魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります
18話 謀りし魔王
私はルチルとサニを引き連れて家を出た。
やってきたのはマイカの家の裏にある家庭農場。お目当ての人物は、マイカの家族に混じりせっせと働いていた。
「マイカさん、これって獄モロコシですか? 水どうします?」
「うんそー、うちは水やる方の農法だからふつーにやっといて。あーでもブロックチェリーの方は少な目でね」
「もちろんですよ! ああお母さん、ここの虹色豆って『赤取り』ですか? それとも『青取り』?」
「うちのは半々かなー、一部は『紫』でも出荷してるよ」
農家の作業服に身を包んだニコルはしっかりと農場に馴染んでいるようだった。私にはよくわからない農業用語をぺらぺら操りマイカたちと意思疎通しているのはさすが植物知識の豊富なエルフである。
その時、作業の途中のマイカが私たちに気付いた。
「ん? あっ、シャイたんじゃーん! サニぃにルチルンまで、どしたんー?」
笑顔で手を振るマイカ。サニは笑って手を振り返し、ルチルはサニの後ろに隠れた。後で聞いた話だが、ルチルは誰とでも笑顔で話し距離感も近いマイカが苦手らしい。
「えっ、シャイちゃん!?」
だがマイカの声に一番大きな反応を見せたのはニコルだった。即刻作業を中断すると私の方へ飛んできて、思いっきり抱き着いてきた。
「シャイちゃ~ん! お姉ちゃんに会いに来てくれたの? 嬉しい~!」
「ええい土だらけで抱きつくな!」
「ごふっ」
その腹に膝をお見舞いしてやった。そうでもせんとこっちがもたない、人前で抱きつくな、恥ずかしい。
「あら、そっちの人はもしかして……?」
サニはニコルに心当たりがあったようだ。狭い村だし噂で聞いていたのだろう、ルチルは首を傾げていたが。
「お主らはまだ会っていなかったか、こいつが私の姉、ニコルだ。ちと家庭環境が複雑でな、何かと奇妙な点はあると思うがあまり聞かないでくれると助かる」
「せ、先生のお姉さまッ!?」
突然ルチルが大声を上げたので私もサニもびっくりした。どうもルチルは口数少ない分、ひとりで感情を昂らせてから行動するために言動に脈絡がなく驚かされる。
「先生……? シャイちゃん、そこの人たちは?」
ニコルはルチルが私を先生と呼んだのを目ざとく嗅ぎつけた。こういうとこだけ頭の回る奴である。
「こっちは私の友人のサニとルチルだ。特に、ルチルをお前と合わせたくてな」
私がそう告げると、ニコルよりも先にルチルが「ふぇぇっ」と奇声を発して驚いた。どこから出した今の声。
「わ、私と、先生のお姉さまを……? な、なぜゆえ」
「似ておるからだ、お主とこいつがな」
「似ている……?」
うむ、と私は頷く。似ているのだ、ルチルとニコルは本当に。
「こ奴は度の越えた臆病者でな、エルフだというのに逃げるための魔法ばかりを鍛え、逃げる魔法だけは天才的な腕前になったほどだ。それゆえか、今ではかつてほどの臆病さは見せん」
ニコルの臆病さのほどは、逃げるためだけに鍛えた魔法が魔王たる私すら唸るほどの質だったことが雄弁に語る。
だが今のニコルは前ほど臆病にはならず、初対面のマイカともあっさり打ち解け合いこうしてミネラルの村で暮らせている。おそらくは『逃げる』技術の研鑽が奴に自信を与えているのだろう。
ニコルは私に褒められて嬉しそうに笑っていた。半分ほど罵倒に近かった気もするがな。
「ルチルよ、お主は言ったな、私のようになりたいと」
「は、はいっ! 先生みたいに、立派な人間になりたいんですっ!」
「ならば私の前にこ奴を見本にするがよい、その方がよかろう。ニコルよ、こ奴は私に憧れて臆病な自分を恥じているそうだ、お前と似通う部分があるだろう? 話してやれ」
「へー、なるほどなるほど……」
ニコルは何やら目を輝かせてルチルを見た後、マイカたちにことわりを入れて農作業を中断し、ルチルを連れて家の中に戻っていった。
「フハハハハ、これでよい」
私は思わず笑みをこぼす。想定通りうまくいった、ルチルは生来よりの強者である私よりも似たような臆病者であるニコルの方が気持ちがわかり師事するに相応しく思い、師事する対象を変えることだろう。
そうなればルチルに『先生』などとこそばゆく呼ばれることもない上、ニコルは農業とルチルの相手に気を取られうっとうしく私に絡むこともなくなる。魔界のことわざで言うところの『槍一突きで親子を殺す』、いわゆる一石二鳥に面倒な奴を片付けたわけだ。
我ながら智謀は衰えてないようだ。魔王たるもの力だけでなく頭も回ってこそだ、フハハハハ……
と1人悦にひたっていると、サニとマイカが何やら話していた。
「ニコルちゃんとルチルちゃんも仲良くなりそうだし、マイカちゃん、やっぱりあの話……」
「そ! あたしもそれ考えてた! 準備して、パーっとやろやろ~!」
私も2人のそばまで歩み寄り、「何を話しているのだ」と尋ねる。すると2人は笑って答えた。
「実はね、村の女の子たちで、シャイちゃんの歓迎会をやろうと思ってたの~!」
「女子会よジョシカイ! 女の子だけで集まってかんげーかい! ニコルも来てにぎやかになったし、オリヴィン貸し切って盛大にやろうって計画してたんだー」
歓迎会、実にいいではないか。私も自然と顔がほころんだ。
「それはありがたいな、していつやるのだ?」
「そうねえ、スピネルさんたちとも相談して決めないとね~」
「でもなるはやでやるっしょ! 楽しいことは早い方がいいって!」
時期は未定だが、やることは確定らしい。面倒事を片付けたこともあり、私はいずれ来たる歓迎会を想像し、期待で胸を膨らませるのだった。
――シャイが歓迎会にわくわくしていたその時、マイカの家の中では。
「私はやっぱり、目だと思います。くりくりでかわいい!」
「いえいえ、実は大事なのはあご、輪郭なんですよ。あの丸っこさが幼さを演出してですね……」
ニコルとルチルはシャイの思惑通りに打ち解け合いハイテンションで話していた。ただしその方向性は魔王の策謀とは大きく違っている。
「いやあしかし、シャイちゃんのことがこんなに好きな人がいてくれて嬉しいです! 私もシャイちゃん大好きですから!」
ニコルが目を輝かせて言うと、『シャイが好き』という理由だけでとっくに心を開いたルチルも同じような目をしてうんうんと頷いた。
「わ、私も、先生のお姉さま……いえ、ニコルさんとわかりあえて、嬉しいですっ! やっぱり先生は最高ですね!」
「ええ! シャイちゃんは私の大切な存在ですからっ!」
シャイの計算とは裏腹に、ルチルはニコルに師事するどころか、より一層シャイへの思いを強めて。
同士を得たニコルはさらに興奮した様子でシャイへの思いを語っていた。
2人はがっしりと手を握り合う。
「これからも2人でシャイちゃんを愛していきましょう!」
「ええ、もちろんです! よろしくお願いします、ニコルさんっ!」
よく似た2人は意気投合し、よく似たヤバい方向へと、さらなる進化を遂げていくことを、魔王はまだ知らないのだった。
やってきたのはマイカの家の裏にある家庭農場。お目当ての人物は、マイカの家族に混じりせっせと働いていた。
「マイカさん、これって獄モロコシですか? 水どうします?」
「うんそー、うちは水やる方の農法だからふつーにやっといて。あーでもブロックチェリーの方は少な目でね」
「もちろんですよ! ああお母さん、ここの虹色豆って『赤取り』ですか? それとも『青取り』?」
「うちのは半々かなー、一部は『紫』でも出荷してるよ」
農家の作業服に身を包んだニコルはしっかりと農場に馴染んでいるようだった。私にはよくわからない農業用語をぺらぺら操りマイカたちと意思疎通しているのはさすが植物知識の豊富なエルフである。
その時、作業の途中のマイカが私たちに気付いた。
「ん? あっ、シャイたんじゃーん! サニぃにルチルンまで、どしたんー?」
笑顔で手を振るマイカ。サニは笑って手を振り返し、ルチルはサニの後ろに隠れた。後で聞いた話だが、ルチルは誰とでも笑顔で話し距離感も近いマイカが苦手らしい。
「えっ、シャイちゃん!?」
だがマイカの声に一番大きな反応を見せたのはニコルだった。即刻作業を中断すると私の方へ飛んできて、思いっきり抱き着いてきた。
「シャイちゃ~ん! お姉ちゃんに会いに来てくれたの? 嬉しい~!」
「ええい土だらけで抱きつくな!」
「ごふっ」
その腹に膝をお見舞いしてやった。そうでもせんとこっちがもたない、人前で抱きつくな、恥ずかしい。
「あら、そっちの人はもしかして……?」
サニはニコルに心当たりがあったようだ。狭い村だし噂で聞いていたのだろう、ルチルは首を傾げていたが。
「お主らはまだ会っていなかったか、こいつが私の姉、ニコルだ。ちと家庭環境が複雑でな、何かと奇妙な点はあると思うがあまり聞かないでくれると助かる」
「せ、先生のお姉さまッ!?」
突然ルチルが大声を上げたので私もサニもびっくりした。どうもルチルは口数少ない分、ひとりで感情を昂らせてから行動するために言動に脈絡がなく驚かされる。
「先生……? シャイちゃん、そこの人たちは?」
ニコルはルチルが私を先生と呼んだのを目ざとく嗅ぎつけた。こういうとこだけ頭の回る奴である。
「こっちは私の友人のサニとルチルだ。特に、ルチルをお前と合わせたくてな」
私がそう告げると、ニコルよりも先にルチルが「ふぇぇっ」と奇声を発して驚いた。どこから出した今の声。
「わ、私と、先生のお姉さまを……? な、なぜゆえ」
「似ておるからだ、お主とこいつがな」
「似ている……?」
うむ、と私は頷く。似ているのだ、ルチルとニコルは本当に。
「こ奴は度の越えた臆病者でな、エルフだというのに逃げるための魔法ばかりを鍛え、逃げる魔法だけは天才的な腕前になったほどだ。それゆえか、今ではかつてほどの臆病さは見せん」
ニコルの臆病さのほどは、逃げるためだけに鍛えた魔法が魔王たる私すら唸るほどの質だったことが雄弁に語る。
だが今のニコルは前ほど臆病にはならず、初対面のマイカともあっさり打ち解け合いこうしてミネラルの村で暮らせている。おそらくは『逃げる』技術の研鑽が奴に自信を与えているのだろう。
ニコルは私に褒められて嬉しそうに笑っていた。半分ほど罵倒に近かった気もするがな。
「ルチルよ、お主は言ったな、私のようになりたいと」
「は、はいっ! 先生みたいに、立派な人間になりたいんですっ!」
「ならば私の前にこ奴を見本にするがよい、その方がよかろう。ニコルよ、こ奴は私に憧れて臆病な自分を恥じているそうだ、お前と似通う部分があるだろう? 話してやれ」
「へー、なるほどなるほど……」
ニコルは何やら目を輝かせてルチルを見た後、マイカたちにことわりを入れて農作業を中断し、ルチルを連れて家の中に戻っていった。
「フハハハハ、これでよい」
私は思わず笑みをこぼす。想定通りうまくいった、ルチルは生来よりの強者である私よりも似たような臆病者であるニコルの方が気持ちがわかり師事するに相応しく思い、師事する対象を変えることだろう。
そうなればルチルに『先生』などとこそばゆく呼ばれることもない上、ニコルは農業とルチルの相手に気を取られうっとうしく私に絡むこともなくなる。魔界のことわざで言うところの『槍一突きで親子を殺す』、いわゆる一石二鳥に面倒な奴を片付けたわけだ。
我ながら智謀は衰えてないようだ。魔王たるもの力だけでなく頭も回ってこそだ、フハハハハ……
と1人悦にひたっていると、サニとマイカが何やら話していた。
「ニコルちゃんとルチルちゃんも仲良くなりそうだし、マイカちゃん、やっぱりあの話……」
「そ! あたしもそれ考えてた! 準備して、パーっとやろやろ~!」
私も2人のそばまで歩み寄り、「何を話しているのだ」と尋ねる。すると2人は笑って答えた。
「実はね、村の女の子たちで、シャイちゃんの歓迎会をやろうと思ってたの~!」
「女子会よジョシカイ! 女の子だけで集まってかんげーかい! ニコルも来てにぎやかになったし、オリヴィン貸し切って盛大にやろうって計画してたんだー」
歓迎会、実にいいではないか。私も自然と顔がほころんだ。
「それはありがたいな、していつやるのだ?」
「そうねえ、スピネルさんたちとも相談して決めないとね~」
「でもなるはやでやるっしょ! 楽しいことは早い方がいいって!」
時期は未定だが、やることは確定らしい。面倒事を片付けたこともあり、私はいずれ来たる歓迎会を想像し、期待で胸を膨らませるのだった。
――シャイが歓迎会にわくわくしていたその時、マイカの家の中では。
「私はやっぱり、目だと思います。くりくりでかわいい!」
「いえいえ、実は大事なのはあご、輪郭なんですよ。あの丸っこさが幼さを演出してですね……」
ニコルとルチルはシャイの思惑通りに打ち解け合いハイテンションで話していた。ただしその方向性は魔王の策謀とは大きく違っている。
「いやあしかし、シャイちゃんのことがこんなに好きな人がいてくれて嬉しいです! 私もシャイちゃん大好きですから!」
ニコルが目を輝かせて言うと、『シャイが好き』という理由だけでとっくに心を開いたルチルも同じような目をしてうんうんと頷いた。
「わ、私も、先生のお姉さま……いえ、ニコルさんとわかりあえて、嬉しいですっ! やっぱり先生は最高ですね!」
「ええ! シャイちゃんは私の大切な存在ですからっ!」
シャイの計算とは裏腹に、ルチルはニコルに師事するどころか、より一層シャイへの思いを強めて。
同士を得たニコルはさらに興奮した様子でシャイへの思いを語っていた。
2人はがっしりと手を握り合う。
「これからも2人でシャイちゃんを愛していきましょう!」
「ええ、もちろんです! よろしくお願いします、ニコルさんっ!」
よく似た2人は意気投合し、よく似たヤバい方向へと、さらなる進化を遂げていくことを、魔王はまだ知らないのだった。
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