未来人は魔法世界を楽しく魔改造する
想像はしていたけど
王都から南西に三日ほど進んだところ。
そこに、ロミツリーバという名の大きな宿場町がある。タイゲル地方の各方面へ向かう街道が合流する立地だ。大昔から交通の要所であり、徐々に人が集まっていって出来上がったのがこの町らしい。
到着したのは夕刻。
冬も明けて商人が活発になり始めたからか、猪車の中に聞こえてくる街の音はなかなかに賑やかだ。ただ、明日も早朝に出発する予定だから、街に繰り出してこの賑やかさを楽しむことはないだろう。
予約してあったのは、町一番と評判の宿。
さすがに評判になるだけあって、部屋も広くベッドもフカフカだった。皆疲れて腹ペコだったから、まずは腹ごしらえをしようと御飯処へ向かう。
ちなみに御者奴隷の二人は、今日もまた夜の街に繰り出して楽しく過ごすようだ。奴隷には奴隷の楽しみってもんがあるんだ、と楽しそうにしている。
「じゃ、我々はちょっと行ってくるんで」
「あ、待って──はい、お小遣い」
「いいのかい、坊っちゃん」
「苦労をかけてるからね。こんな時くらい、ゆっくり羽根を伸ばしてきてよ」
二人とも鼻の下を伸ばしてヘラヘラ笑ってる。
また明日からも猪車を走らせてくれる二人には、これくらいのリターンがないと釣り合わないだろう。どこの町の誰ちゃんが可愛いんだよな、と話す二人は生き生きしていて、面白い人たちだよなと思う。
宿の中の御飯処に着く。
これでも貴族だから、防犯上の理由からもさすがに大部屋での食事は出来ない。
御者奴隷を除く六人で個室へと案内された。
「ん……新しい味……」
「ほう、まぁ悪くはないな」
「でもこの水はイマイチだぜ」
「少し味付けが濃くない?」
みんなであれこれと会話しながら食事を楽しむ。
鬼族のナーゲスはゲラゲラ笑いながら水に文句を言っていて、竜族の護衛たちは酒が入っていつもより少し態度が柔らかくなっていた。ヘビ顔のニシュはかなりガバガバ酒を飲んで平気な顔をしていたけど、ニワトリ顔のトリンは一杯飲んだだけでトサカを真っ赤に染め上げていた。
腹も満たされた。
そろそろ風呂に入ろうか、という頃。
失礼します、という声がして一人の少年が入ってきた。
10歳くらいだろう。やや緊張した面持ちで、俺のことを見ながら話しかけてくる。
「今日の料理はいかがでしたか」
「美味しかったけど……誰?」
「あ、この宿の息子、ドラル・ヤトゥと申します。実は、今日の料理は私が作ったのです」
「え? 君は……熟練の料理人なの?」
「はは、熟練だなんて……へへへ、ただの宿屋の息子ですよ。今はまだ、ね」
なんだか照れ笑いをしているけど。
何を口走ってるのか、分かってるのかな。
宿屋の主人から、息子が料理をするなんて話は聞いていなかった。むしろ、毒などが盛られないよう、貴族の客には信頼の置ける熟練の料理人が調理にあたるのが普通だ。父さんからも宿の予約時にそういう通達が行ってるはずなんだけど。
料理人でもない宿屋の息子が調理担当だなんて。
すぐにトリンにお願いして、店主と料理長を連れてきてもらった。何が起きたのか分かっていない店主に対して、俺はことのあらましを説明する。なぜか得意そうな顔をしている息子に、店主から一発ゲンコツが落とされた。
「申し訳ございません!」
店主と料理長が地べたに這いつくばった。なんでも、息子は料理長に『急遽貴族からご指名が入った』と告げ、ご丁寧にも店主からの指示書を偽造して手渡していたのだとか。料理長も店主に確認くらいすればいいのに、と思うが……気まずそうな様子で息子をチラ見してたから、他にも何か理由があるのかもしれない。
そういった話が進んでも、息子は悪びれた様子一つ見せずに座ったままだ。うーん。将来の夢が暴発でもしたのだろうか。
俺は彼に質問してみることにした。
「あなたは、料理人になりたいんですか?」
「……違う、ビッグになりたいんだ」
予想外の答えが帰ってきた。
「こんな宿の経営を継ぐなんてまっぴらだ。そうじゃなくてさ、貴族に気に入られて、王都にでも行ってさ。そんでそんで、狩人にでもなって、でっけぇ獲物を一人で仕留めてよぉ。戦争で活躍したりして、王様に気に入られて、お姫様を嫁にもらって……へへ、貴族ってさ、やっぱり綺麗な妾や奴隷をたくさん侍らせてるんだろ──」
なんかいろいろと破綻してることを語っている。俺の隣でレミリアの視線の温度が急激に下がっていくのを感じた。店主が慌てた顔で遮ろうとしてくるが、俺はそれを手振りで止める。
「俺は、俺だけの成功を掴みたいんだ!」
「成功って?」
「誰もが羨む人生だ。俺には秘密がある……この料理を食べただろ。この世界には存在しない料理だ。俺の頭の中にはな、料理だけじゃねぇ、まだまだアイデアが溢れてるんだ」
その言葉に、やっぱりなと思う。
この少年は……。
「お前の噂も聞いてるよ。優秀な兄に隠れた、目立たない次男。いろいろ鬱憤も溜まってるはずだ。お前にも欲しいものはあるんだろう。ひっくり返したくないか。損はさせねぇぜ」
「ふーん」
「新進気鋭のクロムリード家。新しいものをバンバン生み出すお前の家に、俺の知識を掛け合わせれば最強さ。きっと役に立てるはずだ。なぁ、俺をお前の配下に加えてくれよ」
「いや、いらないけどさ」
俺は、面白い人が好きだ。
それは、特別な知識や能力などではない。持っているものが何も無くても、人より足りなくても構わない。
自分の好きなものや欲しいものがはっきりしていて、でもそれが簡単には手に入るとは限らなくて。葛藤して、人を羨んで、それでも諦めきれずに、懸命にもがいてる。見ているだけで心が熱くなる、そんな人が好きだ。
別に目の前の彼を嫌いなわけじゃないんだけど。
ただ、よく分からないんだよね。
「ドラルさん、だっけ」
「はい!」
「それで結局、あなたは何が欲しいんですか?」
彼は黙り込んだ。
んー……まぁ、人に迷惑をかけない範囲で自由に頑張ればいいと思うけど、少なくとも俺としては、今のところ一緒に何かをしたいとは感じないかなぁ。
俺は視線を店主と料理長に向け、顔を上げるように言った。
「幸い、連れに気分の悪くなった者はいませんから、大事にするつもりもありません」
「……ありがとうございます」
「ただ、相手が悪ければ、最悪は従業員含めて全員処刑されていますからね。貴族を相手取るって、そういうことです。本当に気をつけた方がいいですよ」
実際、貴族の機嫌を損ねた平民が打ち首になることなんて、ザラにある話だ。王都にいる間に何度も聞いた。
俺の言葉に、ようやく彼は事態を飲み込んだようで顔を青くしていた。これから親父さんに酷く叱られるんだろうなぁ。
部屋に戻った俺は、ドッと疲れてソファに座り込んだ。俺の横にはレミリアが座り、俺の腕を掴んで体を寄せてくる。
「あの人……何か秘密があるって言ってた」
「うん。たぶん、転生者なんじゃないかな」
「転生者?」
「他の世界で死んで、こっちで生まれた人」
あの料理には覚えがあったんだ。
たしか、地球本星の島国に昔から伝わる家庭料理、だったかと思う。俺も前世の義両親に何度か食べさせてもらった。懐かしかったけど、こっちの世界では斬新すぎるんじゃないかな。それに、プロの料理と比べると大味すぎる。
想像はしていたけど。やはりこの世界には俺の他にも転生者が暮らしているんだな。
これからも他の転生者に出会うことがあるのだろうか。
「もしかして……」
「うん?」
「リカルドも、転生者?」
「うん、そうだよ」
上手く説明できる自信がなかったから黙ってたけど、別に隠すつもりもない。多分、説明したところで何も変わらないんだろうし。
レミリアはなんだか俺の顔を覗き込んでいる。
「どうかした?」
「ううん……納得しただけ」
「そっか」
俺たちは大きくあくびをして立ち上がった。
風呂は部屋に備え付けだ。
時間短縮のため、俺とレミリアは一緒に風呂に入って体を洗い合った。その後一緒にベッドに入る俺達を見て、ナーゲスは「どう見ても夫婦じゃねぇか」と呟いていた。
旅の夜は更けていった。
そこに、ロミツリーバという名の大きな宿場町がある。タイゲル地方の各方面へ向かう街道が合流する立地だ。大昔から交通の要所であり、徐々に人が集まっていって出来上がったのがこの町らしい。
到着したのは夕刻。
冬も明けて商人が活発になり始めたからか、猪車の中に聞こえてくる街の音はなかなかに賑やかだ。ただ、明日も早朝に出発する予定だから、街に繰り出してこの賑やかさを楽しむことはないだろう。
予約してあったのは、町一番と評判の宿。
さすがに評判になるだけあって、部屋も広くベッドもフカフカだった。皆疲れて腹ペコだったから、まずは腹ごしらえをしようと御飯処へ向かう。
ちなみに御者奴隷の二人は、今日もまた夜の街に繰り出して楽しく過ごすようだ。奴隷には奴隷の楽しみってもんがあるんだ、と楽しそうにしている。
「じゃ、我々はちょっと行ってくるんで」
「あ、待って──はい、お小遣い」
「いいのかい、坊っちゃん」
「苦労をかけてるからね。こんな時くらい、ゆっくり羽根を伸ばしてきてよ」
二人とも鼻の下を伸ばしてヘラヘラ笑ってる。
また明日からも猪車を走らせてくれる二人には、これくらいのリターンがないと釣り合わないだろう。どこの町の誰ちゃんが可愛いんだよな、と話す二人は生き生きしていて、面白い人たちだよなと思う。
宿の中の御飯処に着く。
これでも貴族だから、防犯上の理由からもさすがに大部屋での食事は出来ない。
御者奴隷を除く六人で個室へと案内された。
「ん……新しい味……」
「ほう、まぁ悪くはないな」
「でもこの水はイマイチだぜ」
「少し味付けが濃くない?」
みんなであれこれと会話しながら食事を楽しむ。
鬼族のナーゲスはゲラゲラ笑いながら水に文句を言っていて、竜族の護衛たちは酒が入っていつもより少し態度が柔らかくなっていた。ヘビ顔のニシュはかなりガバガバ酒を飲んで平気な顔をしていたけど、ニワトリ顔のトリンは一杯飲んだだけでトサカを真っ赤に染め上げていた。
腹も満たされた。
そろそろ風呂に入ろうか、という頃。
失礼します、という声がして一人の少年が入ってきた。
10歳くらいだろう。やや緊張した面持ちで、俺のことを見ながら話しかけてくる。
「今日の料理はいかがでしたか」
「美味しかったけど……誰?」
「あ、この宿の息子、ドラル・ヤトゥと申します。実は、今日の料理は私が作ったのです」
「え? 君は……熟練の料理人なの?」
「はは、熟練だなんて……へへへ、ただの宿屋の息子ですよ。今はまだ、ね」
なんだか照れ笑いをしているけど。
何を口走ってるのか、分かってるのかな。
宿屋の主人から、息子が料理をするなんて話は聞いていなかった。むしろ、毒などが盛られないよう、貴族の客には信頼の置ける熟練の料理人が調理にあたるのが普通だ。父さんからも宿の予約時にそういう通達が行ってるはずなんだけど。
料理人でもない宿屋の息子が調理担当だなんて。
すぐにトリンにお願いして、店主と料理長を連れてきてもらった。何が起きたのか分かっていない店主に対して、俺はことのあらましを説明する。なぜか得意そうな顔をしている息子に、店主から一発ゲンコツが落とされた。
「申し訳ございません!」
店主と料理長が地べたに這いつくばった。なんでも、息子は料理長に『急遽貴族からご指名が入った』と告げ、ご丁寧にも店主からの指示書を偽造して手渡していたのだとか。料理長も店主に確認くらいすればいいのに、と思うが……気まずそうな様子で息子をチラ見してたから、他にも何か理由があるのかもしれない。
そういった話が進んでも、息子は悪びれた様子一つ見せずに座ったままだ。うーん。将来の夢が暴発でもしたのだろうか。
俺は彼に質問してみることにした。
「あなたは、料理人になりたいんですか?」
「……違う、ビッグになりたいんだ」
予想外の答えが帰ってきた。
「こんな宿の経営を継ぐなんてまっぴらだ。そうじゃなくてさ、貴族に気に入られて、王都にでも行ってさ。そんでそんで、狩人にでもなって、でっけぇ獲物を一人で仕留めてよぉ。戦争で活躍したりして、王様に気に入られて、お姫様を嫁にもらって……へへ、貴族ってさ、やっぱり綺麗な妾や奴隷をたくさん侍らせてるんだろ──」
なんかいろいろと破綻してることを語っている。俺の隣でレミリアの視線の温度が急激に下がっていくのを感じた。店主が慌てた顔で遮ろうとしてくるが、俺はそれを手振りで止める。
「俺は、俺だけの成功を掴みたいんだ!」
「成功って?」
「誰もが羨む人生だ。俺には秘密がある……この料理を食べただろ。この世界には存在しない料理だ。俺の頭の中にはな、料理だけじゃねぇ、まだまだアイデアが溢れてるんだ」
その言葉に、やっぱりなと思う。
この少年は……。
「お前の噂も聞いてるよ。優秀な兄に隠れた、目立たない次男。いろいろ鬱憤も溜まってるはずだ。お前にも欲しいものはあるんだろう。ひっくり返したくないか。損はさせねぇぜ」
「ふーん」
「新進気鋭のクロムリード家。新しいものをバンバン生み出すお前の家に、俺の知識を掛け合わせれば最強さ。きっと役に立てるはずだ。なぁ、俺をお前の配下に加えてくれよ」
「いや、いらないけどさ」
俺は、面白い人が好きだ。
それは、特別な知識や能力などではない。持っているものが何も無くても、人より足りなくても構わない。
自分の好きなものや欲しいものがはっきりしていて、でもそれが簡単には手に入るとは限らなくて。葛藤して、人を羨んで、それでも諦めきれずに、懸命にもがいてる。見ているだけで心が熱くなる、そんな人が好きだ。
別に目の前の彼を嫌いなわけじゃないんだけど。
ただ、よく分からないんだよね。
「ドラルさん、だっけ」
「はい!」
「それで結局、あなたは何が欲しいんですか?」
彼は黙り込んだ。
んー……まぁ、人に迷惑をかけない範囲で自由に頑張ればいいと思うけど、少なくとも俺としては、今のところ一緒に何かをしたいとは感じないかなぁ。
俺は視線を店主と料理長に向け、顔を上げるように言った。
「幸い、連れに気分の悪くなった者はいませんから、大事にするつもりもありません」
「……ありがとうございます」
「ただ、相手が悪ければ、最悪は従業員含めて全員処刑されていますからね。貴族を相手取るって、そういうことです。本当に気をつけた方がいいですよ」
実際、貴族の機嫌を損ねた平民が打ち首になることなんて、ザラにある話だ。王都にいる間に何度も聞いた。
俺の言葉に、ようやく彼は事態を飲み込んだようで顔を青くしていた。これから親父さんに酷く叱られるんだろうなぁ。
部屋に戻った俺は、ドッと疲れてソファに座り込んだ。俺の横にはレミリアが座り、俺の腕を掴んで体を寄せてくる。
「あの人……何か秘密があるって言ってた」
「うん。たぶん、転生者なんじゃないかな」
「転生者?」
「他の世界で死んで、こっちで生まれた人」
あの料理には覚えがあったんだ。
たしか、地球本星の島国に昔から伝わる家庭料理、だったかと思う。俺も前世の義両親に何度か食べさせてもらった。懐かしかったけど、こっちの世界では斬新すぎるんじゃないかな。それに、プロの料理と比べると大味すぎる。
想像はしていたけど。やはりこの世界には俺の他にも転生者が暮らしているんだな。
これからも他の転生者に出会うことがあるのだろうか。
「もしかして……」
「うん?」
「リカルドも、転生者?」
「うん、そうだよ」
上手く説明できる自信がなかったから黙ってたけど、別に隠すつもりもない。多分、説明したところで何も変わらないんだろうし。
レミリアはなんだか俺の顔を覗き込んでいる。
「どうかした?」
「ううん……納得しただけ」
「そっか」
俺たちは大きくあくびをして立ち上がった。
風呂は部屋に備え付けだ。
時間短縮のため、俺とレミリアは一緒に風呂に入って体を洗い合った。その後一緒にベッドに入る俺達を見て、ナーゲスは「どう見ても夫婦じゃねぇか」と呟いていた。
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