魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります

八木山蒼

24話 依頼せし魔王

 ミネラルの村のはずれで、私は恩義ある相手と久しぶりの対面をしていた……ただし、鼻を塞いで。
「うぐ……す、すまぬがこのまま話させてもらうぞ。この臭いはちと耐え難い」
 無礼とはわかりつつも私は悪臭への不快感を隠さない、いや隠せなかった。そんな私を見てこの悪臭の発生源かつ私の恩人である牧場主の女性、マナミは苦笑していた。
「すまねぇなぁ、この村に来る前にうーっかりすっ転んでうちの動物たちのばば・・まともに浴びちまったんだぁ。ワイは慣れてるからええけども、他の人にゃ辛かろうなあ」
 ばば・・というのは何を差すのかはあえて言及しなかった。マナミの後ろにいる馬がぶるると鼻を鳴らしていた。
「こんな状態だはんで、村の中には入らないことにするだ」
「そ、それが賢明であろうな」
 いくらなんでも今のマナミがミネラルの村に入ればもはや襲撃と呼べる、特に料理屋であるオリヴィンに至ってはその日の営業をやめざるをえないだろう。結果、私たちは村のはずれで話しているのだった。
「どうだーシャイちゃん、村の暮らしは。そろそろ馴染んできたかぁ?」
「ま、マナミよ。私もできればお主とそういったことを話したかったのだが、今回ばかりは手短に用事を済まさせてはくれぬか」
「あー、そりゃそうかぁ。そんじゃ用件を聞くだよ」
 マナミは小規模な牧場を経営する傍ら、馬を扱えることからこのミネラルの村への物資の輸送・販売も請け負っている。およそ月に一度のマナミの来訪は村の貴重な補給源なのだ。
 ただ今回ミネラルの村に訪れたのはその仕事とは関係なくマナミ自身がミネラルの村周辺にある植物を採取するためらしく、ついでに私の様子を見ようと村に立ち寄ったらしい。どの道今のマナミでは物品の輸送などしては惨事になろうが。
「しっかしシャイちゃんから注文とはなー、何が欲しいんだ?」
「ああ、『夢見の粉袋』『エキソサ糸』『ライデンの魔法草』が欲しい。できれば『ジェド・マロースの麻袋』もあれば尚よい」
「あれま」
 私の注文にマナミは驚いた顔を見せた。当然だろう、私が注文したのはどれも特殊なマジック・アイテムだったのだから。
「まーた変わったもん欲しがるなー、本で見たりしたんか? あんましおもちゃにしていいもんでねーぞ」
 私をただの子供と思っているマナミのこの反応も当然だろう。しかし名前を聞いただけでその全てを把握できた辺り、抜けているように見えてもさすがに商人といったところか。
「よい、扱いはわかっておる。なにせ私の姉たるエルフのニコルが今村にいるのでな、むしろそ奴の注文だ」
「こりゃまたたまげた、エルフかー! なるほどなぁ」
 エルフの名を聞いてうんうんと頷いた後、マナミは微笑んだ。
「よぉしわかった、任せなせ。注文されたもんはちゃーんと届けるしてなぁ」
「恩に着る。次に村に来れるのはいつだ?」
「今月の配達がまだだから、その時ついでに持ってきてやるだよー。だいたい5日後ってとこかなぁ」
「5日か……」
 ちと遅いな、と思ったが、貴重なマジックアイテムの調達なのだから急かすわけにもいかない。しかしニコルの奴め、何が7日で物品を揃えられるだ……エルフの基準で語りおって。
 辺境の平穏もそれゆえの不便も愛している私だが、この時ばかりは歯がゆく思った。
「あいわかった、それで頼む。報酬はそれに相応しいものを用意しよう」
「なーもなーもシャイちゃんの頼みならタダでもええくらいだーよ、ほどほどになぁ。んじゃ、そろそろワイは行くわ」
 マナミは留めてあった馬の手綱をとり、ひらりと馬にまたがった。さすがに手慣れている。
「5日後、絶対に持ってくるして、楽しみに待っててなぁ。村での話もその時に聞かせてもらうわぁ。へばなー」
「ああ、また会おう」
 軽く挨拶をかわし、マナミは森の方へと駆けていった。私はその背を少しの危惧をもって見送る。
 ……魔界の生物と遭遇しなければよいのだが。
 一応村の周辺一帯には私とニコルが常に魔力の警戒網を敷いているが、万が一ということもある。未だ空間以上が解消されていない以上、祈るほかない。
 5日後、魔力除去に必要な品が揃う。それで全て終わればよいのだが……
 まあ、今は焦っても仕方がない。来たる日まで警戒を怠らないようにしつつ待つのみだ。そろそろ仕事に戻らねばならない、私は村へと歩き出した。
 ……私の服にはわずかにマナミの臭いが移ってしまっており、結局その日は料理屋オリヴィンに戻ることはなかったのだが。
 ミネラルの村の遠く遠く。
 そこは花畑。色とりどりの花が咲き誇る野原にはそよ風流れ、小川せせらぎ、蝶々が舞い、穏やかな陽気が辺りを包む。
 そのど真ん中にいた、あまりにも平穏には似つかわしくない、巨大な影。
 魔界よりの歪みから零れ落ちた――邪悪な胎動。
「……あらー」
 資材を求め、森の奥まで進んでしまったマナミはその巨体と対峙した。
 平穏の中、秘された鋭い眼が、獲物を見据え、そして――

「魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

  • ミツキ

    続きが楽しみです(*^ω^*)

    0
コメントを書く