未来人は魔法世界を楽しく魔改造する
良しとしようじゃないか
季節は変わり、5歳の秋になった。
玄関にはグロン兄さんが外出用の服で立っている。
レミリアは、妹のフローラを抱っこして見送りに来てくれていた。フローラはずいぶんと彼女に懐いているようだ。
「そういえば兄さん。秋の新作オルゴール、マールディアさんは喜んでくれたの?」
「あぁ、バッチリだ。また今度お茶に呼ばれている」
少し照れたように笑うグロン兄さんを微笑ましく見ていると、ミラ姉さんが準備を終えてやってきた。
遅いよ、というと、レディに失礼よ、と返される。ただの寝坊なのに。
「それじゃあ、ちょっと行ってくるよ」
フローラはレミリアの長い耳を触っていた。レミリアはくすぐったそうにフローラの手を外す。
俺は二人に手を振った。
「……いってらっしゃい」
レミリアが、グズりはじめたフローラをあやす。
近頃、妹のフローラは上手にお座りができるようになった。その上、俺の顔を見ると必死に手を伸ばしてくる。さらに、俺が外出しようとすると、とたんにグズり始めるようになった。
どうしよう、天才かもしれない。
今日は俺の実験のため、兄さん姉さんと三人で出かけることになっている。
つい先日、俺の実験内容を簡単に聞いた二人は、それぞれ興味があったようで一緒に着いてくると言っていたんだ。
ちなみに俺たちの後ろからは、竜族護衛のトリンさんが目立たないようについてきてる。
道中、グロン兄さんは静かだった。
何やら考え込んでいるようだ。
一方のミラ姉さんはいつもの調子だ。
「そういえばリカルドはレミリアとはどうなの?」
「どうって……?」
「朝から晩までずっと一緒にいるじゃない。将来は結婚とか考えてるのかってこと。レミリアの方はリカルドに相当気を許してると思うけど」
「えー、まだ5歳だし気が早いよ。それに今の状態じゃ難しいんじゃないかな」
姉さんが俺をギロリと睨む。
そんな風に睨まれても、状況的には厳しいと思うんだけど。
「だって、レミリアは公には失踪してる貴族令嬢でしょ。しかも魔法貴族の教育を受けていて、たぶん門外不出の内容を知ってるし。ジルフロスト家から捜索の手は伸びてる様子はないけど、うちが匿ってますなんて言えないよ……婚約者です、なんて表に出せると思う?」
「そういうことね、なーんだ」
姉さんはややトーンダウンして、うんうんと頷いた。
「火傷のこととかは、関係ないのね」
「え、どういうこと?」
「ううん、いいの。じゃあさ、例えばだけど、レミリアの周りのゴタゴタがぜーんぶ片付いたら、彼女をお嫁さんにもらうこともありえるわけ?」
「そりゃ、可能性としてはありえるでしょ。今はそこまで考えてないけど」
ミラ姉さんは嬉しそうに鼻を鳴らす。
いや、今はそこまで考えてないってば。
でもまぁ、そうだな……。
「仮に嫁にするって決めたら、たぶんゴタゴタが残ってても関係ないと思うよ。さっさとどこか僻地にでも逃げて、自由気ままに生活してるんじゃないかな。ほら、跡継ぎは兄さんがいるし」
「あらあら、ずいぶんお気楽なのね」
「次男だしね……たださ」
俺はレミリアとの会話を思い出しながら考える。
魔法のことを語るときの、彼女の違和感。
「俺はレミリアから魔法についていろいろ教えてもらってるんだけど、彼女は5歳にしてはありえない量の知識を持っているんだ。それに、その時だけはやけに饒舌で。どんなに頑張っても、無理やり詰め込んでも、普通の教育でああはならないはずだ」
「……それ、リカルドが言うんだ」
「俺は普通の範疇だよ。今後何もなければいいけど、いろいろと状況が見えるまでは目立たないように動くのがいいかなって」
今大きく騒がれていないのが、むしろ不気味だ。まぁ、悩んだところでどうこうできるものでもないけどね。
そんな話をしながら、俺たちは小川の辺りへやってきた。以前レミリアと出会ったのも、確かこのあたりだったな。
「どこに沈めたの?」
「目印の杭が……あれだ。ちょっと待ってて」
俺は川の中にジャブジャブと入る。
水に沈めてある網袋を取り出す。
川辺に戻ると、網袋から魔石をジャラジャラと取り出した。うーん、だいぶ光が弱いな。俺は魔道具にそれらを一つずつセットすると、表示された数字を紙に記録していく。
兄さんが興味深げに俺に尋ねる。
「リカルド、その装置はなんだ」
「あぁ、魔石用の命力測定器だよ。蓄積されている命力量を、魔石が放つ光量を元に計測してるんだ。まだ精度が粗いから、サンプルの魔石個数を増やして統計を取るんだ」
俺たちはひと通りデータを記録し終わると、護衛を連れてその場を離れる。歩きながら、自分の立てた仮説について説明した。
通常、魔石は日に当てて補填する。
それは本当に正しい方法なのか。
今回したいのは、その検証だ。
「それなら、厳密な実験条件には──」
「私なら魔石の周囲の物質を──」
「いや今回のは予備実験だから──」
いろいろと論を交わしながら行く。
「参考値として、念のため家の補填室に置いた魔石のデータも取ってはある。比較すると、水の中は想像以上に命力の溜まりが悪かったよ。水の中でも日にあたってるはずなのにね」
「ふーん、そうなんだ。で、次はどんなパターンなの?」
「うん。地面の中に埋めた魔石がどれくらい命力を溜めるのか、参考値としてデータを取りたくて」
そんなことを話しながらやってきたのは魔道具職人協会だ。
家の庭だと植物が多くて今回の検証には適さないと判断した。この周辺は事務所街だから、純粋に地面だけの条件でデータが取れそうだと睨んだんだ。
「こんにちは、昨日の件で来ました」
「おぅ、クロムリード殿んとこの。魔石ならあるぜ」
窓口にいたおじさんが、魔石袋をジャラジャラと鳴らして持ち上げる。
俺はその様子を見て固まった。昨日地面に埋めておいたソレが、なぜそこに。
「いいか坊主。地面なんかに埋めても魔石は補填されねぇんだ。こういうのは日に当てとくもんさ。俺が昨日補填所に──」
あぁ、なんてこった。
触らないように言っておいたのに、変に気を利かせてわざわざ普通の補填方法にしてくれちゃったわけか。
そうだよな、5歳の子供が変なことしてたらこうなるよな……。
地面に膝を落とす俺の横で、グロン兄さんとミラ姉さんが俺を慰めてくれる。
「落ち込むなリカルド、こういう理不尽があるって勉強できただけでも良しとしようじゃないか。凹んでいる時間だけ、さらに無駄に浪費することになるぞ」
「そうね、実験は無駄になってしまったけれど、経験は狙ってはできないもの。こんな余計なことをする人もいるんだって、私も兄さんも知ることができたわ」
「ほら、顔を上げるんだ。また別の場所でやろう。俺はいくらでも付き合ってやる。信頼のおける人と一緒であれば、こんなことはそうそう起きないさ」
「そうよ、それに本筋のパターンはこの後でしょう。まずはそっちの実験を片付けに行きましょう。必要なら、今度は邪魔されない場所でやり直せばいいわよ」
俺は二人に支えられてゆっくりと立ち上がる。
そうだよな……おじさんにも悪気はなかったんだ。実験はまたやればいい。
せめて笑顔でお礼だけ言って帰ろう。
「おじさん……ありがとう」
「悪かった、俺が悪かったから、その痛々しい笑顔は頼むからやめてくれ」
おじさんと頭を下げ合いながらその場を後にする。
結局、この場所での実験は失敗。地面に埋めた時の命力量については不明だ。ただ、誰に悪気がなくてもこういったことは起きる。それを学べただけ、良しとしようじゃないか……。
さて、気を取り直して、次が本筋のパターンだ。
俺は協会を出て、用意していた実験場へと向かっていった。
玄関にはグロン兄さんが外出用の服で立っている。
レミリアは、妹のフローラを抱っこして見送りに来てくれていた。フローラはずいぶんと彼女に懐いているようだ。
「そういえば兄さん。秋の新作オルゴール、マールディアさんは喜んでくれたの?」
「あぁ、バッチリだ。また今度お茶に呼ばれている」
少し照れたように笑うグロン兄さんを微笑ましく見ていると、ミラ姉さんが準備を終えてやってきた。
遅いよ、というと、レディに失礼よ、と返される。ただの寝坊なのに。
「それじゃあ、ちょっと行ってくるよ」
フローラはレミリアの長い耳を触っていた。レミリアはくすぐったそうにフローラの手を外す。
俺は二人に手を振った。
「……いってらっしゃい」
レミリアが、グズりはじめたフローラをあやす。
近頃、妹のフローラは上手にお座りができるようになった。その上、俺の顔を見ると必死に手を伸ばしてくる。さらに、俺が外出しようとすると、とたんにグズり始めるようになった。
どうしよう、天才かもしれない。
今日は俺の実験のため、兄さん姉さんと三人で出かけることになっている。
つい先日、俺の実験内容を簡単に聞いた二人は、それぞれ興味があったようで一緒に着いてくると言っていたんだ。
ちなみに俺たちの後ろからは、竜族護衛のトリンさんが目立たないようについてきてる。
道中、グロン兄さんは静かだった。
何やら考え込んでいるようだ。
一方のミラ姉さんはいつもの調子だ。
「そういえばリカルドはレミリアとはどうなの?」
「どうって……?」
「朝から晩までずっと一緒にいるじゃない。将来は結婚とか考えてるのかってこと。レミリアの方はリカルドに相当気を許してると思うけど」
「えー、まだ5歳だし気が早いよ。それに今の状態じゃ難しいんじゃないかな」
姉さんが俺をギロリと睨む。
そんな風に睨まれても、状況的には厳しいと思うんだけど。
「だって、レミリアは公には失踪してる貴族令嬢でしょ。しかも魔法貴族の教育を受けていて、たぶん門外不出の内容を知ってるし。ジルフロスト家から捜索の手は伸びてる様子はないけど、うちが匿ってますなんて言えないよ……婚約者です、なんて表に出せると思う?」
「そういうことね、なーんだ」
姉さんはややトーンダウンして、うんうんと頷いた。
「火傷のこととかは、関係ないのね」
「え、どういうこと?」
「ううん、いいの。じゃあさ、例えばだけど、レミリアの周りのゴタゴタがぜーんぶ片付いたら、彼女をお嫁さんにもらうこともありえるわけ?」
「そりゃ、可能性としてはありえるでしょ。今はそこまで考えてないけど」
ミラ姉さんは嬉しそうに鼻を鳴らす。
いや、今はそこまで考えてないってば。
でもまぁ、そうだな……。
「仮に嫁にするって決めたら、たぶんゴタゴタが残ってても関係ないと思うよ。さっさとどこか僻地にでも逃げて、自由気ままに生活してるんじゃないかな。ほら、跡継ぎは兄さんがいるし」
「あらあら、ずいぶんお気楽なのね」
「次男だしね……たださ」
俺はレミリアとの会話を思い出しながら考える。
魔法のことを語るときの、彼女の違和感。
「俺はレミリアから魔法についていろいろ教えてもらってるんだけど、彼女は5歳にしてはありえない量の知識を持っているんだ。それに、その時だけはやけに饒舌で。どんなに頑張っても、無理やり詰め込んでも、普通の教育でああはならないはずだ」
「……それ、リカルドが言うんだ」
「俺は普通の範疇だよ。今後何もなければいいけど、いろいろと状況が見えるまでは目立たないように動くのがいいかなって」
今大きく騒がれていないのが、むしろ不気味だ。まぁ、悩んだところでどうこうできるものでもないけどね。
そんな話をしながら、俺たちは小川の辺りへやってきた。以前レミリアと出会ったのも、確かこのあたりだったな。
「どこに沈めたの?」
「目印の杭が……あれだ。ちょっと待ってて」
俺は川の中にジャブジャブと入る。
水に沈めてある網袋を取り出す。
川辺に戻ると、網袋から魔石をジャラジャラと取り出した。うーん、だいぶ光が弱いな。俺は魔道具にそれらを一つずつセットすると、表示された数字を紙に記録していく。
兄さんが興味深げに俺に尋ねる。
「リカルド、その装置はなんだ」
「あぁ、魔石用の命力測定器だよ。蓄積されている命力量を、魔石が放つ光量を元に計測してるんだ。まだ精度が粗いから、サンプルの魔石個数を増やして統計を取るんだ」
俺たちはひと通りデータを記録し終わると、護衛を連れてその場を離れる。歩きながら、自分の立てた仮説について説明した。
通常、魔石は日に当てて補填する。
それは本当に正しい方法なのか。
今回したいのは、その検証だ。
「それなら、厳密な実験条件には──」
「私なら魔石の周囲の物質を──」
「いや今回のは予備実験だから──」
いろいろと論を交わしながら行く。
「参考値として、念のため家の補填室に置いた魔石のデータも取ってはある。比較すると、水の中は想像以上に命力の溜まりが悪かったよ。水の中でも日にあたってるはずなのにね」
「ふーん、そうなんだ。で、次はどんなパターンなの?」
「うん。地面の中に埋めた魔石がどれくらい命力を溜めるのか、参考値としてデータを取りたくて」
そんなことを話しながらやってきたのは魔道具職人協会だ。
家の庭だと植物が多くて今回の検証には適さないと判断した。この周辺は事務所街だから、純粋に地面だけの条件でデータが取れそうだと睨んだんだ。
「こんにちは、昨日の件で来ました」
「おぅ、クロムリード殿んとこの。魔石ならあるぜ」
窓口にいたおじさんが、魔石袋をジャラジャラと鳴らして持ち上げる。
俺はその様子を見て固まった。昨日地面に埋めておいたソレが、なぜそこに。
「いいか坊主。地面なんかに埋めても魔石は補填されねぇんだ。こういうのは日に当てとくもんさ。俺が昨日補填所に──」
あぁ、なんてこった。
触らないように言っておいたのに、変に気を利かせてわざわざ普通の補填方法にしてくれちゃったわけか。
そうだよな、5歳の子供が変なことしてたらこうなるよな……。
地面に膝を落とす俺の横で、グロン兄さんとミラ姉さんが俺を慰めてくれる。
「落ち込むなリカルド、こういう理不尽があるって勉強できただけでも良しとしようじゃないか。凹んでいる時間だけ、さらに無駄に浪費することになるぞ」
「そうね、実験は無駄になってしまったけれど、経験は狙ってはできないもの。こんな余計なことをする人もいるんだって、私も兄さんも知ることができたわ」
「ほら、顔を上げるんだ。また別の場所でやろう。俺はいくらでも付き合ってやる。信頼のおける人と一緒であれば、こんなことはそうそう起きないさ」
「そうよ、それに本筋のパターンはこの後でしょう。まずはそっちの実験を片付けに行きましょう。必要なら、今度は邪魔されない場所でやり直せばいいわよ」
俺は二人に支えられてゆっくりと立ち上がる。
そうだよな……おじさんにも悪気はなかったんだ。実験はまたやればいい。
せめて笑顔でお礼だけ言って帰ろう。
「おじさん……ありがとう」
「悪かった、俺が悪かったから、その痛々しい笑顔は頼むからやめてくれ」
おじさんと頭を下げ合いながらその場を後にする。
結局、この場所での実験は失敗。地面に埋めた時の命力量については不明だ。ただ、誰に悪気がなくてもこういったことは起きる。それを学べただけ、良しとしようじゃないか……。
さて、気を取り直して、次が本筋のパターンだ。
俺は協会を出て、用意していた実験場へと向かっていった。
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