未来人は魔法世界を楽しく魔改造する

まさかミケ猫

それぞれ好きなことを始めた

 7歳の夏も中旬になった。
 住民の流入は加速し、3000人を超えた。
 世界樹ユグドラシルの高さは200メートルに到達して、遠い町でも噂になっているようだ。

 領都は相変わらず働かなくも生きていける環境だ。
 かなりの数の人たちが、何もしない時間をとことん満喫している。特に、街に来たばかりの人、これまで厳しい労働環境にいた人などにその傾向は強い。

 だけど最近、少しずつ前とは雰囲気が変わってきている。こちらから何もしなくても、自主的に様々な活動をする住民が増え始めたのだ。

 簡単に言ってしまおう。
 要は、みんな飽き始めていたんだ。


『マスター。ファッションショーの件ですが』
「そうだった。計画書を見たけど、警備の数が少ないと思うんだ。ノルブレイドさんに連絡をして──」

 午前の執務時間。
 会話の相手は領主館の人工知能だ。この案件も、住民が自ら発案した活動の一つ。なんでも、秋の上旬に中央広場でファッションショーを開きたいという話らしい。


 都市が自動的に生産するのは、地味で無難な服。店に並ぶのはシンプルで味気ないものばかり。不満だ、という声が多く上がった。

 ちなみに服の生産者は俺である。
 けっこう心にくるものがあった。

 気がつけば甲殻族や人族の服飾職人が集まり、それぞれ思い思いの服を作り始めた。

 これまでの服飾職人は、生活のため仕方なく無難な服を作ることが多かった。売れなければ食べていけないからだ。でも、この都市ではその心配は不要になる。
 彼らが作ったのは、自分自身がどうしても着たい、趣味全開で挑戦的な、人の目を引いてやまない、他の街にもどこにも存在しない、そんな一着だ。

 それを着て街を歩いた。
 クールな仕事着を、フリフリのドレスを、革製のハードな短パンを、怪獣のきぐるみを、半裸のきわどいオーバーオールを。それを見て、自分も着たいと思うものが出始めた。だけど、毎日配布されるポイントでは少しばかり足りない。

『ポイント欲しいんだけどぉ、仕事ない?』

 そう言って領主館へ来る者が増えた。
 人工知能の手を借り、適性を見つつ要望を極力叶えながら、用意していた仕事の斡旋や、事業立ち上げのためのポイント融資を行っていった。
 近頃は随分と街も華やかになったものだ。


 領主館は次の案件を提示する。

『繁華街拡張の件はいかがでしょうか』
「うん。どうせなら、もうひと区画整備しよう。ナーゲスに一任するから、汎用ユニットノルンの手配をよろしく」

 鬼族の移住者もかなり増えた。
 ナーゲスと同じ蛙鬼族だけでなく、大鬼オーガ族や小鬼ゴブリン族などもだ。近隣の様々な集落からやって来て、街を盛り上げていた。
 基本的にさっぱりしてて人懐こい彼らは、水辺で話しているだけでも街の雰囲気を明るくしてくれる。

 それから、性に開放的な彼らは、夜の街についても率先して整備していった。
 どの店でも美味しい水を使った鬼族の酒が振る舞われ、容姿の良い男女の店員が客の心を満たす。法の範囲でなら、もっと大人な店も禁止はされていない。
 そんな魅力的な夜の街を楽しみたいものは多かった。だけど、毎日配布されるポイントでは足りない。

『ポイントが欲しいんだが、仕事ねぇか?』

 領主館へ来るものは日増しに増えた。


 最低限のポイントが得られる現状では、少なくとも生活に追われて望まない売春をする者などは出ていない。この先は分からないが、極力そんなことで泣く人は出てほしくないものだ。

 前の世界では、生身の女性による性風俗業がなくなったのは、かなり技術が進んだ後だった。
 脳を刺激することでリアル以上の快感を伴うVR技術が一般化して、性風俗店は競争のため安価になってゆき、それでも客が来なくなって自然消滅したのだとか。

 少なくとも、厳しい法律や倫理観だけで無くせるような種類のものではない。

『そういえば、ナーゲス様の魔道具の件ですが、台数を増やしたいとのことです』
「……サキュバスのやつ?」
『はい。サキュバスのやつ、です』

 ナーゲスは一つの魔道具を開発していた。
 その名も一夜の夢魔ワンナイト・サキュバス

 構成要素はシンプルだ。
 人工知能で制御可能な柔らかい触手。何故かお湯がヌルヌルになる風呂。遠隔会議で利用する立体プロジェクタ。
 彼はそれらを上手に組み合わせた。

「まさか脳刺激を一切使わずに仮想性交を実現するなんて……俺もまだまだ常識に囚われてたんだな」
『連日予約で一杯だそうですね』

 ぬるぬるした風呂の中で、指定した性格・見た目の仮想異性とウフフと会話しながらイチャイチャすることができるらしい。もちろん同性も可だ。
 非常に高度な技術を、完全に夜の方面のみに振り切って活用していく様は逆に清々しい。

 この調子だと、意外とこちらの世界では、望まない売春の衰退は近いのかもしれない。

 もうこの分野はナーゲスに任せよう。
 そう決めて、次の議題を領主館と話し合う。

『冥族の住民が、移動が面倒くさいからごみ処理エリアに引っ越したいと──』


 様々な種族が、それぞれ好きなことを始めた。快適だけど味気なかった街が、住民の手によって様々な色に染まる。
 それを見て、ようやく俺は胸をなでおろすことができた。世界樹にもかなり手伝ってもらったけれど、各種調整にしくじれば怠惰なだけの都市になっていただろうから。


 王都とマザーメイラを行き来する人族の行商人には、硬貨袋ではなくパーソナルカードをメインにする者が多くなってきている。治安の上でも輸送量の上でも、大量の硬貨よりカードの方が圧倒的にメリットがあるのだ。
 仮にカードが盗まれても、命力による生体認証があるから他人には使えないし、データは世界樹ユグドラシルに保管されている。盗難のリスクは低い。

 幾つかの大きな商会も、この都市に本格的に事務所を構えることにしたようだ。
 領都マザーメイラはいよいよ本格的に始動する。



 午前の業務を終えると、緊急の用件がない限り午後は研究時間にあてている。今日もいつものように、裏庭でのんびりと実験を続けていた。

「リカルド……それなに?」

 レミリアが、俺の研究しているものを覗き込んだ。

 直径30センチメートルほどの丸い紙。
 いろいろな魔法陣が書き込まれ、中央には平べったい人工魔石がついていた。確かにこれだけ見ても、何が何やら分からないだろう。

「これは、クルクルと回転しながら空を飛ぶんだ」
「ふーん。よくわからないけど……リカルドのことだから、きっとまた役に立つ魔道具なんだよね」

 そう言って、レミリアは俺の横に腰掛けた。
 彼女の香りがふわっと鼻をくすぐる。

「レミリアは、最近植物の研究をしてるみたいだけど」
「うん……上手く行ったら、教えるね」


 この夏は茹だるような暑さらしい。
 都市結界アルフヘイムの中は常に快適な温度・湿度に保たれているけれど、降り注ぐ日差しは体を温める。

 じんわりと汗をかく。
 レミリアは冷たいタオルを俺の首にあてた。

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