魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります

八木山蒼

14話 再会せし魔王

 深夜の森の中、私と謎の布服は対峙する。

 ボロボロのローブを頭から被り、分厚い布服で全身を隠す大柄な男。私がミネラルの村に来た日からその周囲を嗅ぎまわる怪しい存在……

 そしてたった今私が閉じたのは、魔界に通じる空間の歪み。何者かが意図的に開けたとしか思えない、この地に災厄をもたらす穴。

 私の中でその2つの存在がリンクする。

「……相変わらず、見事な気配の消し方だ」

 私は謎の男の動きを注視した。この私ですら振り返るまで存在を感知できないほどの隠密能力、油断はできない。その正体が私の予想通りならば実に楽なのだが……あの空間の歪みがあった以上は楽観視するわけにはいかない。

 平穏を守る、そのために万全を尽くすのみだ。

「さて、もはや逃がさぬぞ。この場で決着をつけよう、貴様が何者か……いや」

 私はひとまずはその『楽観』の可能性も試すことにする。それで済むのなら最善だ。もしもこの男の正体が私の知るあの者ならば解決法は単純、ただ名乗ればよい。

「まずは私から名乗ってやろう、薄々察しはついているだろうが……我がかつての名はシャイターン。即ち、魔王」

 自己紹介代わりに私は私の魔力を一部解き放った。膨大な魔力は可視化するほどに強く厚く立ち上り、その誇示をもって魔王の証明とする。

「さあ教えろ……貴様は、何者だ」

 魔力を昂らせつつ私は迫った。とうに周囲は結界で覆い逃げられなくしてある、どの道こいつは正体を明かすよりない。

 謎の布服が動き出した。

 突然、布服を脱ぎ捨てた。いや正確には脱ぎ捨てたというよりは、中身が飛び出してきたのだ。ローブも服も置き去りにして、飛び出してきた服の中身は……女だった。

「魔王さまぁーーーっ!!」

 叫びつつ、すがりつくように私に抱き着いた。

 その姿を見て私は「やっぱりか」とため息をついた。

「案の定貴様か……たしか、ニコルといったな」
「はい、ニコルです! 私の名前を知ってるなんて、間違いなく魔王様なんですね!」
「いいから離れろ、暑苦しい」
「はいっ!」

 その女……ニコルはようやく私から離れると座ったまま私と目を合わせた。

 長身の女、ニコルはエルフ族の娘だ。エルフ族特有の尖った耳に白い肌に華奢な体をしている。分厚い布服の下に着ていたのはごく薄いシャツとミニスカートだけだった。

 長い金色の髪を無造作に畳み、エメラルドグリーンの瞳の下にはエルフ族の文化である木の葉を模した赤の紋様。

 整った顔立ちをしつつもどこか間の抜けた顔をしたそのエルフを、私はよく知っていた。

 私が魔王シャイターンとして君臨していた頃、命を狙いにやって来たのを許し配下として迎えてやったのだ。こいつはそのことに恩義を感じ、おそらくは私の配下の中でこのニコルは最も私に忠実な存在だったといえる。

 魔力はたいしたことはないが転移魔法・隠密魔法などとにかく『逃げる』魔法にかけては天才的なエルフで、私も転移魔法はこいつに習ったものだ。

「まさかまた魔王様に会えるなんて、本当に嬉しいです! でも魔王様、なんでこんなところにそんなお姿で?」

 ニコルはきょとんとして尋ねた、まあ当然の疑問である。だが疑問をぶつけたいのはこっちだ。

「まずは私の質問に答えろ。貴様なぜこんな場所にいる? それも私をつけ狙うような真似をして……そもそも貴様は魔王城から逃げ出したのではなかったのか?」

 ニコルは忠実な存在だったがある日突然いなくなり、それきり戻ってくることはなかった。所詮は魔界の住人ではない、仲間のもとへ逃げ帰ったのだろうと私は考えていたのだが……

 とんでもない、とニコルは首を横に振った。

「私が魔王様のもとから逃げ出すわけありませんっ! 私はただ、魔王様のお役に立とうとして……あの時、私は側近さんから、魔王様の命を狙う勇者という人間たちがいることを聞いたんです。で、その勇者たちを倒せば魔王様は大層お喜びになるし、魔界の外にいる勇者を倒すのは転移魔法が得意な私にしかできないから、って……私は魔王様が喜ぶと思って、その勇者を倒しに行ったんですっ!」

 ぐっ、とニコルがガッツポーズをする。が、直後にその力はしなしなと抜けていった。

「でもいざ近くまで行くと怖くって……は、恥ずかしながら、戦えませんでした。でも魔王様にも告げず勇んで勇者を討ちにいったのにおめおめ逃げ帰るわけにもいかなくて、魔界にも帰れずにずっとあちこちうろうろしてたんです……」

 なるほど、そういうことだったのか。私は合点がいった。

 要はこのニコル、あの側近……魔女に唆されたのだろう。私はこいつに転移魔法をはじめ『逃げ』の魔法を学んでいたが、反逆を企てていた魔女からすればそれは厄介だったのに違いない。そこでこのニコルに勇者を倒せなどと吹き込み体よく追い払ってしまったのだ。端的に言ってニコルはアホなのでまんまと乗せられてしまったと見える。

「で、たまたまこの辺りに来たら、一瞬でしたけど魔王様の魔力を感じたんでびっくりしたんです。で、いてもたってもいられずに店に行きましたが、魔王様の今のお姿を見て魔王様だとはわからず……でもたしかに魔王様の魔力だったと思ってまたこの周辺をうろうろと……」
「なるほどな、大方変身魔法で男に姿を変えていたのだろう?」
「はい! 私みたいな可憐なエルフがひとりで歩くなんて危険ですから!」

 散々惑わせてくれたことも含め、自分で可憐と言うな、と軽く頭を小突いてやった。

 何はともあれ、謎の男の正体が危惧すべきようなことがなくて何より。私は安堵の息を漏らした。

「あの、それで魔王様はなぜ、そんなお姿でこんなとこに?」

 ニコルが心底不思議そうに尋ねる。私は少し迷ったが、黙っているのも無理があると思い全て話すことにした。

 私が魔王という立場にうんざりしていたこと、魔女に反逆を起こされ体を入れ替えられたこと。今はシャイという名の村娘として生活していること……

 ニコルはいちいち驚きながら聞いていたが最後には深く頷いた。

「なるほど、そういうことでしたか! 魔王様が望むのならばそれが一番です! よかったよかった」
「うむ、私は今の生活に満足しておる。この平穏を守るのが今の私の望みだ」

 お前のせいでずいぶん気をもんだがな、とついでに軽く毒づいてやった。

「それにしても……」

 ふいにニコルは私をじっと見た。改めてニコルと目が合い私は一瞬ドキリとした。魔王の体だった頃はこのニコルも足の指程度の大きさだったので気にしていなかったが、こうして間近で見るとなかなかの容姿をしている。

 そしてそれと同じ感想を、ニコルは私にぶつけてきた。

「魔王様、ずいぶん可愛くなりましたね~! 私、かわいい魔王様もいいと思いますっ!」

 ニコルはやや興奮がちに目を輝かせた。

「か、かわっ……」

 かわいい、という苦手な言葉を突然ぶつけられ、私は思わず赤面してしまう。目ざといニコルはそれを見逃さなかった。

「おお、魔王様のそんな表情が見られるなんて……! 眼福ですっ! なでてもいいですか!?」
「ば、バカ、やめろっ!」

 私は顔を真っ赤にしつつもなんとかなでられるのは回避した。うー、と唸りつつ己の迂闊を悔いる。

 思えばかつての私の姿を知る者にこの姿をさらすのは初めてだ。それはつまり、かつての魔王と今の私を見比べられるということで……改めて考えるとものすごく恥ずかしかった。

 魔王だった頃は気にならなかったがニコルはかなり背が高く座った状態で私と同じ目線、立てば今の私とは親と子ほどの身長差になるだろう、そのギャップもまた私を羞恥で苦しめていた。

 だがその時、私ははたと思い出す。

 あの空間の歪みのことだ。

「そうだニコルよ、この空間の歪み、よもや貴様のせいでは……」

 と言いかけた時だった。

 鋭く研ぎ澄ませていた私の感覚に、聞き慣れた声がわずかに届く。思わずニコルを無視して森の奥へと視線を向ける。

 これはレアの声……なぜこんな時間に、森に? 危険だ、今は何が起こるかわからない。

「ま、魔王様、どうしました?」
「話は後だ、行くぞッ! 貴様もついてこい!」
「は、はいっ!」

 ニコルを伴わせて、私はすぐに駆け出した。

 ……そしてニコルについてこさせたこと、レアと出会わせたことを、私はすぐに後悔することになる。さらなる辱めをもって。

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