異世界スロータイム

ひさら

30話 王都と水の魔法使い




アイザックさん、ロサに旅立つにあたって大型の馬車を買った。御者さんも雇ったり、馬車一台まるまる居心地のいいように仕立てたり、一体どれほどのお金がかかっているんだろう。庶民の私には想像もつかないよ。お金持ちというのは本当だったんだ。

通常リーリウムからロサまで馬車で十日ほどらしいけど、アイザックさんの体調をみながらだから、宿泊する町を一日で立ったり、三日も休んだりと倍以上の日数をかけての旅になった。それでも新しい町を見たり、楽しい事をみつけたりと充実した毎日だったと思う。

旅立ってすぐに七月になった。七月十日はラックと初めて会った日だ。ラックはお誕生日を憶えていなかったから、それじゃあって砦にいる時に初めてあった日をお誕生日にしようって決めたのだ。旅の途中だからお料理はできなかったけど、みんなで  『おめでとう』  を言って、ロサで落ち着いたらお祝いをしようね!  という事になった。



そしてとうとうロサに着いた。ロサは大陸一の大国の王都だけあって、そりゃあもう大きかった。リーリウムも大きな町だと思っていたけど、王都と比べちゃいけないくらいだ。さすが王様がいる都。そんな町のちょっと外れにアイザックさんの家はあった。家というよりお屋敷だよぉ!

「妻と結婚してから最初に持った家じゃよ。見栄を張って奮発した」

照れたように言う。奥様の事が大好きだったんだろうなぁと思える、微笑ましい話だ。

馬車でそのまま入れる大きな門。ちゃんと馬車道のある広い庭と、その奥に小さくはないお屋敷があった。
何ていうか、イメージはホテルなんかにある、車から入り口につけてエントランスへ……  みたいな造りになっている。車じゃなくて馬車だけどさ。

お屋敷は、一階はエントランスと大きなホール。茶会とか夜会なんかができそうだ。それから大きな個室がひとつ。元々はアイザックさんの執務室だったとか。それから厨房やダイニングルーム、お風呂やトイレなんかの水回りがあった。二階は個室が六つ。あら、私たちがひとつづつ貰っても余るくらいだ。アイザックさんご夫婦の部屋だったのか、続き間のある大きな個室?  もあったり。庶民の私の個室のスケールじゃあないよ!

お屋敷には管理者のおじいさんがいた。アイザックさんの長年の従者さんで、リアンさんという。従者さんというより執事さんって感じに見えるけどね。この小さくはないお屋敷を一人で管理してたんだって。お疲れさまです!  これからリアンさんに習ってやっていこうと思う。ちなみにリアンさんは住み込みだから従業員用の部屋があるはずだけど、それらしい部屋は見当たらなかった。隠し部屋か?

ロサに着いて、アイザックさんが王都観光に連れて行ってくれた。この人本当に余命半年なんだろか。とってもお元気に見えるんだけど。お元気なのはいい事だけどさ!
それはそうと、王都はとても面白かった。さすが大陸一の大国だけあるよ。色んな物も人も集まっていて、すさまじく活気のある都市だった。黒い髪の人も、黒に近い濃い色の髪の人も見かけた。これなら私もラックも目立つってほどじゃないかも。

ロサでの生活もちょっと落ち着いてきた頃、ラックのお誕生祝いもできた。ついた翌日から家事は任せて貰っていたから、お買い物もお料理も私たちがやった。
お誕生祝いにちょっと特別感のある料理をするんですよと話していた流れで、リアンさんのお誕生日を聞くと七月だという。それならと一緒にお祝いをした。
ちなみにアイザックさんのお誕生日は九月だって。九月にまたお祝いしなくちゃだね!

アイザックさんもリアンさんも、初めて見るハンバーグに驚いていた。とっても美味しそうに食べてくれてたからよかったよ。ご高齢にはちょっと重いお肉料理かと思ったからね。パンケーキも驚いて喜んでくれた。アイザックさんはお金持ちだから高価なハチミツもケチらないで用意できたしね!
今回は大人が二人いるから(成人という意味では全員だけど)果実水の他にワインも用意した。男子チームが喜んで飲んでいたよ。……アイザックさん、本当に余命半年なんだろか?
男子チームといっても、ラックは飲酒しなかった。たまには羽目を外したらいいのにね。でも喜んでいたからいいとするか。

日常生活は、リーリウムにいた時とそれほど変わらなかった。ジェイとアダムはギルドに仕事に行って、私たち三人はお屋敷のお掃除やお洗濯や、お買い物に行ってご飯を作ったり。リアンさんにはアイザックさんのお相手をして貰っている。もうご高齢だからね、家事は私たち若手に任せてください!
本当は私たちもギルドに行って何か仕事をした方がいいと思うけど、やるならお料理関係がいいなぁ。でもお弁当屋さんは暑いうちはやめておきたいし、涼しくなってからもリーリウムの時の事を思うと躊躇してしまう。何せこの国、衛生面がイマイチなんだもん。

なんて話していたらアイザックさん、それなら店をやればいいじゃないかと言い出した。費用は出してくれると言う。いや、待って!  今だって食住にお金はかかってないのに、そのうえ依頼報酬までいただいちゃっている。これ以上甘えられないよ!  それに、アイザックさんが本当に余命半年なら(いや、疑ってるんじゃないよ?  お元気で長生きできたら喜ばしい事だからね!)具合が悪くなってからが私たちの出番だと思うんだ。お店なんか始めちゃったら休めないし、休めなかったらアイザックさんに付き添う事ができないじゃん。
というような事を伝えると、アイザックさんとリアンさんはほんわり喜んでくれた。

それなら家のことをするのが仕事でいいじゃないかと言われて、そうしようかという事になった。複数の人が住むと家って色々やる事ができるからね。
結局甘える事になっちゃったなぁ。でもそう決めたら一生懸命やるだけだ!  家事もお庭の手入れも。

お庭といえば、門から入った前庭っていうの?  は、色々な木や花が美しく彩っている。リアンさんが丹精込めて作り込んだ傑作だ。
それとは別に、家の東側から裏庭にかけてちょっとした林があるのに驚いた。個人の敷地の中に林!  庶民の私には何度目かのビックリだよ!
何の木かと聞けば、全部リンゴだという。

「妻の好物だったものでな。リンゴも品種がたくさんあって、集めているうちにあんなになってしまったんじゃよ」

アイザックさん、ちょいちょい奥様ラブの発言がある。きっととても仲のいいご夫婦だったんだろなぁ。おじいさんとおばあさんになってもラブラブ。いいな〜、憧れるよ!  私も結婚したらそういう夫婦になりたい!  と思って、思い浮かんだのは……  ジェイだった。

きゃーーー!!!
恥ずかしいっ!!  何ひとりで妄想してるんだ!!
別に誰かに頭の中を見られてる訳でもないけど、めっちゃ恥ずかしい!!
真っ赤になって挙動不審な私を見て、アシュリーは  「はいはい」  とスルー。
どういう事ですか?  何か見えたんですか?!

リンゴ林に行って、リアンさんが一つ一つ品種を教えてくれた。
一般的な赤いリンゴは甘さと酸味のバランスがちょうどいいとか、薄い緑のリンゴは爽やかな香りと甘さが特徴とか、黄色っぽいリンゴは甘味が弱いからサラダに向いているとか。驚いた事に白いリンゴもあるんだって!  これはとにかく甘いらしく、お砂糖もハチミツも入れなくてもジャムやリンゴ漬けが作れるほど。それはお菓子作りにいいね!  リンゴならお菓子の種類もたくさんあるし!

ウキウキしていると、もっと驚く事があった。なんと銀色のリンゴもあるんだって!  白いリンゴだって見た事も聞いた事もなかったのに、銀色だって?!  さすがファンタジー!!  でもそれは品種じゃなくて、リンゴ林のどこかにあるかもしれない、見られたら幸せになれる。とかいう、リンゴ林にある迷信みたいな話だった。
いいね〜!  私はそういう不思議な話が大好きなんだ♪  銀のリンゴを見てみたい!

という事で、毎朝男子チームを見送って朝の家事が一段落したら、アイザックさんとお散歩がてらリンゴ林に行くようになった。銀のリンゴを見つけなくっちゃ!
リーリウムでは奥様のお墓参りの行き帰りを歩いていたアイザックさん。ロサに来てそれがなくなったから、その分の運動をかねる。

リンゴの手入れは、リアンさんに習ってラックがする事になった。身長的な事もあるけど、高いところの作業は女の子はあぶないからって。さすが西洋?  レディーファーストっぽい。でも収穫とか、人手がいる時はもちろん手伝うよ!

リンゴ林を歩きながら、アイザックさんとは色んな話をした。おじいさんに見えるけど、アイザックさん実はまだ五十二歳なんだって!  ジェイに聞いた話では、この国では五十歳はご長寿らしいけど、うちのおじいちゃんより十歳近く下に見えなかったよ。やっぱあれかな、平均余命八十歳の日本人と三十年の差が見た目にスライドされてるのかしら?  それとも西洋人の方が東洋人より年上に見えるってヤツなのかしら?

リンゴ林以外でも、アイザックさんの話を聞いたり、私のいた世界の事も話したりした。アイザックさん知識欲旺盛な人みたい。話すたびに質問が入るし、説明すると理解する。この世界にはないものを想像して理解して納得してる。アイザックさん頭がいいなぁ。
それに、さすが大商会の会長さんをしていただけあってか、人をよく見ている。元気がないとか、いい事があったなとか話題を振ってくる。人生の大先輩だからか、話しているうちにいつの間にかいい方向に導いていてくれたりする。

うちのおじいちゃんは今も現役?で働いている。もっと小さい頃だけど、長い休みに泊まりに行ってもおじいちゃんは平日は会社で昼間は家にいなかった。だからおばあちゃんより話した事は少ないんだけど、物知りで面白いおじいちゃんが大好きだった。アイザックさんといると、よくおじいちゃんを思い出す。おじいちゃんを懐かしむ気持ちがそう思わせてるのかもだけど、アイザックさんとちょっとかぶって見えたりする。
落ち着いた生活を送れるようになったからか、ホームシックなんてなってたりするのかな。大人と一緒に生活できる環境って、やっぱり安心するのかも。



そんな風に毎日が穏やかに過ぎて、八月になった。
暑い。
この世界というのか、この国というのか、やっぱり夏は暑いのね……。

「アイス食べたい……」

グデ〜とだらしなく伸びながら呟くと、聞いた事のない言葉にアイザックさんがすぐに反応する。

「アイス?」
「アイスとは元いた世界にあった、甘くて冷たくて口に入れるとスッと溶ける最高に美味しい美味しいものです!」

あ、美味しいを二回言っちゃった。大好物なもんで。
アイザックさんは、甘くて冷たくて……  と繰り返し呟いて想像してるみたい。

「氷はわかりますよね?  氷がもっと柔らかくなって甘くなってる感じです。柔らかいから口溶けもなめらかなんです。想像つきました?」

アイザックさんは、う〜んと目をつむっている。難しいかな。

「ユア、それはユアに作れるものかね?」
「冷凍庫がないから作れないです。冷凍庫があっても売ってたアイスほどなめらかに作れないと思いますし……」

あぁ、アイス。もうあれは食べられないのか……。哀しい。

「冷凍庫とは?」
「冷凍庫は……。近いイメージだと、この国には氷室ってありますか?  氷室の小さいものみたいな感じですかね……。氷も溶けない保冷機能のついた家電……、家具です」

家電といってもわからないだろう。何せ電気がないからね。代わりに魔法があるけど!

「小さい氷室か。それならわかった。その氷室があればアイスというものが食べられるんじゃな?」
「ちゃんとできるかはわかりませんが、チャレンジはできます。でも私の知ってるアイスほどは美味しくできないと思いますけど」
「ユアが美味しいというものはどれも美味しかった。ワシもアイスが食べてみたい」

なんて会話をしたのが二日前。
目の前には水の魔法使いさんがいる。名前はワイアットさん。
突然だけど、この国の人の髪色って元の世界と同じく見慣れた茶色や金髪や赤毛や少数だけど黒色なのね。だけど魔法使いの髪はその属性の色なんだって。水の魔法使いは青で、魔力が強いほど濃くなるという。ワイアットさんの髪は濃い青だ。
ちなみに目の色も同じね。青い髪と青い目!  魔法もだけどファンタジーだわ〜!
あ、青い目は元の世界にもいたか。

その水の魔法使いさんに氷室を作ってもらうという……。
魔法使いって雇うとすごくお金がかかるって聞いた事がある。高位な魔法使いだと料金も比例して上がっていくとか。アイザックさんどんだけお金持ちなんだろう。
お砂糖やハチミツはケチらなくていいですかね?

「死んで持っていけないからの。元気なうちに余生を楽しむんじゃよ。ユアのおかげでこの歳になって新しい事をたくさん経験できるわい」

楽しそうに笑う顔を見ていたら、そうだよね、楽しんだり美味しいものを食べたり、できるだけそうしていきたいよね!  とこっちまで笑顔になった。

ワイアットさんに一メートル四方の氷の箱を作ってもらう。溶けないように、アイスが出来上がるまでずっと魔法をかけていてもらう。さすが高位魔法使い。

アイスの材料はミルクと卵黄とお砂糖だ。それをよく混ぜて適当な入れ物に流し入れて一時間くらい氷の箱に入れておく。取り出してかき混ぜてまた氷の箱に。一時間くらいだったら、また取り出してかき混ぜて氷の箱に入れて、もう一時間くらい待つ。ここまでで三時間。

できたかな〜?
なんとなくいけてると思う。
取り分けて、みんなで試食する。
う〜ん……。ミルク風味のシャーベットというか、なめらかさを感じるシャーベットというか……。
中途半端な感じだけど、私的にはこの世界で食べられたアイスだ。できよりも感動してしまう。売ってたのとは雲泥の差だけど美味しい!!

みんなも一口食べた後、言葉にならない感じだった。

「こんなの初めて……。なんて言っていいかわからないよ……」
「甘くて冷たくて、口に入れたらスッと溶ける……。本当じゃな」
「美味しいというか……。不思議な食べ物だな……。食感が今まで食べたどれとも違う……」

おぉ!  みんなの反応も悪くない。というか、いいんじゃないかな?
その中で一番感動しているのはワイアットさんで

「私の魔法でこんなものができるとは……。これは奇跡の食べ物です!  これに私が携われたなんて!」

妙にテンションが高くて、アイスを食べた表情は恍惚としていた。
ちょっと引く。
でもまぁ、みんなにそんなに喜んでもらえたなら私も嬉しい。日本で売ってるアイスを食べたらどうなっちゃうんだろう?  食べさせてあげたいな〜。

せっかく氷室があるのだからと、アイスの他にプリンも作っていたんだ。アイスが失敗した時の保険ね。材料は一緒だし。
という事で、アイスの後にプリンの試食もしてみた。

「ふわぁぁぁ……。何なのこれ?  柔らかくて甘くてしっとりしてて……」
「美味っ!!」
「……」

おぉっと!  アイスより評価は高いっぽい。ワイアットさんもさらにテンションを上げて

「何という事だ!  奇跡が続いた!  こんなに美味しい食べ物があったなんて!!」

かなり引く……。
後から聞いた話だけど、魔法使いって回復系じゃないと戦い系なんだって。実は平和主義のワイアットさん、戦で敵とはいえ多くの命を奪うのは辛かったんだって。それにスイーツ男子のワイアットさん、自分の魔法で大好きな甘いものを作れたのがかなり嬉しかったらしい。しかも本人的に奇跡の味とかいうほど美味しいんだもんね!

その後、ワイアットさんとのお付き合いはずっと続く事になった。
スイーツ男子のワイアットさん、お休みの度に来るようになって、最初はお茶とお菓子を出してお客さん扱いだったのに、そのうち朝から晩までいるようになった。何故か朝ご飯から食卓についている。ちゃんと食費分労働してもらってるけどね!

アイスはできるまでに時間がかかるから、すぐにできるカキ氷がここのところのブームになっている。氷を出してくれる人はいるしね!
カキ氷器はアイザックさんに説明したらすぐに金物屋さん?  に注文してくれた。可愛いペンギンさん型じゃあないけど、取っ手を回して氷を削るアレはできて、さっそく作ってみると、やっぱりみんな大喜びだった。特にワイアットさんが。
シロップがないから、お砂糖を水で濃く溶いたものとか、レモン汁にハチミツを混ぜたものとか、ミルクにお砂糖を混ぜてちょっと煮詰めて練乳もどきにしてみたりとか、色々試している。果汁を使えるように果物の砂糖漬けもしてみよう。

そんな感じで一緒に作ったり食べたりしているうちに、ワイアットさんから師匠と呼ばれるようになっていたよ。
師匠……。ここでもか。




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