未来人は魔法世界を楽しく魔改造する

まさかミケ猫

いろいろ分かった

 さて、気を取り直して、ここからが本番だ。

 俺たちは王都の街中に点在する雑木林に来た。
 ここは職人街にもほど近い場所にあり、濃い自然を残している場所だ。奥まったところに小神殿があるのも見えるけど、今回の目的はこの雑木林自体だ。
 俺は地面に空いた穴に大きな声で挨拶する。

「こんにちは! 昨日の者です!」
「……あいよぉ……ふぁ……」

 そんな声が聞こえると、穴の中から人影が這い出てくる。
 ブニブニした体表、土に汚れた衣服、のっぺりした顔。四つん這いのまま、ぬらりとこちらを見上げる。

「ひぃっ……ゾ、ゾンビ……」
「ミラ姉さん、失礼だよ。こちら冥族のズーミーさん。今回実験に協力してくれたんだ。すみません、ズーミーさん」
「いいよぉ……めんどぅくさい……」

 冥族。のんびり屋で、地面の中に家を作って暮らす種族だ。
 のっぺりした顔をしていて、性別がない。夜に活動することが多く、生き物の糞や死骸を食べて暮らしているらしい。彼らいわく、食材は腐りきってからが一番美味しいんだとか。

 不気味に聞こえるけど、彼らが住み着かない都市はすぐに異臭に満たされ、疫病が流行って滅ぶことが多い。それに、彼らの排泄物はとても綺麗で、草木がよく育つ。
 街中に点在している濃い自然の残る場所は、だいたい彼らの居住地だ。

「ご、ごめんなさい。私、冥族の方に会うの初めてで」
「いいさぁ……むかぁしから、よくあることだぁ……ふぁ……めんどぅくさいから……きにしなくていいよぉ」

 ちなみに、古くから伝わる怪談話にはゾンビが出てくるが、その正体は他でもない彼らだ。
 夜中に墓場付近の地面を這いずり回って小動物の死骸などを貪ってただけ。その様子を見た誰かが、死者が怪物になって復活したと勘違いしたのだろうと言われている。
 見た人は叫びたくもなるだろうし、叫ばれた方も困るだろう。お互いにご愁傷様だ。

 俺はズーミーさんに、昨日設置した魔石の場所へ案内してもらった。仲間内にも話は通してもらっていたし、今回は誰かが余計な手を回すことはなかった。

「ありがとうございました」
「おぅ……じゃ、おやすみぃ……」

 穴に這っていくズーミーさんに手を振ると、俺は魔石の命力量を測り始める。

 まずは森の地面に埋めた魔石。
 本当はオフィス街の地面に埋めたものと比較したかったんだけど、前の実験でアクシデントがあったから数字だけを記録した。

「リカルド、どうだ?」
「まだなんとも。ここからが本番だよ」

 森の地面の上に置いた魔石だ。

 これは四種類の条件のものを用意した。
 そのままの魔石。スライム布で覆い空気だけを遮断したもの。黒布で覆い光だけを遮断したもの。最後に、両方で覆い空気も光も遮断したもの。

 4種類の魔石の命力量を計測してみる。

「……へぇ」
「リカルド、何か分かったの?」
「結論から言うと、光の条件で命力量に明確な差は出なかった。むしろどれだけ空気に触れているかで蓄積する命力量が変わる」

 魔石は空気から命力を吸う。
 これは新しい発見だ。

 現在世間一般に行われている、魔石を日に当てて補填する方法は、大した意味がないということだ。
 おそらく、単純に日光を反射すると光って見えるから、日陰に置くよりも早く溜まるように感じるだけなんだろう。数字上の差異はない。

「じゃあ、順に見ていこうか」

 俺は魔石を計測しては紙に記録する。

 同じ四種類の魔石をいろいろと仕込んでいた。
 日向と日陰に置いたもの。魔石と木の幹が触れるように置いたもの。同様に、木の根、枝、節、花、果実に触れさせたもの。
 結果を見れば、傾向は地面と同じ。光の条件は関係なく、空気に触れる面積が大きいものほど命力が大きく補填される。

 ただ、一つだけ他と異なるものがあった。
 木の葉に触れるようくくりつけたものだ。

「なるほど、そうなってるのか……」

 このパターンだけ、結果が逆だ。
 空気を通さないものの方が命力量が高い。それに、光の条件で命力量に大きな差が出た。

「命力は光合成の際に植物の葉で生成されるんだ。そっか……葉が光を受ける。命力を生み出す。空気中に命力が放出される。魔石は空気からそれを吸う。酸素と命力には何か関係が? いや、酸素に魔法的な要素があるようには思えない。葉緑体に似た器官があるのかな。とりあえず簡易な光学顕微鏡を作って──」
「おいリカルド、分かるように説明しろ」
「戻ってきてリカルド……!」

 しばらくして気がつくと、二人が俺のことを心配そうに覗き込んでいた。
 しまったな、つい深く考え込んでしまった。

「ごめんごめん、いろいろ分かったよ。これで実験を具体化できる」
「……後でちゃんと教えてよね」

 少し日が傾いてきていた。
 俺たちは揃って家路につく。
 歩きながら今日の結果を反芻する。

 兄さんが何気ない声で話しかけてくる。

「なぁリカルド。人間も植物と同じように、命力を生み出したりしているのかな」

 兄さんの真剣な横顔。
 最近、こんな顔をたまに見かける。

「どうかな。いろいろ試してみたけど、今のところ外部から吸収している説が濃厚だよ」
「そうか……」

 兄さんは大きく背伸びをすると、俺の方を向いた。

「じゃあさ、命力を吸収せずに生きていく方法ってあると思うか?」
「んー……難しいんじゃないかな。空気を吸わないと、人は生きられないし」
「……だよな。難しいよな」
「どうしたの? 兄さん」

 なんだか様子のおかしい兄さん。
 ミラ姉さんも心配そうな顔を浮かべた。
 兄さんは、ははは、と頬を掻いて呟いた。

「実は、マールディアは病気らしい」

 そう一言言うと、遠くの空を見て深く息を吐いた。
 吐く息が少し震えている。

「命力を吸収しすぎて、徐々に体が硬くなる病気だ。もう何年も生きられないらしい……難しいよな」

 俺は兄さんに何も言うことができなかった。
 ミラ姉さんも静かに歩いている。
 虫の鳴き声だけが、寂しげに響き渡っていた。

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