異世界スロータイム

ひさら

33話 さよならと、よろしくお願いします!




お誕生日会の次の日はお休みにしている。これはリーリウムにいた時から何となく変わらなかった事だけど、今日は男子チーム助かっただろうな〜。
ジェイとアダムとワイアットさんは軽く二日酔いになっている。ワイアットさんは帰れずお泊まりしてるしね。あれからどんだけ飲んだんだろ?
さすがダンディチームはその辺ちゃんと見極めてる。ラックは毎度最初から飲んでないけどね。

今朝も日課のアイザックさんとリンゴ林にお散歩に行く。
私はどうしてもモヤモヤが晴れずにいて、昨日のトーイの事や、その後考えていた、この世界に来た自分の意味みたいな事を話した。

「貧しい者を憂う事はない。ユアがどんなに頑張ってもすべてを救う事はできんし、またそう思う事は傲慢じゃよ。みな日々懸命に自分の力で生きておるからの。それにユアにはクッキーのような一口の幸せをあたえられる。何もできない者からしたらそれだけでも十分すごい事じゃと、ワシは思うよ」

そっか〜、哀しく思うのは傲慢なのか。
私は気持ちを切り替える。できない事を嘆いていないで、それよりできる事を一生懸命しようと強く思った。
それってもう一つの、私がここに来た意味的なものに繋がるかな。

「それはワシにもわからん。一つ言えるなら、ワシは人生の最後にユアと出会えた事を幸せに思っている事じゃ。ワシが三十年若かったら求婚してたかもしれんな」

アイザックさんは片目をつぶって笑いかけた。
私は吹き出した。アイザックさんたら何を言うんだか。

「ジェイたちも毎日元気に幸せそうにしてるじゃないか。生活苦のない余裕というのもあるだろうが、明るいユアの存在も大きいぞ。それに美味い物を食べると人は幸せを感じる。妻にも食べさせてやりたかった……」

奥様を想って遠い目をしたアイザックさん。
さっき私にプロポーズしてたかもと言ってて、この愛妻家発言だもんね!  
まったくこのラブラブ夫婦め!  うらやましいぞ〜!

やっぱりアイザックさんと話してよかった。私はすっかりモヤモヤが晴れて元気になった。今までも思ってきた事だけど、自分にできる事を精一杯やろう。
この世界だからとか日本だからとかそういうんじゃなくて、私の人生だからね!



アイザックさんのお誕生日が過ぎて何日かたった。
あんなに残暑が厳しかったのに、朝晩はめっきり秋らしくなった。
秋が深まるにつれて、アイザックさんがだんだん弱ってきた。本当に余命半年なの?  と思うくらいお元気だったから、知らされていた事だったけど私は動揺した。
依頼を受けての期間限定の居場所なのに、思っていた以上に私は大人に守られている環境に安心していたようだ。
それに私は今まで身近な人の死を経験した事がなかった。アイザックさんがいなくなるかもしれないと考えただけで、何と言ったらいいかわからない、喪失感みたいなものが心を覆った。

クッキー売りも本当は行きたくなかったけど、アイザックさんから頼まれたから続けている。売れ行きは変わらず早いから、行き帰りに走れば二時間くらい離れるだけですむ。
アイザックさんの体調のいい日は車椅子でリンゴ林のお散歩も続いていて、不安定になる私の心を平常に戻してくれる大切な時間になった。今まで以上にたくさん話をする。といっても私ばかり話して、アイザックさんは頷いてくれてるだけだけど。
何でもいい。ずっとこうしてアイザックさんと過ごせたら。だけどそんな大切な時間はどんどん少なくなっていった。

十月になった。
アイザックさんはベッドにいる事が多くなってきた。
やっと食べごろになったリンゴをすりおろして持っていく。食の細くなったアイザックさんも、好物のリンゴなら喜んで食べてくれる。
だけどそのうち固形の物が食べづらくなったアイザックさんの食事はリンゴジュースになっていった。

十一月になった。
アイザックさんはもうほとんど一日中眠っている。治癒魔法使いさんのおかげで痛みはないらしい。よかった。
クッキー屋さんは閉店した。私のいない間にアイザックさんにもしもの事があったらと思うと、とても行ってられなかった。それに元々スポンサーがいなかったらできない事だし。売りたい気持ちはあっても、普通に働いて得る私たちの収入ではあんなほぼ寄付みたいな事はできない。お菓子の原価はかなりする。ちゃんと商売になったサンドイッチを売っていたのとは違うのだ。

私の様子はおかしかったけど、他のみんなは変わらない生活を送っていた。私とリアンさんがアイザックさんに付き添っていたから、アシュリーとラックが家事をしてくれて、ジェイとアダムはギルドに仕事に行っていた。すぐに帰れるように近場の依頼を受けていたようだけど。

十二月になったある日。
ずっと眠っていたアイザックさんが、ふいに目を開けた。

「リアンさん!  アイザックさんが!」

私は大声でリアンさんを呼んだ。私の大声でみんな集まってきた。
アイザックさんは長い間眠っていたとは思えない程しっかりした顔つきで、私たちの顔を一人一人見回した。

「短い間だったけど楽しい最後を過ごせた、ありがとう。みんな、幸せになりなさい。リアン、長い間世話になった。先に行って待っている。おまえがいないとリリィが怖いからな」
「旦那様……」

涙目のリアンさんに、こんな時なのにちょっと悪い顔で笑いかける。

「あぁほら、リリィが迎えにきてくれた……。おまえはゆっくり来なさい」

リアンさんに穏やかに笑いかけると、アイザックさんは瞼を閉じた。
本当に奥様が来てくれたんだろうなと思える、愛妻家のアイザックさんらしい幸せそうなお顔だった。



ご葬儀は少人数だけど、みなさん心からアイザックさんを偲んでくれているのがわかる温かいものだった。ご葬儀その他、全部リアンさんが取り仕切ってくれて、私たちはただの参列者だった。

引退したといってもアイザックさんは大商会の会長さんだったから、盛大なご葬儀かと思ったけど、死後は誰にも知らせず葬儀は迅速に終わらせるよう指示があったらしい。後継者さんご一家と、特に親しかったお知り合いだけの参列だった。
埋葬が終わると、みなさんリアンさんに挨拶をして帰っていった。
何だかあっさりしているなぁ。ずいぶん日本とは違うような。といっても映画やドラマでしか見た事はないけどさ。



ご葬儀の翌日は雪になった。
アイザックさん、雪ですよ……。
私は部屋の窓から、雪が落ちてくる空を見上げている。



アイザックさんが亡くなって今日で四日。
私はご葬儀に参列した以外部屋に閉じこもっていた。ひとつの、とても怖い考えがずっとグルグルしている。
アイザックさんが亡くなった事で、私は気づいてしまった。
私、おばあちゃんやおじいちゃんのお葬式に出られないの?  お母さんやお父さんの最後に立ち会えないの?  私はもう家族に会えないまま、ここで死ぬの?  私が死んでも、弟達はそれを知る事もないの?
私は怖くて哀しくて淋しくて、膝を抱えて丸まる事しかできなかった。

アイザックさん、どうしたらいいですか?



五日目に、リアンさんから呼ばれた。
アイザックさんが亡くなって、依頼が終わったからここにいる理由はなくなった。出て行かなくちゃならないね。その話だろうと食堂に行くと、ジェイたちとリアンさんの他に、見知らぬおじいさんがいた。弁護士さんだって。弁護士さんが入るほどの大事なんだろか?  約半年の長期の依頼だったから、私の知らない何かしらがあるのかな?  と思っていると、アイザックさんからの追加の依頼だった。



依頼内容。
アイザックさんの遺産から、クッキーのような幸せを人々におすそ分けする事。
期間は生涯。
報酬。ユアにはこの屋敷半分。ユアの伴侶には残り半分。ラックにはリンゴを含むリンゴ林。アシュリーは残りの敷地。アダムは馬車と馬。
費用は遺産から出す事。得た収入は生活費にしていい事。



そんなような事を、よく響く低いお声で告げられた。
てっきり事後処理の話かと思っていたから、まったく斜め上の話にビックリだよ!
こんな風にアイザックさんに驚かされるのは二回目だ。ビックリしすぎて沈んでいた気持ちがどっかにいったよ!

アイザックさん……。
私の弱気、空の上から見ててくれたのかな。ありがとうございます。

ちなみにリアンさんにも  「死ぬまで使いきれません……」  という程の退職金があったって。

そういえばお屋敷の半分は私の伴侶って……  やっぱり名前のなかったジェイって事だよね。
アイザックさん……。



あんなに落ち込んでいたっていうのに、あんまりビックリしすぎたからか気持ちが切り替わった。
まぁまだ、アイザックさんの死を含めてすっかり立ち直ったって訳じゃないけど、亡くなった後まで私たちを気にかけてくれたアイザックさんの心遣いをムダにできない!  時間は有限なのだ。

私たちは色々話し合って、お菓子売りではなくてレストランを開くことにした。お菓子作りは好きだけど、お料理の方が好きだし、アイザックさんに勧められた事もあったし、何よりやってみたかった。料理を仕事にできたらと思っていたからね。チャンスをもらえるならチャレンジしたい!

方向性が決まると、その他も決めていく。
お店はどこかに出さず、このお屋敷の一階部分を改装する事にした。
普段使っていなかったホールを使う事にする。厨房と客席部分と、お客さん用のお手洗いも作る。これは譲れない男女別で、綺麗さには厳しい現役JKの(現役じゃないか)満足するくらいにこだわった!

住居部分とはっきり分けるために、エントランスに出られるドアをなくして壁にする。私たちは今まで通り暮らすからね。住居と店内は厨房からしか出入りできないようになっている。
お店の出入り口はホールの大きな窓をひとつ作り直す。出入り口の前にウッドデッキを作って、そこにもテーブルセットをいくつか置けばお店らしく見えるだろう。

ホールは結構大きかったのに、厨房とお手洗いを作ったら半分くらいの面積になりそうだ。
それでも4人掛けのテーブルが余裕を持って八卓は置けるくらいだけど。満席で三十人以上……。初心者でさばけるか心配。

内装工事には時間がかかるからさっそく始めてもらう。
開店はやっぱり始まりの季節の春がいいな〜。内装工事のみなさん、頑張ってください!
他にも色々決めたり選んだりしなくちゃならない事があって大忙しだ。



そんな中、私のお誕生日が近づいてきた。
この国には喪に服すという考えはないようで、みんな当然のようにお祝いをする気でいてくれた。だけど私はどうしてもそんな気持ちになれなくて、来年二年分祝ってもらうからと、なしにしてもらった。

なしにしてもらったけど、みんなやっぱり残念そうで少しだけ罪悪感。みんなハンバーグとパンケーキをとっても楽しみにしてるんだもんね……。喪に服すって、私側の慣習であって、この国にはないもんだもんなぁ。
もちろん一年といわず、次のアシュリーのお誕生日にはちゃんとお祝いしようと思っているよ!

う〜〜ん……。
お誕生日の前の日  「おやすみ」  とベッドに横になったけど、まだその事を考えていた。私の都合というか気持ちでみんなの楽しみをなくすのはイヤだけど、やっぱりお祝い気分でもないんだよなぁ……。
でも明日が過ぎたらもう、やっぱりやればよかったと後悔しても取り戻せない。
こんな風にイジイジ悩んでるくらいならと、私はえい!  と起き出した。

ハンバーグとパンケーキとまではいかなくても、朝ご飯にフレンチトーストを焼こう!  そうと決めたら、パンを卵液に一晩つけなくちゃ!  私は厨房に降りてきた。
火を落とした厨房は寒い。
でもまぁ、作業は簡単だしすぐ終わる。私はさっさと終わらそうとパンを手にとった。

「ユア、何してるの?」
「うわっ!」

突然声をかけられてビックリした!!

「ジェイ!  ビックリさせないでよ〜!」
「いや、ユアの声でこっちの方が驚いたから!」

私はバクバクする胸を押さえて文句を言った。ジェイも文句を言い返してくる。
何となく、顔を見合わせて笑ってしまった。

「明日のお誕生日ね、私の都合でなくしてもらったでしょ?  やっぱりちょっと悪い気がして、朝ご飯にフレンチトーストくらい作ろうかと思ってね」
「そっか。俺、手伝うよ」
「ありがと!  じゃあパンを切ってフォークで何か所か刺して。私は卵液を作るから」


ジェイはパンを切っていく。私は卵を割って牛乳と混ぜ合わせる。
ジェイが、切って刺したパンを卵液の入ったボウルにポイポイ入れながら話し出した。

「フレンチトーストは嬉しいけど、気にしなくてよかったのに。みんなユアがずいぶん落ち込んでたの見てたし、気持ちはわからなくないからさ」
「うん。そっか。ありがと」

深夜の冷たい空気に温かい言葉が胸にしみる。

「少しは元気になったならよかった。店を始める事になって、生き生きしたユアに戻ったからみんな安心したよ。そりゃあ俺たちも哀しかったけど、ユアの哀しみ方は見てられないくらいだったからさ……。ほんと、よかった」

え……。
安心したように笑うジェイ。
私はチクリと罪悪感。確かにアイザックさんが亡くなったのは哀しかったけど、それと同じくらい自分の事を哀しんでいた……  なんて知ったらみんなどう思うんだろう。心配してくれてたのに、実は自己中なヤツだったなんて呆れられちゃうかな。
怖かったけど、ジェイからのまっすぐな心配と安心の眼差しが居心地悪くて、目をそらして告白した。

「私が落ち込んでたの、アイザックさんの事だけじゃないんだ。アイザックさんが亡くなってとても哀しかったけど、それは本当だけど。アイザックさんの死で、私思ったの。私はおばあちゃんやおじいちゃんのお葬式に出られないのかなとか、お母さんやお父さんの最後に立ち会えないのかなとか。私はもう家族に会えないまま、ここで死ぬのかなとか。私が死んでも弟達ははそれを知る事もないのかなとか……。そう考えたら怖くて哀しくて、どうしていいかわからなくなっちゃったの」

そう思う事は今でもとても怖い。
心が冷えて涙も零れそうになる。

「ユア……」
「そんな顔しないで。どうしようもできない事を嘆いているより、できる事をしなくちゃね!  亡くなった後まで私たちの事を考えてくれたアイザックさんの気持ちをムダにできないもんね!」

ジェイは、アイザックさん……。  と小さくつぶやいて、私をしっかり見た。

「ユア、ユアが俺たちの世界に来たのがどうしてなのかわからないけど、もしこっちの世界のせいならごめん!!」
「ジェイ?」
「だけど俺、ユアがそんなに哀しんでるのにひどいヤツだけど。ユアに出会えてよかったと思ってる。ユアと一緒にいられて嬉しいんだ。もう二度と離れたくない。ごめん、ひどい事言ってるけど、俺はずっとユアと一緒にいたい。ユアがいた世界に残してきたすべてになれるように努力するから!  幸せだと思ってもらえるように死ぬまで努力するから!  俺と結婚してください!!」

え〜〜〜!!!  
まさかのプロポーズ?!
脳内が  『?』  でいっぱいだよ!  何で今?  いや、何で今はいいとして、何でプロポーズ?  
付き合ってください飛び越して、プロポーズ?!

脳内大混乱で返事もできないでいると、それをどうとったのかジェイは焦って言った。

「もちろん今すぐじゃなくていい!!  あの……  い、い、い、やって返事、、、です、か……」

あんなに情熱的なプロポーズの後に、このカミカミの弱気発言……。私は吹き出してしまった。

「ユア?」

あ〜、おっかしい!  
ジェイってすごくカッコいいのに、すごく可愛いところもあるんだもん。まったく、最強か!  
私、可愛さ負けてるよ。

「私も結婚するならジェイがいい!  だけどもうしばらく待ってくれる?  私の感覚だと、精霊界にいった時間はカウントされてなくて、私の中身は明日で十六歳なの。十六歳で結婚って、私の常識じゃ早すぎてありえないんだ。まずは恋人でよろしくお願いします!」


照れた私は、告白番組のマネをして頭を下げて手を差し出した。

「あぁぁ!!  ありがとう!!  一生大切にする!!」

ジェイは私の手を引くとギュッと抱きしめた!  わーーー!!!
いきなりか!!  早い早い!!  
いや、早くないか?  いや、早い!!
脳内再び大混乱!!



こうして私たちは恋人になりました。
……あれ?  結婚前提だから婚約者かな?




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