未来人は魔法世界を楽しく魔改造する

まさかミケ猫

やっぱり変かな

 神殿の旗は黒に変わり、4歳の冬がやってきた。
 身を切るような冷たい空気の中、俺は貴族街の家ではなく職人街の工房へとやって来ていた。

 古かった工房の建物。
 父さんと話し合って秋の間には建て替えが終わっており、その後も細々とした改修を行っていた。
 寒くなる前にちゃんとした居住環境を整えられて良かったな。

「リカルド様には感謝しております」

 そう話すのは、職人奴隷の頭のおじさん。
 顔が傷だらけで、おでこには罪人の焼印が押されている。

 彼は主人に反抗した前科持ちなんだけど、よくよく話を聞けば酷いのは主人側だった。他の奴隷のみんなからも慕われているし、丁寧な態度の裏に熱い心を持ったいい人だ。

「おかげで冬を越せます」
「俺は大したことは出来てないよ」
「ふふ。リカルド様がそう仰るのなら、そういうことにしておきましょうか」

 ちなみにだけど、奴隷に名前はない。
 自分たちで勝手に呼んでいる呼び名はあるらしいけど、公式には無名の者たちとされている。
 解放奴隷となる際に改めて名付けがされるようで、それまでは主人側からも名前を呼ばないのが通例なんだとか。変な文化だとは思うけど。

 奴隷頭のおじさんは穏やかに微笑んでいる。
 ただ、俺としてはもう少し暮らしやすく改善したかったんだけど。

 居住棟を出て菜園の方へと向かって歩いていく。
 渡り廊下も整備したけど、冬は寒そうだ。


 王都に来てすぐの頃を思い返す。
 俺も父さんや兄さんと一緒に工房に通っていたんだけど、はじめは奴隷たちとの仲も上手くいっていなかった。

 俺はまだ一人で魔道具を作れない。
 作りたいものを父さんに相談して構想を練り、職人奴隷のみんなに協力を仰いでは実際のモノを作ってもらったりした。
 はじめの頃は「こんなガキが偉そうに」といった様子で渋々と従ってくれるだけだった。

 彼らとの関係が変わったのは、一つの魔道具を開発してからだ。

「おう、坊っちゃん!」

 車椅子に乗った奴隷の兄さんが、笑いながらこちらへやってくる。俺は手を振って答えた。

 車椅子と言っても、一般的にイメージされるような思考制御・重力浮遊型のものではない。車輪で走る原始的なものだ。
 人工知能も入っていないから安全は操縦者任せで、いろいろと恐ろしさも感じる。

 奴隷のみんなは、この車椅子を開発してからというもの、以前まで邪険にされていたのが嘘のように俺と親しく接してくれるようになった。
 足を欠損している奴隷は4名ほどいるんだけど、皆はじめの頃の死んだ目は消え失せていた。むしろ他の奴隷より元気で、車椅子生産の中心的役割を担っている。

「車椅子の調子はどう?」
「皆で改良案をまとめてあるぜ。後で見るか?」
「もう少ししたら行くよ、待ってて」

 車椅子は2つのバージョンを用意した。

 まずは貴族や大商会向けの高価なもの。
 車職人工房に作ってもらった大きな車輪付きの椅子に、前進・後進・旋回を制御する制御装置、実際に左右の車輪を動かす駆動装置をとり付けた。中程度の魔石で連続8時間ほどなら動かすことが可能である。
 高価にはなったけど、注文は殺到した。すぐに生産が追いつかなくなり、魔道具職人協会を介して2つほどの工房と生産契約を結んだ。これが秋も半ばのことだ。

 次に、手動で動かす簡易なもの。
 これはあまりお金を持っていない下級貴族や庶民向けの車椅子だ。これ自体は魔道具ではなかったから、土台を作っている車職人協会からそのまま販売してもらった。
 これも売れ行きはとても良かった。それに、これをきっかけにして、王都にいる職人、中小商会、畜産農家の方などとも交流が広がっていった。


 車椅子の兄さんに手を振って別れる。寒空の下、奴隷頭のおじさんとのんびり歩く。
 やがて、工房の敷地内の菜園に到着した。

 見た限り、何か食べられるモノが実っている様子はない。
 まぁ、食料については定期配送の契約も結んでいるから問題はないんだけど。

 頭のおじさんは残念そうな顔をした。

「今年は諦めたほうが良さそうです」
「土が悪いのかもしれないね。春になったら専門家に見てもらおうか。郊外の獣族の農家の方とこの前親しくなったから、ちょっと掛け合ってみるよ」

 この工房を暮らしやすくするには、まだまだ手を入れる必要がありそうだ。
 他に困っていることはないだろうか。

「みんなの居住棟は問題なさそう?」
「えぇ、このスロープなら車椅子でも問題ありませんし、建物の中も気になる段差はありません。トイレも先日手すりを増やしてから、一人で出来るようになりまして」
「後は扉を引き戸に出来るといいんだけど」
「今からだと寒くなりますから。時間も掛かりそうですし、春になってからにしましょう」

 居住棟もまだ改善点がありそうだ。
 ちなみに、工房・奴隷宿舎で研究したスロープの角度や幅、手すりの太さや高さなどの情報は、大工職人協会へ売り渡した。貴族宅の改修工事に役立っているはずだ。
 これはあくまで単発の情報として売っただけだから定期収入には繋がっていないけれど、それでもなかなかの値が付いた。


 それにしても。
 車椅子の研究・生産に、他にも新しい魔道具をいくつか。彼らには当初の予定よりかなりの負担をかけてしまっている。

「予想より忙しくなっちゃってごめんね」
「いえ、皆喜んでおりますよ。リカルド様と共に車椅子を作ったことは、俺たちの誇りだ、と」
「大げさだなぁ」

 でも、奴隷のみんなの目がはじめとは比べ物にならないほど活き活きしているのは確かだ。

 利用者からのフィードバックもある。
 戦争で歩けなくなった下級貴族のご当主だったり、寝たきりの中級貴族のご隠居などからは感謝状を頂いたりもした。
 そういう声は工房の壁に貼ってみんなに見せるようにしていたんだけど、どうやらやりがいに繋がっているみたいだ。

 そういえば一度、足の悪いお子さんのご両親から届いた感謝状を、みんなの前で読み上げたことがあった。


 事故で足が不自由になった娘。
 ベッドに腰掛けたまま呆けて過ごしていた子が、車椅子で外に出て笑顔を浮かべるようになった、と。


 奴隷のおじさんたちの中には大声を上げて泣くものもいた。
 生まれて初めて自分の仕事に、自分の人生に誇りを持てたと。

 彼らがこれまでどんな人生を歩んできたのか俺には分からないけど、せめてこれからは笑って楽しく過ごしてほしいものだ。

「リカルド様は驚くほど優秀です……普通4歳といったら、まだ物の道理も覚束ない年齢でしょう」
「あはは……やっぱり変かな」
「変かどうかと言われると……そうですね。まあ、ものすごく変です」
「え、そんなに!?」

 俺はおじさんと笑いながら、皆の待つ談話室へと向かった。
 まとめてくれた改善案は俺にとっても目からウロコのものが多くて、早速その場で次期モデルの試作計画を立てることにした。



 その日の夜は久々に家族揃って食卓を囲った。
 最近はなぜか父さんがあちこち駆け回っていて、特に夕飯時はなかなか一緒に落ち着いて会話も出来ていなかったんだ。

「父さん、なんだか最近すごく忙しいみたいだけど、大丈夫? 何かあった?」
「リカルド、それは本気で言っているのか……?」

 父さんのぐったりした目が、ジトーっと俺を見る。
 あ、もしかして……忙しいのって、完全に俺のせいか。心当たりは、けっこうあるな。

 アイデアを思いついても、魔道具に仕立てる技術は父さんへの相談が必要。他の職人の領分に踏み込んでモノを作る場合には、各種協会との調整もいろいろとしてもらっていた。

 いろいろ作ったもんな。
 いやぁ……ちょっとやり過ぎちゃったかなぁ。

 母さんが俺に微笑みかける。

「ふふ、リカルドのお陰で工房の立て直しができたんだもの。面倒な調整ごとやら何やらは、全てお父さんに任せればいいわ。なんて言ったってクロムリード家の当主ですものね」

 母さんは大きいお腹をさする。
 冬の終わりから春くらいには、弟か妹が生まれるようだ。体調も初期よりずっと安定していて、このままいけば大きな問題はないだろう、とのことだ。
 その横で、ミラ姉さんも母さんのお腹を触っていた。

「元気に育ってね。絵本もいっぱい読んであげるわ。楽しみにしてるわよ」

 ミラ姉さんは優しい声で赤ん坊に話しかける。
 将来は姉さんも母親になる、ということを、最近急に意識してきたようだ。母さんともよく二人で話している。
 母さんが父さんを見ながら呟いた。

「この子も生まれるし、春にはグロンの成人式もある。来年は忙しくなりそうね」

 これ以上忙しくなったらたまらない、というオーラを出しながら父さんがテーブルにへたり込む。
 一方の兄さんは、何やら中空を見てボーッとしているが、大丈夫だろうか。

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