魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります

八木山蒼

6話 食事せし魔王

 昼を越えてから料理屋オリヴィンの店員は食事をとるらしい。
 私はカウンターにレアと並び、それを前にしていた。

「いやー悪いねシャイちゃん、うちら昼過ぎにご飯にするのが当たり前になってて、うっかりシャイちゃん付き合わせちゃったよ。お腹すいたろ?」

 カウンターの向こうで笑うスピネルに言われ私は少し赤面した。というのも、この少し前に私は腹を盛大に鳴らしてしまったからだ。魔王だった頃は食事よりも魔力でエネルギーをまかなっていたから……

「さ、遠慮しないで食べなよ。口に合えばいいんだが」

 スピネルが勧めるのは私の前に置かれた料理だ。黄色いつるつるふわふわとした楕円形のものに赤い粘性のソースがかかっている。黄色い楕円の中には何かが包まれているらしい。

「これは……なんという料理だ?」

 魔界に料理という文化は希薄だ、当然これも初めて見る。尋ねると隣にいるレアは驚いた顔を見せた。

「知らないんですか? オムライスです」
「ほう、オムライス……」
「レアの大好物なんだ、卵は知り合いから新鮮なのを貰ってるんだよ。ま、食べてみなよ」
「うむ……いただこう」
「いただきます」

 隣にいるレアの見様見真似でスプーンを手に取りオムライスに手を付ける。スプーンの背で赤いソースを全面に広げた後に楕円の端をすくい、中にある赤い米と共に口に運んだ。

 すると口の中に広がったのは塩味と酸味、そして甘味。赤いソースの味が黄色い膜の甘味をうまく引き立て、米に混ざっていた肉ともよい食感を生み出している……

「うまい!」

 思わず口に出していた。スピネルは満足そうに、レアは微笑ましく私を見ていた。

「よかった、どんどん食べてね」
「おいしいですか、シャイさん」
「うむ、美味だ。遠慮なくいただこう」

 私は次々オムライスを口に運び始めた。魔界では食事というのはエネルギー補給の手段にすぎず味は二の次、従って『うまい』という感覚の価値は極めて低い。そのために私にとっての『うまい』は『かわいい』同様にあまりに新鮮に感じ、その新鮮な驚きが私の手を絶えずに動かしていた。

 やがて皿の上のオムライスはあっさりと私の腹の中へと姿を消した。ちと量が少ないかと思ったが、よくよく考えれば今は魔女の小さな体、かつての私からすれば小指の先ほどの量でも十分にエネルギーが満ちていた。

「馳走になった。いや、このオムライスというものは美味なものだな」
「気に入ってくれたみたいでよかったよ、そんなにおいしかった?」

 スピネルに尋ねられ、私はほくほく顔で感想を述べた。

「ああ美味だ。私はまともな料理というものを食べたのは初めてでな、料理とはこれほどのものかと驚いておる」

 魔界での食事は血肉を貪るか果実をかじるか、せいぜい洗うか焼くのみで料理というのはごく一部の種族がやる程度。魔王たる私も食事の必要があまりなかったことがあり、料理らしい料理を食べたのはこれが生まれて初めてだった。

 しかしその旨を私が言ったら皆はシンとなってしまった。何かおかしなことを言っただろうか、ただ料理を食べたのは初めてだと言っただけなのだが……

「シャイ!」
「きゃっ!?」

 突然、接客のため待機していたルカが後ろから私に抱き着いてきた。

「お前に何があったのかは聞かない! 聞かないが、もう安心してくれ! これからは料理も満腹食べさせてやるから!」

 なぜか感極まって私の頭をなでまくるルカに、私はただ困惑するだけだった。とにかく愛情表現ではあるようなので悪い気分ではないが……

「どうだシャイ、もっと食べるか? お水飲むか? おやつもいいぞ!」
「む、むぅ……今は満腹なので食事はよいが、水は貰おうか」
「わかった!」

 私が注文するとルカは嬉しそうに笑いきびきびと水をとりにいった。どうもルカのことはよくわからない、レアは心配性だと言っていたが……

「……強いんだね、シャイは」
「ん? ああ、まあな」

 スピネルに言われたこともよくわからなかった。強いかどうかで言えばこの体になる前の方が確実に強い。

「シャイさん……私も、いますから。これからは、大丈夫です」
「あ、ああ。ありがとう……?」

 ふいにレアが私の手に手を重ねてきた。それだけは純粋に得をした気分だった。



 その後、料理屋オリヴィンの仕事は穏やかに過ぎていった。

 ミネラルの村では昼はともかく夜は家族で食べる家が多いらしく、夕の仕事は昼ほど忙しくはなく、仕事に慣れたこともありそう大変には感じなかった。

 日が沈む少し前にはもうほとんど客もおらず、私たちは半ば談笑しながら過ごしていた。

 そしてその頃、今の今まで忘れていたが私をここに連れてきてくれた女……マナミが店にやって来た。

「おぉー、シャイちゃんはもう馴染んどるんだなぁ。よかったよかったぁ」

 レアたちと談笑していた私を見たうんうんとマナミは頷く。思えばこの女がミネラルの村へと私を連れ、そしてこのオリヴィンを紹介してくれたおかげで、私はこれほど穏やかな時間を過ごせている。彼女へは感謝してもしきれないくらいだ。

「ああ、マナミのおかげだ。改めて礼を言う、感謝しているぞ」
「いいんだぁシャイちゃんはなーも気にせんでぇ。私もそろそろここを発たなくちゃならんから様子見に来たのよぉ」
「おや、もう行くのかい? よかったら夕飯食べていきなよ」

 スピネルが勧めたが、マナミは首を横に振った。

「私にゃー動物たちが待っとるでなぁ、商売も済んだし早めに帰りたいんス。お心遣いだけ受け取っときますだぁ」
「そう? なら仕方ないか、また来なよ」
「ありがとうごぜますー。んじゃあ私はこれで、シャイちゃん、レアちゃんにルカちゃんも元気でなぁ」
「ああ、お主も達者でな」

 マナミは私たちに手を振り、いつも通りのんびりとした感じで去っていった。

「さて、じゃあもうお客もいなそうだし、ぼちぼち店閉めて私たちは夕食にしようか!」
「おおっ、晩は何を食べるのだ?」

 マナミが去って後スピネルが提案する、私は昼食のことを思い出して高揚していた。



 その後、私たちは4人で卓を囲み夕食を共にした。晩のメニューとなったシチューも無論美味で私は舌鼓を打つ。

 だがそれ以上にレア、ルカ、スピネルと笑い合いながらなされる食事は平穏で、私は心が満たされていくのを強く感じたのだった。

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