異世界スロータイム

ひさら

32話 この世界に来た意味を考える




クッキを売りに行き始めて、週に一度のおやすみ以外毎日通っていると顔見知りさんも増えてきた。
初日のあのずうずうし……  ゴホン、パワフルなおばちゃんとも親しくなった。アイザックさんに言われて二日ほど寄りつかなかったけど  「美味しかったから」  と買いにきてくれるようになった。ちょっと気まずそうにしてたから、きっと根は悪い人じゃないと思う。

トーイともほとんど毎日会っている。私たちが通りにいる時には、まだ買えなくても近くに来たら顔を見せてくれたり、後からお屋敷の方に買いにきてくれたりする。
一番最初にお屋敷に来た時にちょっと緊張してたのが可愛らしかった。配達で大きなお屋敷には慣れているけど、仕事じゃなかったからだって。

そんな中、今日も朝から家にワイアットさんがいる。いつの間にやら私たちのお休みに自分のお休みを合わせていた。ワイアットさん、宮廷魔法使いと聞いていたけど、そんな自由でいいのかな?  宮廷って国に勤務してるって事だよね?  日本でいったら公務員?  それとなく聞いたら、高位の魔法使いは色々優遇されるんだって。
実力は知っているけど、性格的にそんなすごい人に思えないんだよね……。なんて失礼な事を考えていたら、お土産にメロンを持って来てくれていた。頂き物だそうだ。やっぱ偉い人なんだ!  と高級メロンで思ってしまう単純な私。
さっそく朝ご飯の時に切って出す。全員で八人いるから八等分したけど、一切れが小さくならないくらい立派なものだった。

「あれ?  ユアは食べないの?」
「うん。お昼の後にカキ氷をするでしょ?  その時にメロンミルクにしたいんだ」
「メロンミルク?  何それ美味しいの?」
「カキ氷の中で私が一番好きな味だよ」
「マジか!  もうメロン食べちゃったよ!」

今朝も賑やかだ。
ワイアットさんが遊びに来た日は、お昼ご飯の後のカキ氷がお約束になっている。ワイアットさんがいないと氷がないからね〜。
ワイアットさんもカキ氷なんていくらでも食べ放題でしょうに、自分で作っても美味しくないって、ここでみんなと食べるのを楽しみにしてるっぽい。
そうだね!  一人で食べるよりみんなで食べる方が美味しいよね!
ついでに、ご飯やおやつも楽しみにしてるっぽい。

朝ご飯の後、午前中は掃除や洗濯やあちこちの手入れなんか、それぞれやる事をやって、お昼になったらみんな揃ってご飯を食べる。
そしてお待ちかね、週に一度のカキ氷の時間で〜す♪

ふわっふわのカキ氷。
カキ氷器を作ってくれた職人さん!  いい腕してますね〜!
あ、ワイアットさんの氷もいい味してますよ!  
なんてテンションが上がってしまう。
なんせ暑いしね、カキ氷は至福だよ!
特に今日は、かなりお楽しみのメロンミルクがあるんだもん!  わ〜い!!
ふわっふわのカキ氷の上に、メロン果汁と練乳もどきをかける。
ふわぁぁぁ……。
今、私の目はハート型になっている事でしょう!  では一口。

「ん〜〜〜!!!」

目を閉じて堪能する。
記憶にあるメロンミルクと遜色ない美味しさ!  と思われる。

「そんなに美味いの?」

美味しさに悶えている私に、思わずといった感じでジェイが聞いてきた。

「そりゃあもう!  食べてみる?」

私はひと匙すくうと、ジェイに差し出した。

ガチッと音が聞こえそうに固まったジェイ。みるみる赤くなっていく……。
え?  え?  あ!  気づいた私も固まって顔が熱くなる。
えっと……。  間接キス的な?  そんなつもりじゃなかったんだよ〜〜〜!!!
ど、ど、どうすればいい?!  脳内大混乱!!

「今日もひとつください!」

どうしていいかわからない空気をぶっ壊すようにトーイがやってきた!
トーイは来た事に気付かれなかった時は、自由に食堂まで入って来てもいい事になっている。

「わぁ!  それなに?」

初めて見るカキ氷に目を輝かせる。
そういえばトーイはワイアットさんがいる時に来たのは初めてだったか。
トーイ、ナイスタイミングな登場だよ!

「カキ氷っていうの、食べてみる?」
「ユアッ」

焦った声が聞こえたと思ったら、ジェイは私の手首を持って、パクッとスプーンを口に入れた。

え!  え!  え!    か、か、間接……。

無言再び……。

それからジェイは猛烈な勢いで自分のカキ氷を食べだした。

しゃくしゃくしゃくしゃく……。

あ、そんなに急いだら……!

「……っ!!」

ほら、頭がキーンってなるんだよ〜!
額にグーを当てて耐えているジェイ。一体どうしたっていうんだ?!
大丈夫?  と声をかけると、うんうんと無言で頷いた。
とりあえず仕事中で時間のないトーイにカキ氷を作る事にする。

「味は砂糖水?  とハチミツレモンと練乳と、どれがいい?」
「えっ!  えっと……  わからないから、お任せで!」

トーイは走り回っている仕事だからなぁ。疲労回復にハチミツレモンにしてみた。

「さぁどうぞ!」

興味津々、恐る恐るという感じでスプーンを持つトーイ。

「あぁ……。作ってやるのか」
「何これ!!  すごい!!」

二人の声がかぶったけど、ジェイの声はしっかり聞こえちゃった。
えっと……。

「トーイに食べさせてあげちゃうと思ったんだね〜」

アシュリーが残念な子を見るようにジェイを見る。
うん。そういう事なのかもね。

何となく、自惚れていいなら、えっと……。
額にグーをしたままアシュリーの声が聞こえないふりをしてるけど、ジェイ、顔が真っ赤だし!
つられて私もどんどん顔が熱くなっていくし!
何だか周りはニヤニヤ妙な雰囲気だし!!

「えぇぇ!!  そういう事なの?!」
「そういう事なの」

トーイとアシュリーの会話がとどめを刺した……。パタリ。



そんなちょっとした事件?  はあったりしたけど、日々は穏やかに過ぎていく。
クッキーを売りに行き始めてひと月たって九月になった。九月はアイザックさんのお誕生日がある。できたらリンゴのケーキが焼きたかったけど、収穫するにはもうちょっとかかるね。残念!

お誕生日にはお約束のハンバーグとパンケーキ。それから出始めだけど秋の味覚と、まだまだ出回っている夏野菜のメニューも色々。もちろんワインも用意する。
ハウス栽培なんてないから、本当にその時期のものしか食べられないけど、それが一番美味しかったりするんだよね♪
そろそろ終わりの夏野菜。トウモロコシと牛乳で作った冷製スープは、アイザックさんがすごく気に入ってくれたからそれと。
残暑が厳しくてあっさりした味付けがいいかと、ハンバーグのソースにはトマトと玉ねぎを煮込んだ酸味のあるものにして仕上げに刻んだバジルを散らしてみよう。
個人的には、大根おろしと青じそにお醤油をかけた和風が食べたかったけど作れない。みんなは和風なんて知らないし、トマトソースも美味しいからいっか♪

アイザックさんのお誕生日当日。今日はお休みじゃなかったけど、しっかりワイアットさんがいるのには笑ってしまった。お誕生会の話、誰から聞いたんだろう?  でもまぁきっと来るだろうと、ちゃんと人数に入れてある私も人の事をいえないか。

食べる分働いてもらいます!  という事で、ワイアットさんにも参加してもらってお肉を細かくきざむ。途中からミンチ作成は男子チームにお願いして、私とアシュリーは他のお料理にとりかかる。
パンケーキも焼かないとね!  焼きたてではなくなっちゃうけど、人数がいるから枚数を焼かなくちゃならない。暑いから冷めたといってもほんのり温かいと思うし。

今日はまだトーイが来てないから、ちょっと考えて私の分のハンバーグを二等分する。来なかったら男子チームの誰かが食べてくれるでしょ。
何だか今頃になって夏バテ?  夏の疲れが出たのか、食欲がイマイチないんだよね。でも何故か全然やせないけど!

カキ氷器を作ってもらった職人さんにジューサーも作ってもらった。
最近の私の主食は野菜ジュースだ。

おっと、急がなくちゃ!  お昼までクッキーを売りに行ってからの準備だから、ゆっくりしてる余裕はない。人数が増えたからね!
私はあっさり塩味の夏野菜のパスタと、さっぱり生ハムのマリネを作る。
アシュリーはせっせとパンケーキを焼く。アシュリー、お料理もだけど、お菓子作りが好きみたい。最近はクッキーを作るのがアシュリー、売りに行くのが私みたいになっている。そういえば、女の子のなりたい職業の上位にパティシエってあったような。可愛いアシュリーに似合うなぁ。私のイメージのパティシエだけどね!

パンも、しっとり中身のあるバターロールがそろそろ焼き上がる。これもアシュリーと試行錯誤して、やっと満足いくようになったのだ。ちょっとお行儀が悪い気がするけど、ハンバーグのソースをつけて食べたら美味しいだろうな〜♪

夕方になって、少し早めにジェイとアダムも帰って来たし、ハンバーグもいい感じに焼き上がった。
そろそろお誕生会を始めますか!

『アイザックさん、お誕生日おめでとうございま〜す!!』

乾杯♪  とグラスを合わせる。

お誕生日だけの特別メニュー。もう何度か食べたうちの子たちと(気分はお母さんなもんで)二回目のアイザックさんとリアンさんも喜んで食べているけど、引くほど喜んでいるのは毎度ワイアットさんだ。

「肉を細かくきざんでいる時は一体何かと思ったけど、これほどのものになるとは!  お菓子だけじゃなくて料理まで!  こちらは本当に奇跡の家です!!」

マジ引くわ……。
ワイアットさん、高位魔法使いのはずなんだけどな〜。お金持ちならいいものたくさん食べてるんじゃないの?  宮廷魔法使いって貴族みたいなイメージなんだけど、とてもそうは思えないガッつき方だよ。

「ワイアットさんのお誕生日はいつ?  そんなに喜んでくれるなら、ワイアットさんのお誕生日もお祝いするよ」

引きながらもそう言うと、

「六月です!  ……あぁ!  まだ一年近く先にある!!」

喜びの表情と絶望の表情、器用だな。というか、喜怒哀楽が激しすぎる!  魔法使いってみなさんこんな感じなの?

とまぁ、騒がしかったりするけど、大きなテーブルを囲んで楽しく食事は続く。ずっとこんな日が続けばいいな。私はみんなの顔を見回しながら心からそう思う。

九月になって日が落ちるのが早くなって来た。薄暗い窓の外を見て、今日はもうトーイは来ないかなと思っていると

「こんばんは!  最後の配達がこの先だったから遅くなったけどよってみました!  あっ、すみません、もうご飯の時間でしたか」
「トーイ、こんな時間までお仕事お疲れさま!  全然大丈夫だよ〜」

トーイはお金持ちへの配達もあるから言葉遣いが綺麗だ。
私はクッキーを持ってくると銅貨と交換して、食事時だからとすぐに帰ろうとするトーイを誘ってみた。

「今日はアイザックさんのお誕生日なの!  もし時間が大丈夫なら、ちょっとだけお祝いしてって」

用意しておいてよかった!  用意周到?  何かイメージが悪いな。準備万端?  ……まぁ、何でも用意があるといいって事で♪
トーイは家でご飯を食べるのは初めてだ。初めてがお誕生会の特別メニューだなんて、ちょっと驚いちゃうかな?

「おうちに帰ったらご飯でしょ?  だから少しね」

席に着いたトーイに、少しづつ取り分けた料理を勧める。
トーイ、目の前に並べられた料理を見て、みんなを見回している。それから困ったように

「こんな料理見た事なくて……。どう食べたらいいかわからない……」

あらら。そういえば、ハンバーグとかパスタはこの国にはなかったね。

「フォークでもスプーンでも自分の食べやすい方で食べたらいいよ。わからなかったらみんなの真似をしてみて。作法とかないから!  美味しく食べたらいいんだよ」

トーイはまずスープにスプーンを入れた。

「ふわぁ……」

感嘆のため息。美味しそうでよかった。
私はあまり見ないようにしつつ、でもしっかり気にしながら自分も食事を再開する。
おしゃべりをしながら食べたり飲んだりしていると、トーイの手が止まったのに気づいた。隣のトーイを見ると、ポロポロ涙をこぼしている。

えぇぇ!!  トーイどうした?!
びっくりしすぎて声も出ないでいると、ポツポツとトーイの声が落ちる。

「こんな食べもんがあるなんて……。うちじゃパンとスープくらいで……。あのクッキーだってすごい美味くてご馳走みたいに思ってたのに……。何でこんなすごいものが食べられる人がいるんだろう」

なになに??  どういう事?
涙に驚きすぎて、トーイの言葉がうまく理解できない。オロオロしていると

「そうだよな、世の中って不平等だよな。一生懸命働いても、パンと、よくてスープくらいの飯が普通ってヤツが大半だもんな」

アシュリーとアダムは頷いている。アイザックさんとリアンさんと、何故かワイアットさんも同意の眼差しでジェイを見ている。

えっと、えっと、えっと……。
日本の一般家庭では、これってごく普通の夕ご飯だと思う。品数が多いのはお誕生日メニューだからだし。うちは特にお金持ちって家ではなかったけど、これくらいは通常の食生活だった。
何か、罪悪感みたいなものが……。

「ユア、そんな顔するな。ユアのいた国が平和で豊かなのはユアのせいじゃないだろ?  平和で豊かなのはいい事だよ。おかげで俺たち美味い物が食えてるしな」

ジェイは笑って言った。

「トーイ、私たちも村で暮らしていた頃はそんなご飯だったよ。ユアと知り合って色んなものを食べて、美味しいって意味を知ったの。トーイ、美味しい?」
「わからない。今まで食べた事のないものばかりで、どう言っていいかわからない、けど……  クッキーと同じくらいびっくりした」
「トーイ、食べろ食べろ!  アイザックさんのお誕生祝いだし、しんみりするな!  帰る時間もあるだろ?  早く食べちゃわないと遅くなるぞ」

それからトーイは噛みしめるように全部食べると  「美味しかった!」  と笑顔で帰っていった。
酔いが回ったからか男子チームは賑やかになっている。
酔っ払いはほっといて、女子チームは後片付けをしたらお風呂に入ってさっさと寝る事にした。

その夜。ベッドに横になってトーイの事を考える。あの涙はショックだったな……。ジェイたちやアイザックさんたち。ラックは何も言わなかったけど、きっともっとひどい環境で生きてきたと思う。
今まで考えた事はなかったけど、私がこの世界に来た意味みたいなものってあるのかな?  物語にある、救世主や勇者や聖女なんてポジションじゃないのはわかってるけど、二十一世紀の日本に生きていた私にできる事があるのかな……。

この夜はずいぶん考えて、なかなか眠れなかったよ。




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