未来人は魔法世界を楽しく魔改造する
家族っていいな
7歳の秋も中旬。
住民は相変わらず増加の一途を辿り、現在では領都マザーメイラの人口は6000人にまで膨れ上がっていた。
早朝、人工知能に叩き起こされた俺は、素早く準備を終わらせると領主館の入り口へと向かった。しばらく待っていると、聞き覚えのある話し声が耳に届く。
姿が見えた。
ミラ姉さんが走り寄ってくる。その後ろにはよたよたと走るフローラの姿も。
あぁ、久々だなぁ。
「リカルド、久しぶり! すごい都市ね」
「りーにぃー!」
ミラ姉さんは俺に抱きつきながら、領都の出来栄えをとにかく褒めてくれる。もみくちゃにされながら、俺は久々の再会に胸がいっぱいになった。
妹にして天使のフローラは俺の足にしがみついて頬ずりしてきた。俺の作ったクマのぬいぐるみもフローラの横に立っていて、彼女の頭をなでている。
あれ……このクマって動くように作ってたっけ……。
二人の後ろから、父さんと兄さんがあれこれ話しながらゆっくり歩いてきた。
「リカルド、苦労をかけたな」
「想像以上の出来だな。いい街だ」
遠隔でもずっと状況は話していたから、それほど言葉は多くない。だけど、実際に都市を目にすると思うことがあるようで、早速このあと視察に行くことになった。
そういえば、母さんは……。
探していると、兄さんが意味深な笑みを浮かべた。
遠くに母さんの姿が見えた。
みんなのずっと後ろから、こちらへゆっくり近づいて来る。なんだか恥ずかしそうに身悶えているけれど……。
いつも落ち着いている母さんがこんな反応をしているなんて、何かよほどのことがあったのだろうか。
「おーい、母さん、どうしたの?」
「……ねぇ、リカルド。この都市の名前って」
「うん、マザーメイラ──母さんの名前だけど」
俺がそう言うと、母さんは両手で顔を抑えてジタバタと悶え始めた。耳が赤い。あれ、初めて知ったような反応だ……。
グロン兄さんを見ると、イタズラが成功したような楽しそうな顔をしていた。
朝食を取りながら、久しぶりの一家団欒。
話題はいくらでもある。
姉さんの婚活はまだ実っていない。
一応アプローチも受けてはいるが、微妙な相手しかいないらしい。それでも、貴族の友人はそれなりに増えたようだ。
妹のフローラは天才だった。
くまのヌイグルミが家庭教師になり、既にいろいろな勉強を始めている。それに、家に転がっていた触手の魔道具をヌイグルミに組み込んで、手足が動くように改造したのだとか。3歳にして自分でやったのだ。将来が楽しみで仕方がない。
ミラ姉さんがグロン兄さんの頬をつつく。
「ヌイグルミが動いたときのグロン兄さんの顔、すごいことになってたわよ」
「ぐーにぃ、あばばば、ってしてた」
「……ミラとリカルドの適応が早過ぎるんだ」
明るい笑いが起きる。
あぁ、落ち着くな。
半年ほど離れていただけなのに、家族っていうのは近くにいるだけで、こんなにも心が救われるものなんだな。なんというか……前の世界ではもう少し違ったから。家族っていいな、と素直に思う。
朝食後は、父さんと兄さんを連れて領都の各所に挨拶まわりをした。神殿のカノッサ神官長。軍人街のノルブレイド騎士団長。事務所街の協会や商会。農業街や繁華街で活動するマザーメイラ内の職業組合や住民団体。
かなり遅めの昼食を取ったあとは、都市の設備を見て回った。都市浄化装置を構成する浄水場や排水場、水路や噴水、中央公園の都市結界、北部に建設する闘技歌劇場の予定地、それに世界樹。
これから領地運営の主軸になる父さんや兄さんに、設計思想から今の課題までをざっと説明した。
まぁ、領主館や世界樹のサポートがあればさほど問題は起きないと思ってるけど。
「ところで父さん、税の支払いは?」
「あぁ、もう王都で済ませてきた」
我が家の納税は、実のところ余裕がある。
確かに出費も多い。
国に収める税のほか、移住者の所有奴隷の買い取り、移住元の貴族へ払う移住税などは、出費全体に占める割合も大きい。
ただ、それ以上に収入も多かった。
なにせ移住者はほとんどの財産をポイントに替えて口座やパーソナルカードに保持している。マザーメイラに本拠地を置く下級貴族や商会もかなりの財産をポイント化していた。
ポイントを「商品」として見ると、みんなが大枚をはたいてポイントを購入してくれていることになる。ポイント協会の金庫にはどっさり硬貨が積まれていた。単純な硬貨の量で言えば、今のところ我が家が困ることはそうそうないだろう。
兄さんはうーんと頭を悩ませる。
「何だか世の中の通貨価値がおかしいことにならないか。ポイントと硬貨が両方流通するんだろう?」
「そうだね。対策として、納税で再度流通させる金額に応じて、世界樹には生産量なり他の部分で釣り合いを取ってもらってるよ」
ざっくり言ってしまえば、モノの量が変わらないのに通貨の量が倍になったら、単純に考えてモノが倍額に/通貨の価値が半分になるだけ。実際はもっと複雑だけど、一見すると錬金術のように見えるこの方法には相応の生産管理能力が必要だってことだ。
「そういえば、ナーゲスの発明がさ──」
「港町リビラーエの開発だが──」
「街道の整備計画が──」
人工知能にも意見をもらいつつ、三人で議論を深めていく。この調子なら、これからの領地運営も大きく問題はなさそうだな。
家族で夕食をとる。
団欒を楽しむ。
暖かい気持ちで部屋に戻った。
そして、旅支度を確認する。
魔導書、個人用携帯端末、多目的眼鏡、強化外骨格、緊急避難腕輪、万能作業手甲、魔導刻印靴、護身外套、野営結界、命力補充機、あとは……。
「やっぱり行くのか」
「うん」
部屋に入ってきた兄さんの声を、背中で聞く。俺は準備を続けながら、兄さんの目を見ずに会話を続けた。
「例え彼女を連れ戻せても、お前には婚約者がいる」
「……そうだね」
「妾にでもするのか」
「そんなの……分からないよ」
そう都合よく、望んだ未来は手に入らない。そもそもレミリアがなぜ出ていったのかも、何を望んでるのかだってちゃんと知らない。追いかけても、苦労だけして得るものは何もないのかもしれない。
「フローラが泣くぞ。天使なんだろう」
「うん」
幼いフローラの横にずっといて、彼女の成長を見守れたらって強く思う。兄として出来ることは、何だってしてやりたいと思ってる。
「母さんもミラも寂しがる」
「今日は嬉しかったよ……家族っていいね」
立ち上がり、部屋を見る。
いろんなモノがごちゃごちゃ散乱している。少し前まではもっと整理整頓されていたんだ。鼻歌交じりに片付けてくれる人がいたから。
俺は兄さんの目を見た。
「とにかく、レミリアと話をしたいんだ。その先でどうなるかは分からない。でも、このまま黙って他の誰かと結婚することなんて、俺には考えられないから」
俺は持ち物を入れた背負袋を持ち上げた。
服の下に着た強化外骨格のお陰で重さは感じない。これなら問題なさそうだ。兄さんは俺を見てため息をついた。
「10歳の春だ」
「え?」
「結果はどうあれ、それまでに帰ってこい」
「……なるべく頑張る」
「絶対だ。俺とマールの結婚式に出ないつもりか?」
あ、そっか。
あと約2年半。レミリアが抱えている事情はわからないけど、それまでには全てを片付けて、帰って来よう。
覚悟を決め、俺は首を縦に振る。
兄さんは再度ため息をついて俺の肩を叩いた。
「ひとつ、王都での噂話を教えてやる」
「……噂話?」
「なんでも、クロムリード家の次男リカルドは病弱で、領地を離れられない状態、ということになっているらしいぞ。大変だな。社交界デビューなんてかなり先の話──きっと10歳くらいまで無理だろうな」
「それは……大変そうだ」
「ドルトン殿にも証言してもらっている」
「迷惑かけてごめん」
「まったくだ」
そう言うと、兄さんは笑った。
早く片付けて、帰ってこよう。
「……体に気を付けてな」
そう呟いて、兄さんは去っていった。
ありがとう。
まだ薄暗い早朝、俺は領都マザーメイラを出発した。
レミリアを追うこと自体はそう難しくはない。実は、パーソナルカードには人工衛星の魔力波を利用して位置情報を特定する原始的なGPS相当の魔導機器が標準搭載されていた。
彼女のパーソナルカードは通話拒否設定にはなっているものの、位置情報は発信し続けている。それを追いかければ彼女に会えるはずだ。
魔導書を開き、地図を見た。彼女は北に移動しているようだ。
地図を閉じる。
白い息を吐きながら、俺は一歩踏み出した。
住民は相変わらず増加の一途を辿り、現在では領都マザーメイラの人口は6000人にまで膨れ上がっていた。
早朝、人工知能に叩き起こされた俺は、素早く準備を終わらせると領主館の入り口へと向かった。しばらく待っていると、聞き覚えのある話し声が耳に届く。
姿が見えた。
ミラ姉さんが走り寄ってくる。その後ろにはよたよたと走るフローラの姿も。
あぁ、久々だなぁ。
「リカルド、久しぶり! すごい都市ね」
「りーにぃー!」
ミラ姉さんは俺に抱きつきながら、領都の出来栄えをとにかく褒めてくれる。もみくちゃにされながら、俺は久々の再会に胸がいっぱいになった。
妹にして天使のフローラは俺の足にしがみついて頬ずりしてきた。俺の作ったクマのぬいぐるみもフローラの横に立っていて、彼女の頭をなでている。
あれ……このクマって動くように作ってたっけ……。
二人の後ろから、父さんと兄さんがあれこれ話しながらゆっくり歩いてきた。
「リカルド、苦労をかけたな」
「想像以上の出来だな。いい街だ」
遠隔でもずっと状況は話していたから、それほど言葉は多くない。だけど、実際に都市を目にすると思うことがあるようで、早速このあと視察に行くことになった。
そういえば、母さんは……。
探していると、兄さんが意味深な笑みを浮かべた。
遠くに母さんの姿が見えた。
みんなのずっと後ろから、こちらへゆっくり近づいて来る。なんだか恥ずかしそうに身悶えているけれど……。
いつも落ち着いている母さんがこんな反応をしているなんて、何かよほどのことがあったのだろうか。
「おーい、母さん、どうしたの?」
「……ねぇ、リカルド。この都市の名前って」
「うん、マザーメイラ──母さんの名前だけど」
俺がそう言うと、母さんは両手で顔を抑えてジタバタと悶え始めた。耳が赤い。あれ、初めて知ったような反応だ……。
グロン兄さんを見ると、イタズラが成功したような楽しそうな顔をしていた。
朝食を取りながら、久しぶりの一家団欒。
話題はいくらでもある。
姉さんの婚活はまだ実っていない。
一応アプローチも受けてはいるが、微妙な相手しかいないらしい。それでも、貴族の友人はそれなりに増えたようだ。
妹のフローラは天才だった。
くまのヌイグルミが家庭教師になり、既にいろいろな勉強を始めている。それに、家に転がっていた触手の魔道具をヌイグルミに組み込んで、手足が動くように改造したのだとか。3歳にして自分でやったのだ。将来が楽しみで仕方がない。
ミラ姉さんがグロン兄さんの頬をつつく。
「ヌイグルミが動いたときのグロン兄さんの顔、すごいことになってたわよ」
「ぐーにぃ、あばばば、ってしてた」
「……ミラとリカルドの適応が早過ぎるんだ」
明るい笑いが起きる。
あぁ、落ち着くな。
半年ほど離れていただけなのに、家族っていうのは近くにいるだけで、こんなにも心が救われるものなんだな。なんというか……前の世界ではもう少し違ったから。家族っていいな、と素直に思う。
朝食後は、父さんと兄さんを連れて領都の各所に挨拶まわりをした。神殿のカノッサ神官長。軍人街のノルブレイド騎士団長。事務所街の協会や商会。農業街や繁華街で活動するマザーメイラ内の職業組合や住民団体。
かなり遅めの昼食を取ったあとは、都市の設備を見て回った。都市浄化装置を構成する浄水場や排水場、水路や噴水、中央公園の都市結界、北部に建設する闘技歌劇場の予定地、それに世界樹。
これから領地運営の主軸になる父さんや兄さんに、設計思想から今の課題までをざっと説明した。
まぁ、領主館や世界樹のサポートがあればさほど問題は起きないと思ってるけど。
「ところで父さん、税の支払いは?」
「あぁ、もう王都で済ませてきた」
我が家の納税は、実のところ余裕がある。
確かに出費も多い。
国に収める税のほか、移住者の所有奴隷の買い取り、移住元の貴族へ払う移住税などは、出費全体に占める割合も大きい。
ただ、それ以上に収入も多かった。
なにせ移住者はほとんどの財産をポイントに替えて口座やパーソナルカードに保持している。マザーメイラに本拠地を置く下級貴族や商会もかなりの財産をポイント化していた。
ポイントを「商品」として見ると、みんなが大枚をはたいてポイントを購入してくれていることになる。ポイント協会の金庫にはどっさり硬貨が積まれていた。単純な硬貨の量で言えば、今のところ我が家が困ることはそうそうないだろう。
兄さんはうーんと頭を悩ませる。
「何だか世の中の通貨価値がおかしいことにならないか。ポイントと硬貨が両方流通するんだろう?」
「そうだね。対策として、納税で再度流通させる金額に応じて、世界樹には生産量なり他の部分で釣り合いを取ってもらってるよ」
ざっくり言ってしまえば、モノの量が変わらないのに通貨の量が倍になったら、単純に考えてモノが倍額に/通貨の価値が半分になるだけ。実際はもっと複雑だけど、一見すると錬金術のように見えるこの方法には相応の生産管理能力が必要だってことだ。
「そういえば、ナーゲスの発明がさ──」
「港町リビラーエの開発だが──」
「街道の整備計画が──」
人工知能にも意見をもらいつつ、三人で議論を深めていく。この調子なら、これからの領地運営も大きく問題はなさそうだな。
家族で夕食をとる。
団欒を楽しむ。
暖かい気持ちで部屋に戻った。
そして、旅支度を確認する。
魔導書、個人用携帯端末、多目的眼鏡、強化外骨格、緊急避難腕輪、万能作業手甲、魔導刻印靴、護身外套、野営結界、命力補充機、あとは……。
「やっぱり行くのか」
「うん」
部屋に入ってきた兄さんの声を、背中で聞く。俺は準備を続けながら、兄さんの目を見ずに会話を続けた。
「例え彼女を連れ戻せても、お前には婚約者がいる」
「……そうだね」
「妾にでもするのか」
「そんなの……分からないよ」
そう都合よく、望んだ未来は手に入らない。そもそもレミリアがなぜ出ていったのかも、何を望んでるのかだってちゃんと知らない。追いかけても、苦労だけして得るものは何もないのかもしれない。
「フローラが泣くぞ。天使なんだろう」
「うん」
幼いフローラの横にずっといて、彼女の成長を見守れたらって強く思う。兄として出来ることは、何だってしてやりたいと思ってる。
「母さんもミラも寂しがる」
「今日は嬉しかったよ……家族っていいね」
立ち上がり、部屋を見る。
いろんなモノがごちゃごちゃ散乱している。少し前まではもっと整理整頓されていたんだ。鼻歌交じりに片付けてくれる人がいたから。
俺は兄さんの目を見た。
「とにかく、レミリアと話をしたいんだ。その先でどうなるかは分からない。でも、このまま黙って他の誰かと結婚することなんて、俺には考えられないから」
俺は持ち物を入れた背負袋を持ち上げた。
服の下に着た強化外骨格のお陰で重さは感じない。これなら問題なさそうだ。兄さんは俺を見てため息をついた。
「10歳の春だ」
「え?」
「結果はどうあれ、それまでに帰ってこい」
「……なるべく頑張る」
「絶対だ。俺とマールの結婚式に出ないつもりか?」
あ、そっか。
あと約2年半。レミリアが抱えている事情はわからないけど、それまでには全てを片付けて、帰って来よう。
覚悟を決め、俺は首を縦に振る。
兄さんは再度ため息をついて俺の肩を叩いた。
「ひとつ、王都での噂話を教えてやる」
「……噂話?」
「なんでも、クロムリード家の次男リカルドは病弱で、領地を離れられない状態、ということになっているらしいぞ。大変だな。社交界デビューなんてかなり先の話──きっと10歳くらいまで無理だろうな」
「それは……大変そうだ」
「ドルトン殿にも証言してもらっている」
「迷惑かけてごめん」
「まったくだ」
そう言うと、兄さんは笑った。
早く片付けて、帰ってこよう。
「……体に気を付けてな」
そう呟いて、兄さんは去っていった。
ありがとう。
まだ薄暗い早朝、俺は領都マザーメイラを出発した。
レミリアを追うこと自体はそう難しくはない。実は、パーソナルカードには人工衛星の魔力波を利用して位置情報を特定する原始的なGPS相当の魔導機器が標準搭載されていた。
彼女のパーソナルカードは通話拒否設定にはなっているものの、位置情報は発信し続けている。それを追いかければ彼女に会えるはずだ。
魔導書を開き、地図を見た。彼女は北に移動しているようだ。
地図を閉じる。
白い息を吐きながら、俺は一歩踏み出した。
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