本日は性転ナリ。

漆湯講義

After Story…My Dearest.61

 そして私はアイスコーヒーで口を潤すと、グラスの水滴を指でなぞりながら"ところでさぁ"と口火を切る。グラスから滴った水滴がテーブルへと落ち、私はリヴィへと視線を移した。

「どの話からがいいのかしら」

 リヴィは私が聞きたい事が分かっているかのようにそう言った。グラスの中の氷が涼しげな音を奏でる。私は再びアイスコーヒーを口に含むと、見透かしたようなその青い瞳から逃げるようにグラスへと視線を逸らした。

「何でさぁ、リヴィは私のパートナーになろうなんて思うの?」

 その問いにリヴィはグラスをゆっくりとかき混ぜながら静かに口を開く。

「何故か? 言ったはずよ、それが私の……」

「生まれた意味? そんな事聞きたいんじゃないよ」

 私が聞きたいのはそんな漠然としたものじゃなかった。どうしてリヴィが他人である私に対してそこまで想えるのか、その理由が知りたかった。リヴィは何か大切な事を隠している……、若しくは私についての何か重大な事実を知っている。そんな気がしてならなかった……。それが何かは見当もつかないけど、それを聞かなきゃ私の中の靄は晴れてはくれない。しかし、リヴィはそんな私の気持ちまで知った上ではぐらかしたように見えた。そして一瞬の沈黙の後、リヴィはグラスに刺さったストローを咥えると目を閉じこう言った。

「日本には座右の銘というものが存在するそうね。貴女の問いへの答えにぴったりの言葉があるの。初志貫徹。まさにその通りね」

 リヴィの視線が私へと向き、グラスから抜かれたストローがひらひらと宙を舞って文字を描いた。ストローの先に実った滴がグラスへと落ち、それと同時にリヴィが不敵な笑みを浮かべた。

「何それ……」

 私は苛立ちを隠しきれず、低い声でそう言うとリヴィを睨みつけた。どうしてこの人はこうも遠回しで敢えて分かりにくい言い方しかしないんだろう。これじゃぁ真剣に聞いている私がバカみたいだ。
 するとリヴィは聞いてもいないその言葉の意味を解説しだした。私は"そんなの分かってる"とリヴィの言葉を遮ると、何故かリヴィは微笑んで小さな溜息を吐いた。どこか寂しげな瞳で……。そしてその青い瞳は私に何かを訴えかけるようにただただジッと私を見つめた。すると暫くの沈黙の後、リヴィが少し上の空間を見つめて、「十、三、四、五……」と呟く。私はその数字の意味が分からずに、疑問の眼差しを向けた。するとパンケーキが机の上へと運ばれてきて、「美味しそうね」と不自然に微笑みかけてきたリヴィは、パンケーキにナイフを入れながら再び口を開いた。

「時間など何の意味も持たないわ。意味を持つのは変わらぬ想い。時間なんかに左右される想いなんてその程度のものなのだから」

 私はまた話を逸らされたような気がしてその言葉の意味を尋ねた。しかし、リヴィに"誰にでも人知れず大切にしておきたいものはあるでしょう"なんて上手く丸め込まれてしまった。私はもう一度追求しようかとも思ったけど、どうせまた曖昧な言葉ではぐらかされてしまうような気がして、納得のいかないままにパンケーキと一緒に胸の奥へと飲み込んだのだった。

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