートで安心した。アイザックさん、がんばりますね!

それから、口コミのおかげか日に日にお客様が増えていく。お馴染みさんたちのほか、一般人(って言い方、どうもな〜)も増えていって、売り切れごめんでお帰りになってもらうお客様も出てくる。申し訳ないくらいだった。
申し訳ないと思うけど、お弁当屋さんの時と同じでムリなくやっていきたい。自分たちの力以上にやり過ぎて何かミスが出たら、食べ物だけにお客様の健康や、命に関わるような事になったら取り返しがつかないからね!
まぁ、初物って関心を引くものだしね。しばらくしたら落ち着くでしょ、と思っていたけど、全然落ち着かない。美食の国日本産の料理をなめていたよ。
アイザックさん、大盛況ですよ!



開店して一月になる。変わらずの週一のお休み以外みんなでがんばって美味しいものを提供しているよ。
食事って味だけじゃないと思う。日本人だからか、チェックの厳しいJKだからか、お店の清潔さとか、店員の接客態度なんかも加点されると思っている。この国というか、この時代?  にはまだそういうのはあまり重視されてないっぽくて、その辺しっかりしているうちは、そういう意味でも人気があるんだと思う。清潔で居心地がいいなら、また来ようと思うもんね♪

それからこれも人気の元なんだけど。というか、こっちの方が大きいかな。
看板娘のアシュリーと、イケメンお兄さんのラックの存在。開店して二週間目にはファンクラブみたいなものまでできていた。
特にアシュリー人気は凄まじい。小さい男の子からお年頃のお兄さん、はてはダンディなおじさままで全年齢対象のモテっぷり。ちょっとうらやましい。

あまりの人気に、ちょっとした事件までおこったよ!
アシュリー、身体に触れようとした不埒な兄ちゃんの手を、持っていたトレーでテーブルに叩きつけ、ニッコリ笑って銅貨をふんだくり  「ありがとうございました♪」  と外に放り出した。
そうなんだよ、アシュリーは怒らすと怖いんだよ。私、知ってる。
次の日、反省したその兄ちゃんが謝りに来た時には、まるで気にしてないように謝罪を受け入れ、その後は他のお客様と変わらない対応をしたので  『男前』  の称号がついた。見た目可憐な美少女と、男前な性格のギャップ萌え?  ファン増量中。

それに比べるとラックのファンクラブは静かなものだ。言い寄ろうにもラックは無言でスルー。ラブレターを渡そうにも受け取らず黙って頭を下げるのみ。最初の頃は熱心だったみなさんのアプローチも、最近では静かに愛でる会みたいになっている。こっちもファン増量中だけど、愛でる会のみなさんが厳しく取り締まって?  くれているから新規のファンも静かなもので助かる。

でも、ラックには恋人とかできてほしいと思う。お姉ちゃんちょっと妬けちゃうけど!
半分エルフの血を引いているラック。今でも百歳こえだけど、まだまだ長生きするでしょ?  どうしても私の方が先に死んじゃうもんね……。ひとりにならないように、奥さんとか子供とか孫とか、淋しくないように幸せになってほしい。いい子がいたらいいなと心から願っている。

アシュリーにはワイアットさんがいるから、このまま男前でいてもらいましょう♪
といいつつ、モテモテのアシュリーに気が気じゃないワイアットさん。もし自分がいない時に何か起きたらすぐに呼んでほしいと、呼び出しベルを渡された。
薄氷のような透明なクリスタル製のベル。いつでも使えるようにポケットに常備していてほしいと言われたけど、こんな壊れやすそうな物こわいわ!  と言えば、魔法がかかっているから丈夫なんだって。丈夫な上に、意思を待って振らないと鳴らないらしい。魔法製すごいな。

しかも!  ここからの音が、いつでもどこにいてもワイアットさんに届くんだって!  そしたら転移魔法ですぐに来てくれるとの事。遠くに離れていても聞こえるとかすごい!  転移魔法もすごいね!  見てみたい!
何か起きないかな〜なんて不謹慎な事を思っていたからか、罰が当たって  『何か起こって』  しまった。

開店して一月もだいぶ過ぎ、お馴染みさんたちのほかに一般の人たちや、お金持ちに見える人たちまで来店してくれるようになった。
平服を着てお忍びで来てくれている、たぶんお貴族様と思われる人も何人か見かけるようになった頃、まんま貴族とわかる偉そうな男が来店した。
お店の入り口まで馬車で乗り付け(まぁそういう造りになってるから、そこはまだいいとして)先ぶれの従者が、当然のように人払いを命じた。

商業者ギルドには平民向けのレストランとして登録してある。リアンさんもアイザックさんの伝手を使って、社交界には平民のお店だと伝えてもらってある。私の作る料理は珍しいから、きっと話題になるだろうと先手を打ってくれたのだ。だからうちで食事したいお貴族様はお忍びで来てくれる。
うちの基本コンセプトは、たまの贅沢を楽しみに来てくれるお馴染みさんのためのお店だ。後は、ただ食事を楽しんでくれるなら誰でもオーケーだけどね。威張った貴族なんかに来てほしくないんだよ。

ここは厳しい身分制度の封建世界だけど、私は身分差のない二十一世紀の日本で教育を受けている。
自分がされて嫌な事は人にしてはいけません!!

「ここは庶民の店です。身分のある方のおいでになるところではありません。お引き取りください」

お客商売だから丁寧に話したけど、小娘に断られるとは思っていなかったらしく従者は激高した。本気で怒る大人の男の人は怖かったけど、理不尽な怒りの方が勝った。
引き下がらない私に、アシュリーもトーイも周りのお客様たちもオロオロしている。ラックは私の隣に立ってくれている。
そのうち、迎えのない事に苛立った貴族が馬車から降りて来た。そして従者から話を聞くと忌々しげに私を睨んで、後ろにいたアシュリーに目を止めた。

何だ?  悪代官か?!  
やばいと思ってソッコー呼び出しベルを振った。

瞬間。
ホールの中央、私たちと悪代官の間にワイアットさんが現れた。
部屋の温度が何度か下がったような気がする。実際下がっていたかもしれない。水の魔法使いは氷の魔法で攻撃するらしい。

ワイアットさんが!  あのワイアットさんが!!
いつものおとぼけ兄さんの優しい雰囲気はまったくなくて、絶対零度の目の色……  これ、読んだ事のあるアイスブルーって色じゃないだろか?  同じ色なのに、いつもは優しい青が極限まで凍っている。
あまりのギャップにビックリしていると、相手を震え上がらす低い声がした。

「一度しか言わぬ。お引き取り願おう。二度とここには来られぬように」

反論を許さないブリザードが悪代官を襲った。
悪代官は従者に支えられて転がるように出ていった。
悪代官がどの位の爵位なのかわからないけど、ワイアットさんを見て即座に引いていったって事は、ワイアットさんの方が上位って事なのかしら?  さすが高位魔法使い?

「ワイアットさんありがと〜!  カッコよかった〜!!」

アシュリーが走り寄ると、ワイアットさんはホッとしたように微笑んだ。
あ、いつものおとぼけ兄さんにもどった。

「ワイアットさんありがとう!  座って座って!!  今お茶とお菓子を持ってくるね!」

私もワイアットさんにお礼を言うと、それからお客様に謝罪した。

「お騒がせしました!  これに懲りず、どうぞごひいきにお願いします!  お詫びにもう一つデザートをサービスしますから、どうぞ召し上がっていってくださいね!!」

本当は明日のデザート用のプリンだったけど、怖い思いをさせてしまっただろうから特別に振る舞っちゃう!  ワイアットさんもプリンは大好物だしね!
私の言葉に、ホールにいたお客様たちは歓声を上げる。
そしてプリンを食べると声もなく感動していた。何人か恍惚としている。……何度見ても引く。
プリンは手間と(冷やさないとならないからね)材料費がかかるから、なかなか作れない。まだデザートで登場したのは一回だけだから、今食べている人たちはお初と思われる。初めて食べる美味しいものって破壊力あるよね〜!  これでお詫びになったかな。

この日の事件と、アシュリー男前事件はずっと語られていく事になる。
私は貴族に一歩も引かず負けなかったという事で、すげぇ!  と敬意のこもった目で見られるようになった。
すごくないよ、ワイアットさんがやっつけてくれたんだし。と思っているのに、アシュリーやラックとは違ったファンクラブができたようだ。
そういうのは望んでないよ……。



さてさて、四月はアダムのお誕生日がある。お店を始めたからといって、そういうイベントはなしにならない。アイザックさんの思いは大事だけど、やっぱり家族が一番だからね!  そういう訳でランチのみの営業なんだし。夜ご飯はみんなで楽しく過ごしたい。朝もちゃんと一緒にご飯を食べるけど、ちょっと忙しいからね。

お誕生会メニューは、定番のハンバーグとパンケーキ。アダムリクエストの鳥の唐揚げと、シンプルに千切っただけのたっぷりレタス。私的には鳥唐とレタスの相性ってバッチリだと思うんだ!  それから春野菜の色々サラダ。春野菜は柔らかいから生が美味しいね♪  後はクリームシチュー。こっちは根菜とベーコンの旨味が出てるし、温かい汁物?  ってホッとするよね♪

相変わらずワイアットさんとオリバーさんも参加。トーイも途中まで参加。アダムの、十九歳なのか十七歳なのか微妙なお誕生日。
「「おめでと〜!」」  と乾杯してお祝いが始まった。
男子チームのみなさん、飲みすぎ注意ですよ〜!

毎度の事ながら、美味しい美味しいと大皿料理は減っていく。
普段わざわざ思う事はないけど、こういう日は改めて思う。ケガも病気もなく、みんな元気で楽しく暮らしていけてる。毎日美味しいねってご飯が食べられて、お誕生日にはちょっとご馳走を食べて。やっぱり私は恵まれてるなぁ。幸せだなぁ。
知り合いも増えて、やりがいのある仕事も順調で。突然この世界に来ちゃった時はどうなるかと思ったけど、神様がもしいるのなら、まぁ半分は感謝してもいいかもね。(半分はやっぱり文句があるよ〜!)出会ったみんなには何の迷いもなく感謝だけどね!




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