魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります

八木山蒼

19話 慮りし魔王

 目の前にいたのは、巨人。

 月光に映える黒鉄の体。人に似た四肢を持ち、身の丈は人間の数倍。巨大な指は握りつぶすために、重厚な脚は踏みつぶすために。

 赤く輝く結晶質の瞳、横に裂けた口からは歪な摩擦音が漏れ出ている。

 魔力で動くその巨人の名はゴーレム、その中でも魔界の極限環境で精錬された魔法金属からなる最上位種。

 文字通りの地獄の業火で鍛え上げられた体はあらゆる魔法を無効化し、けして溶けず、そして血を吸う度に強くなる。

 それでいて体中に張り巡らせた魔術繊維の命令を忠実かつ確実にこなす、矛盾ゆえの強さを誇る最強のゴーレム。

『グ・ゴ・ゴ』

 ゴーレムは鈍い唸り声をあげる。次の瞬間、その巨大な拳が飛んできて地を抉った。

 私はすかさず飛び退いている。ついさっきまで私がいた地には巨大な穴が開いていた、あの拳をこの体で受ければ全身の骨が粉々だろう。

 もっとも、受けないのだが。

「凍えよ」

 私は冷気の魔法を撃ち放ち、ゴーレムの拳を地面ごと氷で覆った。魔法を弾く体だが、それ自体はただの水である氷で覆ってしまえばいいだけだ。
 だがゴーレムに動揺はない、片腕を封じられていてもすぐさま次の攻撃に移る。

『ゴッ』

 ゴーレムの目が輝き、赤い光線が私の頭を貫いた。
 しかしその時すでに私は透過魔法を使っている、光線などものの数ではない。そのままゴーレムの懐に飛び込んだ。

 高度な魔術耐性、頑強なボディ、そして圧倒的な出力を誇るこのゴーレムには一見弱点がないように見える。だが実はあるのだ、至極シンプルな弱点が。

「ふんっ!」

 私はゴーレムの両足を小さな手で掴んだ。瞬間、魔法により身体能力を極限まで高める。私の細腕に、このゴーレムの数倍を誇るパワーが乗せられた。
 こいつの弱点は、こいつを上回る圧倒的なパワー、それだけだ。もっともその弱点を突けるのは、この世で私くらいだろうが。

「どっせええーいっ!」

 そのまま私はゴーレムの両足を力任せに引き千切った。グゴッ、とゴーレムが呻きそのまま体を地に落とす。切断面から魔力が漏れている。

「ハッ!」

 私はそこに魔力を研ぎ澄ませた黒い雷、『魔王の雷』を放ち、ゴーレム体内の魔力そのものを攻撃した。それによりゴーレムの動作機能が崩壊し……やがて、ただの金属の塊となり停止した。

 ふん、でくの坊が。私は手を掃い、やや無理をして痛む腕に軽く治癒魔法をかけた。

「もうよいぞニコル、出てこい」

 声を掛けると近くの木に隠れていたニコルがすごすご出てきた。動かなくなったゴーレムにまだ怯えつつも、私を見て目を輝かせていた。

「さ、さすがです魔王様! こんなすごい相手をあっさり……」
「魔王と呼ぶな馬鹿者、これくらい私にかかれば簡単だ」
「あ、すみません。さすがねシャイちゃん、お姉ちゃん嬉しいっ」
「両極端なのだお前は……まあよい」

 ニコルをあしらいつつ私は空を見上げた。木々の向こうに満天の星空が広がっている。そこにあった空間の歪みはもう閉じられていた。

 ここはミネラルの村を囲む森林、時刻は深夜。私はまたもひっそりとオリヴィンを抜け出しここにやって来ていた。今回はニコルも連れて。

 というのも……魔界の存在がまた、このミネラルの村周辺に現れたのを感じたからだ。やはり、空間の歪みから。

 そう、空間の歪みは今なお出現している。魔界の生物を送り込んでくる。その度に私が駆除しているので今のところ実害はないし、村全体に私の力で結界を張り侵入されないようにもしているが、やはり原因を抑え解決しないことには私の心には不安がつきまとい、それは私が望む平穏とは違う。

 原因を突き止めねば……そう思い、私はニコルをつれてきたのだ。

「してどうだニコル、何かわかったか」
「あ、うん。だいたいわかったよ」

 ニコルは不安げながらも頷いた。こいつはアホで臆病だが臆病なあまりその転移魔法の技術は天才的な境地に達している、エルフという種族もあり特定の魔法には非常に詳しいのだ。

「教えろ、あの空間の歪みはなんなのだ。原因はなんだ? 悪しき魔術師がここを狙っておるのか? それとも……?」

 私が追及すると、ニコルはためらいがちに答えた。

「原因はたぶん、シャイちゃんだと思うよ」

 私? と思わず聞き返す。ニコルはなんでもないような顔でうんと頷いた。

「たしかシャイちゃん、魔王城からここまで転移魔法で来たんだよね? それも魔女さんの力も合わさって強引に……その時にかかった2人分のとんでもない魔力が一部暴走して、魔界とこの辺りの空間を歪めたんだと思う。今でもその残滓が残ってて、あちこちに空間の歪みを生んでいるんじゃないかな」

 なんと……私は言葉を失った。我が平穏を乱しミネラルの村を脅かす存在が、よもや己自身だとは。たしかにあの時は必死で細かいことに思案は至らなかったが、思えば私と魔女の魔力が合わさって転移魔法を使ったのならばそれは途轍もない影響力になるのも当然だろう。

「う、むむむ……なまじっか悪意ある他者が原因でないゆえに、元凶を断って終わりとはいかんな。どうすればよいか」

 私が悩んでいると、そうですね、とニコルは呟き、急に真剣なトーンで言った。

「要は空間に残留している転移魔法が原因なので……魔法除去が必要ですね。ただし規模が大きいのでそう簡単にはいきません、専用の道具が色々いると思います。揃えられないことはないと思うので、明日から早速準備を始めましょう。早ければ7日ほどで揃うと思います」

 あまりにもニコルらしくない理路整然とした語りに、私は思わずぽかんとしてしまった。敬語に戻っていることを咎める気もわかない。真剣な顔で問題の対処のために頭を回転させるニコルは、まるで人が変わってしまったようだった。

「ど、どうしたのだニコル、いつになく真面目ではないか。お前にそんな顔ができたとは……」
「ちょ、失礼ですよ魔王様! 私はいつだって真面目です!」

 ああ戻った、と私は安心した。ニコルのアホ面にはうんざりしていたつもりだったが、やはり見ると安心する。やはりニコルはこうでなくては。

「私だってたまには真剣に考えますよ! だってあんな魔界の魔物がわらわら湧いて来たら怖いじゃないですか! それに私の大事な魔王様が平穏を望まれてるんですから、私にはそれを全力で守る責務があるんですっ!」
「……なるほどな」

 ふんすと鼻を鳴らし胸を張るニコル。前半の理由はともかく、こいつはこいつなりに私を慕い尽くそうとしてくれているのだろう。その点は素直に労ってやらねばなるまい。

「あっ、今私に感謝してますね? そうでしょうそうでしょう! お姉ちゃんは見返りに添い寝一週間分を要求します」

 前言撤回、こいつの扱いはひどいくらいが丁度いい。すねに鋭いローキックを見舞ってやった。フハハハハ、地味に痛かろう。

 だがその時、ニコルはすねをヒーヒー言いながらこすりつつ、「それに」と続けた。

「私だって、戦ったり争ったりよりは、平和が大好きです。ミネラルの村の皆さんはいい人ですから……怖い目に遭わせたくありません。そこはきっと、魔王様と同じ気持ちですよ」

 そう言って、ニコルは私を見て微笑んだ。

 私は胸がドクンと鳴るのを感じた。

 考えてみればそうだ、こ奴はなまじ魔法に長けていたばかりに天才と祀り上げられて、そのために魔王との戦いを強いられ、私が相手でなければ危うく殺されるところだったのだ。

 その後も魔界にしばし住み、その殺伐とした環境は身に染みて知っている。

 彼女もまた、平凡な、平穏を望んでいる。そしてミネラルの村の皆を愛している。

 そう思った時、私は胸の中に奇妙な高ぶりを覚えたのだ。まるで、満たされない何かが、埋まったような。それは私にもよくわからない感情で、少し困惑していた。

「フ、フン、まあ今回はお前の力が役立ったからな、いずれにせよ褒美はやらねばなるまい。添い寝以外でな」
「え、ホントですか? じゃあ夜ベッドに侵入する権利を」
「同じだ馬鹿者、いいからそろそろ村に帰るぞ。またレアたちに気付かれては厄介だ」

 私はニコルを連れて歩き出した。後ろから慌ててニコルが近づいてくる。

 歩きつつ……私は密かに考えていた。

 今回は偶然の産物とはいえ、結果として私の存在がミネラルの村に危険を与えてしまった。

 これから先、今度こそは私を狙った危機に、ミネラルの村の皆を巻き込んでしまうかもしれない。それこそ魔女が私を始末しに来る、など……いくらでも想定はできる。

 私がいることで、ミネラルの村の皆に……レアたちに、被害が及ぶのならば。

 私は……

「……ジレンマだな」

 自嘲気味に呟く。この村を好いて、住民たちを愛するからこそ……離れねばならないとは。

 だが私はやはり、この村での平穏を守りたい。

 あくまでもそれは最終手段だ……だがその覚悟は、私の中で確かにあった。



「……で、ニコル。貴様は私の後ろで何をしておるのだ?」
「あ、い、いやその、お、お尻が小さくてかわいいなーっと思って……あ、あはは」
「フンッ!」
「ごへっ」

 真っ赤な顔をした私は、ためらいなくニコルの腹に拳をめり込ませるのだった。

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