異世界スロータイム

ひさら

34話 開店準備と画家さんもゲット




年末年始はお休みもあったけど、改装工事は着々と進んでいる。
元々は、工事をしてくれている職人さん?  たちの休憩の時にお茶とお茶菓子を出していたけど、ある日お弁当を忘れたおじちゃん一人にご飯を出すと大好評で、それならとお店で出す試作を食べて評価してもらう事になった。おじちゃんたち、それをものすごく喜んでくれて、そういう効果もあるのか、リアンさん曰く仕事が早くて丁寧らしい。職人のおじちゃんたち、開店したら通うからな!  と、いかつい笑顔で言ってくれた。
あら、開店前にお得意様ができたよ。

厨房とお手洗いは要望を伝えてあるけど、客席の方をどうしようか。
可愛いアシュリーとイケメンのラックがホール担当になっているので三人で話し合う。といっても、ほとんどアシュリーと二人でだけどね!
元々社交用のホールだけあって、壁や床や窓なんかはそのまま使える。むしろ豪華すぎるくらいだ。もっとアットホームな感じがいい。

という事で、テーブルセットは白木で素朴感を出す。テーブルクロスは、まんま生成りの綿にしよう。卓上には小さな一輪挿しに季節の花なんかを飾りたい。
カーテンは季節で色を変えたいけど、白と色味のチェックなんかはどうだろう?準備に時間がかかるから開店は春になる。最初は春色のピンクなんて可愛くていいな。個人的にはそれでスタートしたい。
真っ白な壁には、素人さんが描いたようなパステルカラーの風景画なんかがほしい。今飾ってある高価そうな絵画は外させてもらおう。アイザックさんすみません。
大理石の床はもうしょうがない。モップがけが楽だと思っておこう。

揃えるものはまだまだある。考えるのも楽しい♪
制服は大事だよね!  コックコートと呼ばれるコックさんのユニホームは、やっぱ白だよね〜!  動きやすいようにパンツスタイルだけど、前掛けをロングにしてちょっと女子力?  を上げてみる。
ホールの制服は、アシュリーの目の色に合わせて水色のワンピースに白のエプロン。◯ィズニーのアリスの配色だ。
髪の毛が落ちるなんて論外!  という事で、私とアシュリーはシニヨンにする。あ、アリスじゃなくなった。でもメイドチックで可愛い。アシュリーは何を着ても可愛いなぁ。
ラックは白シャツに黒のパンツ。普通にいるファミレスのお兄さんの見た目になった。ただのファミレスの制服みたいだけど、イケメンが着ると何でもカッコよく見える。
美少女とイケメン最強だな。

そうそう、仕事の合間に立ち寄ったトーイ。お店を開く事を知ると、働かせてほしいと言いだした。アイザックさんのお誕生日に食べたお料理が衝撃的だったようで、あれに携われるならどんな事でもすると言う。元々従業員を募集しようと思っていたから、知ってる人ならこっちも助かる。何やら思い入れもすごいし、小さいのに真面目に働いている姿もずっと見てきたから信頼もある。最初はあまりお給料は出せないよと言いつつ、余ったらご飯を持たせてあげるねと、一緒に働くことになった。
配達の仕事をやめたら、開店まではうちのご飯作りのお手伝いをしてもらう。包丁に慣れてもらわないとね!  トーイはお揃いのコックコートだ。

とりあえずこの四人でスタートしてみる。人手が足りなくなったら募集すればいい。何せ初めてだから何が何やら。手探りでやっていくしかない。
ちなみにジェイとアダムはこれまで通りギルドでお仕事をする。一家全員でやってコケたら露頭に迷うと、現実的なアダムの意見だ。

その他、食器やカトラリー、お鍋や調理器具なんかはアイザックさんのツテを使ってリアンさんが手配してくれた。金物屋さんにオーダーのフライパンとかね。

開店準備は順調に進んでいる。
せっかくなら、開店の日は三月のアシュリーのお誕生日にしようという事になった。
それじゃあアシュリーのお誕生会はその前ね!  なんて話しながら、今日は久しぶりにクッキーを焼いて売りに来た。
アイザックさんの意向は、貧しい暮らしの人たちでも出せる金額で美味しいものを食べてもらいたいというものだった。だから私たちの味を知ってくれているお馴染みさんたちにお店の宣伝に来たって訳。貧民街(って言い方、何かイヤだなぁ……)の人たちは文字が読めない人も多いから、口伝えで広めてもらおうと思う。トーイもしっかり宣伝してくれてるよ!


クッキーの味を知ってくれているみなさんにはバッチリ宣伝できた。屋台で食べた事はあっても、お店で食事した事がないという人たちだ。私たちの人となりを知ってくれてるから初体験でも来やすいと思うんだけど……。

そういえばこのフリマ?  には、自作の野菜や取ってきた果物や木の実なんかの他、やっぱり自作の日常品とか、なんの用途に使うのかわからないような趣味の物まで色んな物が売られている。お店で使えそうな物があるかと、早々に売り切れて店じまいになった私たちは見て回る事にした。ちゃんと見るのは初めてで楽しみだ。

ウロウロと見て回っているうちに、通りの外れの方に何枚かの絵を置いている画家さん?  がいた。絵が売られているなんてびっくりしたよ。ここら辺に暮らす人たちに絵を買う余裕なんてないんじゃないかな、なんてちょっと失礼か。
売れてないんだろな〜と思われるガリガリに痩せた身体。ボサボサの伸びっぱなしの髪は後ろで一つに結ばれている。この辺りでもさらに貧しそうなお兄さんだった。

お兄さんにも目がいったけど、何よりその絵に目が惹かれた。何だろう、鉛筆画?  ただ黒一色なのに、素朴な風景が妙に和む。
これいいな〜。アシュリーを見ると、アシュリーも気に入った様子だった。

「お兄さん、ここにある他にも絵はありますか?」

冷やかしだろうと目も向けなかったお兄さんは、私の言葉に驚いたように顔を上げた。

「絵に色を塗ってもらうことは可能ですか?」

小娘二人に落胆の色と、もしかしたらの希望の色をのせて、お兄さんは私たちを見て言った。

「絵を、買ってくれるんですか?」
「はい。私たち、今度レストランを開くんです。そのお店に飾る絵を探していたんですけど、お兄さんの絵はほしいと思っていたイメージにぴったりなんです」

私はニッコリ笑って心からそう言った。本心は伝わるもので、お兄さんは本気にしてくれたようだ。

「絵は家にまだあるけど、色を塗る事はできません。絵の具を買う金がなくて……」
「先に絵の代金をお支払いするか、こちらで絵の具を用意したらいいですか?  ちょっと要望もあるので、叶えてもらえたら嬉しいです」

お兄さんの瞳からは落胆の色がなくなっていた。
それから屋敷の場所と特徴を伝えて、とりあえず持って来られるだけの絵を持って来てもらう事にする。
値段交渉とかわからないし。こういうのはリアンさんの出番だ。

屋敷に戻って、待っている間にお昼ご飯の用意をする。ジェイとアダムは仕事に行ってるから(ちゃんとお弁当を持って行ってるよ!)私たちの他に、お兄さんの分も作っておく。あの痩せようじゃ、まともにご飯を食べていなそうと勝手に思う。けど、たぶん当たっているだろう。

工事のおじちゃんたちには、今日はお昼ご飯はお休みでクッキーを渡してある。これはこれで喜ばれた。

お昼もだいぶ過ぎていたので先に食べていると、ドアチャイムが鳴った。私は迎えに立って食堂まで連れてくる。お兄さんが抱えきれずに落としそうな絵をラックが半分持ってくれた。

「お兄さん、まずは手と……  顔を洗ってきて、ご飯にしましょう!  絵の交渉はそれからにしましょ?」

お兄さんは目をまん丸に見開いて、私たちとテーブルの上のご飯を見ている。驚いているのは着いて早々一緒にご飯を食べようと言われた事なのか、美味しそうなご飯なのか、両方か。
お兄さんはトーイに案内されて洗面所に行く。
それからオドオドとフォークを持って様子を見ながら一口食べた。後はもうしゃべる間も息をする間もない程ガッついてご飯を食べている。
何かこんな風景見た事あるような……。

ご飯を食べ終えたお兄さんと、改めて自己紹介から始める。
お兄さんの名前はオリバーさんという。今年二十五歳だそうだ。子供の頃から絵を描く事が好きで、自分で描いた絵を売って暮らしたいと思っている。けど全く売れず、日雇いの仕事をして画材を買って描き続けているんだって。食事より画材!  という……。確かにその身体に現れてますね。

通りでサラッと話したけど、お店の予想図を見せながらきちんと説明する。客席の壁と入口の壁に季節の風景画を飾りたい事。入口の方は客席の物より大きめな絵がほしい事。全体的にふんわりとした色合いの和み系でお願いしたい事。

持ってきてもらった絵を見せてもらって、春の風景画を必要な数選ぶ。これに優しい色をつけてもらえば希望通りだ。後はもう少し大き目で華やかな入口用の絵も注文する。
値段と、この先の季節ごとに入れ替える絵の交渉はリアンさんに任せる。私たちは絵の相場はわからないし、オリバーさんもよくわかっていないようだったから。

この後、オリバーさんとのお付き合いはずっと続く。
季節ごとに入れ替わる絵に目を止めた、さるお貴族様がオリバーさんのパトロンになるのは五年後。オリバーさんはそれからだんだん有名な画家さんになっていく。だけどそれはまだ先の話ね。
絵で食べていけるようになってよかったね!  絵の作風が変わってしまったからお店では飾らなくなっちゃったけど、お客さんとして来る……  というか、ほとんど毎日通って来る。社交界の高級なご馳走より、初めて食べたうちのお昼ご飯の方が美味しかったからだって。



屋敷の改装工事と開店準備は進んでいる。
日々の変化は他にもあって……。

……恋人、というのか、婚約者と言うのか、ジェイとの仲も、今までよりも恋人っぽい感じで、仲良しに、なっている。

お休みの日のデートとかね!  これが妙に照れくさい。何せお付き合いというものをした事がなかったし、あっちの世界とこっちの世界じゃ違いもあるかもしれない……  けど、そこからしてもうわからない。
手を繋いで歩いていると、デートみたいだな〜、なんて他人事のように思っている自分に気づく。気づいて苦笑い。でも嬉しくなって、その後照れ笑い。
ジェイも手を繋ぐと、とたんに無口になるか止めどなくしゃべりまくるかどっちかで。ジェイも照れてるんだとわかると、ちょっと余裕になったり。
まぁ、楽しくやってます。はい。

デートはおもにランチの食べ歩き。とにかく色んな味やら種類?  やらを食べてみようって感じだ。アダムやトーイにも食べにいってもらっている。
しばらく前からお菓子作りで意気投合して仲良くなったアシュリーとワイアットさんも二人で食べ歩き。何やらいい雰囲気だと思うのは気のせいだろうか?  そうだったらいいな。恋バナっていうのをしてみたい!

ちなみにラックはリアンさんとお留守番だ。元々あまり人の多いところに出たがらなかったし、ご飯は私が作るものが一番なんだって!  イケメンの上に口まで上手い。ラックじゃなかったら口説き文句かと思っちゃうところだよ。

そんな感じでみんなの報告をまとめると、私たちの味で十分やっていけそうだ。
今更だけど、やっぱちょっと安心する。

ジェイたちも、まだあまり稼ぎが少ない若い冒険者さんに宣伝してくれてるし、貧民街のみなさんも、お金を貯めて食べに行くよ!  と言ってくれてるし、工事してくれてるおじちゃんたちも現場が近かったら通うよ!  と言ってくれてる。
そもそもガッツリ営利目的ではないからそんなに気負わなくていいのがいい。食材分くらいにはならないとさすがに困るけどさ。
アイザックさんは亡くなってしまったけど、アイザックさんの思いは残る。

あ、そうはいっても貧しい人たち専門店って訳じゃないよ。一般人?  でも富裕層でも、来ないとは(来たけど!)思うけどお貴族様でも貴賎は問わずウエルカムだ。
ただ身分のある人に理不尽にされたらイヤだなぁとは思う。他のお客さんを見下したり威張ったり、そんな事になったらどうしよう。
という心配はなくなったからよかった。どういう事かというと、それはまた後での種明かし♪



三月になった。今日はアシュリーのちょっと早いお誕生会。
いつものように半日は普通に仕事をして、ラックとトーイとお買い物に行く。
今日はアシュリーが主役だから準備は私たちだけでしよう……  というか、ワイアットさんからデートに誘われて朝からお出かけしちゃってる。ニヤニヤしながら見送ると(いつものお返しだよ!)アシュリーは照れながらもワイアットさんにエスコートされて出て行った。
アシュリーさん、これもう決まりでいいですよね?  恋バナしましょう!  いや、照れてできないか。
とりあえず夕方にはみんな帰って来るから、それまでに準備しなくちゃね!


メニューはいつものようにハンバーグとパンケーキ。ハンバーグは、カキ氷器を作ってもらった金物屋さんに、ミンチ製作器を作ってもらったのだ!
なんでもっと早く気づかなかったかね〜。カキ氷が作れるならミンチの方も作れるよね……。
まぁ、そんな感じで作業時間が大幅に短縮したので、アシュリーをデートに出してあげられるようになったのだ♪

それから、春野菜を使ったお料理はロールキャベツと、まだまだ夜は冷えるから温野菜サラダと、マカロニグラタンなんかどうでしょう?  菅型は作れないから、真ん中をつまんでチョウチョ型の可愛いヤツにした♪  たっぷりチーズで熱々……。考えただけでもう美味しそう!  早く食べたい!!

お誕生日のお料理を一緒に作るトーイは真剣で楽しそう。トーイは元々が器用なのか、包丁使いも上手いし覚えも早い。子供は吸収がいいね〜!  子供といってもすでに立派な働き手だったけどさ。

ほんとこの国の人たちは大人も子供も働き者だよ!
定休日って考えがないから、みなさん年中無休だったりする。週一のお休みが決まっているよと言った時のトーイの顔ったら!  
私にとっては週休って二日だったから、無休の方が驚きなんだけどね。

せっせとお料理していると、アシュリーたちが予定より早く帰って来た。

「やっぱり何もしないで遊んでいるのも気が気じゃなくて。落ち着かないから帰って来ちゃった!」

さすがアシュリー!  ええ子や〜と、こういう時の謎の関西弁。
さっそくワイアットさんと参加してくれる。

「わぁ!  何これ、初めてだね!」
「ロールキャベツっていうの。キャベツの中にお肉を入れて巻いて煮込むだけ!  でもゴージャスに見えるでしょ?」
「手が込んで見えるね!  また今度最初から教えて!」
「アシュリーもお嫁さんになったらダンナ様にご飯作るんだもんね〜♪」

わざと言うと、アシュリーは赤くなって  「トーイは何をしてるのかな〜」  なんて、トーイの方に行ってしまった。
ワイアットさんはと見ると、アシュリーを愛おしそうに見てニコニコしてた。
ごちそうさまです。

その夜のお誕生会も美味しくて楽しくて、アイザックさんがいないのは淋しかったけど、みんな揃ってご飯が食べられる幸せを改めて感謝した。

お初のロールキャベツもマカロニグラタンも好評だった。チョウチョ型はチーズに埋もれちゃってわかってもらえなかったけど……。もう次からはただの四角でいっか!

お誕生会二回目のワイアットさんとトーイもすごく喜んでくれてる。お初のオリバーさんは声もなく感動していた?  見てわかるほど手が震えていたから心配したよ。
お誕生会は途中だけど、トーイは遅くならないうちにと帰す。お土産にパンケーキを少しおすそ分けすると、今日一の笑顔になった。妹弟思いのお兄ちゃんに、つられてこっちまでホッコリ笑顔になる。

次は来月のアダムのお誕生会だね。五月はジェイで、六月はワイアットさんで、七月はラックとリアンさんで……。
ずっとずっとみんなのお誕生日をお祝いしていきたい。
あ、トーイとオリバーさんのお誕生日も聞いておかなくちゃね!
お祝いする人が増えていくのは嬉しい。ご縁を大切にしよう。

この国で暮らしているんだから、ここで幸せになる努力をしなくちゃ。
本当にそう思っているけど……。
思おうとする心の中にはもうひとつ、後ろめたい思いもあって……。

来た時と同じように、また突然元の世界に帰れる事があるかもしれないと、私はその願いをなくす事ができないでいる。
ジェイと結婚するには、そう願わないようになってからじゃないといけないよね。しっかりこの世界で、ここの人たちと暮らしていく気持ちになってからじゃないと、ジェイに不実だと思う。
もちろん年齢的にもありえないんだけど、半分はそういう気持ちもあったりで……。

悩んでいても仕方ない!
私は行き詰まる時いつも思う、できる事をひとつずつ!  と声に出した。



アシュリーのお誕生会がすんだら、いよいよお店のオープンだ。
お誕生会の次の日はお休みだから、今日はみんなでアイザックさんのお墓参りに来た。

「アイザックさん、とうとう開店します。多くの人に美味しいと思ってもらえるようにがんばりますね!」
「私、今からすでに緊張してます。アイザックさん、失敗しないように見守っていてください!」
「俺たちは家の方のサポートをするわ。アイザックさん、店の方よろしく頼みます」

それぞれの思いを告げて、それから静かに祈りをささげる。
アイザックさん、とうとうです。
アイザックさんの思いも一緒にお料理に込めますから!  
食べた人の元気や希望になれるように見守ってください。






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