闇と雷の混血〜腐の者の楽園〜
7話〜愛しの天使〜
※マートル視点
頭の中が混乱している。親友が亡くなった時と同じくらいには。
色々な感情が飛び交う。
『地球ってどんなとこ?』『私達以外にも家族が居たの?』『魔法が無いなんてどうやって生きてるの?』『科学って何?』『日本ってどんなとこ?』『前世の知り合いに会えなくなって寂しくないの?』
本当に色々な事を聞きたくなった。でもそんな質問が全て一つの質問に掻き消される。
でも、その問いを投げかけるのは正直怖い。
『私達を親だと思ってる?』と。
アルくんは前世で16年の時を生きていたらしい。こっちの世界では基本的に立派な大人だと言われる年だ。
そんな年月を生きていたこの子に、果たして自分という親は必要なのだろうか。
まるで『お前みたいな親は要らない。』と言われた様に感じた。
私はこの世界でも割と長い年月を生きていてそれなりの経験も積んでる。
だが、子を育てるのはアルくんが初めてで、わからない事だらけ。前世のすでに姉を育てていた立派な母親と比べられてないか。
本当に次々と悪い考えが浮かんで、顔を上げる事が出来ない。きっと今私は母としてみっともない、情けない顔をしているから。
悪い考えの後に浮かんできたのは、アルくんを産むまでの記憶だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アルムと住み始めて20年経った頃、子を身篭ったことを本能で悟った。魔術による検査をしてみても、結果は変わらなかった。
性別まではわからないけど、あとどれくらいで産まれるかはわかるのだ。
私達は異性間での恋愛であり婚約だった。異性間は極端に子供が出来にくいのだ。人族の異性間では最低で5年はかかるらしい。
私は不老である吸血鬼だ。寿命が無い分種の存続に関しての機能は低く、異種族間では特に出来にくくなる。だから私達はその条件を見ればかなり早い方だと思う。
子が出来た事を知った時は嬉しかった。最愛の人との子なのだ。嬉しく無いはずが無い。でも、同時に不安だった。
異性間で異種族間の子供。異性間は不治の病を患う事が多いと訊く。混血は魔力の質が低くなり、迫害もされるし、奴隷としての価値も高い。
混血の赤子はどちらか一方の特徴を形に宿しもう一方の特徴を色に宿すと言われている。産まれてくる子はどっちの形と色を宿すのか楽しみでもあったが、やはり不安の方が大きかった。だから、アルムが泣きながらの情けない顔でも『共に育てていこう』と言ってくれた時は心強くて安心した。
医師としての知識や経験のあるアルムに手伝ってもらい、産まれて来た赤子をみた時はただただ、触れたくなった。抱きしめたくなった。そうしないと不安だったから。
今思い返せばあれは綺麗に血を拭きとられたアルくんが本当に真っ白で霧の様な雰囲気を放っていたからだろう。
触れていないと空気に溶けて消えてしまいそうで。でも壊れない程度に力一杯抱きしめても腕から零れ落ちてしまいそうな。それでもこれ以上力を込めると粉々に砕け散りそうでどう扱えば良いのか分からなかったのを覚えている。
それでも、『龍王山脈』で見た雪原の様に真っ白で神秘的で時が止まっている様な静けさの中で、それでも静かに波打つ生命の鼓動を感じて『守らないと』と思ったのだ。
その幻の様な儚い見た目の様に生命の鼓動までもが止まってしまわない様に。
暫くして初めて見たアルくんの瞳は赤だったが、私の赤とは違う。
私の赤は魔人族の赤だ。魔人族の者によく現れる色で赤に闇の色を滲ませた様な色。
それに対してアルくんは血の様な色だった。赤系統の魔石の様に透き通った色ではあったが、それと同時に空虚なものを感じて吸い込まれそうな感覚があった。
特に一人でいる時は目立つはずのその瞳も存在感を消し、ある日突然いなくなってしまいそうな。
それは泡沫の夢の様で私はしつこいくらいに構ったのだ。構っていればその瞳は光を放ってくれるから。
アルくんが成長して感情を伝えてくれる様になってからは、構い倒す私を鬱陶しく思っていた様だけど本気で嫌がっている様には見えなかった。その様子は奴隷の子が自らの受けた好待遇に戸惑っている様に似ていた様に思う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今思えばアルくんは最初から子供特有の無邪気さが無かった。普通に考えれば不自然な事もあったが、私はそれを大人しい性格なのだと思おうとしていたのだろう。
魔力の質とかならまだしも、感情面に障害を持って産まれた可能性を考えたく無かったから。
机を挟んだ反対側のソファに座るアルくんが自分の脚に尻尾をきつく巻き付けているのを視界の隅に捉え、思わず顔を上げる。
顔は相変わらずの無表情。伏せた目元の赤は存在感を消している。アルくんは基本表情を変えない。それでも普通に見ていて喜怒哀楽が分かるくらいには変わるのだが、それ以上に獣人族の耳と尾は特に分かりやすい。
私達と関わっている時は感情を伝えようとするのか表情がそれなりに動くのだが、一人の時は一切変わらない。そんな時でも耳と尾は動いているのだ。
その動きのパターンはアルムと似ているから、私にとっては分かりやすい。他の人からアルムは獣人族にしては分かり難いと言われているけど。
今アルくんの耳は倒されていて、尻尾は自分の脚に力強く巻きついている。
その耳は倒されていても私とアルムの息遣いを感じる度に細かく反応している。
尾が自分の脚に巻きついているのも見ると、
今の感情は不安や恐怖。それでもアルくんは身体に無駄な力はあまり入っていない。その様子は諦めが見え隠れする。
......あぁ、何時もならその尻尾は私達に巻きついているのに。
そうだった。アルくんは顔に感情が出難い代わりに耳や尾に出てくる。私はいつも耳や尾の動きでアルくんの心を判断していた。
顔が無表情でも耳や尾を見れば心の浮き沈みが簡単に分かるのだ。
楽しい時、嬉しい時、悲しい時、怒っている時、拗ねている時、不機嫌な時、眠い時、空腹の時、落ち込んでいる時、寂しい時、いろんな感情を見てきた。
しつこいくらいに構えば素っ気ない態度を取りながらも、その尻尾は私の脚に巻きついていた。それを指摘すれば辞めてしまうから、言わなかったけどね。
アルくんはずっとどこか一線を置いている様な、何かに怯えている様な感じだった。アルムと話す時よりも私相手の方が距離があった様な気もする。それでも本気で拒否られたことは無かった。
伏せた目元は空虚だったが、微かに瞳の奥には怯えの色があった。アルくんが時々浮かべる怯えの感情は私達に前世の事を知られたく無かったのだろう。
何故知られたく無かったのか。
気味悪がられ捨てられるから?
捨てられると生きて行けないからだろう。
......本当にそれだけ?
アルくんが私達に抱いていた感情は、ただの安全区域としてだけだったの?
少しの期待を胸に抱き深呼吸をしてから言葉を発する。聞きたくても聞けなかった質問を聞くために。
「私達を親だと思ってる?」
必死に震えを抑えて発した言葉。それに帰ってきたのは。
「うん」
迷いのない肯定。望んでいた答えのはずなのに、何かが違う気がしてもう一度聞く。
「あなたの心は私達を親だと認めてる?」
前世で16年生きたその心は、未熟な今世の母を認めてくれているのか。
「............うん......⁈」
少し置いて出た答えと同時にアルくんの身体の光が強くなる。
「嘘つこうとしたの?」
自分で言ってて少しショックを受ける。
「......して、ないけど。......そう、か。二人はおれの親なのか。」
アルくんが小さな声で呟きながら、今度は強まることの無かった光をまとう両手で、胸を押さえる。倒れていた耳が少し上がった。
自分でも気が付かない程心の奥で認めてくれてたのか。アルくんが言ったのだから私もきちんと言わないと行けない。
隣にいるアルムを見ると優しい瞳をしていた。
「アルくん。私はあなたのこと......。」
そこまで言うとアルくんの耳がまた倒れた。自分が受け入れられる可能性が低いのを分かっているのだろう。
確かに異端だ。この世界以外にも魔力のない世界が存在して、前世はそこで生きていてその記憶もある。とても簡単に信じられることじゃない。
だからこそ、アルくんは『真実の水』を飲んだのだろう。信じてもらうために。
アルムはアルくんの嘘を見抜くために獣人族の姿で話す様に誘導した。
その二人の行動で私はアルくんの突拍子も無い話を信じるしか無い。信じた上で考える。私は前世の記憶を持つアルくんを自分の子供だと思えるか。
......いや。
「アルくん。アルくんは私の天使だよ。アルくんの過去を、秘密を知った今でも変わらずにね。」
この子が何者であろうと私達の元に産まれてきたのだ。神の祝福と期待を背負って。
それに私はこの真っ白な子を守ると決めているのだから。
「......ほ、んと......?」
私の天使はその真っ赤な瞳を丸くさせてこっちを見てくる。珍しく無表情が崩れて驚愕の色を示してる。相変わらず可愛い顔だね〜。
「当たり前だよ〜。アルくんみたいに分かりやすい確認方法は無いけどね〜。」
親として認めてられてないのかと不安になったりもしたけど、子供じゃないとは思ったことは一瞬たりとも無いよ。
「......そっか。ありがと。」
だからお礼なんて言われることじゃ無いんだけどね〜。
マートルさんは緊張したり落ち込んだりすると語尾が伸びなくなります。
殆ど動じない性格なので大概伸びてますけどね。
やっと、両親に暴露できた(−_−;)
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