未来人は魔法世界を楽しく魔改造する

まさかミケ猫

今の表情は似合わない

 中央広場で小腹を満たした後は、商店街を見て回った。

 見慣れた日用品からよく分からない品物まで。いろんな店が雑多に並んでいて見ていて飽きない。
 ミラ姉さんも目をキラキラさせていた。特に装飾品などの小物の店ではテンションが高い。今も女性の店員さんと楽しそうに女子トークを繰り広げている。

 ルーホ先生は店主の老人と何やら顔を寄せ合っていた。

「旦那。このパイプはなかなか珍しいものだ。特に柄の装飾が独特だろう」
「ほう、どれ」
「豪勢かつ繊細な彫りがしてある。ここまで凝った品はそうそうないものだ」
「うーむ、少し派手すぎないかね」
「確かにそうさ。ヘタな使い手だと装飾負けしちまうだろうな」
「そうだろうな」
「だからな、俺はこの人こそと見込んだ客にしかこのパイプは見せないのさ」
「ほう」
「竜族の旦那ほどの男前なら、このパイプも大胆に使いこなせるんじゃないかね。定価は銅板六枚だが、今ならこの専用木製ケースとクレル諸島産の煙草もセットで銅板八枚。いや、この磨き布と艶出しクリームも付けて銅板九枚でいかがかな」
「よし、買っ……」
「ちょ、ちょっとまった!」

 俺は慌てて先生を止める。事前に「人族基準で騙されて高い買い物をさせられそうになった時には止めてくれ。まぁ大丈夫だと思うが」と言われていたのだ。全然大丈夫ではなかった。

 先生は既にパイプを2、3本持っている。
 そもそも勧められたモノも派手すぎて先生には似合わないし、ただでさえ値段も高い(銅板は銅貨12枚分)のに、セット販売でどんどん上乗せされている。
 店主の老人にはギロッと睨まれたけど、これはアウトだろう。

 商店街に来てよくわかった。
 先生は人族の街で買い物をしてはいけない。

 俺は小声でルーホ先生にダメ出しをする。

「ふむ、ダメか……相変わらず、人族の買い物は難しいな」

 うんうん唸っているルーホ先生と、同じ棚を行ったり来たり行ったり来たり行ったり来たりし続けているミラ姉さん。
 俺は二人を引っ張ると、店を後にした。


 三人であれこれと会話をしながら進む。
 しばらく行くと、街並みに少し変化があった。建物の窓から美味しそうな匂いの湯気が出ていたり、旅装の人たちを多く見かけるようになったのだ。

「このあたりは宿屋や飯屋の多い一角だ」
「そういえばお腹が空いたわ。そろそろお昼ご飯にしましょうよ」

 先生はいくつかの飯屋を覗いてはフラフラと歩く。

「なにか、さがしてるんですか?」
「うむ。獣族の客が多い店をな。あそこがいいか」

 先生いわく、獣族の多くは大食いで美食家。彼らが多く集まっている店にハズレはないだろう、ということだ。
 店に入ると、確かに獣族の客が多い。接客している店員の女性も獣族で、体は毛に覆われて首から上が熊だ。こう言っては失礼かもしれないが、直立歩行する哺乳動物のような見た目の種族なのだろう。
 俺たちは案内されられるまま席についた。

「日替わりランチ、半分で」
「はーい」

 半分?とは思ったが、その後届いたランチを見て納得した。俺たち三人でもなんとかギリギリ食べ切れるくらいの量だったのだ。味はすごく美味しかったから、お腹がパンパンになるまで食べ続けた。



 食後は腹ごなしにゆっくりと散歩をして、一度中央広場に戻った。似たような感じで散歩をしている人がいたから、たぶんあの人たちも食べすぎたのだろう。

「そういえば、種族は七つあるって言ってましたよね」
「あぁ。そうか、まだすべての種族に出会ってはいないか」
「ほかにはどんな種族がいるんですか」
「ふむ。リカルドは今どこまで知っている」
「そうですね……」

 えっと。まず人族。
 竜族は、ルーホ先生のように鳥やトカゲの顔(と言うと怒られるけど)している。
 獣族はさきほど飯屋にいた種族だ。

 そういえば、竜族は卵で子供を生むらしいけど。
 獣族はどうなんだろう。

「うむ。獣族は人族と同じく腹の中で子を育てる種族だな」

 人族、竜族、獣族。
 知ってるのはそれくらいか。

 先生によると、巨人や小人や耳長人なんかはすべて人族の範疇らしい。結婚して子供をもうけることも可能だ。
 確かに、弟子の兄さんたちの中には巨人や小人の血が濃いって人もいたっけ。

 他は聞いたことないな。
 そう思っていると、ミラ姉さんが手を上げた。

「甲殻族、鬼族も聞いたことがあるわ」
「正解。それに海族、冥族を足すと七種族になる。まぁ、追々覚えていけば良いだろう」

 この先の長い人生、それらの種族に出会うこともあるだろう。なんて事を思っていると、すれ違う人たちの会話が聞こえてくる。

「甲殻族の楽団が、今日の夕方に来るらしいぞ」
「そうか、もう秋だもんな。そんな季節か」

 どうやら、中央広場で音楽会が開かれるらしい。
 一度聞いておくべきだな、とルーホ先生が言う。俺が喜んでいると、ミラ姉さんと目があった。
 なんだろう、少し表情が曇ったようだけど。



 ある程度腹がこなれたところで、俺たちは神殿のある丘へと向かった。丘の上からは街を一望できるらしい。

 今日は風が冷たい。
 昼を過ぎた頃から少し寒くなってきたけど、それくらいのほうが景色がきれいに見えるのだとか。

 神殿が近づくにつれ、商売っ気のある建物は少なくなってきた。

「このあたりは事務所街。各種協会や商会の事務所なんかが集まる。貴族街も近いから、あまり騒ぎ立てないようにな」

 聞くと、我が家も魔道具職人協会というのに加入しているらしい。協会長はもちろん貴族だが、父さんはこの街の筆頭魔道具職人という立場で、その界隈ではなかなかの知名度があるようだ。
 父さんが定期的に出かけるときは、おそらくこのあたりの建物に顔を出しているのだろう。

 丘に近づくにつれて徐々に自然が多くなってくる。木立の間を進み、緩やかな坂道を登る。
 すれ違う人たちの中に、白く清潔な服を身にまとった人たちを見つけた。先生いわく、神官という職の人たちらしい。

 やがて、丘の上にたどり着いた。
 建物には入らず、丘の上から全体を見下ろす。こう見ると、今日歩いた範囲など都市全体からしたらごく一部のようだった。
 ミラ姉さんも目を見開いて固まっている。

「これが、人族王国ロムルの誇る五大都市の一つ。西の上級貴族タイゲル家が取り仕切る、タイゲル地方随一の大工業都市モラーンだ」

 ゆっくりと都市の姿を眺めた。
 職人街には多くの職人が行き交っている。
 ここからでは我が家も小さく見えるな。

「ねぇ、リカルド……」

 ミラ姉さんが小さく呟く。

「私も男に生まれていればなぁ」
「……姉さん?」
「どうして女は魔道具を作っちゃいけないのかな」

 姉さんの言葉に、俺はかける言葉を失う。
 父さんの弟子は皆「兄さん」……つまり、男性しかいなかった。工房で働く奴隷たちも同様だ。女性の奴隷は主に菜園や母屋で働いている。

「……ごめんね。私の分も、リカルドが魔道具作りを頑張ってくれれば、それでいいから」
「姉さんは……」
「私は母さんのように、素敵なお嫁さんを目指すからね! 旦那さんは、できるだけ腕のいい職人がいいわ」

 女じゃなければ、か。

 郷に入ったら、郷に従った方がいい。
 価値観を押し付けられる方は迷惑だ。それに、長く生きた人ほど、価値観の否定は自分の人生を否定されたように感じることだろう。

 それでも。
 ミラ姉さんに今の表情は似合わない。

「さて、今日は広場に楽団が来るんだったわ。ほらリカルド、呆けてないで早く行きましょ」

 姉さんに急かされるまま、俺たちは神殿の丘を後にしたのだった。



 西の空が赤くなる頃、中央広場は演奏会の噂を聞きつけた人たちで溢れていた。俺たちは少し遠目にステージを眺めながら、始まりを待っていた。

「甲殻族は絵画や彫刻、音楽などの芸術の才能に溢れていてな。こればかりは竜族も敵わないと認めているよ」

 しばらくして、ステージ上に人影が現れた。
 なんというか……小さいな。3歳の俺と比べても、せいぜい胸のあたりまでしか身長がないだろう。そして、その顔は。

「昆虫……?」
「それ、甲殻族に言ったりするなよ。泣きわめいて泡吹いて、手がつけられなくなるぞ」

 なんだろう。ルーホ先生がうんざりした顔をしている。何か面倒な思い出でもあるのだろうか。
 見ていると、楽団が礼をして挨拶を始めた。

「本日はこんな私たちの演奏のためにわざわざ足を運んでいただき、誠にありがとうございます。集まられた皆様は本当に体が大きくていらっしゃる……子供ですら我々より大きくて、虫けらのような我々にとっては羨ましい限りです。今日はちっぽけな我々の目一杯の演奏を、少しでも楽しんでいただければ非常に幸いです」

 あぁ、この卑屈な感じ。
 先生の表情の理由がわかった気がする。甲殻族は、ようは竜族の真逆なんだろうな。自分を卑下しているというか。
 少なくとも、竜族とは馬は合わなそうだ。

 そんなことを思っていると、演奏が始まる。


 静かな音だった。
 リーン、と澄んだ音が響く。
 ざわついていた人々が、呼吸を忘れた。

 ベルのような楽器を揺らす。
 1つの音がメロディーを奏でた。
 別の音が追従する。
 美しい和音に、笛の音が乗る。
 太鼓が、弦楽器が、優しく混ざり合う。
 夕日が広場の噴水を照らした。

「卑屈で僻みっぽい、他種族を羨んでは自分の小ささに落ち込むくせに、なんでこんなに繊細で美しい演奏ができるんだ……」

 ボソボソ言いながらも、ルーホ先生はしっかりと演奏に釘付けになっていた。俺も……前世を含めても、これほど美しい音色は聞いたことがなかった。
 しばし幻想的な光景に浸る。

 ふと、横のミラ姉さんを見る。
 姉さんは険しい表情で、客席の一部を睨んでいた。疑問に思い、姉さんの視線を追う。

 客席の最前列に、見覚えのある人影を見つけた。
 小さな弦楽器を大事そうに抱きしめ、ステージに熱い視線を向ける10歳ほどの少年。

「……グロン兄さん?」

 現在、魔道具職人の修行に行き詰まっている、我が家の長男。なぜ行き詰まっているのか、これまで理由は知らなかったけれど。
 大事そうに抱えた楽器を見れば、理由は推察できる。

「気に入らないわ……」

 繋いでいるミラ姉さんの手が強く握られた。
 柔らかい手。父さんや兄さんのゴツゴツした手とは全く違う、女の人の手だ。

 職人になりたくない兄さんと、職人になれない姉さん、か。

 俺は夕日に染まる噴水を見る。
 幻想的な演奏が、どこか遠くに聞こえた。
 小さなため息が空気に溶けた。

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