魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります

八木山蒼

8話 飾られし魔王

 一夜明けて。

「んむ……」

 私は寝ぼけまなこで卓に着き、朝食のハムエッグを食べていた。どうも頭がぼやぼやしてうまく力が入らない。

「シャイさん朝に弱いんですね。はい、ホットミルクです」
「んにゅ……そうらしい……すまんな」

 レアが差し出したミルクを受け取り一口飲む。温かなミルクが喉を通り少し目が覚めた気がした。
 魔王だった頃は寝起きだろうと常に100%の力が出せたものだが人間の体はそうもいかないらしい、この魔女の体は特に朝弱いみたいだった。

「ふふふ、シャイさん寝ぼけてて、かわいいですよ」

 朝からレアがからかってきたが、まだボーッとしていた私にはかえって効果が薄く、逆に

「ん、寝ぼけと言えば昨晩……レアは私を『お姉ちゃん』と呼んでいたぞ」

 と仕返ししてやった。レアは一瞬固まり頬を紅潮させる。ふふん、よい顔だ。

「昨晩は楽しかったようだね、なんなら明日からもレアといっしょに寝る?」

 レアをやりこめ調子に乗っていた私はスピネルの言葉に大いに慌てた。だがはっきりとは否定はせず、「き、気が向いたら」と語を濁し、レアもスピネルも微笑ましく私を見つめているのだった。



 朝食を終え身支度を整えて後。

 私はスピネルに目覚ましがてら村へ散歩に出かけることを勧められ、レアと共に村を歩いていた。

「村を見て歩けるのはありがたいが、店の方はいいのか?」

 手を繋いで隣を歩くレアに尋ねる。はい、とレアは頷いた。

「昼前はあまり店を開きませんし……そもそも昨日ほど忙しいのは稀で、いつもは私とお母さんだけでも十分やりくりできるんですよ」
「なに、そうなのか?」
「はい。たぶん昨日のお客さんの半分くらいは、シャイさんを見るために来たんですよ。シャイさんの噂を聞いて」
「わ、私が目当てだったのか?」
「はい」

 思わぬ事実に私は驚いた、よもや昨日の客の目当てがこの私だとは……確かにこんな辺境、新しい住民が来たと聞けば見に行きたくなるものなのかもしれない。

 実際にこうして村を歩くと、ちらほら出歩いている村民たちが私たちに声を掛けてくる。その多くがレアだけでなく私にも笑顔で挨拶していた。向こうの名前を知らないので簡単に挨拶を返す。

「ふふふ、人気者ですね、シャイさん」

 レアはいつもの悪戯顔で笑っていた。少し気恥ずかしくはあったが、村から受け入れられているのは私も悪い気分ではないので、うむ、と頷いた。

「まだ早い時間だが、外に出ている者が多いな?」
「はい、お店をやっている人はその準備をしたりしてますから。私たちみたいに散歩する人も多いんですよ」
「ほう、勤勉なことだな。てっきりこんな辺境ではゆったりと暮らしているものだと思っていたが」
「実はそういう人も多いんです。仕事がなければ昼まで寝てる人もいますし……お母さんも、お店が休みの日とはけっこうぐうたらです」
「フハハハハ、だろうと思った。平穏でよいではないか」

 レアと談笑しつつ村人に挨拶を返したり、店を教えてもらったり。そうして村を一回りしようかという頃だった。

「おっ、その子がウワサの新人ちゃん?」

 ふいに後ろから声を掛けられた。レアと共に振り返ると、そこには初対面の少女が立っていた。

 一目で思ったのは、ずいぶん派手な見た目をしているなということだ。髪の色は目が覚めるような赤、私にはさっぱり構造の分からない編み方をしてヘアピンで留めてきれいに飾っている。

 目鼻立ちのすっきりした顔も薄めだが化粧が施されておりレアとはまた違うかわいらしい容姿をしている。服はシンプルな布服だが随所にリボンや花飾りなどのアクセサリーでアレンジしてあり、スカートも膝までとレアやルカに比べれば短めだ。

 耳に六角形をした宝石のイヤリングをつけた少女は私たちを見下ろしてひらひらと手を振り、快活に笑っていた。

「マイカさん、おはようございます」

 レアがぺこりと頭を下げる。どうやらこの派手な少女はマイカというらしかった。

「やっほーレアちゃん、で、そっちがシャイちゃんだってね? 初めましてー」
「いかにもシャイだが、私のことを知ってるのか?」
「知ってるも何も村中で噂になってるよ、オリヴィンに新しくすっごくかわいい子が来たって!」
「村中!? そ、そうか……」

 村中で噂、すっごくかわいい、などと言われ私はひどく赤面した。レアがしたり顔で見ているのはわかったが反論しようもなかった。

「あたしはルカからも聞いてたからね、今日会いに行こうと思ってたんだー。あっ改めて自己紹介するね、あたしはマイカ・ビオ、ルカの幼馴染! よろしくねー」

 マイカはとても楽しそうに私に話しかけてくる、先程の件で赤面した私は曖昧に頷いた。

「おやおやー、恥ずかしがってるのかな? てれやさんめ、このこのー」

 マイカは身を屈め私の顔を覗き込み、ぷにぷにと私の頬を軽く突いた。レアとはまた違ったスキンシップをとってくる少女だ。

「どおれ、顔ちょっと見せてねー」
「ひゃっ」

 いきなりマイカは私の顔を両手でつかみ、じーっと真正面から見据えてくる。間近で見るマイカの顔はかわいいというよりは綺麗で、私はレアの時とはまた違った意味で赤面した。

「……むぅ……マイカさん、見過ぎです」

 なぜか少し眉をひそめたレアがマイカを遮り、ごめんごめんとマイカが離れる。私は先程から赤面しっぱなしだった。そんな私をよそにマイカは何やら思案する。

「ふむふむ、いい素材してるじゃん! よし決めたー」

 そしてひとりで何やら決めて私と視線を合わせる。その目には何か、嫌らしい気配が漂っていた。

「やっぱね、新しい子を見ると……かわいがりたくなっちゃうよねえ?」

 マイカは私を見下ろして、ニヤリと笑った。



 それからしばらく後。

 私は鏡の中に映る私を見て、震えていた。

 綺麗に編み込まれて盛られた髪。

 整えられたまつげ。

 桃色の健康的な色を引き立たせる口紅。

 鏡台の前に座らされた私は、見事なまでに『女の子らしく』変身した私の顔を見て、今日最大の羞恥に染まっていた。

「うんうん、やっぱいい感じー! あたし、この村の女の子にはメイクの練習させてもらってるのよねー」

 私の肩に手を置いたマイカが満足げに笑っている。私はあれやこれやの間に彼女の家に連れ込まれて座らされ、マイカにより丁寧に飾られてしまったのだ。

「シャイさん、すっごく、かわいいです……!」

 レアがいつものからかい半分、本気の賞賛半分で私を褒める。半ば本気であるからこそ私はより一層の羞恥に苛まれ、思わず顔を伏せた。
 よもやこの私が化粧をすることになるとは……いや、けして悪くはない。むしろ鏡の中に映った私の姿は美麗だ。だが、そうだからこそ、女として彩られそれが効果を発揮したという事実に、私は恥じ入っていた。

「フフッ、ホントに恥ずかしがり屋さんだねえシャイたんは」
「しゃ、シャイターン!?」
「そ、シャイたん。かわいいっしょ?」
「あ、あぅ……」

 マイカの私を呼ぶ声に一瞬本気で驚いた。シャイターン、と聞こえたからだった。すぐにただの砕けた呼び名と気付いたが、こんなタイミングで魔王としての元の名を意識してしまった私は、ただでさえ紅潮する私の頬はもう茹でダコのように真っ赤になっていた。

「ああもうかわいいなあシャイたん! ほんとはもっとデコりたいけどそれは今度かなー、私もそろそろ仕事しないと」

 幸い今日はこれ以上はされなさそうで私は少し安堵した。しかしふと、マイカの仕事というのが気になる。こんな派手な娘がこの辺境の村で、いったいどんな仕事をしているのかというのだろうか。

「マイカ、お主はいかなる仕事をしておるのだ?」

 そう尋ねると、マイカはニッコリと笑って言った。

「よかったら見ていきなよ、オリヴィンさんとこで働くなら、うちとも多かれ少なかれ関わることになるしさ!」

 料理屋オリヴィンと関係が? マイカの仕事内容に私はさらなる疑問を抱いた。



 仕事を見せる、と言ってレアといっしょに通されたのはマイカの家の裏側だった。そこは村を取り巻く山林との境目になっているらしく土が露出している。

 そしてその土の部分に、見事な畑が作られていた。

「おお! 家の裏にこんなものが」

 視界いっぱいに広がる畑には様々な農作物が育っていた、背の低いものや高いもの、丸い葉や細い葉。収穫の時期ではないのかいずれも実ってはいなかったが、立派な成育具合だった。

 その畑の中ではすでに1人、農作業を行っているものがいた。

「こらマイカ遅いぞ、早く作業に……あら?」

 農民らしい作業服を着た女性はマイカが来たと思っていたのか私たちを見て驚いた顔を見せる。赤い髪をした女性はマイカとよく似ており、一目で彼女の母親とわかった。農作業服とは対照的に見える髪のアレンジ具合もマイカを彷彿とさせた。

「あらあらごめんねー、てっきり娘が来たのかと。レアちゃんと、ひょっとしてオリヴィンに新しく来た子?」

 女性は首からさげた手ぬぐいで額の汗をぬぐいながら尋ねた、「そうです」とレアが応じ私を紹介する。私も軽く名乗った。
 そしてその頃、先に私たちを通していたマイカが現れた。

 私はその格好を見て驚いた。マイカは母親と同じ、あの派手にアレンジされた服とは程遠い、野暮ったい農民の服を着ていたのだ。髪と化粧はそのままだが、手には厚手の軍手をつけ、首には手ぬぐいをさげている。

「お待たせーママ、このシャイたんデコってたら遅くなっちゃった」
「なーるほどね、かわいい子だしあんたの気持ちもわかるわ。でもそれとは別だから、朝の作業早くしてね」
「はいはーい、んじゃシャイたん、あたしの仕事見学してってねー」

 マイカは私に微笑みかけるとそのまま畑に入ると屈みこみ、丁寧に雑草を取り始めた。彼女に抱いていたイメージとはまるで違う仕事ぶりに私はただただ驚いていた。

「こ……これがマイカの仕事なのか?」
「そだよー、うち農家だからね、あたしもその手伝い。パパは今街の方出ててちょっといないけど、いつもは家族みんなでやってるんだ」

 マイカは私の言葉に受け答えしつつも作業の手は止めない、実に慣れている感じだった。
 派手なマイカにそんな地味な仕事は似合わないと思っていた私に反し、マイカは農作業しつつ笑っていた。

「野菜ってちょーかわいいんだー、優しくしてあげれば立派に育つし、手を抜くとすねちゃうの。でも手を掛ければそれだけお返しくれるから、あたしらがちゃんとデコってあげないとね! ふんふーん」

 母親と協力しながら鼻歌混じりで雑草を抜いていくマイカ。ははあ、と私は感服した。

「マイカさんたちが作った野菜は私たちの店にも入荷してくれているんです。ここで採れた野菜はとっても美味しくて、村でも評判なんですよ」

 隣のレアが解説する、なるほどオリヴィンと関係があるとはそういうことだったのか。思えばこの辺境の村で食料を作る仕事は村を支えることにもなる。
 見てくれを派手に飾りつつもその大事な仕事をまじめにこなすマイカの姿に、私は辺境の村娘の強さを見た気がした。

「たいしたものだな、マイカは。感服したよ」

 私が素直に述べると、マイカはけらけらと笑った。

「なーにいきなり、こんなの当たり前でしょー」
「いやいや、若くしてこうも自らの仕事に誇りを持ってその責任を果たせるのはそうそうできることではないぞ」
「やめてよーおせじはいいって」

 マイカは否定するが彼女への賞賛は私の本心だ。魔界の若者といえば欲望のままに食うか眠るか暴れるか、とてもこのマイカのようにはいかない。

「いや立派だ、私も見習いたいものだな。お主へはある種の尊敬の念すら抱いておるぞ」

 私はしみじみと心の内を語った。すると。

「……やめてよ」

 と、いきなりマイカは声のトーンを落としたので私はびっくりした。作業を続けるマイカは顔を俯いたまま表情を見せない。何かまずいことでも言っただろうか、と慌てていると、マイカの母親が笑い出した。

「マイカはねー、普段こそ派手で押せ押せなカンジ出してるけど、ホントはすっごい恥ずかしがり屋のてれやなのよねー。シャイたんがあんまし褒めるからもう耳まで真っ赤にしちゃってんのよ」

 言われてよくみると俯いたマイカはわずかに震えており、マイカの母親が言う通りその耳は赤かった。

「も、もうママ! シャイたんにそんなこと教えないでよー! シャイたんもあんま変なこと言わないで、恥ずかしいからぁー!」

 耐え切れないといった具合にマイカが顔を上げ、泣きそうなぐらいに赤面した顔を振り乱す。そんなマイカを見て、私もレアもマイカの母親も、実に平穏に笑うのだった。

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