未来人は魔法世界を楽しく魔改造する

まさかミケ猫

夢中になれる何かを見つけて

 年が明け、春になった。
 寒かった冬の影響か、まだ若干雪は溶け残っている。ただ、風の中に少しだけ暖かさが混じるようになった。
 家族も皆ひとつ歳を取る。グロン兄さんは13歳、ミラ姉さんは10歳、俺とレミリアは6歳、フローラは2歳になった。

 最近の大きな変化といえば、工房内の空き部屋が正式にミラ姉さんの研究室になったことだろうか。そこでは俺や兄さんとはまた違った研究が行われていた。

「リカルド、ちょっと見てくれる?」
「どうしたの、姉さん」

 ミラ姉さんに呼ばれて研究室に入る。
 いくつもの液体や生体素材が小瓶に収められ、綺麗にラベルを貼って机に並べられていた。無造作に置いてあるようにも見えるが、実は姉さんなりにいろいろと分類して配置しているらしい。

「……姉さんって意外と几帳面だよね」
「その『意外と』は余計よ」

 姉さんは魔道具の勉強をしながら、魔導素材についての研究をしていた。

 現在魔道具の材料は魔法金属が主流だ。でも、今後高度な魔道具が作られていくようになると生体素材も含めて適切なものが必要になってくるだろう。
 そんな話を姉さんにしたところ、面白がって自分なりの仮説を立てては素材を様々に組み合わせ始めた。それが切っ掛けで、こちらの研究にどんどんのめり込んで行ったのだった。

 姉さんは、作業台に乗ったひとつの小瓶を俺に渡した。

「これ、魔導インクの改良版。少し魔力は流れにくいんだけど、耐久性は段違いだと思うの。ほら、リカルドの試作魔導書プロトグリモワールは焼ききれる度にバックアップから作り直してるでしょ。試しにこれを使ってみて、摩耗度のデータが欲しいんだけど」

 おぉ、すごいな。
 これはまさに現在欲しかったものだ。

 魔導インクの弱点は、すぐに焼ききれてしまう耐久性のなさだった。これが望んだ通りのものであるならば、メモリキューブやニューラルコアの移し替えの手間が無くなるだけでなく、頭の中のいろいろなモノが実現可能になる。

「姉さんって結構天才肌だよね。本当に子供?」
「……リカルドって時たま自分を棚上げするわよね」

 姉さんは呆れ顔で俺のことを見ているけど、俺は前の世界の知識というアドバンテージがあるだけだしなぁ。
 姉さんや兄さんは多少は俺からの知識吸収があったにせよ、まっさらから結果を出している。その方がすごいと思うけど。

 実は前から、家族向けにはいろいろと授業をしている。
 科学的なモノの考え方。微積分や行列演算などの基礎数学。論理思考、仮説思考などの思考フレーム。実例も踏まえて演習中心に、基礎学校程度の内容まではマスターしてもらっている。
 ただ、自然科学などの諸分野については、物質の構成からして同じかどうか怪しいため、統一物理論のさわり程度を仮説として紹介しただけに過ぎない。

 姉さんの研究は本当に姉さん自身が築き上げている功績だ。

「リカルドが話してたメモリキューブの素材は──」
「たぶん前提がどこか間違って──」
「それは兄さんともブレストした方が──」

 いろいろと論を交わしながら、姉さんのすごく生き生きした顔を見る。
 心が解けるのを感じた。

 やっぱり人間、生まれたからにはこうやって夢中になれる何かを見つけて暮らしていきたいものだよな、としみじみ思う。


 そんな風に平凡な日常を楽しんでいたある日、我が家に来客があった。実は、去年の秋くらいから新規の弟子入り募集を再開しており、しっかり身元を照会した上で問題なければ面談しようと決めていたのだ。
 実際に面談に至ったのは今回が初めてのケースである。

 工房の一室に、父さん、兄さん、俺が座る。対面に腰掛けているのは、カエル顔のガッシリしたマッチョだった。

「オレは鬼族のナーゲスという。年は9歳、平民だ。ぜひともここで魔道具作りを学びたい」
「ふむ。ナーゲスか。君はどうして魔道具作りを志したいと思ったのかな?」
「おう。実は前にこの工房から売られた魔道具に感銘を受けてな。自分の手であんな魔道具を作りてぇって思ったんだ」
「ふむ、どの魔道具に感銘を受けたのだ」
「あれだあれ、マッサージ杖ってやつだ」
「ほう、あれか……」

 あぁ、あれか。
 たしか、激務でひどい肩こりを患っていた父さんのために、兄さんと一緒に開発したんだったな。

 スイッチを入れると先端がブーンと振動するもので、三段階くらいの強さ調整が出来るようにした。父さんの愛用品だ。
 本来は事務仕事の多い下級貴族をターゲットに販売したんだけど、フタを開ければ鬼族のお客さんがすごく多かったのが印象的だ。それなりに値が張るものだったはずなのに。

 久々にルーホ先生との授業を思い出す。
 鬼族は力の強い種族で、肉体労働者が多い。真っ直ぐな正直者が多いが、性に奔放な傾向がある種族、だったか。豪快でサッパリしたやつが多いから、どの種族ともすぐに仲良くなるんだってさ。あと、水質にはうるさくて、旨い酒を造ることでも有名だ。

「鬼族の間で、あの魔道具は有名さ」
「ほう、そんなにかね」
「おうよ。離婚寸前だった夫婦が仲直りしてなぁ、新しい子もバンバン生まれてよ。っていうか、うちの両親なんだけどよ、はははは──」
「それはそれは、思わぬ吉報だな」
「今じゃ結婚式に定番の贈り物になっててな、夫婦円満の縁起物扱いよ。この前もみんなで金を出し合って一台贈ったところさ」
「ほほう、いやぁ嬉しいな。うちの魔道具がそんなことになっているとは」

 想像してみよう。

 肉体労働で疲れて帰る夫を待つ妻。
 凝った筋肉をマッサージ杖が解していく。
 ありがとう、お疲れ様、なんて会話がなされる。
 夫婦仲が円満になる。
 素晴らしいな。

「俺もそんな、みんなを幸せにするような魔道具が作りてぇ。人族ほど器用じゃねぇのは承知の上だが、どうかこの通り、弟子にしちゃくれねぇか」

 そう言って頭を下げる。
 父さんは彼に近づき、肩をポンポンと叩く。
 笑顔を持って彼に答えた。

「下積みは長く大変だ。種族的な差異もある。それでも君のような志があれば、いつか必ず大成すると信じている。受け入れよう、ナーゲス。君はこれからうちの弟子だ」

 この日から、我が家に新しい弟子が一人増えた。
 カエル顔でマッチョな鬼族のナーゲス、9歳。
 真っすぐ豪快に笑う彼は、あっという間にみんなの中に溶け込み、我が家の工房を明るい笑い声で満たしていくのであった。

「未来人は魔法世界を楽しく魔改造する」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く