未来人は魔法世界を楽しく魔改造する

まさかミケ猫

彼女はいいねと微笑んだ

 王都を出発して六日目。
 道は段々と狭くなり、猪車の揺れは激しくなる。しばらく険しい山道が続いた。そして、海沿いの町リビラーエまであと一日という距離まで来たところで、俺は猪車を止めてもらった。

「みんな、着いたよ」

 野営のための小さな広場。
 あたりには木々が生い茂っていて、人の住んでいる気配はない。それに、この先にはリビラーエの町しかない。あの町は陸路より海路での交易がメインだから、この道の利用頻度も低い。
 案の定、他に立ち止まっている猪車はいなかった。

 俺は魔導書グリモワールに表示した地図と照らし合わせながら、場所を確認していく。地図の丘があれで、湖はその東だから……。

「リカルド……ここでいいの?」
「うん。ここだ。じゃあ始めようか──」

 俺はみんなの顔を見る。
 人族のレミリアと、鬼族のナーゲス。
 竜族のトリン、アリーグ、ニシュ。
 御者奴隷の二人。

「ここに、みんなで作ろう。新しいを」

 おぉ、と声を上げる。
 俺たちは早速作業に取り掛かった。


 冬の間に、父さんや兄さんと考えたのだ。
 例えばだ。自分が必死になって立ち上げて回してきた工房の経営に対して、突然赤の他人が口出しをするようになったら、どう思うだろう。さらにはそれが、なんの実績もないド素人だとしたら。
 やはり、いい気分はしないのではないかと。

 モリンシーさんの気持ちを考える。
 領地運営については、まさにそんな想いを彼にさせてしまっていたんだと思う。彼やその親族は、これまで必死にリビラーエの住民と関わって、いろんな調整ごとにも苦心してきたはずだ。
 それを、ポッと出の俺たちが好き勝手するべきじゃない。あの港町はこれまで通り、モリンシー家に任せることにしよう。俺たちはそう結論づけた。

『じゃ、領都は別に作ろっか』

 父さんと兄さんは目を丸くしていたけれど、俺のアイデアをもとにみんなで意見を出し合って冬の間に計画を立てることができた。
 二人とも王都で色々と忙しいから、先発隊としては俺が来ることになった。もちろん、虫を使って場所のあたりもつけたし、地形などを計測して計画は練ってある。


 レミリアが準備を終えた。
 彼女の背負うバックパックには大きな人工魔石が入っていて、左右の手に有線で接続されている。

 左手には魔導書グリモワール
 右手には命力増幅器マジックリング
 これが現在の彼女のフル装備だ。

 彼女は森に向かって真っ直ぐ立つと、凛とした声で魔導書に語りかけた。

「準備はいい? リリア」
『はい、マスター・レミリア』
「動物の退避は……」
『予定エリアは対処済みです』
「……増幅率を200に固定。目標出力命力は1200」
『命力測定中……75%……90%……今です』
「結界魔法【反射魔法壁】発動」

 彼女は右手を複雑に動かした。
 ボソボソと呪文をつぶやく。
 すると、巨大で四角い光の壁が出現した。

 手の動きに合わせ魔法壁も動く。
 この魔法壁は物理衝撃を反射する機能を持ち、発動者への反動もない。主に大規模な戦争時に使われるもので、通常は結界魔法使い十数人で発動する。重要な拠点を防衛するのに使われるものだ。

 彼女は指輪型の命力増幅器を介してこの魔法を行使しており、出力される力は桁違い。必要とされる命力は背中の大きな人工魔石が補い、細かい制御は左手に持った人工知能リリアがサポートしてくれていた。

「じゃあ、リカルド……道、作っとくね」
「うん、よろしく」

 レミリアは【反射魔法壁】を前方に展開し、北に向かってズンズン歩いていく。

 メキメキバキバキ。ズーン。
 草木は豪快に削り取られて瓦礫と化す。そして、余計なものが無くなった地面を、魔法壁で上から押さえつけることによって強力に踏み固めていく。

 メインの道路や中央広場、領主館周りの整地についてはレミリアにお願いすることにしたんだ。
 彼女の作業が図面通りに進むよう、人工知能リリアがサポートしてくれている。それに、魔物の襲撃に備えて護衛には竜族のアリーグがついている。今のところ大きな心配はないだろう。

「ナーゲスとニシュは、猪車をレミリアの道に引き入れたら、例の立入禁止の看板と車止めの設置をお願い。クロムリード家の紋が入ってるやつね。俺は少し先に行ってるから」

 さて、俺も行かなきゃ。
 俺は護衛のトリンと共に、レミリアの整地した場所を進んで行った。


 彼女が削り取った地面や草木。
 それらが一時的に積まれている場所まで来た。

 俺は魔導書グリモワールの裏表紙を開く。
 以前は外付けだった魔法陣ボードは、今回の改良版からここに内蔵されるようになっている。つまり、魔導書グリモワール一冊さえあれば、魔法陣を起動することが可能になったのだ。

「アルファ、例の魔法陣をお願い」
『はい、マスター』

 俺は土木が乱雑に積まれだ山に魔導書グリモワールを向ける。アルファに起動を依頼すると、内蔵された人工魔石により魔法陣が起動する。

 資材の山に小さなかたまりが一つ。
 白い煉瓦状のブロックだ。出来立てだからまだ温かい。パッと見は想定どおりだけど……。

「どうかな、アルファ」
『解析しています……はい、問題ありません』

 俺はホッと胸をなでおろす。
 ブロックを山に戻した。ここは終了、と。さて、次に行こう。


 俺は資材の山があるごとに、ブロックを一つずつ作っては進んで行く。
 作業は予定通り進んでいった。



 日が高くなり、昼が近づいた。
 レミリアの道は、小高い丘のふもとまで続いている。その終端で、水を飲んで座っているレミリアに歩み寄る。彼女はタオルで汗を吹きながら俺に手を振った。

「ナーゲスたちが着いたら、昼食にしよう」
「……うん、お腹空いた」

 レミリアの後ろには長いポールが一本。
 これは周囲の空気から命力をかき集める装置だ。彼女が背負う特大の人工魔石がそれに接続されている。午後の作業に向け、命力を補充しているのだろう。

 強い風が吹き抜ける。
 熱い身体を冷ましていく。
 俺はレミリアの隣に腰掛け、ゴロンと横になる。

「リカルド……そういえば……」
「ん?」
「領都の名前って、決まってるの?」
「あぁ。もう父さんたちと話し合って決めてるよ。住む人たちみんなが、安心して暮らせるような場所。みんなの日常を優しく守ってくれるような領都になってほしい。そんな願いを込めて──」

 俺はレミリアの横顔を見上げる。

「クロムリード領都マザーメイラ。母さんの名前だ」

 レミリアと目があった。
 彼女は、いいね、と微笑んだ。
 遠くに鳥の鳴き声が聞こえた。

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