魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります

八木山蒼

10話 会心する魔王

 おつかいを終えてオリヴィンに戻り、昼食の客もほとんどいなくなってきた夕方の頃。

 洗い物の手伝いを終え一段落した頃合いに、私はふと、気になっていたことを問うてみた。

「そういえばスピネルよ、この村には女子は数えるほどしかおらず、皆仲が良いと言っておったな」

 たしかルカと会う少し前にそんなことを言っていた。そうだよ、とスピネルも頷く。

「しかし昨日今日と、客の中にそういった者の姿が見えぬのだが」

 2日働いてみたが料理屋オリヴィンを訪れるのは男か私とは年の離れた女性のみ、若い女子の姿はなかった。今日はさして客は来ていないのだが、私の噂が広まっていたはずの昨日ですら姿が見えないのだ。少々気になっていた。

 スピネルは「んー」と少し考え込むような仕草を見せたから言った。

「この村には20歳より下の女の子はシャイちゃんも合わせて8人なんだよね。シャイちゃん、レア、ルカ……」
「マイカは仕事があるからな、昨日は忙しかったんだろ」

 スピネルが指折り数えていくと、卓を拭いていたルカがふいに顔を上げ会話に混ざった。そういえばルカとマイカは幼馴染らしい、やや言動の硬いルカと派手なマイカは対照的にも思えたが。

「で、おチビ2人は気まぐれでいつ来るかわからないし……残りはあの2人か」

 スピネルの指が2本残る。するとレアが訳知り顔で頷いた。

「なるほど、あのお2人ならすぐ来なくてもおかしくないですね」

 何やら理由があるようだ。私はその2人について皆から聞こうとしたが、ちょうどその時に、入り口の戸が開かれた。

 その客は、私がこの2日見覚えのない私と同じくらいの背丈の少女だった。

「お、噂をすれば、だな」

 現れた客にルカが親し気に声を掛ける。どうやら曰く付きの2人の片方が来たらしい。私もカウンター席からぴょんと下り、ルカと並んでその客の前に立った。

「あら……私のことをお話なんて、なにかしら」

 その少女は至極落ち着いた印象のある少女だった。丈の長いふわりとしたスカートを履いており、薄黄色の布服はけして高級ではないのだろうが上品な雰囲気をまとっていた。

 上品な感じは少女の容姿もそうだ。薄い水色のロングヘアは美しく整えられており、目鼻立ちのしっかりした顔はまるで貴族のようだ。肩からは綿のようなあしらいのポーチをさげて、首元には黄色い宝石をあしらったネックレスが光っていた。

「あら……こちらの方が、ひょっとしてシャイさん?」

 お嬢様(仮称)が私を見てルカに問いかける。ああ、とルカが頷く、少女はぱあっと顔を明るくした。

「お会いしたかったわー、マイカさんに聞いた通り可愛らしい方なのね」

 少女はゆったりとした喋り方をしていた。かわいいと言われた私はいつも通り照れ臭く感じた。

「いかにも私がシャイだ、昨日よりここオリヴィンで世話になっておる。してお主は?」
「え?」

 私が尋ね、少女が聞き返し、一瞬店内はシーンとした。少女は目をぱちぱちとして頭上にハテナマークを浮かべている。

「……サニさん、シャイさんはサニさんに自己紹介を求めたんだと思います」

 見かねたのかレアが説明する。少女、サニは一拍置いてようやく合点が言ったようだった。

「あ、そ、そうだったの! ご、ごめんなさい、『して』ってなんのことかわかんなくって……そ、それじゃ改めて、こほん」

 サニは自分の失態にあわあわと取り乱した後、口で「こほん」と言って咳払いした後、また私と向かい合った。

「私はサニ・ディーンって言うわ、15歳。村のはじっこで道具屋をしてるわ、よろしくね」

 少女、サニはそう言ってしずしずと頭を下げた。身振りは相変わらず上品で、この辺境の村には少し似つかわしくないようにも思えた。よほど家の教育がよいのか、出自に理由があるのかもしれない。

 しかし先程の私の聞き方はたしかにわかりにくかったかもしれないが、硬直するほどだろうか。落ち着いているというよりは、どこかぼんやりしているのかもしれない。

「サニ、お前のことだから、今日こんなに遅く来たのにもわけがあるんだろ?」

 ルカが笑いながら問いかける。サニはぎくり、という風に体を震わせた後、ためらいがちに言った。

「じ、実はその、お昼ごろに来ようと思ったんだけど……ここに来る途中で可愛らしいネコを見つけて、遊んでいたら目的を忘れて帰宅してしまって……さっきようやく思い出したのよね」

 なんだそれは。私は呆れてしまった。ネコと戯れて目的を忘れるとは、どうやらぼんやりした印象は間違いではないらしい。店の皆も笑っていた。

「サニさんは相変わらず天然ですね」

 レアも笑ってそういう。サニは「天然じゃないっ」と抗議したが、もちろん受け付けられなかった。

「昨日も来ようとしたのよ? で、でも昨日はシャイさんのことちょっと小耳に挟んだくらいで、その、どんな人かわからないから、緊張してしまって……マイカさんに聞いて、大丈夫そうだから、来たのよ」

 サニはそう続けてなぜかふふんと胸を張った。今の話のどこに胸を張れる要素があったのかは疑問だ、ただ初対面の相手に緊張してしまったという情報しかない。なるほど、天然だ。

「サニちゃん、そろそろ席につきなよ。半端な時間だけど何か食べてくんだろ?」
「あっそうですね、ではサンドイッチと紅茶を」
「あいよ」

 スピネルが注文をとり、なんやかやあってサニも席に通された。1人だがカウンターではなくテーブル席につき、ちょいちょいと私を手招きした。

「実はシャイさんに渡したいものがあるの、どうぞお掛けになって」

 サニは自分の前の席を勧めた、私はスピネルに伺いを立て、お客もいないしOKと一応許しを貰ってからサニの前に座った。

「私の家は道具屋をやってるから、色々なものがあってね……せっかくなので親睦のしるしにと、ひとつ持ってきたの」

 サニはポーチの中をごそごそと漁り、何かを取り出してテーブルに置いた。
 それは、リンゴだった。

「……む?」

 いきなりリンゴを前に置かれた私は首を傾げた。うまそうなリンゴだが、道具屋の前置きからこれ? 私が怪訝に思っていると、ハッと目を見開いたサニがリンゴを掴み慌ててしまい直した。

「こ、これじゃなくて! これは私がおやつに食べようと思ってたリンゴで……いやだわ、サイズと質感がちょっと似てるから……えっとえっと」

 サニは頬を赤くして急いでポーチを漁る。つくづく天然だが、そういった仕草はレアとはまた別の方向でかわいらしく見えた。

「そう、これこれ!」

 ことり、と改めてポーチから取り出したものをテーブルに置く。

 それは蒼色に透き通って輝く、つるりとした宝石だった。その美しさに思わず息を呑んだ。

 蒼色は中心にいくごとに濃く、鮮やかになり、内部は見たこともないようなコントラストを彩っている。夕焼けの赤い光を受けて輝くそれは、私が見たこともないような逸品だった。

「スターストーンっていうの。幸運を呼び災厄を退ける力があるって言われてるわ。お守り代わりに、お部屋にでも置いてくれると嬉しいわ」
「よ、よいのか? こんな大きな宝石、相当な値がするのではないのか」

 サニがリンゴと間違えたように、このスターストーンは拳ひとつ分ほどの大きさがあり、その表面はつるつると見事に研磨されている。これほどの宝石は市に持ち込めばかなりの高値になるのではないか。

 と思ったが、サニはうふふと含みがちに笑った。

「実はこのスターストーンね、見た目は綺麗だけどそう珍しい石じゃないのよ、これくらいの大きさならちゃんとした場所にいけばいくらでもあるの。だから遠慮なく受け取ってね」

 なるほどそうなのか、と私は改めてスターストーンを見る。ありふれたものらしいが、星の石という名を持つ蒼い球の美しさには変わりはなかった。

 とその時、ふいにルカが横から話してきた。

「スターストーンが珍しいもんじゃないといってもな、そこまできれいにツルツルにできるのはかなりの技術がいるんだ。少なくとも、うちの村だとサニの親父さんと、サニだけだろうな」
「うふふ、実はこのスターストーンは私が研磨したの。まん丸にするとスターストーンはもっと綺麗になるからね」

 なるほど、と私は納得した。きれいな球となったスターストーンの秘密もそうだが、ありふれたものに当人でしかできない手を加えてプレゼントにする、というサニの手法にだった。相手に気を遣わせすぎずかといって贈り物として低俗すぎず、さりげない気配りにサニの品の良さが伺える。

「見事なものだ、有難く受け取らせてもらおう。早速部屋に飾らせてもらう」
「よかったわー、大きすぎたら言ってね、私の家で今度は装飾品に加工するから。その時は料金はとらせてもらうかも、だけどね」

 その上商売上手ときている。たいしたものだ、と思いつつ私はスターストーンを受け取った。
 ちょうどそのタイミングで、サニが注文していた料理の方も出来上がったらしい。

「はいよサニちゃん、サンドイッチお待たせ」
「わあ、ありがとうございます」

 スピネルが直接トレイを運び、サニの前にサンドイッチの乗った皿と紅茶を差し出した。
 それを見て私はん? と疑問に思った。今は夕暮れ、昼にも晩にも遠く食事をするのは半端な時間。そのためサニが注文したのは軽食だったはず……

 が、今サニの前にあるサンドイッチは分厚いパンにハムとレタスとトマトが挟まったものが3つ。大人の男でも十分満腹になる量で、どう見ても軽食ではなかった。

「では、いただきます」

 サニは特に驚くこともなく堂々とサンドイッチを食べ始めた。私が怪訝に思っていると、ルカがまた苦笑した。

「サニはこう見えてかなりの食いしん坊なんだよ、これくらいはペロリだ」
「ははあ、見た目によらずよく食うのだな」

 私たちの会話にサニは恥ずかしそうに目を伏せた。だがサンドイッチを食べる目と口を止める気は一切ないようだった。なるほど食いしん坊と呼ばれるわけであると、私はまた納得した。



 その後、サニは結局サンドイッチをもう2つほど追加で頼み平らげた後に去っていったのだった。

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