未来人は魔法世界を楽しく魔改造する

まさかミケ猫

理解できない

 5歳の春も中旬になった。
 風からは冷たさが抜け、暖かい日が続いている。
 昼食後、俺は工房の庭を歩きまわっていた。

 腕を組んでグルグルと考える。
 頭の中の整理が追いつかない。

「うーん……理解できないなぁ」

 魔法。魔法陣。魔物。
 そういった、この世界で初めて出会うものについて、分からないことは多い。

 魔道具教本の説明は微妙だ。
 この魔法陣は何々の精霊にこういうお願いを伝えるための魔法陣です、としか書いていない。
 父さんが見せてくれた、我が家秘伝の魔法陣についても同様。魔道具作りの根幹部分は、乱暴に言えば既知の膨大な魔法陣を組み合わせてモノを作ることだ。

「道のりは遠いなぁ……」

 魔法陣の分解と再構築。
 それにより、兄さんの研究している音魔法陣も含めて新しい魔法陣はいくつか生み出すことができた。便利な魔道具も出来たし、我が家の名声は高まって家計は潤っている。
 でも、俺の作りたいものには遠い。


 悩んでいると、後ろから父さんが現れた。

「何を悩んでるんだ?」
「……この前の件、まだ答えが見つからなくて」
「そうか」

 俺がまず作ろうと思ったもの。
 それは魔法陣の計測器テスターだ。

 先日車椅子を作った時に、駆動装置には魔力が流れると縮む性質を持つ素材を利用した。
 魔物から取れる素材で、狩人協会から定期的に仕入れる契約をしている。

 これは使えると思った。
 魔力量や強さで縮む量が変わるなら、目盛りをつければ数値化できるんじゃないか。
 魔法陣を流れる魔力量を計測できれば、魔力の流れ方の事実関係を把握できるんじゃないか。


 試作品を作った。
 二本の魔導線を魔法陣に接続すると、二点間の魔力差に応じて計測バネが縮み、メーターの針が動く……という想定で作った、簡易なアナログ計測器だ。

 だがその結果は。
 魔法陣のどこをどう測っても、針はグラグラと揺れるばかり。計測場所による違いもよく分からない。
 つまり、試作品は全く使い物にならなかった。

「ふむ。たいしたアドバイスは出来ないが、根本を考え直すか、別のアプローチを模索してみたらどうだ」
「うーん、そうしてみるよ」

 父さんが去っていく。
 そうだな、少し頭を切り替えよう。

 そもそも、今まで知らなかった全く新しいものへのチャレンジなんだ。

 思い込みを捨てて、頭を柔軟にして挑まなければ、どこかで間違える。
 あらゆる可能性を……精霊学も含めて、いったん受け入れた上で考えてみようか。

 まず、魔石ってなんだろうか。
 魔物の核になっている、青白く光る半透明の石だ。魔物の種類や個体ごとにその大きさが異なる。この中には魔力というエネルギーが溜め込まれていて、魔法陣によってそれを取り出せる、と言われている。

 使い切った魔石は光を失うが、しばらく日に当てておくとその輝きを取り戻す。魔道具を販売する際、大抵は予備の魔石をセットで販売している。

「よく考えてみると、魔石って謎な存在だよな……魔法陣に直接触れてもいないのに、どうやって魔力を取り出すんだろう」

 次に、魔法陣。
 最も基本的なものは、二重の円をベースにしたもの。二つの円の間に精霊への願いを記載する。真ん中に魔石を置いたら魔法現象が起きる。

 通常の金属で魔法陣を作っても動作はしない。魔力が流れるのは、生体素材か魔法金属になる。
 生体素材は魔力が流れると様々な反応を起こし、意図せぬ挙動をしたりもする。性能にムラが大きかったり耐久性も低いから、入手の安定性やコストも含めても、魔法陣の素材としては使い辛かった。
 魔道具には魔銀を利用するのが主流だ。

 魔導インクも、分類としては生体素材になるか。
 大規模な魔力は流せずにすぐ焼ききれるため、主に研究・試作用に用いられている。

「生体素材はいろいろと研究してみても面白そうだけど……その前に、そもそもの魔法陣の原理がなぁ」

 多くの実例を学んで行けば何か分かるかもしれないと思ったけど、今のところ魔法陣の原理めいた部分がなかなか見えない。
 ただ、結果的に生み出される魔法自体はともかく、魔法陣の挙動は精霊の意思というファジーなものよりはむしろ何かの法則に則った物理現象に見える。
 もう一歩、何かが分かれば進む気がするんだけど。

「うーん、違う方面から考えてみようか」

 俺は工房の敷地から出て職人街へ繰り出すと、川沿いをゆっくりと歩き始めた。


 浅い川はサラサラと流れ、転がる石が音を立てる。
 こうして歩いていると、心が静まる。
 少し焦っていたのかもしれない。
 科学の原点に立ち返ろう。

 宗教と科学の違いは何か。
 宗教は「神は全てを知っている」から始まる。
 科学は「私は何も知らない」から始まる。

 神殿が教えるのは前者だ。
 論理的破綻を誰も修正できない。
 俺は後者の考え方で行くべきだ。
 ならば全てを疑ってみよう。

 そもそも魔力は実在するのだろうか。
 魔力があるとしたら、どんな形なのだろうか。
 どんな法則で魔法陣を流れるのか。
 いや、そもそも魔力は「流れている」のか。


 少し思考の取っ掛かりを見つけた時だった。

 ふと、向こう岸に倒れている人影を見つけた。
 小さい。まだ子供だ。

「おーい、大丈夫ー?」

 俺は急いで川の浅瀬を渡る。
 顔が見える。女の子だ。

 こちらを見ているから、意識はある。
 俺は滑らないよう気をつけて川を渡りきると、急いで少女に駆け寄った。

「君、大丈夫?」

 しゃがんで肩を叩き、様子を見る。

 俺と同じ5歳ほどの耳長人の女の子。小柄な子だ。黒髪は所々焼け焦げていて、手足は酷く擦り剥けている。
 一番酷いのは顔の左半分。ひどい火傷だ。左目の下から頬全体、顎までかけて焼け爛れている。

 怪我人を下手に動かすのも危険だとは思うが、それよりこんなところで放っておく方が命に関わるだろう。

 神官の医療所は職人街の中にある。
 急ごう。

「歩ける? 肩を貸すから」
「もういい……もうやだ……消えたい……」
「後で聞く。今は動くよ」

 俺は生気の抜けた少女を抱えて丘に上がる。
 橋を渡り職人街を進むうちに、顔見知りの職人さんが工房に連絡をしてくれたようだ。
 途中からは女の子を車椅子に乗せて運んだ。



 診察室の前で待っていると医療神官さんが出てきた。ベッドには、治療の施された少女が眠りについていた。
 気がつけばあたりは夕方だ。

「今夜はここに泊まらせるしかないな。ご家族は?」
「いえ、たまたま見つけた、名前も知らない子です」
「そうか……」

 神官さんは、少女の顔を見て眉をひそめた。

「ひどい怪我だ。顔の火傷跡は残ってしまうだろうね。しかもこれは、おそらく火の魔法で焼かれている」

 魔法、か。
 存在は聞いていたけど、遭遇するのは初めてだ。
 耳長人の少女は規則正しい寝息を立てている。

「……本当に理解出来ないよ。魔法使いの奴らは」

 神官さんの呟きが、妙に耳に残った。

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