異世界スロータイム

ひさら

間話 ジェイ




やっと会えた。ずっと探していた女の子。
やわらかい身体を抱きしめて、心からユアがここにいるんだと実感できた。
あぁ、本当に会えたんだ……。
愛しい気持ちがいっぱいになって、俺はもう二度と離れないと思った。

その後は、俺の滞在している安宿に移動して、あれからの事を聞いたり話したりした。変わらない不味い飯だけど、いつもよりマシに思えるほど俺は幸せな気持ちだった。あれほど探したユアが目の前にいる。もうそれだけで他の事はどうでもいいくらいだ。ユアが最初の一口を食べた時、わずかに眉をしかめたのには笑えたけど。
な?  不味いだろ?

飯を食いながら、ここまで一緒に来たという三人とも話した。
アシュリーという同年代の女の子。同性の友達ができてよかったな。
そのアシュリーの兄だというアダム。こいつユアに気があるな。だけど自分の事より妹が一番という考えのようで、ひとまず安心する。
表情が読めないのはラックという男だ。どう思っているかいまいちわからないけど、ユアを見る眼に熱はない。だけど妙に距離が近いんだよな……。後でちょっと話してみよう。
俺は笑顔で話しながら、そんな風に観察していた。この二年でライバルができたなら、離れてた時間は不利だからな。慎重にもなるってもんだ。



さっそくその夜、ラックに俺の部屋に来てもらって話した。
どう見ても同年代だけど、百歳超えだという。面白い、世界はまだまだ知らない事ばかりだ。

「単刀直入に聞く。ユアとの関係は?」

感情の読めない表情。赤い眼がジッと俺を見ている。
おっ。さっきと反対に、俺、観察されてる?

「ユアは生涯仕える主だ」
「主なのに呼び捨てなのか?」
「ユアがそう望むから。望みは全て叶えたい」

ふ〜ん……。  質問を変える。

「ユアを好きか?  俺は好きだ!」

そういった事を聞くのに聞きっぱなしはフェアじゃないと、自分の気持ちも言っておく。

「好きか嫌いかでいったら好きだ。だけど恋愛感情ではないから安心しろ」

ふっと笑われた気がした。
実際の表情は何も変わってないけどな。くそっ、これが百歳超えの余裕かよ。
俺が何と言えばいいかわからなくなると、それを察したのか

「オレが望むのはひとつだけ。ユアが幸せになる事。そのためには何でもする。……ジェイ、ユアが好きならユアを幸せにするか?」

できるか?  じゃなくて、するか?  ときたもんだ。
俺は強気で答えた。

「俺でいいならするよ!  っていうかしたい!!  ユアは転移者さまだから、俺なんかが何かしていいのかわからないけど……。俺はユア以外いらないからな」

抱きしめて改めてわかった。ユア以外の嫁はいらない。ユアが嫁じゃないなら生涯独身決定だ。まぁ、独り者の男なんてゴロゴロいるし珍しくもないだろ。

「ユアはカメッリア領の庇護下にある。もう連れさらわれる事はないと思うけど、どこにでもバカはいる。オレは生涯仕えると決めているから、ジェイがユアを幸せにするなら一緒にユアを守るよ」

俺をジッと見たまま、ラックは淡々と言う。
あれ?  何か認められてるっぽい?  いや、ラックが認めるも何もないけどさ。でも何か、保護者に認められてるようでちょっと嬉しい。けど何で?

「初めて会ったばかりだっていうのに何か評価甘くない?  俺にとっては嬉しいけどさ」
「ユアからジェイの話はたくさん聞いている。ユアの望みは、できるだけ叶えたい。ユアを粗末に扱ったり、哀しませたり、不幸にしたら……」

語尾は切れたけど、続く言葉はわかった。凄まじい殺気。
眼がマジだよ!!
そういやラックは戦闘奴隷だったとか。戦経験者の対人の殺気、半端ねぇ。
俺は知らず背筋を伸ばす。

「もしユアが俺を選んでくれたら、絶対粗末になんか扱わねぇ。哀しませ……ないように女心も勉強する!  幸せにする!!  ように死ぬまで努力する!!」

ラックは納得したように部屋を出ていった。
俺は脱力して床にへたばった。ドッと汗が噴き出してくる。ラックさん、半端ねぇ。ライバルよりこえぇよ!  何だ親父か?  もしかしたら結婚の申し込みもお許しをいただかなくちゃならないのか?

ドキドキしていた心臓が落ち着いてくると、でもユアを守る人としては心強いと思う。もう二度とユアを連れて行かれたくない。二人で守るなら二倍安心できる。恋愛感情はないって言ってたしな!
明日から、あ、もう今日か。ユアと一緒にいられるんだ。俺は二年ぶりに安らかに眠りについた。



それからすぐ、ユアの飯が食いたいという俺の望みは叶った。ユアはシェアハウスという面白いものを提案してきて、聞いた二日後にはもうみんなで住み始めていた。スピード契約にユアは驚いていたけど、俺だって驚きだ。俺にこんな決断力があったとはね〜。宿屋とは違う、ひとつ屋根の下で一緒に生活するという事に妙に舞い上がってしまった。いや、二人きりじゃないけどさ。

だからユアと二人で買い物に出かける時、上がったままの俺は何を話していいかわからなくなってしまった。話題……  話題……  頭の中がグルグルする。ユアの方が気を使って話しかけてくれたのがわかる。情けない思いで、つい言わなくていい事まで言ってしまった。

……  ……  ……。

沈黙が辛い!!  俺は頭に手を当てて空を見上げた。

「あーーー!!!  ごめん!  何かうまくしゃべれない!!  話したい事はいっぱいあった筈なのに!」

顔に集まった熱を吐き出すように叫んだ。
カッコ悪いな、俺。
空を仰いだまま恥ずかしくて目を閉じていると、クスクス笑うユアの声がした。

「私も同じだよ。何か妙に緊張しちゃった。初めてあった頃みたいに話しながら行こうよ。あの時もずっと二人で話してたもんね」

何だそっか。ユアも同じだったんだ。
気づいた俺は、ふぅ……  と大きく息をついて、笑った。

「そうだな。思い出すと懐かしいな」

俺らしく。ユアらしく。出会った頃のように、ゆっくり始めよう。二年は長かった。
俺が意識するように、ユアも俺を意識してくれたらいいな。そんな事を思うと照れくさいけど、でもすっげぇ幸せな気持ちで町まで二人歩いて行った。

シェアハウスの初日の夜、本当に久しぶりにユアの飯を食った。
あぁ……。変わらず美味いな。俺は二年前を思い出しながらゆっくり味わった。
だけど、美味しい美味しいと連呼される声に焦って急いで食べ始めた。ゆっくり食ってたらなくなる!!

その夜も満足して眠った。幸せだ。

次の日の朝飯は、ブレイディさんの宿で初めて食ったベーコンエッグだった。チーズのパンも同じだ。スープは違うけど美味いからいい!!
弁当も渡された。これはあの?!  期待してユアを見れば

「そうそう。初めて作ったメニューにしてあるから!  懐かしいでしょ?」
「マジか。すっげぇ嬉しい!  弁当励みにがんばるわ」
「うん!  気をつけて、いってらっしゃい」
「いってくる」

朝も昼も、あの日と同じにしてくれるなんて。ますますちゃんとユアがここにいると実感できて安心する。いってらっしゃいも、気をつけても懐かしい。ひび割れてた心が少しずつふさがっていくのがわかる。二年は長かった。ユアがいる事が日常と慣れるには、もう少しかかるだろう。……ヘタレだな、俺。

アダムが、中身は何かと興味津々だった。いい匂いがしてるからそうなるよな。俺は笑って中身を説明する。

「マジか!  俺初めてだわ!  うわぁ、すげぇ楽しみ!!」

俺と同じ反応じゃないかよ。美味いものって、誰とか限らず共通なんだとわかった。



その日の夕方、ちょうど帰りが一緒になったユアと話していると、苛立ったリラの声がした。

「ちょっと!  ジェイと一緒に住んでるって本当?  何でよ!」

ユアはびっくりして俺を見た。ラックがユアとリラの間に入る。

「何よその男!  ジェイに抱きついてたくせに、二股?」

二股という言葉にイラッとした。ユアはそんな子じゃないし、ラックとはそういうんじゃない。自分で思ってたより低い声が出た。

「リラ!」
「何よ!  聞いてるだけじゃない!」

リラは泣きそうな顔になった。何故かユアがオロオロしている。しまった、強く言いすぎたか?
夕方で大勢のヤツが帰ってくる時間だ。何が起こったかと、面白がって周りに人が集まりだした。
リラも何もこんな時にと思っていると、ユアをキッと睨んだ。おぃ!

「私の方が美人だわ」
「そうね」

ユアは可愛いよ!  声には出せず、心の中で褒めちぎる。

「私の方が強いし」
「そうね」

そりゃそうだけど……。ユアには料理があるよ!  これまた心の中で褒めまくる。

「私なら仕事中にジェイを助けられる。私たちは助け合って仕事ができるわ!」
「そうね」

いいんだよ!  ユアの事は俺が守るんだから!  過去に守れなかったから、これは心の声も小さくなってしまう。

「何よ!  そうねそうねって、私をバカにしてるの!」
「いや、そう思ったからそう言っただけだよ。リラの言ってる事は全部その通りだと思う」

本心なんだろうな〜。ユアは天然すぎる素直なところがある。
周りは興味津々で聞き耳を立てている。何だかなぁ……。
リラはメラメラと燃える眼でユアを見た。

「私はジェイのためなら死ねるわ!  あんたにそれができる?」
「や、それはできないわ」



えええぇぇぇ!!!!



ギャラリーは目が点だ。リラも唖然としている。
びっくり顔の中で目立つかもしれないけど、俺はニヤニヤしてしまった。ユア、何を言い出すつもりだろう?
三つ数えるくらいの間をおいて、リラが怒った声を出した。

「なら、ジェイを諦めてよ!  私の方がジェイにふさわしいわ!」
「死ぬなんてイヤだよ。私はジェイと一緒に生きていきたいの。たくさん楽しい事をして、美味しいものを食べて、綺麗なものを見て、一緒に年を重ねていきたい」

ドヤ顔だ!  これ、ユアが言ってたドヤ顔ってやつだ!!

「あははははははは!!!!」

ケンカを売られて見事に返り討ち。いや、俺のせい?  なんだけどな。それにしても愉快になった。それから、俺も心からそう思う。

「俺もそうやってユアと生きていきたい!」
「オレも」
「私も!」

俺に続いて、ラックとアシュリーも同意した。ユアは嬉しそうに俺たちに笑いかける。
それからさっさとギルドを後にして、市場によって帰った。
リラには俺から何もいう事はない。できる事もない。実はオースティンが長い間の片想いをしてるから、うまくいけばいいと思う。余計なお世話だけどな。



それから何日もたたないうちに、俺たちが昼にサンドイッチを食うのを見てたヤツが、ユアに同じものを作ってくれと言い出した。ブレイディさんの宿屋でも同じ事があったなぁと懐かしい。違うのは規模が大きくなっていく事だ。今ではお弁当屋さんとかいう、店をもたない商売をしている。ユアのやる事はいつも新しい。今まではなかった事に、そういう事もできるのかと感心する。順調にうまくいっているようでよかった。まぁ、ユアの美味い料理だからな。常連になるのは決まっている。



ある日、仕事帰りに一緒になったアダムと家に帰ると、ドアを開けた瞬間

『おかえり〜!  ジェイ、お誕生日おめでとう!!』

四人が声を揃えて言う。

「え!  誕生日?  あ、俺の?  あ、うん。  えと、ありがとう」

びっくりしすぎると訳の分からない行動をするもんなんだと知った。何が何やら分からない状況で、何故かそんな事を考えていた。

「今夜はお誕生日のお祝いメニューだよ!  火を入れておくから、手と顔を洗ってきて!」

俺たちを井戸にやると、ユアたちは忙しく料理の仕上げを始めたようだ。ラックは果実水を取って戻っていく。
みんなが席に着くと、重ねられたパンみたいな美味そうなものが俺の前に置かれた。

「私の育った国では、お誕生日にケーキを食べるんだよ。ケーキにろうそくを立ててね、吹き消しながら願い事をするの。でもここには細いロウソクがないからなぁ。普通に食べて!」

熱々のパンの上ではたっぷりのバターが溶けてるし、横には小さいポットにハチミツも置いてある。
いい匂い……。ものすごく美味そうだ。意識しないで声が落ちた。

「すご……」

何だかグッと込み上げるものがある。何だこれ?  何だこれ??
何だかやばい感じに気合を入れた。
何だよユア。何だよ……。俺はまた意識しないで声を出していた。

「こういうの、初めて。  ……何で?  二年も前に、ちょっと言っただけの事、憶えててくれたんだ」
「私、そういうの憶えてるの得意なんだ♪  びっくりした?  これね、みんなで計画したんだよ!」

ユアは照れたようにエヘヘと笑っている。
可愛いな〜。  めちゃくちゃ可愛い!!
すごい好き!  もうほんっと、すごい好き!!  ダメだ、もう好きすぎる!!

「ユア」

名前を呼ぶ。眼が合う。  何かさっきとは違うやばいテンションだ。



結婚してください!!!!!



心の中で大絶叫!!  だけど声に出した方はもつれてしまって

「けっ、結っこ……。……、……、結っこ、、、けっこ、う、すごい驚いた!  みんなありがとう」

かんだ挙句、ヘタレな俺はそう続けてしまった。

やめてアシュリー、そんな眼で見ないで。本人よ〜くわかってるから……。
わかってますから、ラックさんそういう空気出さないで。もう一回チャンスください。次は決めますから。

若干変な空気になってしまったけど、それから勧められて俺が最初に少しパンケーキを食べたら  『乾杯〜♪』  とみんなで食事が始まった。
ちゃんとみんなの分のパンケーキもあった。よかった。こんなすごいもの、俺だけじゃ何か食いづらいし。美味いものはみんなで食いたいもんな。

生まれて初めての誕生日のお祝いは、驚きすぎたけどすっごく幸せで、料理もどれも美味かったし最高の日になった。こういうのサプライズっていうんだって。心臓に悪いよ。でもサプライズはこれっきりという事になった。みんな知ったなら、もうサプライズにならないもんな。だけど誕生日にはハンバーグとパンケーキが定番と決まった。
ハンバーグは作るのが大変という事だし、パンケーキもふつうに食うには贅沢なものだ。誕生日に特別感は大事なんだそうだ。



それからまた何日かたって、夕食時にアイザックさんというじいさんが同席するようになった。
最初の日、道端でへたばっていたアイザックさんを家で休ませたのがきっかけだった。
俺は親父と二人暮らしだったから、じいさんばあさんと一緒に暮らした経験はない。だけど、村には年寄りはいたし、別に嫌いではなかった。年寄りは大切にするもんだしな。アダムたちも同じような感じだった。ラックさんは知らないけど。ユアは一緒には暮らしてなかったけど、じいさんばあさんと仲は良かったらしい。アイザックさんに自分のじいさんを重ねてるようなところがあった。

やっぱり元の世界に帰りたいんだろか。そりゃそうだよな、そっちには家族も友達もいるんだもんな。スッと……  心が冷えた。ユアのいない人生なんて考えられない。ユアのいない生活なんて、もうどう過ごしていいかわからない。
帰りたいのかな……。聞きたいけど、聞いてもしょうがない事に、しばらくもやもやして過ごした。

そんなある日。弁当屋のどこかがショクチュウドクを出した。ショクチュウドクというのもユアから聞いた。ユアはだいぶ心配していた。幸い腹痛をおこしたヤツはすぐに元気になったけど、弁当屋は売り上げが落ちた。
売り上げより、ユアがやりがいを持って作っている弁当の注文数が減ったのが気になる。思案していて元気もないようだ。

そんなユアを見かねたように、アイザックさんが

「それなら依頼をひとつしようかね。そろそろ妻が迎えにきてくれるらしい。半年ほど、五人と過ごす事を依頼したい。治癒魔法使いが言うには、冬は越せないだろうとの事だからそんなに長くならんよ」

いきなりとんでもない発言に、びっくりしすぎてみんな固まったよ!
何て言ったらいいかもわからないよ!!

「期間と、場所も指定したい。わしも生まれ故郷のロサで死にたい。妻と同じ墓に入りたいというロマンチストではないからな。人間やっぱり最後は生まれ故郷じゃよ」

アイザックさんは穏やかに笑った。
アイザックさん、そんなに重病人に見えないけど!半年で死ぬようにはとっても見えないよ!
だけどきっと本当の事なんだろう。アイザックさんの話に、みんなまったく反応できないでいると

「私、アイザックさんの依頼受けたい」

ユアがそう言った。それからラックも。

「ユアがそう言うならオレも」

そうだよな。ここ何日かの付き合いだけど、最後に一緒にいてもいいくらいにはいいじいさんだ。それに依頼だしな。

「ロサに行く予定が早まっただけだしな」
「私もアイザックさんの依頼受けたい」
「依頼は五人だしな。男手も必要だろ?」

三人ともすぐ賛同した。
それから色々と決めていく。アイザックさんの体調をみながらゆっくりの旅にしようとか、もっと暑くなる前に旅立とうとか。
ロサはパエオーニアの首都で、リーリウムからは馬車で早くて十日の道のりだ。でもゆっくり行く予定だからもうちょっとかかるな。
ロサにはアイザックさんの家があるそうだ。アイザックさん、引退してるけど実はかなり大きな商会の会長だったらしい。死ぬまで苦労しないくらいの財産はあるから報酬の心配はするなと笑って言った。笑えねぇって……。

慌ただしく準備は進められていく。正式なものにするために、ギルドに依頼を通したり、弁当屋も店じまいを知らせたり。
最終的にはロサに行きたいと思っていたけど、予定よりだいぶ早くなった。まぁユアと知り合ってから予定は変更ばかりだけどな。
それでもユアと一緒なら何でもこいだ。俺は人生の転機というものを特に不安もなく迎えていた。不安どころか、ユアさえいれば人生は楽しくなる。今までの経験でわかっているんだ。
ユアさえいれば大丈夫。離れていた二年を思えば何でもできると思った。




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