異世界スロータイム

ひさら

11話 離れ離れ




宿屋の仕事は合っていた。
元々うちでも家事はしていたし、お料理は楽しい♪  喜んでもらえたら、もっとやる気になる。

私が頼まれたのは朝食の支度だけど、やっぱりそれだけって訳にはいかない。朝食の後片付けが終わると、エマちゃんと一緒に掃除をする。
ブレイディさんの宿屋は安いので、新人の冒険者が多い。というか、まだ収入の少ない新人さんのために安くしてるんだって。

安いから連泊が多い。連泊している部屋は、頼まれれば掃除をする。チェックアウトをした部屋も掃除をする。靴を脱がない生活スタイルなので、なかなか汚れている。汚れているところを綺麗にするのは、清潔好きの日本人の血が燃えるのだ。満足するくらい綺麗になった部屋を見ると、ものすごい達成感♪

シーツは定期的に換える。これも、汚れているのを綺麗にする気は満々なんだけど……。洗濯機がない!いい匂いの洗剤もない!手洗いで何枚も大きなシーツを洗うのは、本当に大変だった。シーツだけじゃなくて、自分たちの服の洗濯も大変。
洗濯機って神だったのね……。

楽しかったのはお買い物♪  といっても食料の買い出しだけど。市場や小売りの商店なんか、見ているだけで楽しい♪  見た事もない珍しい物なんかもあって、ずっといても飽きないと思う。

お給料がある程度たまったら、この世界の服も買わなくちゃ。
今は昼間は制服、夜はジャージで過ごしている。ブラウスを洗濯した時はTシャツとかね。これから暑い季節になるそうだから、新しい服は早急に必要なのだ。



朝ご飯の採用だったけど、三日目の朝に、

「この料理で酒が飲みてぇな」  なんて誰かから声が上がり
「ほんとにな。これを食っちまうと、不味い料理に金を払うのがイヤになるよ」と誰かが応えて
「そうだそうだ」と盛り上がり……
「ユア、夜も料理を出してくれねぇか?」となった。

この世界で十五歳は成人だけど、私の感覚では未成年だから、お酒の席に立つなんてありえない。すごく罪悪感がある。
断ったけど、みんな諦めずに熱心に訴えてくる。
困ったな……。

とりあえず返事は保留にして、みんなには仕事に行ってもらった。私とエマちゃんだけでは決められない。ブレイディさんに話さなくては。
一番最後に心配顔で出ていくジェイに、大丈夫!とお弁当を渡す。

そういえば、お弁当の注文もくるようになった。
たまたま一緒のパーティーになった宿泊客Aさんが、ジェイのサンドイッチを見て「俺も食べたい!」と。

ユアの負担にならないならと、ブレイディさんから了解が出て作る事になった。メニューはサンドイッチ。料金はブレイディさんに決めてもらった。
それが昨日の話で、今朝Aさんと仲のいいBさんにもサンドイッチを渡していると「何だそれは?」とひと騒動。
「同じ客なのに、そいつらだけずるい!」明日から全員分作る事になった。

美味しいと言ってもらえるのは嬉しいし、作り甲斐もあるけど、ここの人たちはどんだけ美味しいものに飢えているんだ。いや、人はみんな美味しいものが食べたいか。うん。

問題は十四人分のマヨネーズ。作り置きしておきたいけど、冷蔵庫のない世界……。悪くなっちゃうよね。
冷蔵庫もだけど、多分この世界にマヨネーズはない。エマちゃんが「こんな美味しいもの初めて食べた!」と言っていたし。

マヨネーズは、前にテレビで手作りしているのを見て、わりと簡単そうなので作ってみた事があったのだ。
そのテレビに映っていた外国のおばあさんは、成功も失敗も運次第と言っていた。マヨネーズ作りが成功した日は運がいい日なんだって。失敗したら、運が悪かったという事で♪

私はマヨラーじゃないけど、サンドイッチにはマヨネーズはいるよね。
おにぎりだったらいらないけど、そっちはそっちでお米がないし。
マヨなしのサンドイッチもちょっと考えたけど……。しょうがない、やっぱりその分早起きするか!

おとといの夕方に帰ってきたジェイは

「何あのパン!初めて食べた!あんな味付したゆで卵も初めて食べた!ベーコンとレタスとトマトのも、あんなの初めて食べた!すっごい美味かった!また作って!」

初めて連発で大興奮だった。
同じ歳の男の子なのに、何だか可愛かったな。ちょっと笑えたけど。あんなに喜んでもらえたら作らない訳にいかないでしょ!

となると、夜の営業はムリだよね。
自分たちが食べる夕ご飯は作っていたけど、お酒を扱う営業となると寝る時間が遅くなりそう。私は朝食とお弁当に集中しよう。もう後何日かでブレイディさんも復帰できるでしょうし。

あ。そしたら私、職がなくなるんだ。
その時はその時。冒険者ギルドに行って就活だな。

と呑気にしていたら、あっという間にその時になった。
ブレイディさんは、まだ完全復活ではないけれど、厨房には立てるようになった。もともと安い料金の宿屋だから、人を雇う余裕はないのだ。
今朝はお弁当のサンドイッチがあったから手伝ったけど、明日からどうなるかわからない。私の就職先しだいでお弁当はなくなるかも。
みんな残念がっていた。ごめんね。

朝食が終わると、私は冒険者ギルドに向かった。ジェイも依頼を受けにいくので、せっかくだからと一緒に行く。

途中、市に向かう荷車を引いた露天のおじさんやおばさんと挨拶を交わす。
冷蔵庫のない世界、生物や生鮮野菜なんかは毎日買いに行くので、すっかり顔馴染みになった。
最初の頃は髪や眼を珍しがられたけど、何度も会って話したりするうちに気にしなくなってくれた。もうこの辺ではジロジロ見られたりしなくなっている。嬉しい。

宿屋からギルドまでそんなに遠くない。ギルドの建物が見えた時、ふと思い出した。

「そういえば、ジェイはもっと大きな町に行くって言ってたよね?そこでレベルを上げて、最終的に王都に行くって……。  いつ行っちゃうの?」

私がちゃんと就職するまで見届けてくれるつもりなのかな。過保護だし。
でも……。
ジェイがいなくなっちゃうの淋しいな。この世界に来てから、ずっと一緒にいてくれた人だもんね。
ジェイには夢や目的があって、ジャマをしたらいけないけど……。
やっぱり淋しいな。そんな気持ちが声に出たのかもしれない。

チラッとジェイを見ると、ジェイは私を見ていた。少しの間。
そして何か決意したように力を込めて言った。

「ユアの料理の腕なら、もっと大きな町の方がいいと思う。もう少しここで旅費をためて、一緒にリーリウムに行こう。そこで働けばいい。そしたら俺も毎日ユアの飯が食べられるし」

やだジェイ、顔が赤くなっている。
やめてよ、こっちまで照れるじゃないか。
だけど何か……。妙に嬉しい。
また一緒にいられるんだ。道中の星空ホテルはキツイけど。

「一緒に行く!」

私はたぶん、とびっきりの笑顔だった。



そんな何ともいえない空気の中歩き出すと、突然私は横道に引っ張り込まれた。大柄な男に横抱きにされて連れ去られる。すぐにジェイが追ってくるのが見えた。

離せ!
私は自分の足を、かかえられている男の足の間に差し込んだ。バランスを崩して転ぶ男と、転がり落ちる私。素早く立ち上がってジェイの方に走る。
何だかわからないけど、男は二人いる。私が狙われてるの?!  てか犯罪だろ、これ!!

「ユア、逃げろ!」

私は、自分が足手まといとわかっていたので、ジェイの言葉に一瞬の迷いもなくそのままジェイの横を走り抜けた。
ジェイは強い。一対一なら勝てなくても逃げられるだろう。
一人は私を追ってくる。足には自信がある。大通りまで逃げ切ってやる!

私は大通りまで逃げ切って、助けを呼ぼうとした。ちょうど目の前に大きな馬車が止まって扉が開いた。立派な紳士がおりてくる。助かった!

「助けてください!  あっちで友達が……」

最後まで言えなかった。
後ろから追いついた男に口を押さえられて、馬車にムリやり乗せられる。

何これ!何なの?!

暴れる私に、馬車の中にいた男が何か呟いた。なんて言ったかわからないけど、それが聞こえると急に力が抜けて……。
私は気を失った。




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