魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります
21話 受け容れられし魔王
ある日の夜のこと。
私が自室の就寝の支度をしていると、ふいに部屋のドアが開けられた。こんな時間になんだろうと振り返ると、レアが立っていた。
「シャイさん……」
レアは枕をぎゅっと抱きしめて、上目遣いにこちらを見ていた。なにかこう、胸にぐっとくるのを感じた。
「今夜は……いっしょに寝ても、いいですか?」
レアは小首をかしげて尋ねる。レアにそのような仕草で頼まれては、私としては応えてやらねばなるまい。
「おお、よいともよいとも。久しぶりだな共に寝るのは、さ、こちらへ来るがよい」
私はごく軽い気持ちでレアを招き入れた。レアと同じ布団で寝るのは恥ずかしくもあったが楽しくもある、たまにならば拒む理由もない。
なぜレアが急にいっしょに寝ようなどと持ち掛けたのは気になったが、おおかた日中に怖い話でも聞いたか昨晩嫌な夢でも見たかだろう、ならば震えるレアを胸の中で慰めてやるもまた一興。
ただ何かあった場合にこっそりと抜け出しにくいというのは難点だが……まあどうにかなるだろう、いざとなればどうとでも言い訳は効く。
なにより私はレアとまた就寝を共にするということに浮足立ってしまい、細かいことは考えていないのだった。
互いに布団をかぶり、枕元の灯を消す。室内は真っ暗になった。
小さなベッドの中、すぐ前にレアの顔。互いの息遣いすら感じるほどの近距離だ。慣れない頃はそれだけでどぎまぎとしてしまったが、今では十分に安心していられる。
「シャイさん。実は私、シャイさんに話したいことがあるんです」
唐突にレアが切り出した、暗いので表情は見えない。まあきっといっしょに寝ようと言い出した理由についてだろう、さあ話すがいい、怖いのなら頭を撫でて……
「シャイさんが魔王だっていうことを、私、知ってます」
……は?
レアがあっさりと紡いだ言葉に私は硬直した。き、聞き間違いだろうか、魔王、マオウ……き、きっと音が近い別の語に違いない、そのはずだ……
「遠くの音を聞く道具で、聞いちゃったんです。シャイさんとニコルさんのお話を。本当の名前はシャイターン、その体は魔女って人の体で、魔法でマカイという場所からここに来た……違いますか」
やや震えがちに、それでいてしっかりと述べられたレアの言葉を私は咀嚼した。
どうやら本当に……全て、バレているようだ。
私は深く息を吸い、吐いた。動揺は大きかったが、魔王としての意識を目覚めさせ、冷静な思考を呼び覚ます。
「そうか……知ってしまったか」
思えば迂闊だった、誰かに聞き耳を立てられることくらい想定しておくべきだった。それがレアだったのは幸か不幸か……
運命の時は、唐突に訪れた。
暗闇のベッドの中、だんだんと目が慣れてくる。レアはじっと私を見つめていた。魔王と同じベッドの中で見つめ合うという状況を彼女はどう感じているのだろう、と想像し、私は苦笑した。
「いかにもそうだ、私は魔王。元だがな。かつての名はシャイターン、今なお常人とは比べ物にならんくらいの魔力を持っている。全て、お前が聞いた通りだ」
ニコルとの話を聞いてしまったのならばもはやごまかしは無用だ。こうなれば私にはもうどうしようもない。
正直に話すだけだ、信じてくれるかどうかは知らぬが。
「私は魔王だが……平穏を望んでいた。血も、争いも、いらない。私はただ、仲間と笑い、程よく働き、卓を囲み、安らかに眠る、そんな平穏を……今のような生活が、私の望みだ」
だんだんと胸が高鳴るのを感じた。この感情は何だろう、不安定で、脆くて、今すぐにでもこの場から逃げ出したくなるような、この嫌な感情は……
ああ、そうか。
これは、恐怖か。
レアに嫌われるかもしれない、ということを想像しての……恐怖。それは魔王たる私が、生まれて初めて知る感情。
私はまた、息を吐く。そして慎重に言葉を選び、言った。
「お主らとの日々は偽りではない。私は本当に、レアやスピネルにルカ、マイカ、サニ、ルチル、ポル、クル、この村の全ての者が……大切な友であり家族であると、思っている。それは……信じてほしい」
これでもう私が言うべきことは言った。
全ては、レアの心づもり次第だ。
レアがそれでも私を家族として認めてくれるならばよし、逆に魔王として忌み嫌うのならば……ニコルと共に黙って消えるのみ。無論、ミネラルの村に残った問題は解決してからだが……
私は静かに目を閉じてレアの言葉を待った。目を閉じたのは、おそらくだが、怖かったからだと思う。レアを見るのが、レアがどんな顔をして私を見ているのかを知るのが……
わずかだが、震えていた。この村を離れることを思うと、皆に嫌われてしまうかもしれないと思うと。
さあレアがなんというか。私は静かに言葉を待っていた……だが。
ふいに、優しい感触が私を包んだ。
思わず目を開く。見ればレアは私の胸に頬をすりつけるようにして、寝たまま私に抱き着いていた。
「わかってます。シャイさんは……シャイさんです。これまでいっしょに暮らしてきたんです、シャイさんのこと、疑ったりするわけがないです」
レアは抱きついたまま私の顔を見上げ、柔らかに微笑んだ。
「話したのは、シャイさんに、私を信じてもらいたかったからです。私は、シャイさんが前まで何だとしても、シャイさんのことが、好きですから」
その、レアの笑顔を見た時。レアの言葉を聞いた時。
私は知らない間に、涙を零していた。
「そう、か……私の正体を知ってなお、そう言ってくれるか。ありがとうレア、本当に、ありがとう……」
レアの体を固く抱き返す。恐怖から解放された安堵感が体を満たす。幸福な気持ちは、胸いっぱいに広がっていた。
「これからもよろしくお願いしますね、シャイさん」
「ああ、ああ。ありがとうレア、こちらこそ……よろしく頼む」
私は涙を流しながらまたレアの体を抱き寄せる。静まり返った夜の静寂の中、私たちは長く長く抱擁していた……
「……で、それはそれとして」
てっきりこのまま終わるかと思った時。
唐突にレアは声のトーンを変えて、たまに見せる悪戯っぽい笑みを見せた。ん? この流れでなんだその顔は? と疑問に思っていると。
「シャイさんが魔王ってこと、他の人に話されたくないですよね。話されたくなければ、私の要求を呑むことです」
まさかの脅迫。思わず目を丸くした。どう考えても感動の流れだったろう、ここで脅迫などするかこ奴。魔王を脅迫するなど聞いたことがないぞ。
「れ、レアよ。たしかに話されたくないのは事実だが、さすがに脅迫っていうのはちと……」
私が抗議しようとすると、レアはぷくーっと頬を膨らませていった。
「私、実は怒ってるんですよ。シャイさんがずっと本当のことを黙ってたの。事情的に仕方ないとはいえ、シャイさんにずーっと大事なことを秘密にされてたのってけっこうショックだったんですからね」
ふくれっ面もかわいいな……とほざいている状況ではなさそうだ。
「そ、それはすまなかったな」
「そうですよ、しかもニコルさんだけ秘密を共有してるなんて……許せません。許せませんから、言うこと聞いてもらいます」
どうやらここはレアの言うことを聞くしかなさそうだ。しかしなぜここでニコルを引き合いに出すのだろうか? と疑問に思ったが、レアの様子を見てなんとなく口には出さないでおいた。
「まず、魔法のこととかマカイのこととか、ニコルさんと共有してる秘密をぜんぶ話してもらいます。あと当分はいっしょに寝ることです。まずはそれだけでいいです」
「まずは、と来たか……」
「当然です、これは罰なんですからねっ」
そんなかわいい顔で脅迫されては仕方ない、ここはおとなしく従うとしよう。秘密を話す云々はともかくいっしょに寝るのは私とてやぶさかではないし。
「ふふふ、これでニコルさんに遅れはとりません。シャイさん、好きですよ。ふふふ、ふふふ……」
「れ、レア? お主、なにやらよからぬ感情に囚われてはいまいか?」
「さあなんのことやら。とりあえず今晩シャイさんは私の抱き枕です」
「ほ、ほどほどにな……」
結局、私にはレアが何を考えているのかよくわからないままにその晩の話は終わった。
レアにありのままの私を受け入れてもらって……よくも悪くも、私とレアの新たな関係性が始まるのだった。
私が自室の就寝の支度をしていると、ふいに部屋のドアが開けられた。こんな時間になんだろうと振り返ると、レアが立っていた。
「シャイさん……」
レアは枕をぎゅっと抱きしめて、上目遣いにこちらを見ていた。なにかこう、胸にぐっとくるのを感じた。
「今夜は……いっしょに寝ても、いいですか?」
レアは小首をかしげて尋ねる。レアにそのような仕草で頼まれては、私としては応えてやらねばなるまい。
「おお、よいともよいとも。久しぶりだな共に寝るのは、さ、こちらへ来るがよい」
私はごく軽い気持ちでレアを招き入れた。レアと同じ布団で寝るのは恥ずかしくもあったが楽しくもある、たまにならば拒む理由もない。
なぜレアが急にいっしょに寝ようなどと持ち掛けたのは気になったが、おおかた日中に怖い話でも聞いたか昨晩嫌な夢でも見たかだろう、ならば震えるレアを胸の中で慰めてやるもまた一興。
ただ何かあった場合にこっそりと抜け出しにくいというのは難点だが……まあどうにかなるだろう、いざとなればどうとでも言い訳は効く。
なにより私はレアとまた就寝を共にするということに浮足立ってしまい、細かいことは考えていないのだった。
互いに布団をかぶり、枕元の灯を消す。室内は真っ暗になった。
小さなベッドの中、すぐ前にレアの顔。互いの息遣いすら感じるほどの近距離だ。慣れない頃はそれだけでどぎまぎとしてしまったが、今では十分に安心していられる。
「シャイさん。実は私、シャイさんに話したいことがあるんです」
唐突にレアが切り出した、暗いので表情は見えない。まあきっといっしょに寝ようと言い出した理由についてだろう、さあ話すがいい、怖いのなら頭を撫でて……
「シャイさんが魔王だっていうことを、私、知ってます」
……は?
レアがあっさりと紡いだ言葉に私は硬直した。き、聞き間違いだろうか、魔王、マオウ……き、きっと音が近い別の語に違いない、そのはずだ……
「遠くの音を聞く道具で、聞いちゃったんです。シャイさんとニコルさんのお話を。本当の名前はシャイターン、その体は魔女って人の体で、魔法でマカイという場所からここに来た……違いますか」
やや震えがちに、それでいてしっかりと述べられたレアの言葉を私は咀嚼した。
どうやら本当に……全て、バレているようだ。
私は深く息を吸い、吐いた。動揺は大きかったが、魔王としての意識を目覚めさせ、冷静な思考を呼び覚ます。
「そうか……知ってしまったか」
思えば迂闊だった、誰かに聞き耳を立てられることくらい想定しておくべきだった。それがレアだったのは幸か不幸か……
運命の時は、唐突に訪れた。
暗闇のベッドの中、だんだんと目が慣れてくる。レアはじっと私を見つめていた。魔王と同じベッドの中で見つめ合うという状況を彼女はどう感じているのだろう、と想像し、私は苦笑した。
「いかにもそうだ、私は魔王。元だがな。かつての名はシャイターン、今なお常人とは比べ物にならんくらいの魔力を持っている。全て、お前が聞いた通りだ」
ニコルとの話を聞いてしまったのならばもはやごまかしは無用だ。こうなれば私にはもうどうしようもない。
正直に話すだけだ、信じてくれるかどうかは知らぬが。
「私は魔王だが……平穏を望んでいた。血も、争いも、いらない。私はただ、仲間と笑い、程よく働き、卓を囲み、安らかに眠る、そんな平穏を……今のような生活が、私の望みだ」
だんだんと胸が高鳴るのを感じた。この感情は何だろう、不安定で、脆くて、今すぐにでもこの場から逃げ出したくなるような、この嫌な感情は……
ああ、そうか。
これは、恐怖か。
レアに嫌われるかもしれない、ということを想像しての……恐怖。それは魔王たる私が、生まれて初めて知る感情。
私はまた、息を吐く。そして慎重に言葉を選び、言った。
「お主らとの日々は偽りではない。私は本当に、レアやスピネルにルカ、マイカ、サニ、ルチル、ポル、クル、この村の全ての者が……大切な友であり家族であると、思っている。それは……信じてほしい」
これでもう私が言うべきことは言った。
全ては、レアの心づもり次第だ。
レアがそれでも私を家族として認めてくれるならばよし、逆に魔王として忌み嫌うのならば……ニコルと共に黙って消えるのみ。無論、ミネラルの村に残った問題は解決してからだが……
私は静かに目を閉じてレアの言葉を待った。目を閉じたのは、おそらくだが、怖かったからだと思う。レアを見るのが、レアがどんな顔をして私を見ているのかを知るのが……
わずかだが、震えていた。この村を離れることを思うと、皆に嫌われてしまうかもしれないと思うと。
さあレアがなんというか。私は静かに言葉を待っていた……だが。
ふいに、優しい感触が私を包んだ。
思わず目を開く。見ればレアは私の胸に頬をすりつけるようにして、寝たまま私に抱き着いていた。
「わかってます。シャイさんは……シャイさんです。これまでいっしょに暮らしてきたんです、シャイさんのこと、疑ったりするわけがないです」
レアは抱きついたまま私の顔を見上げ、柔らかに微笑んだ。
「話したのは、シャイさんに、私を信じてもらいたかったからです。私は、シャイさんが前まで何だとしても、シャイさんのことが、好きですから」
その、レアの笑顔を見た時。レアの言葉を聞いた時。
私は知らない間に、涙を零していた。
「そう、か……私の正体を知ってなお、そう言ってくれるか。ありがとうレア、本当に、ありがとう……」
レアの体を固く抱き返す。恐怖から解放された安堵感が体を満たす。幸福な気持ちは、胸いっぱいに広がっていた。
「これからもよろしくお願いしますね、シャイさん」
「ああ、ああ。ありがとうレア、こちらこそ……よろしく頼む」
私は涙を流しながらまたレアの体を抱き寄せる。静まり返った夜の静寂の中、私たちは長く長く抱擁していた……
「……で、それはそれとして」
てっきりこのまま終わるかと思った時。
唐突にレアは声のトーンを変えて、たまに見せる悪戯っぽい笑みを見せた。ん? この流れでなんだその顔は? と疑問に思っていると。
「シャイさんが魔王ってこと、他の人に話されたくないですよね。話されたくなければ、私の要求を呑むことです」
まさかの脅迫。思わず目を丸くした。どう考えても感動の流れだったろう、ここで脅迫などするかこ奴。魔王を脅迫するなど聞いたことがないぞ。
「れ、レアよ。たしかに話されたくないのは事実だが、さすがに脅迫っていうのはちと……」
私が抗議しようとすると、レアはぷくーっと頬を膨らませていった。
「私、実は怒ってるんですよ。シャイさんがずっと本当のことを黙ってたの。事情的に仕方ないとはいえ、シャイさんにずーっと大事なことを秘密にされてたのってけっこうショックだったんですからね」
ふくれっ面もかわいいな……とほざいている状況ではなさそうだ。
「そ、それはすまなかったな」
「そうですよ、しかもニコルさんだけ秘密を共有してるなんて……許せません。許せませんから、言うこと聞いてもらいます」
どうやらここはレアの言うことを聞くしかなさそうだ。しかしなぜここでニコルを引き合いに出すのだろうか? と疑問に思ったが、レアの様子を見てなんとなく口には出さないでおいた。
「まず、魔法のこととかマカイのこととか、ニコルさんと共有してる秘密をぜんぶ話してもらいます。あと当分はいっしょに寝ることです。まずはそれだけでいいです」
「まずは、と来たか……」
「当然です、これは罰なんですからねっ」
そんなかわいい顔で脅迫されては仕方ない、ここはおとなしく従うとしよう。秘密を話す云々はともかくいっしょに寝るのは私とてやぶさかではないし。
「ふふふ、これでニコルさんに遅れはとりません。シャイさん、好きですよ。ふふふ、ふふふ……」
「れ、レア? お主、なにやらよからぬ感情に囚われてはいまいか?」
「さあなんのことやら。とりあえず今晩シャイさんは私の抱き枕です」
「ほ、ほどほどにな……」
結局、私にはレアが何を考えているのかよくわからないままにその晩の話は終わった。
レアにありのままの私を受け入れてもらって……よくも悪くも、私とレアの新たな関係性が始まるのだった。
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