魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります
22話 逃走されし魔王
料理屋オリヴィンにて。
「はいよホットサンド、シャイちゃんお願いね」
「うむ、承知した」
スピネルがカウンターに置いた皿を受け取り私は客へ運んだ。するとその客……ルチルはひどく恐縮する。
「あああああ、せ、先生を働かせてしまうとは! す、すみません」
「お主が客で私が店員なのだから当然だろう……いいから注文のホットサンドだ」
「は、はいっ!」
トマト、レタス、チーズをパンで挟みカリッと焼き上げたスピネル自慢のホットサンドを受け取るルチル。飲み物はカフェオレだった。
そしてそれを微笑ましく、それでいて獲物を狙うように見つめるのはサニ。
「ルチルちゃんのそれも美味しそうね~、一口貰っていい?」
「さ、サニの一口はでかいからダメっ!」
「ちぇー」
食いしん坊のサニのことをルチルはよく知っているのだろう、慌てて皿を隠した。なおも羨まし気に皿を見つめるサニにスピネルが「よかったらあんたの分も作るよ」と勧め、サニはパッと笑顔になった。ルチルといいサニといい、なんだかんだわかりやすいコンビである。
「しかしお主らは昔馴染みとは聞いていたが、揃って来るのは初めてではないか?」
ふと気になって問いかけると、サニは(先に配膳した大盛りパスタを頬張りながら)微笑んで言った。
「そうなのよ、ルチルちゃんは滅多に部屋から出たがらないから。でも、できるだけシャイさんのそばにいたいみたいで、私といっしょならってなんとかオリヴィンに来たのよね」
「さ、サニ! 余計なことを言うなっ」
ルチルに怒鳴られたサニはきゃー、と棒読みで身を仰け反らせる。ふむ、と私は気付いたのだが、両者とも互いに対してだけ他者と態度が違うのだ。
いつも丁寧でおっとりしているサニは、ルチルにだけは砕けた風に。
いつも怯えているルチルは、サニにだけは強気だ。
「ルチルよ、お主、サニにそれだけ強い態度になれるのならば、他の者に対してもできるのではないか?」
「え、えぇっ!?」
試しに聞いてみたが、ルチルはおおげさに驚いた。
「さ、サニはその、昔からの付き合いで、遠慮しなくていいから……こいつには何度も何度も食べものとられてるし……」
「そ、それは言いっこなしでしょルチルちゃん! 小さい頃の話なんだから」
「今も現在進行形で更新中だろーが! どさくさに紛れて私の皿に手を伸ばすな」
ルチルはサニの手をはたき、慌ててサニは手を引っ込めた。気の置けない仲とはこういうのを言うのだろう。
とその時、私はふいにぽんぽんと肩を叩かれた。なんだろうと振り向くと……ふに、と、レアの指が私の頬に突き刺さった。
「ふふふ。引っかかりましたね」
レアが満足げに笑っている。実にかわいらしい悪戯だがレアは普段こういうことはしない、なぜ唐突に……さてはルチルとサニを見て、そういった関係に羨ましくなったのか?
「かわいいですよシャイさん、とても。ふふふふふ」
レアは私を見ていつも以上に含みのある笑みを浮かべていた。私が魔王と知っているレアが言う「かわいい」はかつて以上のパワーがあり、私は頬が赤くなるのを自覚し、「うるさいっ」と慌てて視線を戻した。
「で、だ、ルチルよ……」
ルチルの話に戻ろうとしたが、いつの間にかこっちを見ていたルチルとバッチリ目が合って一瞬ドキりとする(ルチルは極端に目付きが悪いというのもある)。
「かわいい……」
ルチルは思わずと言った感じで呟き、ハッと我に返ると慌てて首を振った。
「な、なんでしょうか先生!?」
……いかん、レアやニコルのが伝染しておる。これは対処せねばならないのでは? まあ、いい。
「オホン、とにかくだ。サニに対し強い態度に出られるのならば、その気になればその臆病を克服できるはずだ。試しに私を練習台にしてみるがいい」
「え、せ、先生をですか!?」
「うむ、サニに言うように、シャイ、と呼び捨てにしてみろ。私もその方がいい」
どうも先生先生と呼ばれるのはむず痒くていけない、サニに対し呼び捨てならば私にだってしてもいいだろう。私は胸を張ってルチルを待った。
「せ、先生がおっしゃるならば……! で、で、では……」
ただ名前を呼ぶだけだというのにルチルはやおら立ち上がり、なぜか服装を整える。そして私をじっと見て、恐る恐る口を開いた。
「しゃ……しゃ……しゃ……!」
が、そこまでして。
「や、やっぱり無理ですぅ~~~~~っ!」
ルチルは私以上に顔を真っ赤にして目をぐるぐる泳がせると、いきなりオリヴィンから飛び出し逃げていってしまった。あとに残された私はぽかんとしながらそれを見送った。
名前を呼ぶだけで逃げるか普通。というか「しゃ」ってほぼ私の名前を半分は言っておるではないか、あと「い」だけだぞ。そうして呆れていると。
「うふふふ、やっぱりルチルちゃんにはまだまだ難しいかもしれないわね」
残されたサニはというとすでにルチルの残したホットサンドをもぐもぐとしていた。ちなみにパスタは完食していた。
「うーむ、しかしお主には悪くない態度をとれるのだから、名前を呼ぶくらいはできても……」
私がそう首をひねると、
「今回はね、名前がよくなかったかもしれないわね」
と訳知り顔でサニが頷く。名前? と問うと、サニはホットサンドを飲み込んでから、渾身のしたり顔でこう言った。
「だってルチルちゃん、とってもシャイだから!」
……しばし、沈黙が店内を包んだ。
首を傾げる私。半目のレア。知らんぷりのルカ。苦笑いのスピネル。そしてサニしたり顔からだんだんと顔を赤くしていく。
私はサニの言った言葉の意味を考え、やがて会心しポンと手を打った。
「なるほど、私の名前と内気であることを差す言葉の『シャイ』をかけて言ったのだな! つまりはジョークか! 名前がよくなかったというのもそういうことか、なるほど私の名前とルチルの性質をうまくかけておるな」
気持ちよく納得できた私は頷く、ジョークとして面白いかどうかは私にはよくわからぬが、きちんと論理的に筋道立っているではないか。サニは天然と言われるがなかなかどうして……
と思っていたが、なぜか私が喋るごとにサニの赤面はいっそうひどくなり、やがてサニは顔を両手で覆った。
「違うの、魔が差しただけなの! 思いついちゃって言いたくなっちゃったのぉ! し、失礼しましたぁ~っ!」
サニは先程のルチルを踏襲するようにさっさと逃げ出してしまった。綺麗に料理は平らげていったが。
「あ、お代……まあいっか、どうせ後で来るだろうしね。シャイちゃん、ホットサンド食べる? レアも」
「いただこう」
「いただきます」
苦笑するスピネルからサニが食べるはずだったホットサンドを貰い、私たちは仲良く休憩した。平穏なオリヴィンの昼だった。
「はいよホットサンド、シャイちゃんお願いね」
「うむ、承知した」
スピネルがカウンターに置いた皿を受け取り私は客へ運んだ。するとその客……ルチルはひどく恐縮する。
「あああああ、せ、先生を働かせてしまうとは! す、すみません」
「お主が客で私が店員なのだから当然だろう……いいから注文のホットサンドだ」
「は、はいっ!」
トマト、レタス、チーズをパンで挟みカリッと焼き上げたスピネル自慢のホットサンドを受け取るルチル。飲み物はカフェオレだった。
そしてそれを微笑ましく、それでいて獲物を狙うように見つめるのはサニ。
「ルチルちゃんのそれも美味しそうね~、一口貰っていい?」
「さ、サニの一口はでかいからダメっ!」
「ちぇー」
食いしん坊のサニのことをルチルはよく知っているのだろう、慌てて皿を隠した。なおも羨まし気に皿を見つめるサニにスピネルが「よかったらあんたの分も作るよ」と勧め、サニはパッと笑顔になった。ルチルといいサニといい、なんだかんだわかりやすいコンビである。
「しかしお主らは昔馴染みとは聞いていたが、揃って来るのは初めてではないか?」
ふと気になって問いかけると、サニは(先に配膳した大盛りパスタを頬張りながら)微笑んで言った。
「そうなのよ、ルチルちゃんは滅多に部屋から出たがらないから。でも、できるだけシャイさんのそばにいたいみたいで、私といっしょならってなんとかオリヴィンに来たのよね」
「さ、サニ! 余計なことを言うなっ」
ルチルに怒鳴られたサニはきゃー、と棒読みで身を仰け反らせる。ふむ、と私は気付いたのだが、両者とも互いに対してだけ他者と態度が違うのだ。
いつも丁寧でおっとりしているサニは、ルチルにだけは砕けた風に。
いつも怯えているルチルは、サニにだけは強気だ。
「ルチルよ、お主、サニにそれだけ強い態度になれるのならば、他の者に対してもできるのではないか?」
「え、えぇっ!?」
試しに聞いてみたが、ルチルはおおげさに驚いた。
「さ、サニはその、昔からの付き合いで、遠慮しなくていいから……こいつには何度も何度も食べものとられてるし……」
「そ、それは言いっこなしでしょルチルちゃん! 小さい頃の話なんだから」
「今も現在進行形で更新中だろーが! どさくさに紛れて私の皿に手を伸ばすな」
ルチルはサニの手をはたき、慌ててサニは手を引っ込めた。気の置けない仲とはこういうのを言うのだろう。
とその時、私はふいにぽんぽんと肩を叩かれた。なんだろうと振り向くと……ふに、と、レアの指が私の頬に突き刺さった。
「ふふふ。引っかかりましたね」
レアが満足げに笑っている。実にかわいらしい悪戯だがレアは普段こういうことはしない、なぜ唐突に……さてはルチルとサニを見て、そういった関係に羨ましくなったのか?
「かわいいですよシャイさん、とても。ふふふふふ」
レアは私を見ていつも以上に含みのある笑みを浮かべていた。私が魔王と知っているレアが言う「かわいい」はかつて以上のパワーがあり、私は頬が赤くなるのを自覚し、「うるさいっ」と慌てて視線を戻した。
「で、だ、ルチルよ……」
ルチルの話に戻ろうとしたが、いつの間にかこっちを見ていたルチルとバッチリ目が合って一瞬ドキりとする(ルチルは極端に目付きが悪いというのもある)。
「かわいい……」
ルチルは思わずと言った感じで呟き、ハッと我に返ると慌てて首を振った。
「な、なんでしょうか先生!?」
……いかん、レアやニコルのが伝染しておる。これは対処せねばならないのでは? まあ、いい。
「オホン、とにかくだ。サニに対し強い態度に出られるのならば、その気になればその臆病を克服できるはずだ。試しに私を練習台にしてみるがいい」
「え、せ、先生をですか!?」
「うむ、サニに言うように、シャイ、と呼び捨てにしてみろ。私もその方がいい」
どうも先生先生と呼ばれるのはむず痒くていけない、サニに対し呼び捨てならば私にだってしてもいいだろう。私は胸を張ってルチルを待った。
「せ、先生がおっしゃるならば……! で、で、では……」
ただ名前を呼ぶだけだというのにルチルはやおら立ち上がり、なぜか服装を整える。そして私をじっと見て、恐る恐る口を開いた。
「しゃ……しゃ……しゃ……!」
が、そこまでして。
「や、やっぱり無理ですぅ~~~~~っ!」
ルチルは私以上に顔を真っ赤にして目をぐるぐる泳がせると、いきなりオリヴィンから飛び出し逃げていってしまった。あとに残された私はぽかんとしながらそれを見送った。
名前を呼ぶだけで逃げるか普通。というか「しゃ」ってほぼ私の名前を半分は言っておるではないか、あと「い」だけだぞ。そうして呆れていると。
「うふふふ、やっぱりルチルちゃんにはまだまだ難しいかもしれないわね」
残されたサニはというとすでにルチルの残したホットサンドをもぐもぐとしていた。ちなみにパスタは完食していた。
「うーむ、しかしお主には悪くない態度をとれるのだから、名前を呼ぶくらいはできても……」
私がそう首をひねると、
「今回はね、名前がよくなかったかもしれないわね」
と訳知り顔でサニが頷く。名前? と問うと、サニはホットサンドを飲み込んでから、渾身のしたり顔でこう言った。
「だってルチルちゃん、とってもシャイだから!」
……しばし、沈黙が店内を包んだ。
首を傾げる私。半目のレア。知らんぷりのルカ。苦笑いのスピネル。そしてサニしたり顔からだんだんと顔を赤くしていく。
私はサニの言った言葉の意味を考え、やがて会心しポンと手を打った。
「なるほど、私の名前と内気であることを差す言葉の『シャイ』をかけて言ったのだな! つまりはジョークか! 名前がよくなかったというのもそういうことか、なるほど私の名前とルチルの性質をうまくかけておるな」
気持ちよく納得できた私は頷く、ジョークとして面白いかどうかは私にはよくわからぬが、きちんと論理的に筋道立っているではないか。サニは天然と言われるがなかなかどうして……
と思っていたが、なぜか私が喋るごとにサニの赤面はいっそうひどくなり、やがてサニは顔を両手で覆った。
「違うの、魔が差しただけなの! 思いついちゃって言いたくなっちゃったのぉ! し、失礼しましたぁ~っ!」
サニは先程のルチルを踏襲するようにさっさと逃げ出してしまった。綺麗に料理は平らげていったが。
「あ、お代……まあいっか、どうせ後で来るだろうしね。シャイちゃん、ホットサンド食べる? レアも」
「いただこう」
「いただきます」
苦笑するスピネルからサニが食べるはずだったホットサンドを貰い、私たちは仲良く休憩した。平穏なオリヴィンの昼だった。
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