魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります

八木山蒼

9話 諭したる魔王

 マイカと別れ、私たちは料理屋オリヴィンに戻った。その頃にはルカも出勤しており、スピネルが開店の準備を整えていた頃だった。

 うっかりマイカに飾られた状態のまま店に戻ってしまった私はスピネルやルカに褒められてあれよという間にそのまま店に立つことになってしまったりもしたが、なにはともあれ昨日同様の営業が始まった。

 仕事にも慣れてきたし、今日こそは立派に職務をこなしてみせると意気込んだ私だったが……

「ありがとうございましたー」
「また来るがよい」

 ちょうど昼の真ん中といった頃、ルカと共に客を見送る。それを最後に店内の客はいなくなった。昨日のこの時間は昼食の客がひっきりなしに訪れていたというのに。

「むう、今日は客が少なすぎではないか? 昨日はあれほど来ていたのだぞ」

 怪訝に思い問うと、とっくに洗い物を始めていたスピネルは「あはは」と笑った。

「普段はこんなもんさ、100人程度しかいない村だぞ? 昨日の客の目当てはほぼシャイちゃんだったんだろ」

 今朝レアやマイカにも聞いていた話だが、こうも露骨に客入りに影響が出るとは思わなかった。それだけ私が注目されていたということなのだろうが……改めて気恥ずかしく思う。

「そもそも私とレア、あとルカの3人で回してた店なんだ、シャイちゃんも入れて今は4人、そりゃ仕事量も減るって」

 それもそうか、と私は納得する。だがふとスピネルの言葉に引っかかるものを感じた。
 スピネルとレアの親子とルカでやってきた店……父親は、いずこに?

「どれ、ちょっと早いけど今の内にお昼にしようかな」

 昼食と聞き私は思わず目を輝かせた。スピネルの作る料理は美味だ、魔界で廃れ切った食生活を送っていた私に新鮮な喜びを与えてくれる。今日は何が食べられるのか、そう思うだけで楽しみだった。

「ん……キノコが少ないな。レア、ちょうど客もいないし、昼ごはん食べたらおつかいに行ってもらっていい? せっかくだからシャイもいっしょに」
「うん、わかった。シャイさんもいいですよね?」
「よかろう、ここにいても暇をするばかりのようだしな」

 スピネルの頼みを快諾し、私は昼食を心待ちにするのだった。



 そして昼食後。
 私はレアと村の外の森に来ていた。レアだけではなくもう1人同伴者がいた。

「この前はごめんなさいねシャイちゃん、うちのアイが……」

 厚ぼったいエプロン姿の女性は申し訳なさそうに私に謝った。女の名はメノ、昨日親子連れで料理屋オリヴィンを訪れた女だ。この女の息子のアイとかいうマセガキにはひどく手を焼かされたものだが、もはや過ぎた話だ。

「案ずるな、気にしてはおらぬ。しかしそのアイが見えぬようだが?」
「アイはうちの夫に預けてきたわ、森でうろちょろされたら大変だもの」

 メノは冗談めかして笑っていた、なるほどたしかにこの鬱蒼とした森にアイのようなやんちゃ坊主を離しては面倒になるだろう。至極納得のいく話だった。

 ただその時、レアはなぜか少し、目を伏せていた。

「さて、じゃあ早速キノコ狩りといきましょうか!」

 腕が鳴るわ、とメノはりきった様子を見せていた。実はこのメノ、こう見えて村では名の知れたキノコ採集の達人らしく、スピネルにキノコの調達を頼まれたレアが真っ先に訪れたのはメノの家だったのだ。

 メノは昨日の出来事もあってかキノコ狩りの手伝いに快く協力してくれて、今に至るというわけだ。

「うむ、キノコには食用に適さぬどころか劇毒となり得るものもあると聞く。ここはお主に任せるとしよう」
「ええ、おばさんにまっかせなさい! キノコを見つけたらまず私に言ってね、毒がないかチェックするから」
「ああ、頼む。私はいっこうに疎くてな」

 魔界のキノコには毒を持つどころか触れただけで爆発するものや近づいただけで襲い掛かってくるものもいる。さすがにこちらの世界のキノコにそんなバケモノじみたものはいないだろうが、ここはその道の者を頼るのがよさそうだと決めていた。ちなみにメノはおばさんと名乗ってはいるがスピネルよりやや若い程度の年齢である。

 キノコを入れるカゴは私とレアがひとつずつ持っている。ふと見ると、レアはカゴを両手で抱え、ひとり森の先へと進もうとしていた。

「……行きましょうか」

 レアが私たちを促す。ちと様子がおかしいなとは思ったが、私とメノはレアに続き森へ入っていった。



 森を探索するのはなかなかに面白かった。魔界とは違う植物があちこちに生えており、時折リスなどの小動物が姿を見せる。そよそよと風が葉を揺らし、私は全身で平穏を満喫した気分だった。

 任せろと言うだけあってメノはさすがだった、私たちが見つけたキノコを見るだけで瞬時に判別し、可食か不可かを見分けていく。
 そもそもキノコを発見するスピードが違う、私が目を皿にしてなんとか木の根元に1個見つける間に、メノはその何倍ものキノコを補足しているようだった。人間とは意外なところで優れた才を発揮するのだな、と感服する。

 私とレアが持つカゴにも順調にキノコがたまっていき、そろそろ引き返してもよい頃合いになった時だった。

「……あ、ちょっと待って」

 メノが私たちを手で制し止まるよう促す。その視線は森の奥を見つめていた。

「この臭い……間違いないわ。2人ともちょっとここで待っててね、何人もいったら臭いが掻き消えちゃう……すぐ戻るわ!」

 メノは私たちを置いていそいそと森の奥へと駆けていってしまった。どうもメノ、キノコのことになるとテンションが上がってしまうらしく、全体的に興奮気味だ。今も言葉から察するに珍しいキノコの香りを感じいてもたってもいられず駆けていったという感じだった。

「やれやれ、メノとやらはたいしたものだな。あれほどの能力をいかにして身に着けたのやら、なあレア」

 2人きりになった私はレアへと語り掛ける。だがレアはカゴを手にしたまま、どこか暗い影を表情に落としていた。さしもの私も怪訝に思った。

「レア、どうもこの森に来てから様子がおかしいぞ。何かよからぬことでもあったか?」

 尋ねてみるとレアは何かためらっている様子だったが……やがて、口を開いた。

「私には、お父さんがいません」

 ぽつり、と呟くような口調だった。レアは続ける。

「お母さんは、お父さんは長い旅に出てていつか戻ってくるって言ってましたけど……私も子供じゃありません、薄々わかってます。覚悟もしてるつもりです。でも、メノさんのお家とか、両親が揃っているところを見ると……たまに、その……胸の奥で、きゅっとした気持ちが沸き上がるんです」

 ……なるほど。

 オリヴィンにレアの父親の影がないのは、そういうわけだったのか。

 納得する私だったが、ふいにレアは顔を上げ、私の目を真っ直ぐに見た。

「シャイさんはお母さんもお父さんもいないんですよね。シャイさんはすごいです、それなのにそんなに強くて、笑ってて……私には、とても……」

 絞り出すような声。いつもは年齢よりも大人びて見えることの多いレアが、年相応の弱さをさらけ出すように、悲し気な目をしていた。

 フン、と私は笑った。

「レアよ。お主、母親は嫌いか?」

 レアへと問いかける。レアは困惑したように目を泳がせたが、すぐに答えた。

「そんなわけないです。大好きです」

 だろうな、と私は頷く。

「スピネル、あれはよい母親だ。父親としての分までお主へ愛を注ぎその責任をも果たさんとしているようにも思える……」

 やや男勝りなスピネルの言動は、そういった事情もあってのことだろう。レアに加え私をも包み込み面倒を見るスピネルに、私は母性と共に父性を感じていた。

 レアは私が何を言わんとしているのかわからないのか困惑した目を向けている。私はキノコの入ったカゴを置いてレアに歩み寄ると、その頭を撫でてやった。

「スピネルは勿論、ルカもマイカも、昨日店に来た村の者たちもお主を大事に思っているのだろう。お主は十分、愛に満たされているぞ」

 レアの表情がわずかに和らいだ。その顔を見て私も思わず笑みをこぼす、レアはやはり笑っているのが一番だ。

 しかし十分な愛があるとはいえ、父親がいないのとはまた別の話なのだろう。生憎家族などいないのが当たり前だった私にはレアの気持ちはわからない。

 だがわからないなりに言えることもあった。

「父親がおらんのは辛いだろう、どう言葉を尽くそうと事実は事実。その辛さを誤魔化し押し隠そうとしても、いずれ限界が来る。それゆえに人は涙を流すのだろう?」

 涙、というものを私はよく知らない。だがその人の目からこぼれる水が、何か抑えきれぬものを代弁し流れることはなんとなくわかっていた。

「そしてそれを受け止めるために、周囲の者はお主を愛すのだ。少なくとも私はそう思うし、私自身そうありたいと願っておるぞ」

 私はレアに対しそう微笑みかけた。

 レアは一瞬目を見開き、言葉を失い……その瞳がうるんでいく。シャイさん、と呟き、私の胸に飛び込まんとした。

 が、その時。

「ねえねえ見て見てレアちゃんシャイちゃん! これこれ、最高級キノコのアマノタケ! すっごいわよこれ、滅多にとれないのに!」

 胸一杯にキノコを抱きしめたメノが大喜びで戻ってきた。レアは慌てて目をごしごしこすり、スッと私から離れてしまった。

 おのれ、あと少しでレアをこの腕で抱擁できたのに。私も渋々レアから離れてカゴを持ち直す。珍しいキノコに興奮したメノはここであったことにまったく気づいていなかった。

「このキノコね、香りがすごくいいのよ~、自生してる段階で香るのよ? 料理に使えばすごく香ばしくてね、ねえシャイちゃん聞いてる?」
「ああ聞いてるとも聞いてるとも、いい加減帰ろう」
「そうね、鮮度が落ちたら困るもの! でね、このキノコはこの時期の特定の木の根にしか育たなくてね!」
「あーやかましい」

 わずかばかり不機嫌になった私はハイテンションでまくし立てるメノをあしらいつつ村への帰路につく。

 ふと視線を向けると、レアもまた私を見て……笑っていた。

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