未来人は魔法世界を楽しく魔改造する

まさかミケ猫

こっちの方がきっと楽しい

 季節は変わり、6歳の秋になった。
 中級貴族になることが決まってから、父さんは忙しなく王都中を飛び回っていた。母さんは旧知の貴族にいろいろと手紙を書いていて、家の中は慌ただしい空気が漂っている。

 次の春には国王からの任命式がある。
 その後は、魔道具職人協会と小規模な領地を我が家が経営していく。いずれもドルトン家から買い取る形だ。

 春には議会への参加もあるし、秋には税の回収もある。父さんは領地経営の勉強や協会業務の引き継ぎをしなければならず、さらには根回しや各所への顔見せもしなければならなくて、大忙しの様子だ。

「リー坊、元気でな!」

 今日、三人の弟子たちが我が家を旅立って行った。
 父さんの弟子たちは、その殆どが他の魔道具職人のもとへと移ることになっている。

 下級貴族であれば、本業を続けても何も問題はなかった。弟子を取るのも普通のことだ。
 だが、来年から我が家は中級貴族。家業が禁止されるわけではないが、他の仕事が増えすぎて弟子の教育までとても手が回らないのだ。
 もちろん、弟子がいなくなるだけで工房も職人も奴隷も残るから、魔道具自体は作り続けるんだけど。

 そんな落ち着かないこの頃だけど、家のリビングは相変わらず平和だ。
 すっかりフードを外すようになったレミリアが、元気一杯のフローラと遊んでいる。フローラは俺のあげたクマのぬいぐるみが大好きで、片時も離さずにお世話をしたり話しかけたりしている。

「ねー、くまたーん」
『はい、マスター。なんですか?』
「きょう、ごはんなにかなー」
『調理場に新鮮な魚介類が運ばれていましたよ』
「ぎょかいるい?」
『マスターの好きな魚などの海の食べ物です』
「わぁ、さかなー!」

 レミリアが、ギギギ、と不自然に首を動かして俺のことを見た。なんだろう、何かマズいことでもあったか。平和な光景にしか見えないと思うのだが。

「あのぬいぐるみ……どうして話してるの?」
「そりゃ話すでしょう。ぬいぐるみだもん」
「え……そうだっけ……」
「そうだよ。何言ってるんだレミリア」

 そりゃ技術的に難しければ想像で補うしかないけどさ。ぬいぐるみだよ? 話せるんなら話せたほうがいいに決まってる。

 みんなに魔導書グリモワールを配るずっと前から、フローラのぬいぐるみには人工知能を仕込んであるし、そりゃ話しもするさ。

「それじゃあ、行ってくるよ」
「う……うーん。行ってらっしゃい」

 レミリアって意外と天然なんだな。
 何やら首を傾げている彼女を置いて、俺は玄関で待つ兄さん、姉さんのもとへと向かった。


 今日はドルトン家で、マールディアさんの定期検診を行う日であった。
 すでにデータは取り終えて、俺は単身ドルトンさんと向き合っている。少し疲れた様子のドルトンさんに命力量の推移グラフを見せた。

「こちらが今回のデータです」
「うん。初期と比べて、10日ごとの増加量はかなり抑えられているのがわかるよ。だけど……そう簡単に、減ったりはしないもんだね」
「そうですね。結局のところ、体から無理やり命力を吸うパターンは気分が悪くなりやすい。自分で能動的に命力を消費するパターンはすぐに疲れてしまう。一般的に効果的だとされていた食事療法は、数字上は効果がありませんでした。飲み薬はまだ試せていませんけど……」
「事実関係がわかっただけでも、マジで大進歩だけどね」

 ドルトンさんは憂鬱そうな表情で窓の外を見た。俺は書類を揃えながら、彼が口を開くのを静かに待つ。

「クロムリード家が中級貴族に、か。グロンくんのところにも、春からは縁談がひっきりなしに来るんだろうな……それは、とても自然なことだ」
「マールディアさんは……」
「昨日、話したよ。あの娘は……グロンくんの重荷にはなりたくない、と言っていた」

 ドルトンさんは大きく顔を歪めた。
 誰に責任があるわけでもなく、解決策もない。いつだって、現実は無情だ。
 俺は薬にもならない慰めの言葉をかけ、ドルトンさんの執務室をあとにするしかなかった。


「マール、体調はどうだい」
「えぇ、グロン。今日を楽しみにしていたからかしら。なんだか随分調子がいいわ」
「良かった、いい知らせがあるんだ。前にオルゴールに興味を持ってくれた甲殻族の楽団があるだろう? 今は秋の定期公演のために王都に来ているんだけど、今日の夕方この屋敷に呼べたんだ。庭で一緒に聞こうじゃないか」
「まぁ……!」

 兄さんたちがキラキラとした目で話している後ろで、俺とミラ姉さんはそれぞれ淡々と準備を始めた。
 姉さんは、いくつかの薬品の入った瓶を取り出し、それらを少量ずつ小瓶に入れて振り混ぜる。割合を変えたものが数種類用意された。それぞれの調合割合を紙に記録していく。これが今日のメインイベントだ。

「マール。それから世話役のみんな。今日はみんなのために、新しい楽しみを用意した。ミラとリカルドもいろいろ協力してくれたんだ」

 兄さんは、を手に持って、笑みを浮かべた。4人の前にキャンバスが並べられる。

「絵を描こう。この魔導筆で」

 兄さんが説明を続ける間、ミラ姉さんが皆の手に魔導絵具えのぐの入った小瓶を配る。
 実はこれ、魔力によって色が変化する絵の具なのだ。魔導インクの研究で使用していた試料を使い、姉さんが様々な改良を行った結果生まれたものである。
 液体の状態だと魔力が流れることで色が変化するが、乾くとそのままの色が固定される。これ一つでいろいろな色を表現できるものだ。

 一方で、俺が配るのは兄さんの作った魔導筆。
 持った人の流す命力量によって筆先に流れる魔力の質を変化させることが出来る。つまりはこの筆先の魔力が、姉さんの作った魔導絵具の色を様々に変えるのだ。

「持ち手に命力を少しだけ込めて。そう、そのまま筆で絵具をかき混ぜてみて──」

 兄さんが少しだけ命力を込めながら絵具をかき混ぜると、透明だったそれが青紫に変化した。横で一緒にやっていた俺と姉さんのものも似たような色だ。
 しかし、マールディアさんたち4人のものは色が違っていた。絵具が赤色──命力を目一杯込めたときに出る色になってしまっていた。4人は顔を見合わせて、少し困った顔をする。
 とはいえ、実はそんなことも予想済みだった俺たち。姉さんがその様子を見て他の小瓶を配った。

「別の割合で調合した絵具よ。命力に対する変化は緩やかになるはず。試してみて」

 4人はそれを受け取ると、筆でゆっくりとかき混ぜる。今度は兄さんが示したような青紫になっていた。兄さんの指示で少しずつ込める命力を増やす。魔導絵具が緑、黄色、赤と変化していく。逆に込める命力を減らしていくと、青紫まで色が戻っていく。

「じゃあ、色を変化させながら、キャンバスに好きな絵を描いてみてくれるかい。色合いの違う筆も何種類か用意しているから、暗い色や淡い色、白黒なんかは筆を持ち替えてくれ。いろいろと試してみて、意見がほしい」

 少しずつ違いを試しながら、マールディアさんたちは段々と色の変化に慣れていく。やがて、いろいろな絵を描いては小さく笑いも生まれるようになった。
 筆をキャンバスに乗せながら器用に色を変え、綺麗なグラデーションを描いたりもした。ミラ姉さんも魔導絵具の微調整を行っていき、ベストな配合のデータを入手できたようだ。

 みんなの様子を満足げに眺める兄さんに、良かったね、と語りかける。

「一日中魔石を握り続けるのは、辛そうだしな。好きでもない魔道具を使い続けるのも苦痛だろう」

 そう言って、マールディアさんに穏やかな視線を向ける。

 彼女の命が長くないこと。
 彼女との結婚は難しいこと。

 それをグロン兄さんはちゃんと把握した上で、マールディアさんのために何かを作りたいと言っていた。
 この先兄さんに婚約者ができて、マールディアさんと会えなくなったとしても。それでも、彼女のために残せるような何かを。

「どうせ魔道具を使って過ごさなきゃいけないならさ。きっとこの方が、楽しく過ごしてくれるはずだよな」

 そうだね。こっちの方がきっと楽しい。

 俺たちは夕方になるまで笑いながら絵を書き続け、兄さんは筆の改良点をいろいろとメモしてはマールディアさんとの会話を楽しんでいた。

 楽団の演奏を聞いて、二人が隠れてキスをするのをみんなで見ないフリをして、顔をめちゃくちゃに歪めたドルトンさんに見送られながらその日は帰ったのだった。



 そして、その10日後。

「数値が、少し下がっている……?」

 命力測定器の数字が、何が起きたのかを告げた。
 何度測り直しても同じ結果。消費した命力量が、溜め込まれた命力量を上回ったんだ。

 原因は、魔導筆だ。
 それしか考えられない。

 まだ焦ってはいけない。今回だけという可能性もある。でも、もしかすると、人並みの寿命は生きられるかもしれない。


 秋の間中、いろいろな事を試した。
 数値はずっと改善を続けた。

 どうやら魔導筆のように、少量ずつでも自発的・継続的に命力を使っている間は体が命力の吸収を弱めるようなのだ。これまでは、外部から無理やり吸い取ったり、一気に命力を消費しようとしていたから無理があったらしい。

 この推測を元に、兄さんは筆以外の魔道具も考案した。ミラ姉さんも、魔導粘土などの試作を始めた。
 マールディアさんたちは目に見えて体調が良くなった。そして、奴隷少女のうち症状の軽かった一人などは、一般人並の命力量にまで改善した。


 冬が始まって少しした頃。
 二人の婚約が正式に発表された。

 家族が招かれた食事会で、ドルトンさんはそれはもう盛大に顔を歪めた。
 そして泣き笑いしながら兄さんに抱きついた。

 マール姉さんは、一点の曇りもなく微笑んでいた。

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