魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります

八木山蒼

11話 翻弄されし魔王

  ある日のオリヴィン、その賑やかな客は唐突に現れた。

「ひゃっほぉう!」
「たのんまーぃ!」

 奇声と共に勢いよくドアが開けられる。驚く私たちの前に現れたのは、双子の姉妹だった。

 パッと見で双子と判断できただけあってよく似ている。短めのブラウンの髪を1人はおさげ1つ、もう1人はおさげ2つに宝石のついたヘアバンドで結っており、見た目の差はそこくらいしかない。

 お揃いのワンピースを着た活発そうな見た目、あどけなさの残る顔、やや小麦色の健康な肌と、いかにも元気な子供といった2人組だった。

 唐突な展開に私は目をパチパチとして硬直していた。すると双子は私を見つけ、ニヤリとあくどい笑みを見せた。

「むむっ、ポル隊員、早速ターゲットとっぽいのを発見ですぞ!」
「クル隊長、確保ですな! むっふっふ……」
「え、ちょ、ま……」

 私が逃げる暇もなく、それぇ~! と双子が飛び掛かってきた。突然な上に二対一、私は為す術もなく双子の魔の手にかかり……盛大にくすぐられた。

「な、なんだぁきさまりゃ、ふひっ、あ、あはははははっ!」
「無駄なてーこーはやめてお縄につけぃ! うりうり」
「こやつめ脇が弱いですぞ! それそれ」
「あははは、ひーっはっはっは!」

 オリヴィンの床に転がってどったんばったん。何が起こったのかわからないがとにかくこのままではマズイと判断した。

「い、いい加減に……しろッ!」
「おろっ」
「ほえっ」

 私は一瞬だけ透明化の魔法を使った。双子が私の体を通り抜けて床に落ちる、すかさず身を起こし透明化を解除する。自然と双子が床にうつぶせに寝てその背にのしかかる形になった。

「フン、貴様ら風情にやられる私ではないわ! フハハハハハ!」

 双子の後頭部に両手を押し付け勝利宣言。ちくしょー、と双子は悔しそうにもがいていた。

「で、レア、こ奴らは何者だ。この前言っていた『チビ2人』とやらか?」

 双子を抑えたままレアに尋ねる、たしかミネラルの村にいる女子の話になった時、スピネルが『チビ2人』なる存在を示唆していた。案の定だったのかレアはこくりと頷いた。

「はい、双子のポルアンナ・ペタライトとクルアンナ・ペタライトです。もっぱらポル、クルと呼ばれてますし本人たちもそう名乗ってます。私のいっこ下です」

 ポルにクルのペタライト姉妹か、レアの1つ下ということは11歳、なるほどやんちゃ盛りの頃なのだろう。

 それくらいにしてやれよ、とルカに言われたので私もほどほどにして双子の上から降りる。双子はすぐさま立ち上がった。

「おのれぇ、シンザンモノにしてやられるとは!」
「こりゃーこのお方の方が一枚上手でござんす! 参りやした!」

 やけに芝居がかった言い回しを楽しそうにした後、「したした!」と語尾を繰り返す双子。なんとも賑やかなものである、こういった元気さは私は嫌いじゃない。

「お主ら、どうせ私のことを見に来たのだろう? 改めて名乗ろうか、我が名はシャイ、齢は15だ」

 まず私が名乗る。腕を組み堂々たる姿勢の名乗りは私の癖だった。
 すると双子は対抗意識を燃やしたのか同じように腕を組み、背中合わせにポーズを決めた。実に息が合っている。

「我が名はポルアンナ! 世に名高きペタライト姉妹の姉の方、人呼んで『おさげ1つ』のポル!」
「我が名はクルアンナ! 天に轟くペタライト姉妹の妹の方、人呼んで『おさげ2つ』のクル!」

 そして仰々しく名乗りを上げた。おさげ1つが姉のポル、おさげ2つが妹のクルとわかりやすい。

「……っつーわけでうちらポルクルの愉快な姉妹ですぅ~」
「シャイちー、これからよろしゅーねー」

 双子は無邪気に笑うとややふざけつつもぺこりと頭を下げた。つくづく賑やかな子らだ。

「いらっしゃいポルクル、今日はお母さんたちは?」
「おしごと!」
「うるさいから外で遊んでろって! うぇーんクルたち捨てられちゃったよー」
「いつものことじゃないの、ジュースでも飲む?」

 のむ! と双子の声が重なり、さっさとカウンター席に飛び乗ってしまった。きっとスピネルが日常的に双子の世話をしたりしているのだろう、おそらくはこの小さなミネラルの村、スピネルだけでなくよその子も自分の子も分け隔てはないのかもしれない。

「あ、そいえばさー」

 ふいに姉の方のポルが呟くと、双子はぴったり同じ動きでくるりと体を反転させて私に視線を戻した。

「サニ姉ちゃんから聞いたんだけど、シャイちーって喋り方変なんだって?」

 お前たちに言われたくはない、と言いたいところだが、私の話し方が一般の女子とはだいぶ異なるのは事実だ。素直に頷いた。

「うむ、他の子女と比べれば違和感のある語り口調であろうな。生来よりのものであるゆえ致し方なかろう」

 私が応えると双子はなぜか沈黙し、双子同士で顔を見合わせる。その沈黙を訝しんでいると、ふいにこちらを見て、双子はきれいに声を揃えていった。

「シャイちーって、すっごくイタい人なんだねー」

 イタい……というのが何を示しているのかはよくわからなかったが。
 そう言った双子の、「くすくす」「ぷふー」といった感じのあっっっからさまに見下し侮蔑するような腹の立つ表情から、バカにされているということだけはわかった。

「いやはや私たちでもあんな喋り方まじめにしないよねー」
「ある意味感服ですわぁ」
「さっきもてっきり私たちにノッてくれてんのかと思ったら……」
「まさかの素! クルたちと同レベル! ぷふー」

 重ねてのたまう双子に、さしもの私も怒った。

「貴様らぁ、そのふざけた口を二度と開けなくしてくれるッ!」
「わぁーシャイちーが怒ったー!」
「逃っげろーぃ!」
「店のもの壊さないようにしなよー」

 まんまと双子に乗せられて、私はしばし双子と格闘する破目になるのだった。



 それから少し経って。

 私はポル、クルと共に森に来ていた。

 結局この双子は狭い店内に早々に飽きてしまい、外で遊ぼうと私を引っ張ったのだ。

 幸いその時間店は暇だったので私は店を抜け出して、村の外の森でポルとマルと戯れている……体よく子守を押し付けられたような気もしなくもない。

「さぁーて登れる木はどこかなー?」
「ポイントはいい具合の枝だよシャイちー! 探して探して!」

 双子は木々の生い茂る森を元気に駆け回っている。一応は保護者の立場である私は微笑ましい思いでそれを眺めていた。

「おっ、これとかよさげですぞポル隊員!」
「いいですなぁクル隊長! では早速」
「おいおい、木登りはよいが落ちたりせぬよう重々気を付けるのだぞ」

 ラジャ! と双子は元気よく応じたが、いまいち信用できないので私も双子のそばに駆け寄り落ちた時に備えるとする。なるほど年下の世話を焼くのはこんな気持ちなのだな、と私は心配性のルカを思い浮かべ、これはこれで悪くないではないか、と穏やかな気持ちになっていた。

 が……木登りをするポルを下から見上げ、そのワンピースの中身が堂々とさらけ出されているのを見て、思わず吹き出した。

「なっ……ぽ、ポル! お、おまえ、服装を考えろ服装を!」
「んんー? 何がシャイちー」
「スカートの中身がまる見えと言っておるのだ、お前も娘ならば隠せ!」

 だが、私の方が顔を赤くしているというのに、当事者であるポルとクルの方はまったく恥じることなく、むしろニヤニヤと私を見ていた。

「おっやおや~? シャイちーは私のパンツに興味津々ですかなぁ? むっつりですなぁ」
「女の子同士なのにねぇ? え、それともシャイちーってそっち系? さすがのクルもそれは引く」
「ち、違うわ! いや違くはないが、その、ええいとにかく黙れ貴様らァ!」

 私は顔を真っ赤にして抗議し、双子は愉快そうに笑っているのだった。
 そうした平穏さが、私の気を緩めていたのかもしれない。



 それは遊び始めてからしばし経った頃。

 この先に小川があるからそこまで行こう、という双子の提案に乗り、私たちは森の奥まで進んでいった。

 だが――自然は時として我々に牙を剥く。なんの前触れもなく唐突に、日常の景色は修羅場へと変わる。

 それはたとえば、狂暴な獣との遭遇によって。

「あ、あわわわわわわ……」
「ぽ、ポルぅ……やばいよ……」

 双子が震えている。私の後ろに隠れて身を寄せ合っているが恐怖は抑えきれていない。

 それもそのはずだ、双子の目線の先にいたのは、身の丈が私の2倍はある巨大な熊だった。真っ黒な毛で覆い、口からは涎を垂らし、光のない眼で我々を睨んでいる。

 普通の熊よりも明らかに大きく、また異常に発達したかぎ爪が光る黒い熊に私は見覚えがある。

 ゲイズ・ベア……魔界の生物だった。

「落ち着けよ2人とも……こいつは他の熊同様臆病で、危険なことには断じて手を出さん」

 魔王として魔界の生物のことはいくつか知っているが、この熊はその中でも……魔界らしい、悪意に満ちた生態をしている奴だ。

「だがひとたび相手が自分より弱いとみなせば一切の躊躇なく惨殺し喰らう。怯えるなよ、『弱い』と見なされればすぐに襲われるぞ」

 恐怖とは未知であり、対処法を知れば恐怖も和らぐ……と思っての解説だったのだが、ませていてもまだ幼い双子には逆効果だったかもしれない。2人の恐怖の震えは止まりそうになかった。

 ……やむをえない、か。

「もう一つ教えると、こいつはかなり足が遅いから全力で走れば逃げられるかもしれん。私が3つ数える、3つ目を数えた時点ですぐに村へと走り出せ」

 振り向かずに告げると双子は小さく頷いた。

 ゲイズ・ベアが足が遅い、というのは、大嘘だった。こいつの筋力は異常で、ひと跳びで己の身長の3倍は跳ぶ。人間が逃げ切れるスピードではないし、背を向けて逃げ出せばその時点で襲い掛かってくるだろう。

 だが私はその嘘を貫いた。

「いくぞ、1……2……3ッ!」

 さん、と言った瞬間に双子は同時に振り返り、走り出した。双子らしい完璧なタイミングだった。

 そしてそれを見たゲイズ・ベアは双子を『弱い生物』と判断、惨殺すべく襲い掛かる。計算通り、双子の仲間たる私も『弱い』と判断してくれたようだ。

 双子は逃げることに精一杯で完全に背を向けている。

 つまり私が多少派手な動きをしても問題ない……それが、狙いだった。

「見誤ったな、畜生めが」

 私はそっと手を向けると、鋭い爪を光らせて襲い来る魔獣に対し、漆黒の電撃を打ち放った。

 魔法の名はない、あえて名付けるならば『魔王の雷』。私の魔力を極限まで鋭く放出し雷と化して轟かせる、静かで一瞬、そして必殺の一撃。

 黒い雷をその身に受けた熊の筋肉が幾度か痙攣する。そして襲い掛かる勢いのまま私の横にズシンと音を立てて落ち……動かなくなった。

 フン、と私は手を払い、絶命した魔獣を見下ろした。

 手間をかけさせおって、双子を守りながらでなければ貴様など一瞬だ。身の程を弁えぬからこうなる。

「しかし……」

 私が気になるのはなぜこのゲイズ・ベアが……魔界の生物が、こんなところにいるのかということだ。

 たまたまこのゲイズ・ベアがこの辺りにも生息していたのか、それとも。

「……っと、まずはあの双子を安心させてやらねばな」

 思索にふける私だったが、森の遠くから聞こえた双子の声に我に返る。シャイちー、シャイちーと私の名を呼び、てっきり自分たちの身代わりになり私が死んだと思っているらしい。早く行ってやらねばなるまい。

 私は双子の方へ駆ける前に一回だけ熊の死骸を振り返った。そして思ったのは……

「……熊も料理すれば、美味いのか?」

 熊料理というのは聞いたことがないが、スピネルの腕があればなんとかなるかもしれない。これだけのサイズだ、相当な食いでがあるだろう。今晩が楽しみだ。

 私は舌なめずりしつつ、いよいよ私が死んだと思い込み泣き叫んでいる双子へと、笑顔で駆け寄るのだった。

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