魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります

八木山蒼

幕間 その頃の魔王城

 元魔王シャイターンが料理屋オリヴィンで働いていた一方、この世の果て――魔界にて。

 新魔王であるかつての魔女は激務に追われていた。

 魔王城の魔王の間には伝令の配下がひっきりなしにやってくる。

「魔王様、東の海にて海魔神が人間どもに敗れました!」

「ランヅ王国シュロース城の攻城戦劣勢です、至急増援を!」

「魔王様が変わられたことを知り紅魔族が反乱を起こしました、こちらに向かっています!」

「魔王、お命頂戴するッ!!」

 玉座に座した魔王はひとまず襲い掛かってきた身ほど知らずをハエを掃うがごとく跳ね飛ばす。そして頭を悩ませながらも次々に指示を出した。

「東の海は捨て南に勢力を集めよ、統率にはシーサーペントを指名する!」

「シュロース城へ蝙蝠族を派遣、対地放火にて攻めよ!」

「紅魔族がじき私自ら潰す、しばし押し留めよ」

 指示を受けた配下たちが去っていく。だがそれと入れ替わりに次々に伝令が訪れるので、新魔王に休む暇はなかった。

 新魔王は密かにごちる。

 よもやここまで魔王が激務とは、つくづく魔界における『知』の不足に辟易するばかりだ。

 思えば元魔王シャイターンが私を側近に指名したのも自分以外に魔王と同等に物を考えるものがいなかった故……そのシャイターンなき今、もはや魔界の頭脳は自分のみなのだ。

「……く、ふふふふ」

 だが……その重責もまた、自らが強いからゆえ。

 もはや自分は弱い人間ではない、絶対的な力を持つ魔王。魔族どもが崇め、頼るのがその証拠。そう思えばこの面倒も強さの証として受け入れよう……魔女はそう思い嗤っていた。

 とその時、新魔王の顔の辺りを小さな何かが飛び回った。

「カカー! お疲れダナ、ご主人!」

 甲高い声で言葉を発するそれはカラス。ただのカラスではない、人語を解し魔力を持つ魔女の使い魔だ。新魔王が魔女だった頃に使役していた使い魔で、使い魔の隷属は魂に起因するものゆえ今でも変わらず使役している。

「お前か……せめてお前がもう少し賢ければな」

 たとえ使い魔でも同等の知能を持つ者がいれば仕事も楽なのだが、と新魔王は思ったが所詮は使い魔、人魔双方まとめても最高級の知能を持つ魔女には並べようもないのだ。

「カカッ、これでも凡百魔族よかマシだがナ! それよりご主人、アレは放っといていいのカ?」
「アレ?」

 新魔王が聞き返すと、使い魔カラスはその真っ黒な目を少し険しくしてわめいた。

「元魔王だヨ! いくら体が弱っちくなったっテ、魔力はそのままなんだロ? 魔界にはアイツを崇拝する連中もいるシ、放置はマズイのと違うカーッ?」

 警告するカラスだったが、なんだそんなことか、と新魔王はそれを一笑に付した。

「捨て置け、奴が飛ばされたのは二度とここにはたどり着けないほどの辺境、いくら力があってもどうしようもない。それに……」

 新魔王は指先にごく小さな火を灯した。
 その瞬間、伝令をしようと魔王のそばに控えていた魔族たちが震えあがった。使い魔カラスも慌てて天井の梁へと飛び上がる。その小さな火は、それだけであらゆる生物が震えあがるほどの……魔王の力だった。

「私はやがてこの世界を掌握する。奴がどこにいようと関係ない。私は魔王、私が奴を恐れるのではない、奴が私を恐れ逃げ回るのだ……違うか?」

 問う新魔王に対し使い魔カラスは何度もその首をぶんぶんと縦に振った。魔王は満足そうに笑うと火を消す。

「フン、奴も元魔王とはいえ所詮は生来の力に驕った俗物よ。今頃弱い体で絶望している頃であろう、ふははははは……」

 そう言って笑う新魔王、まさか元魔王が辺境の村でウエイトレスとして働いているとは夢にも思わなかっただろうけれど――

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