魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります

八木山蒼

16話 執着されし魔王

 ニコルが来た翌朝。

 朝食を食べた後、問題になったのはニコルの身の振り方だった。

「シャイちゃんがこの村にいたいんでしたら私もいますっ」

 と、ちゃっかりオリヴィンに一泊して朝飯までたらふく食べたニコルは主張する。まあそれは当然だろう、こいつに他に行く場所もないし、何より私と姉妹という設定なのでその方が私もありがたい。

 もっとも、最大の理由は別にあるのだろうが……

「そうだねえ、せっかく会えた姉妹だもんね」

 皿を片付けながらスピネルは微笑みつつも困り顔をしていた。

「うちで面倒見てもいいんだが、部屋数が足りないね。昨夜は急だったんで姉妹いっしょに寝てもらったが……」
「あ、私は毎晩シャイちゃんといっしょでもいいですよ!」

 ニコルはにこにこ笑いながらスピネルに提言した。こいつの言う通り、私とニコルは昨晩同じベッドで寝ている。いつもは同じベッドで寝るならレアとなのだが、今回は姉妹ということを印象付けるべくニコルを優先した。

 ふとレアを見ると、レアはなぜかニコルを睨みつけていた。

「本人がいいならいいけど……シャイちゃんは?」

 スピネルが私に確かめるが、私はぶんぶんと首を横に振った。

「こいつと共に寝るのは金輪際ごめんだ! それならばこいつを今の私の部屋に寝かせ、私はレアと寝る」

 昨晩、ニコルは私が小さくなったのをいいことに頭を撫でるわ枕のように抱くわ胸を押し付けるわ……ニコルとて容姿はかわいらしい部類なので本来なら悪い気分ではないのだが、魔王時代の元部下にいいようにされているのは流石にまずい。というか単純に恥ずかしい。
 どうせひとつの寝具に入るのならばレアの方がずっといい。

 私がそう言うと、レアは勝ち誇った笑みでニコルを見ていた。まさかニコルに嫉妬しておるのか、こいつ。かわいい奴め。

「ええ~シャイちゃん、お姉ちゃんと一緒に寝ようよ~、お姉ちゃん寂しいっ!」
「ええいまとわりつくな! 貴様のスキンシップは度が過ぎておるわ!」
「ふふふ、さあシャイさんこちらへ来てください。私が癒してあげますよ」

 すったもんだしていると、入り口の戸がキィと開かれる。現れたのはルカだった。

「おはようみんな! 今日も……おや?」

 ルカは早速ニコルという見慣れない顔に気付いて怪訝な表情を見せる。

「見慣れない顔だが、その耳、エルフか? なんでまたオリヴィンに……」

 そんなルカを見て、そういえば村の皆にニコルを紹介せねばなと思い至る。小さな村では噂の流布も早い、きっとニコルという新顔の存在は私の姉という情報も添えてあっという間に広まるだろう。

 そしてそれはニコルの顔を拝んでおこうとする住民たちによって、今日の料理屋オリヴィンが忙しくなることを意味していた。

「まあその話はおいといて、ひとまず仕事の準備をしようか。ニコルも手伝ってみる?」
「あ、はいっ! シャイちゃんといっしょの仕事ならぜひっ!」

 ぼちぼち開業の準備をせねばならない、スピネルの提案に合わせてニコルの処遇は先送りとなり、ひとまずはニコルもオリヴィンを手伝うことになった。

 「ここで働くんですか?」と、レアは少々不機嫌そうだったが……



 そうしてあっという間に昼、客が落ち着いてきたころ。

 それまでの間に新たにニコルがオリヴィンに加わって、わかったことがある。

 辺境の小さな料理屋には……スピネル、レア、私、ルカ、そしてニコルの5人という従業員は、多すぎる。

「うーん、こりゃあちょっと狭いなあ」

 カウンターのスピネルが苦笑した。彼女の言う通り、カウンターにいるスピネルとレアを除いても、小さな料理屋で3人ものウエイトレスが動き回るのはあまりにも狭い。

 そもそも私が来るまでルカ1人で十分回っていた店だ、そこからさらに2人増えては、ニコル目当てに来る客が多い今日でも明らかに労力の供給が必要を上回っていた。

「うむ、これではかえって客の邪魔になりそうだ」
「あとシンプルに、ニコルさんはウエイトレスに向いてません。おっちょこちょいすぎます」

 レアの鋭い指摘に「うぐっ」とテーブルを拭いていたニコルが言葉を詰まらせる。
 私もうっかりしていたが、基本的にニコルはアホだ。転移魔法でいきなり魔王の目の前に現れて、魔王を相手に下級魔法で戦おうとし、一瞬で命乞いに転じ……許されて、一瞬で魔王に忠誠を誓うくらいには。

 客の注文は間違える、料理は落としかける、初日だということを鑑みてもとにかくまあミスが目立っていた。

「あうう、妹の前でこんな、お姉ちゃん恥ずかしい……」

 さすがに応えたのかしおらしく縮こまるニコル。しかし私の姉として振る舞うようにはいったが、ちと演技が乗りすぎてはいないかコイツ。

「仕事量の関係もあるし、ニコルはうちで働いてもらうのはちょっと違うかもねぇ」

 店主であるスピネルは言葉を選びやんわりとニコルにウエイトレスは無理だと言った。誰も反論しなかった。

 さてどうしたものかと考えていた時、ふいに入り口が開いて客が現れた。

「やっほー、ウワサを聞いて駆け付けたよー」

 複雑に編み込まれた赤い髪に装飾品だらけの服、宝石のイヤリングをした派手な少女、マイカはウインクをしながら現れた。
 おおマイカ、よく来たなと幼馴染のルカが応じる。だがマイカはすぐにニコルの方に視線を向けて目を輝かせた。

「おー、このコがウワサのシャイたんのお姉ちゃん? あんま似てないねー、髪はちょい同じかな? ってか肌むっちゃキレイなんですけど」

 いきなりニコルに食いついてあれこれまくし立てるマイカ。意外にもニコルは動ずることなく「ほんとですか、ありがとうございます!」などと喜んでいた。

「本で見ただけだけどエルフってやっぱきれーだね! ふんふん、髪も長いし盛り甲斐あるわコレ!」
「えへへ、嬉しいです! でも盛るって?」
「デコってきれーにするってこと! メイクとかあんましないの?」
「エルフはそういうのはあんまり、儀式のときは装束を整えたり紋様入れたりしますけど」
「えーマジもったいないって! あたしに任せてよ、むっちゃきれーにすっから!」
「わあ、私初めてで興味ありますっ!」

 初対面で意気投合するマイカとニコル。どうやらニコルの奴、事のほか女子らしく見た目を着飾ることに興味があったようだ。エルフの仲間内ではそういう文化は疎く、奴がしばし暮らした魔王城ではそれに輪をかけて着飾るなどという行為そのものの存在自体が危ういので、その反動なのかもしれない。

 するとその時、はしゃぐ2人の様子を見ていたルカが何かにピンと来たようだった。

「そうだ! マイカ、たしかお前このところ農作業が忙しくて人手が欲しいって言ってたよな? だったら……」



 ……その後、ルカの提案によりニコルはマイカの家の農業を手伝うことになった。

 元々エルフは植物の扱いに詳しい上に自然の中で自給自足の民族、農作業の基礎知識はごく普通に身についていた。種族の血で慣れた作業なのでニコルといえどお手の物だ。

 ニコルとマイカが仲良くなったこともあり、マイカも大歓迎でニコルを受け容れてくれた。ニコルの奴は「シャイちゃんと離れるのはお姉ちゃん悲しい」などとのたまっていた。一度お灸をすえるべきなのかもしれない。

 また幸いマイカの家に空き部屋があったこともあり、ニコルはそのままビオ家(マイカの家。マイカ・ビオがフルネームである)に居候する流れとなった。これまたニコルは私と離れることに未練たらたらの様子だったが、マイカと……気の合う友人と一緒に暮らすことは満更でもなさそうだ。

 ちなみに一連の決定に一番満足げだったのは、なぜかレアなのだった。

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