異世界スロータイム

ひさら

18話 砦へ 3




ケイトさんが言っていたように、一週間もすると男の子はだいぶ回復してきた。
回復と元気は違う。男の子は相変わらず無表情で覇気もなく、ただそこにいる。
この年頃の男の子って、もっとムダに元気じゃなかったっけ?
私は弟たちや、同級生たちを思い出す。うん、バカみたいに元気だった。

この子は人間じゃないから当てはまらないのか、この子の性格なのか。エルフの生態はわからない。大ケガの後だからか。これから元気になっていくのかもしれないけど……。

寝たり起きたりの一週間ほどの間、私は部屋から出られない彼が退屈しないように、彼が起きてる間おしゃべりをした。
おしゃべりといっても、私が一方的に話してるだけだけどね。看病らしい看病もしなくてよくなったから、他にする事もないし。

「私ね、この世界じゃない、別の世界から来たみたいなんだ。異世界転移っていう、私のいた国ではちょっと流行ったお話みたいな出来事が、まさか自分に起こるなんてね〜」

男の子は黙って聞いている。

「私には、お母さんとお父さんと弟が二人いてね。それは言ったっけ。  友達もまぁまぁいてね。頑張って入った高校なのに、たった一ヶ月くらいしか通えなかったな……。これから部活に燃えて、彼だってできたかもしれない。これから青春だったのにな〜」

「こっちの世界に来てすぐ、私死にそうになったのよ。魔物なんて初めて見たからすっごく驚いたなぁ。あれはキモかった。  そこで助けてくれた人がいてね。ジェイっていうんだけど、そこからここの領主に攫われるまで、ずっと面倒をみてくれてたんだ」

独り言のような思い出話も、こっちの世界に来てから過ごしてきた話も、思いつくまま話せば、何だか気持ちというか、頭が整理できるような気がした。
相槌すらないけど。
でもまぁ、訳も分からない話を黙って聞いてくれてるからいいか。

男の子が回復したなら、私は帰る事になっていたけど、困った事に私はすっかりこの子に情が移ってしまっていた。回復したのに年相応の元気のないこの子が心配で仕方ない。戦に出ていたっていうから、悲惨なものをたくさん見たんだろうし。

奴隷って……。いくらするんだろう。
いやいや、人の売り買いは道徳的になしだけど!  人としてなしだけど!
こっちの世界は日本とは常識が違うし……。買うといっても現金も持ってないし。

今回の戦、三ヶ月近くも膠着状態だったのに一週間で終わったの、私のおかげもちょっとはあるんじゃないかな……  とか。
環境と食の改善をしたし、意識改革もしたし……  ダメかな。
あぁ!  お風呂なんて贅沢しなければよかった!
そうだ、新しいレシピはどうだ!

と、一人で突っ走りそうになったけど、勝手にそんな事を思っちゃダメか。本人に聞かなくちゃだよね。
何せ短い付き合いだ。お互いの事は知らないし(私は勝手に身の上話的なものをしゃべってたけど)信頼関係も築けているかわからない。
私は男の子を見る。私の視線に気づいた彼も私を見た。

「あのね、聞きたい事があるんだけど……。  君が回復したから、私はそろそろ帰らなくちゃならないの。でもね、私は君とこれからも一緒にいたいと思ってるんだ。君がちゃんと元気になるまで。できれば君が大きくなるまで。  君はどうかな?奴隷の仕事がどんなものかわからないけど、知らない場所に行くのは……  やっぱりイヤかな?」

彼はジッと私を見ている。  ……考え中か?

「私と一緒に行くの、イヤ?」

フルフルと首を振る。

「私と一緒に来てくれる?」

彼はジッと私を見ている。  ……考え中か?

「ユアさん、奴隷は主から離れる事はできません。どう思っていたとしても、ユアさんと一緒に行くという答えはできないんです」

沈黙が続くと、ケイトさんが教えてくれた。そうなんだ!

「それじゃあ、一緒にフラヴィオさんに話にいこう。私、君を貰えるようにがんばるから!  あ。貰うといっても、私は君を奴隷にするつもりはないよ。友達というか……  できたらちょっと姉弟のように思ってくれたら嬉しい」

私と一緒にいるのがイヤじゃないなら、フラヴィオさんのOKがでれば一緒に来てくれると思うのは……  自惚れてるかなぁ。
私はケイトさんに、フラヴィオさんへの取り次ぎを頼む。

「ユアさん、すっかり盛り上がってますけど、エルフなんだから見た目通りの年齢じゃないかもしれませんよ?」

ん?



出発も近いという事もあって、私はすぐにフラヴィオさんに会えた。
他の部屋とは違う大きなドアの前で、男の子は少し戸惑うような間があった。
私は彼の手を握る。大丈夫。お姉ちゃん頑張るから!

部屋に入ると、この砦で秘書さんのような執事さんのような騎士さんが鋭く言った。

「奴隷の入室は許しておりません」

「あ、すみません。この子の事でお願いがあって一緒に来ました」

私はフラヴィオさんだけを見て、素早くそう言う。追い出されたら大変!

「願いとは何でしょう?」

フラヴィオさんも私を見て言う。相変わらず冷たい美形だな。

「この子を看病している間に、すっかりこの子を好きになりました。ぜひ私にください」

お嬢さんをください!  みたいな?
結婚の承諾に行く男の人の気持ちはわからないけど、私は緊張して言った。

「人の価値はわかりませんが。というか、そういうのって私のいた国にはなかったのでわかりませんが、この国では人も財産と思いますからお聞きします。この子はおいくらでしょう?  私に払える対価を考えます」

うわぁ、人身売買だ!  めっちゃ背徳感!いくらとか言っちゃって、男の子にめっちゃ罪悪感!  ごめんよ〜!

フラヴィオさんは騎士さんを見た。騎士さんが返事をする。

「それは人ではないので値はつきませんが、魔法が使えるので戦では貴重になります。譲る事はできません」

魔法!  またでた魔法!
すご〜い!  この子魔法が使えるんだ!  すご〜い!
いやいや違う。今はそこじゃない。
私は焦って考える。そっか〜、魔法使いは貴重なんだ。どうしよう!

私は男の子を見た。男の子は私を見ている。相変わらず無表情で、感情の読めない眼をしてるけど……。
何となく、ここが踏ん張り所だと思った。この子を諦めちゃいけない。私は繋いでいる手に力を込めた。

「私は戦での力にはなれませんが、戦う人たちの力にはなれます。今まで兵士さんに教えた料理と、まだお伝えしていない食育の知識も差し上げます。どうかこの子をください」

答えは変わらないという顔で、騎士さんが口を開く。

「魔法は使えません」

ん?  騎士さん、まだしゃべってないけど……?

「どういう事だ?」

騎士さん、私じゃなくて私の横に向かってしゃべっている。

「魔力を感じられなくなりました」


えええぇぇぇ!!!


男の子がしゃべった!  しゃべった!!
男の子を見ている私の眼は、きっとまん丸だろう!
……しゃべれるんじゃん!!

どういう事だ?  というように、フラヴィオさんは騎士さんを見た。
私はただただ、男の子とフラヴィオさんと騎士さんを順番に見ている。

「奴隷は嘘がつけません。主に不利益になる事もできません。魔法が使えなくなったというのは本当でしょう。自分の価値がなくなったと告げたのです」

おぃ!  魔法は貴重だろうが、価値がなくなったとは随分じゃないか!
私は騎士さんを睨んだ。睨まれても騎士さんは全く気にしてないようだけど!



という訳で、私は今までの報酬として男の子をもらった。
擦り切れるほど使い、死にかかった事で魔力がなくなったんじゃないかと。魔法が使えなくなった、戦力としては大した事のない身体の小さなモノなど無価値だという事だった。

……何か哀しい。
でもまぁ、そのおかげで男の子と一緒にいられるようになったのだから、よしとしよう。

私は男の子を譲り受ける時に、首輪を外してもらった。
奴隷の首輪は魔具で、騎士さんが言ったとおりに主に対して嘘はつけないし、利益になる事、不利益になる事は告げるようになってるんだって。あと、逃げられない。

私は、随分ゴツいチョーカーだなと思っていた。そしたら首輪だというじゃないか。なんだ首輪。ペットじゃないんだぞ!  私は憤慨してソッコーとってもらった。

首には日に焼けてない跡が残っていた。まるでまだ首輪をしているようだった。
そこで私はその首にハンカチを結んだ。今では唯一の持ち物になっている、メイドインジャパンのハンカチだ。あ、メイドイン『ジャパン』じゃないかもだけど。

「日焼けしてない跡に巻いておこう。これ、君にあげるね。ちょっと色褪せちゃってるけど、君の眼の色とお揃いだよ」

男の子は、コクンと頷いた。無表情の彼だけど心なしか嬉しそうに見える。
衝撃の、しゃべれた!  事件の後も(事件じゃないか)彼はほとんど喋らなかった。もともと無口なのかもしれない。それともエルフはそういうものなのだろか。

あの後部屋に戻ってから、しゃべれるのならと名前を聞いてみた。

「君の名前は?  教えてくれる?  私の事はユアって呼んでね」

彼はフルフルと首を振った。教えたくないのか。名前がないのか。
いや、名前がないって……  でもここは日本とは違うし、奴隷だったから名前がないのかもしれない。

「名前、ないの?」

頷いた。
あらら、ほんとにないんだ。これは哀しい事なのか、この世界では普通の事なのかわからない。私はちょっと考えた。

「じゃあ、私が君の名前をつけていい?」

名前がないんじゃ不便だもんね。
男の子はジッと私を見ている。何となくイヤそうではないと思うけど……。
少しの後、彼は頷いた。

「君の名前はラックね!  黒って意味のブラックと、幸運を意味するグッドラックからラック。どう?」

黒は私たちの髪の色だよ。と告げる。

安易といってくれるな。センスがイマイチなのはわかっている。
だけどラックはすぐに頷いた。気に入ったかはわからないけど。

「ラック、これからよろしくね!」

私はラックの手を取って握手をした。




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