魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります

八木山蒼

3話 邂逅せし魔王

 やがて私はその村へと辿り着いた。

「おお、ここが!」

 眠りから起こされ、マナミの馬車より降りて村の入り口に立つ。そこは私が思い描いていた通りの平穏な村だった。

 レンガ造りの家が立ち並ぶその村は山の中腹にあり、規模は小さく辺境だが村の作りは粗雑ではなく道などきちんと整備されてはいる。程よく人が行き交い談笑し、家々の間から見える青空が輝かしい。実に穏やかな村だった。

「ここがミネラルの村だぁ、小さいけんどえー村だよぉ」

 マナミがニコニコと語る、私も頷いた。

「ああ気に入った、決めたぞ、私はここに住む。ここにこそ私が求める平穏があるに違いない」

 私はこれから始まるスローライフに胸を躍らせていた。

「シャイちゃん」

 とその時、ふいにマナミが声をかけてくる。いつの間にか馬を村の入り口にある門に繋ぎ馬車から降りていた。

「ワイはここの住民じゃないけんども、世話になってる人がいるんだぁ。よければその人にシャイちゃんを紹介した方がこれからのためにもええと思うけんど、ええかー?」

 私には願ってもない申し出だった。これからこの村で暮らしていくにあたり、知り合いがいるかどうかでは勝手が違うだろう。私は1人で生きていくだけの力はあるつもりだが、助けがないよりは勿論あった方がいい。

「んじゃあ行こっかぁ」

 マナミは私に歩み寄ると、ひょいとその手を取った。そしてそのまま私の手を引いて歩き出す。

「お、おいちょっと……」
「迷わないようについてくるんだよぉ」

 まるで子供のような扱いに抗議しようとしたが、どの道マナミに先導してもらわなければならないので、私は結局諦めた。マナミに手を引かれとてとてと後を続き、ミネラルの村に入っていくのだった。



 マナミに案内されてやってきたのは村の中頃にある家だった。木製のドアの上に掲げられた看板にはでかでかと『小料理屋・オリヴィン』と書かれていた。
 マナミは慣れた様子でキィとドアを開き中へ入っていく。私も手を引かれるままそれに続いた。

「あんれ、だーれもいねえな」

 店の中は静かだった。元々そう広くない店内にはテーブル席が3つとカウンター席がいくつかだけあり、今はガランとした無人の状態だった。
 全体的に素朴な印象のある料理屋で、いかにも辺境の小さな店といった感じで私は密かに興奮していた。

「ドアが開いとるからやっとるはずだども……」

 マナミが困ったようにしている時、ふいにカウンターの奥のドアが開いた。どうやら奥に入っていた店の者が出てきたようだった。
 そして出てきたその人物を見た時、私は息をのんだ。

「いらっしゃいませ」

 店の奥から現れたのは、今の私よりも一回り小さい少女。私はその姿に目を奪われた。

 店の制服なのだろうか、細身のエプロンドレスに身を包み、どこか所在なさげに立っている。

 銀色のさらさらとした髪は少し肩に触れ、額のすみにわずかに光る宝石のような赤褐色の髪飾りとの色彩が美しい。

 透き通った緑の瞳はくりくりと丸く大きく可愛らしい、それでいて私たちを見る表情はとてもクールで、そのギャップがより一層かわいらしさを引き立てている。

 実は魔界には『かわいい』という概念がひどく欠落している。乳飲み子であろうと強くなければ生き残れない世界だからだ。それゆえに、ふいに目の前に現れた問答無用の『かわいさ』に私は強いショックを受け、思わず言葉を失っていた。

 きれいな少女はとてとてカウンターを出て、ちょこんと私たちの前にやって来た。

「マナミさんですか、お久しぶりです」

 少女はぺこりとマナミに頭を下げた。私の目は少女に釘付けだった。

「んー、レアちゃん久しぶりだぁ。今日はお母さんおらんの?」
「母は奥で休んでいます。この時間は滅多にお客も来ないので」
「んだらちょっと話してくるだ。シャイちゃん、ここで待っとってねぇ」

 マナミはそう言うとすたすたカウンターの方へ進み、銀髪の少女が出てきたドアを開けて奥に消えてしまう。後には私と、レアと呼ばれた少女が残された。

「あの、あなたは?」

 小首をかしげてレアが尋ねる。その声で私はようやく平常に返った。すっかりレアに見惚れてしまっていた。すぐにいつものように堂々と構え直す。

「我が名はシャイ、ただの人間の娘だ! わけあってこの村に住むことにしたのだ。マナミに言われるがままここに案内されたのだが……お主は何者だ?」

 レアは私の話し方に少し驚いたようだったが、私に聞き返されると年齢らしからぬ落ち着いた口調で答えた。

「レア・オリヴィンです。ここの従業員です」
「レアか、この村に住むからにはこれからも関わりがあるだろう、よろしく頼むぞ。時にオリヴィンという名はこの店と同じだが?」

 問いかけると、レアは薄く笑って頷いた。

「はい、この店は私の母がやっているんです。店の名前は名字からとりました」

 なるほど家族経営か、ますますそれっぽい雰囲気が出ているではないか。私は早くもこの店をいたく気に入った。

 だが気に入ったのはこの店というよりは、レアだった。すました顔もよかったが、柔らかに微笑んだ顔もまたかわいらしい。長く殺伐とした魔界で暮らした私にはそのかわいらしさがあまりに新鮮で、そして眩しかった。

「レア、お主はかわいいな! 私はお主のようなかわいい存在は初めて見たぞ」

 私は率直にその感想を述べた。すると、

「えっ……」

 とレアは驚きの声を上げ、その頬がわずかに紅潮した。明らかな狼狽と共に目を泳がせ顔を伏せる。

「か……からかわないでください」

 そして消え入りそうな声で呟く。それがまた底抜けにかわいらしい。

「何を言う、お主は本当にかわいらしいのだ。かわいいものをかわいいと言って何が悪い? もっと胸を張るがいい、私はお主ほどかわいいものを見たのは初めてだが、かわいいというのが悪評ではないと知っているぞ。お主は実にかわいい!」

 初めて使う言葉に興奮していたこともあり、私は何度も何度も『かわいい』とレアに語り掛けた。その度にレアは顔を赤くして顔を俯かせる。それがまたかわいくて、そんな顔を見るために私はまた『かわいい』と言葉を発するのだ。

 だがそんな時、急にレアはばっと顔を上げ、眉を逆ハの字に持ち上げて私に言った。

「そ、そんなこと言うなら、シャイさんだってかわいいです!」

 へっ、と思わず間の抜けた声を出してしまう私。私が、かわいい? そんなことを言われたのは生まれた初めてだったので一瞬訳が分からず硬直してしまったのだ。
 するとそんな私に畳みかけるようにレアは言葉をつづけた。

「さっき初めてシャイさんを見て、私、かわいいって思いました。綺麗な肌で、長い髪がさらさらしてて……自信たっぷりな感じの笑顔もかわいいですし、おっきな目もかわいいです。シャイさんみたいな人こそ、初めて見ました。かわいいです」

 かわいい、と何度も言われ、今度は私が目を泳がせ顔を赤くした。魔王たる私は『かわいい』なんて生まれてこの方言われたことがない、どうすればいいのかわからない。

 こんなかわいい子にかわいいと言われて嬉しくもあり、それ以上の羞恥心に苛まれつつも、それが悪い感情とも思えずに身を悶えさせるばかり……魔王として絶対の力を持っていた私も、こんな状況は初めてだった。

「シャイさん、かわいいです。こんな人がお姉さんだったらって、私……」

 レアが『かわいい』の追撃を私に仕掛けてきた時。助け船のように、店の奥のドアが開かれた。

「おっ、早速仲良くなってるね! いいこといいこと」

 店の奥から現れた大人の女が私たちを見下ろして笑っている、マナミはその後ろからついて来ていた。
 女はエプロンをつけた軽装でレアとよく似た銀色の髪を上で束ね、お揃いの髪飾りをつけている。顔立ちもレアと似ているが、大人なだけありかわいさというよりは美しさを感じさせる容姿だった。

 察するに、この女がレアの母親でここの店主なのだろう。私がそう思ってすぐレアが女を見て「お母さん」と呟きその推測を裏付けた。

「なるほどね、君がシャイちゃんか。ちっちゃいのに大変なんだって?」

 腰に手を当てたレアの母が私に手を伸ばすと、私の頭を撫でた。これもまた初めてのことなので私はむず痒いようなくすぐったいような感覚に身を震わせたが、豪胆そうに笑うレアの母を見上げると、不思議と悪い感じはしなかった。

「いかにも私がシャイだ。追放されあてもない身なのでな、ここに住むことに決めたのだ」

 頭を撫でられ少し調子が狂ったが、私はいつものように胸を張り威風堂々とした態度で女に接する。女はその笑みに少し含みを持たせるようにして、その手の平で私の髪を優しくなぞった。

「そっか、パパもママもいないのに、そんな元気に……」

 女が呟くとレアが目を丸くして私を見る。マナミとよく似た反応だった。両親がいないことなど魔界では当たり前だったが、どうもこちらの世界では勝手が違うのかもしれない。

「よし! それじゃあ決まりだね」

 何が決まりなのかわからないが女は私を撫でていた手を離すとレアを手招きして近くに寄せ、私に対面するように母娘で立った。

「自己紹介が遅れたね、私はスピネル・オリヴィン、この料理屋オリヴィンの店主。こっちは娘のレア、2人で店をやってるんだ」

 改めて名を名乗り、レアもぺこりと軽く会釈した。
 そしてその後、スピネルは驚くべきことを言い出した。

「これからは家族だと思って、気軽にママって呼んでいいからね! いっしょに住むんだからさ」

 え? と思わず聞き返す。レアも驚いた顔で母親を見上げていた。その反応を楽しむようにスピネルは笑い、また私に手を伸ばすと頭を撫でた。

「行くところがないんでしょ? じゃあうちに来なよ、幸い部屋は余ってる、遠慮することないからうちに住みな」

 これまた願ってもない申し出だった。この村に住むといっても都合よく空き家があるとは限らない、この家で寝泊まりさせてもらえるならば非常にありがたい。それにここに住むということは、レアとも寝食を共にするということで……私は即決した。

「お主がいいならば言葉に甘えさせてもらおう。心遣い、感謝する」
「いいっていいって、気にしない気にしない! レア、あなたもいいでしょ? お姉ちゃん欲しがってたもんね」

 スピネルに話を振られると、レアは先程のやりとりを思い出したのか少し顔を赤くする。だがチラリと私を見た後、

「はい……よろしくお願いします、シャイ……さん」

 と小さく呟き頷いた。
 よし! とスピネルが力強く言ってパンと手を叩く。

「それじゃ早速部屋に案内しようか、ここまでの道中で疲れてるだろうしね! マナミちゃん、あんたも少し休んでいきなよ」
「んだば、お言葉に甘えて……」
「ほーらシャイちゃん、今日からの君の家にゴーゴー!」

 豪胆に笑うスピネルは片手ずつで私とレアの手を取り、やや強引に引っ張って店の奥まで連れていく。レアと同列のような子供扱いに私はまた羞恥を覚えたが……同時にそれ以上の安堵を覚えていた。
 そのさなか、ふとレアと目が合う。レアはやや困惑したような表情を見せつつも、私に向かって微笑み、私も微笑みを返した。

 こうして、私の村娘としてのスローライフは幕を開けたのだった。

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